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異世界では私らしく  作者: 月目亜夏
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学園生活一年目

「あなたたちはこの国の、いいえ、この世界の未来です。皆さんがこの学園で何を見て、何を考えるのかは自由です。ですが、その自由は自分でつかみ取るものでもあります。(おのおの)、目標を持ち誠心誠意学園生活に向き合ってください。」

 およそ1万の人が集う大ホールに響くその声を聞きながら、私は、少し前に始まった、今となっては何年も昔のことにも思える旅の始まりを思い出していた。


 私、幸一(さいわいいち)は、日本に住む高校生一年生だった、3ヶ月前までは。

 そう、3ヶ月前までは。

 手短に話すと、3ヶ月前いつものように自室で眠りにつき、起きたらこのラクラムス国にいたのだ。

 数日かけてやっと町に着き人を見かけたと思っても言葉が通じない。姿も私の常識とは異なる状況にやっと自分が別の世界に来たのだと気付いた。でも私にはそんな力もないし、私の常識が通じない状況はとても混乱した。

 そのあと、偶然遠征に来ていたこの国の騎士団に助けられ、滞在許可書を手に入れたのが2ヶ月前の話だ。それからも色々あり、なぜか魔法に特化した騎士団『魔法騎士団』に所属することになり、そして魔法を学ぶため国立ウォナート学園へ入学することになった。

 とにかくめまぐるしかったこの3ヶ月は、思い出すだけでため息が出る。

 そうしてようやく、本来の高校生らしい生活が始まろうとしている。


「サチ、後は大丈夫そうか。」

 私はこの世界でサチと名乗っている。始めは慣れなかったが、最近ではそう呼ばれても戸惑わなくなった。

 声をかけられ振り返ると、人混みの中でも目立つ私の保護者が、笑顔で手を振っている。魔法騎士団の団長でもあるクラリスタさんさんだ。今日は珍しく正装を着ている。

「はい。今日はありがとうございます。」

クラリスタさんさんは私の上司でもあるのだが、身分を嫌う性格で、団員の誰かが間違って団長と呼んだときには物理的に空間が凍り付いた。それを除けば明るくおおらかな性格で、見ず知らずの私にずっと優しくしてくれている。

「私も、他に野暮用があったしちょうどよかった。月1回の定期報告は忘れないように。それじゃ、学校生活楽しめよ。」

 それだけ手短に言うと、身を翻して門の方に向かってしまった。その背中に小さく礼をして、他の生徒の流れに乗る。既に各学級でのオリエンテーションも終わり、これから寮で昼食だ。他にも保護者と親しげに話している生徒がいるが、ほとんどの生徒は既に寮へ向かっている。

「授業料免除希望者はこちらのホールに入ってください。他の生徒は自分の部屋番号を確認後、昼食を摂り、自由行動です。」

 上級生や先生が、流れてくる生徒に聞こえるよう声を張り上げている。寮は、納めている寮費の額でレベル1からレベル4の4つの棟に分かれている。私は一番低いレベル1の棟だ。玄関を通ると正面に階段が見える。大勢が自分の部屋番号を確認するために右側の大ホールへ向かっている。私が行くのは左側の小さなホールだ。上級生に案内されてホールに入ると、既に十数人、席に着いている。

「皆さん揃いましたね。」

 私が席に着くと先生が話を始める。どうやら私が最後だったらしい。申訳ない。

「事前に説明の文書には目を通していると思いますが、私から再度授業免除の用件や継続方法などを説明します。」

 ややおっとりとした声で説明が始まる。入学式の時に事務長として紹介されていた先生だ。

 この学園では授業料免除制度という制度がある。文字通り授業料を免除する制度なのだが、その条件は成績や授業態度ではなく、奉仕活動。週末の2日の家どちらか1日で教師や事務員の雑務などを手伝うのだ。卒業までそれを続ければ、在学中は授業料が免除される。この制度が実現できる背景には、富裕層からの寄付の存在や、国立学園であることが関係しているらしい。

 とにかく、魔法騎士団には在籍しているもののまともに働く能力もなく、一文無しの私には嬉しい制度だ。食事の費用も学校側が負担してくれるのだから、希望者が多くて当然だろう。

「と言うわけで、制度の説明は以上です。これから皆さんにはバッチを配ります。学生証と共に普段から着用してください。」

 先生に指示され、上級生がそれぞれの机に小さなバッチを配る。

 さっきオリエンテーションでもらった学生証と似ているが、色が違う。どちらにも校章のウサギらしき動物と小さな花があしらわれているが、学生証は赤色でこちらは青色だ。よく見ると上級生は学生証の色が違う。一目で見分けられるようになっているのだろう。

「このバッチにも学生証同様にいくつかの魔法が組み込まれていますが、通常は使用しないので知りたい人は図書室で調べてください。」

 魔法という言葉にワクワクしているのは私だけのようで、他の生徒は当然のようにバッチをつけている。

 私だって学生証の時に既に1度好奇心が膨らんでいるから、それほど気にせずバッチを手に握る。

 これで説明会は終わり、先生たちが退室して私たちも自分の部屋へ向かう。私たち授業料免除生(この学校ではサポーターとも呼ばれているらしい)には、2階の部屋が割り当てられる。寮はそれぞれ5階建てで、どの寮でも階が上がると部屋の質が上がるらしい。

「君が同室のサチちゃん?私、カリン、よろしくね。」

 支給された鍵で扉を開けていると、同室らしい生徒が私を見て駆け寄ってくる。ふんわりとカールしたオレンジの髪が肩の辺りで揺れている。他の生徒は1人1部屋だが、私たちは2人1部屋だ。

 扉を開けると、窓が開け放たれているようで涼しい風が一気に吹き込んでくる。

「あ、もう荷物届いているね、よかった。」

 カリンちゃんの声につられてベッドを見ると、確かに私のカバンが肩身狭そうにベットに置かれている。

「えー、サチちゃん、荷物それだけ?私、こんなに持ってきたのに。」

 早速荷ほどきをしているカリンちゃんが私のカバンを見て声を上げる。確かに、私のカバンに比べるとカリンちゃんのカバンはその5倍ほどの大きさだ。

「うん。必要なものは学校内でも買いそろえられるって言われたから。」

 本当は別世界から来てモノを持っていないだけだが、わざわざそんなことを説明する必要もないだろう。

 私は机の中に荷物を片付け、改めて部屋を見渡す。縦に細長い造りで、扉が中央にありその左側が私の空間、右側がカリンちゃんの空間といった感じでそれぞれ机とベッド、ロッカーが置かれている。ありがたいことに小さいシャワー室もあり、日当たりも悪くない。一番質の低い部屋、と魔法騎士団の人たちが言っていたが、十分くつろげる空間だ。

「あ、そういえばご飯、サチちゃんどうする。」

 荷物と格闘していると思ったら、急に手を止めそんなことを言い出す。忙しい子だ。

 ということで一緒に昼食を食べる。自分の食べたいものを注文する形式で、バッチを見せれば私たちの料金は免除される。

 カリンちゃんはかき込むように食事を済ませ急いで部屋に戻ってしまったが、私は自分のペースで食べ、そのまま寮を出る。

 自由時間が与えられたこの午後の時間に、私たち新入生はしなければならないことがある。


「こんにちは。魔法学科1年のサチです。」

 このウォナート学園は学園都市とも表現され、学園の敷地内で日常生活の全てが完結できるようになっている。広大な敷地の中に職員とその家族が住む住宅や生徒のための広場、格闘場、図書館などの教育施設が混在している。

「はい、それじゃぁ1000テスね。」

 私が今いるのは商店街だ。寮と職員たちの住宅のちょうど中央に位置していて、今は多くの生徒で賑わっている。

「騎士科の教科書はこちらです。」

「魔草一式揃ってるよ。」

「今から注文すれば1週間後には完成するよ。」

 生徒の勢いに負けないよう店主たちも声を張り上げている。私がここにいる目的は、学園生活で使う教科書と制服、その他の教材を揃えるためだ。今更だが、私は今、魔法騎士団の団服を着ている。

 制服は入学後に購入するから、入学式のための正装が必要だったのだ。

 私たちサポーターは料金所を呼ばれる場所で必要な費用を受け取り、学園内での買い物に利用する。上限を超えた分の費用は自費になるようだが、よほど無駄遣いしない限り不足することはない額が設定されている。

 配布された資料と地図を見比べながら必要なものを買いそろえる。異世界なだけあって見たことのない商品ばかりが並んでいる。

 だが、私の知っている魔女や魔法使いとは違うようでホウキや杖は見当たらない。

 買いそろえたモノを郵便局のような場所に預け、手ぶらで寮に戻る。

 カリンちゃんとは入れ違いになったようで、部屋の中は窓も閉まり静かだ。

 既に荷物が届いている。これが魔法なのだろう。教材を棚に仕舞い、暇つぶしも兼ねて教材をめくる。

 暇なときに勉強をするのは、幼い頃からの癖だ。新しいことを知るのは楽しいし、なにより魔法という未知の領域に好奇心を抑えられなかった。


「おはようサチちゃん。」

 カリンちゃんに声をかけられてやっと目を開ける。

 気付けばもう学校が始まる1時間前だ。昨日夜遅くまで教科書を読みふけっていたのが悪かったのだろう。

「サチちゃんって、意外と抜けてるんだね。」

 既に朝食を終えたらしいカリンちゃんが、まだ寝ぼけている私を見て笑っている。学校の初日から同室の子に起こされるなんて、と後悔しても仕方がない。

 急いで支度を済ませ、朝食を食べて学校に向かう。既に、寮の中に人の気配はない。

「それじゃ、私はこっちの教室だから。」

 私を待ってくれていたカリンちゃんとは校舎の前で別れる。学科の違うカリンちゃんとは、教室の方向が真逆だ。昨日学園の地図には目を通したが、まだ全ては覚えていない。10の学科がそれぞれ4学年と、大学院の制度で2年間。最大6年間生徒が在籍する仕組みになっている。そのための教室が収まる校舎は1つの街と表現しても十分なほど巨大だ。

 やや急ぎ足で教室に向かうと、案の定、他の生徒は全員揃っていた。

 チャイムがなり、教室のざわめきが消える。このチャイムも実際になっているのではなく、それぞれの学生証に組み込まれた魔法らしい。

「皆さんこんにちは。今日から授業が始まります。初日なのでどの授業もオリエンテーションです。途中から移動するかも知れませんが、始めはこの教室で行いますので、始業時には各自席について待っていてください。」

 担任の手短な連絡が終わり、すぐに1つ目の授業が始まる。私たち1年生は、魔法や専門科目よりも国の歴史や数学など基礎科目が多い。年齢的には高校生だが、この国ではこれより前の初等教育が存在しないようだ。

 私の所属している魔法科で一年生が受ける専門科目は、1週間に4つだけ。1日7つの授業でたったの4つだから、不満を持つ生徒もいるだろう。残念なことに、今日はただただ基礎科目の座学だけが続いた。

 私にとっては有意義な時間だったけど。


 その3日後、週の最後に初めての専門科目があった。だが、座学中心の内容で、それらしい授業があったのは週明けだった。

「こんにちは。僕は多属性と魔力が多い生徒を担当するユーシフ。よろしくね。」

『魔力操作』という授業だ。これは全学科共通で行う演習授業のようで、それぞれの魔力や属性によって担当の先生が割り振られる。

 入学前に提出した在国許可証、通称ウォトを元に判断しているのだろう。ウォトは氏名や年齢の他に魔力量や属性なども記されている、戸籍のようなモノだ。

 そのウォトに従って割り振った結果、私の担当になったのがこの先生だ。水色の髪で、雰囲気もどことなく明るい。先生と言うより上級生といわれたほうが納得できる。

 この先生が担当するのは私の他には4人だけ、同じ学科の生徒は私ともう1人だけだ。

 先生の指示に従って自己紹介をしたら、いきなり実演が始まった。ちなみに、この授業は『魔力基礎』という座学授業を前提に行われる。

「見て想像するのは簡単です。なので物は試し、実際にやってみましょう。まずはあの的に魔力をぶつけてみてください。」

 ユーシフ先生が示した先に、かかしのような人型の的が現れる。ちょうど2メートルほどの距離だ。

「ぶつけるだけで大丈夫です。周りに気をつけてさぁ、どうぞ。」

 先生はそう合図をするが、互いに目配せをするだけで誰も動こうとしない。

 私も、自信はない。

「誰もしないならこちらで指名しますね。魔力順でサチさんから。」

 どうやら私はこの5人の中で魔力量が最少か最多らしい。仕方なく返事をして立ち位置につく。

 魔力の使い方は、今まで何度か魔法騎士団の団員に教わっている。失敗したことはないから大丈夫だろう。なんかグーってお腹に力を入れて、ぱっと出す。と誰かが言っていたことを思い出し、意識を集中する。

 モノのぶつかる音が耳に入り、集中を解く。的から煙が出ているから成功のようだ。

「どうですか。」

 自信を持ってユーシフ先生を振り返ると、苦笑いを浮かべている。

「魔力操作が難しいことを確認するための課題だったんだけど、なんでできるかな。」

 どうやら、なにかを間違ってしまったようだ。他の生徒も驚きの表情を浮かべている。

「まぁ、君の経歴は聞いてるから驚きも半分かな。」

 頭をかきながらユーシフ先生はそんなことを言う。

「とりあえず、君のことは後で考えよう。いい見本を見たから、他の人も今のをやって。」

 先生に促され、遠慮がちに他の生徒が動き始める。他の生徒がどのくらいできるか楽しみに待つが、いつまで経ってもかかしは動かない。

「そこまで。まぁ、これが普通だよね。」

 先生の他の子への視線に同情が含まれている気がする。要するに、普通は入学したばかりで魔力操作はできないと言うことだろう。

 でも、私が魔力操作を教えてもらったのはたった2ヶ月前だ。もっと前から魔法に触れている他の生徒の方が、先にできそうな気がする。何か理由があるのだろう。

「じゃぁ、今日はここまで。サチさんはここに残って。君、同じ学科でしょ、伝言頼める?」

 先生に言われて時計を見れば、いつの間にか1時間経っている。

 他の生徒が出て行くのを見送って、私とユーシフ先生は向かい合う。

「サチさん。」

 名前を呼ばれ、緊張が走る。一体何を言われるのだろう。

 もしかして、魔力操作を入学前に練習するのはよくないことだったのあろうか。でも、教えてくれたのは団員の人たちだ。

「他に、何か使える魔法がありますか。」

 一瞬怒られるかもと身構えた分、拍子抜けしてしまった。

「他、ですか?」

「はい。今のは火属性でしたけど他の属性、もしくは他の形で魔法を出せますか。」

 他の形、の意味は分からないが、属性なら分かる。

「水、風、光、闇、なら教えてもらったので使えますけど、土と空間は教えてもらってないので分かりません。他の形、はわかりません。」

 私が属性を口に出す度に、ユーシフ先生はため息をつく。

「わかりました。全属性とは聞いてましたけど、まさか既に使いこなしていたとは、ほんと、なんで魔法騎士団が絡むとこうなるかな。」

 最後の言葉がよく聞こえなかったが、使いこなせてはいない。まだ2つの属性は使い方を知らない。私の説明を聞いていなかったのだろうか。

「わかりました。そのように報告して今後のことを判断します。来週までには連絡しますので、しばらく待っていてください。それじゃ、授業に戻って良いですよ。」

 疲れた表情で追い出すように退室を促され、私は教室に向かう。

 話し合いの結果が伝えられたのは3日後の授業中。学生証に組み込まれている連絡システムで専門科目の実技授業だけ2年生と受ける旨が伝えられた。

 連絡システムを初めて使ったから驚いてしまい、他の生徒たちに変な目で見られてしまった。なんで着信音はあんな大音量なのだろうか。


「おはよう、サチちゃん。」

 入学式からあっという間に3ヶ月が経ち、授業も、学園生活も順調に進んでいる。

「おはよう、マーレット、シミアちゃん。」

 クラスメイトともそれなりに友好な関係を築けている。

「相変わらず今日も早いな。」

 真っ赤な髪を高い位置で結び、赤を基調とした制服に身を包むマーレットはいつもギリギリの時間に教室に来る。

「マーレットが遅いだけだと思うよ。」

 そういうシミアちゃんは丸い眼鏡が特徴的な大人しい子だ。2人とも性格は真逆だが、幼なじみでいつも一緒にいる。

「でも、私が早く来てるのはほんとだよ。いつも一番乗りだし。」

 初日の失敗を反省して、あれ以降早起きするようにしている。そのお陰で朝の静かな時間に集中して勉強できる。

「そういえば、昨日サチちゃん庭の掃除してたけど、サポーターの仕事?」

 シミアが時間を気にしながら、そんな話題を出す。あと5分で学校が始まる。

 自分の席は決まっていないからどこに座っても良いのだが、シミアちゃんはいつも前に座っている。私は逆に1番後ろが好きだ。

「うん、先生にお願いされて、暇だから手伝ったの。お陰で今週末のサポートは免除されたよ。」

 昨日の夕方、いつも一緒に学園内の環境整備をしている学校用務員の前を通って、声をかけられたのだ。時々、昨日のように平日に手伝いをして、週末の手伝いを免除してもらっている。

 思いがけず2日間の連休を手に入れたから、今週末は図書館に入り浸る予定だ。

「はーい。皆さん、席について。」

 授業の始まりを告げる鐘の音が響き、シミアちゃんとマーレットは慌てて前の席に向かう。

「皆さん私が入学式の時に伝えた行事予定は覚えてますか。」

 いつもは挨拶だけして終わる担任が、今日は珍しく長く話している。

「というわけなので、各自勉強をしていてください。」

 今日の授業内容について考えている間に、先生の話は終わっていた。

「テストか、面倒だな。」

 前の席に座っている生徒の会話が聞こえてくる。どうやらテストに関する連絡だったようだ。

 テストがあるのは再来週。テスト前の週はサポーターの役目も免除されると言うことで、昨日、学生証に連絡があった。テストの日程や手順も学生証に記載されているから、既に確認している。

 私たちサポーターは、手伝いの他に成績に関する規定があるが、今の授業で分からない部分もないから変な問題が出なければ大丈夫だろう。そもそも赤点さえ取らなければ

「ねぇ、サチさんは実技の方はどうなるの?」

 担任がいなくなり、1限目の先生が来るまでの短い時間、皆テストの話題で持ちきりだ。いつも私の前に座っている生徒が、振り返って尋ねる。

 この子はいつも席を行ったり来たりして、いろんな生徒に話しかけている。私がしゃべったのは今日で3回目くらいだ。

「うーん、まだ分かんないんですよね。今度の授業で聞いてみないと。」

 1週間あるテストは、知識の定着度や理解度を確認する筆記と、技能の定着度や実力を確認する実技が同時に行われる。

 成績次第では私が今しているように飛び級をしたり、逆に1つ下のレベルに下がったりするらしい。

「優等生も大変だねぇ。勉強もあって、サポーターの仕事もある。しかも今後は魔法騎士団の任務を任されるかも知れないんでしょ?」

「うん。そう、だね。っていってもサポーターも週に1回だし、まだ魔法騎士団も何もないからな。」

 私が魔法騎士団に所属していることは、入学した当初から皆知っていた。入学式の時にクラリスタさんさんと一緒にいたのが目立ったのか、それとも団服を正装に使ったのがよくなかったのか、入学当初は色々な人に話しかけられて大変だった。

 でも、先生たちが配慮してくれたのか徐々にそれも減って、最近は問題もなく過ごせている。

「っていうか、魔法騎士団って普段何してんの。」

「うーん。訓練かな。」

 といっても私が魔法騎士団で生活していたのはたったの2ヶ月。学校に入ってからも月に1回は近況報告をしているが、あちらから返信はなく、完全な一方通行。場合によっては在学中から任務に出てもらう、と言われたがそんな気配もない。

「そっか、ありがと。」

 話に夢中になっている間に、気付いたら先生が教壇に立っていた。

 さっきまでとは打って変わり、静まりかえった教室に鐘の音が響く。


 先生が教室からいなくなった瞬間、教室全体の空気が一気に解れる。まだ終礼は終わっていないが、すっかり全て終わったような雰囲気だ。

 今受けていた歴史のテストで今回のテストが実技と筆記、両方とも終わった。

 それほど難しい内容ではなかったが、1週間ずっと同じことの繰り返しで私も少し疲れてしまった。

「サチちゃん。どうだった?」

 終礼も終わると、珍しくシミアちゃんだけがこちらに向かってくる。マーレットは机に突っ伏している。

「うーん。多分平均点くらいはとれるはず。」

 部屋に帰る準備をしながら応える。私が異世界から来たこともあって、歴史は難しかった。

 でも、他の科目はそれなりの手応えがあったし、懸念していた実技も各学年合同で行われ、特に問題なく終わった。

「そっか。あのさ、ちょっと古語のところでわからなかったところがあって、教えてもらってもいい?」

 真面目なシミアちゃんらしいお願いだ。快く了解し、再度筆記具とノートを取り出す。

 魔法とか数学とかは平均くらいの実力しかないが、言語系は得意分野だ。張り切って解説を始める。

 シミアちゃんが書き写している間に前を見ると、マーレットは既に帰ってしまっている。いつもはシミアちゃんをずっと待ってるのに珍しい。

「あ、マーレットには私がお願いしたの。先に帰っててって。」

 私がよそ見していることに気付いたようで、少しはにかんだ表情でそう言う。仲良しだな。

 その後も、シミアちゃんの質問は続き、結局終わったのは30分後で、その時にはもう、教室には私たちを含めて5人しか残っていなかった。


「おーい。サチちゃん、お帰り。」

 その2週間後にテストの結果が出て、私たちの学園は秋休みに入った。

 その期間は特別に許可を出した生徒と補習がある生徒以外は家へ帰ることが義務づけられ、私は約4ヶ月ぶりに魔法騎士団の基地へ帰ってきた。

「皆さん、おひさしぶりです。」

 基地の入り口で団員が並んで待っている。

 任務から帰ってきた団員をいつもこうして迎えているのだ。私がこっちの立場になるのは初めてだから少し恥ずかしい。

「学園どうだった?退屈じゃなかった。」

 そういいながらフィルさんが荷物を代わりに持ってくれる。

「全然。楽しかったです。」

 私の言葉にフィルさんはうんざりした表情を見せる。

「学校なんて規則ばっかで、何が楽しいの。」

「それはあなただけよ、フィル。魔法しか取り柄のないあなたと違って、サチちゃんは優秀だからね。」

 そういうのはローリーさんだ。2人は幼なじみで、いつもこんな感じのやり取りをしている。

 緑色で短めの髪に、シワの見当たらない団服、いつも小型化された本を腰に下げている真面目なローリーさんと、オレンジの髪をツーブロックのように刈り込み、団服を着崩して、魔法の訓練時間でもお喋りに興じているフィルさん。

 見た目からして真逆な2人だが、幼なじみなだけあってこの団の中で一番仲がよい。

 全員で宿泊棟に向かいながらわいわいと会話をする。魔法騎士団は少数精鋭、個性派揃いだが仲がよく、心地がよい。

「休みって1ヶ月なんだよね。」

 こっちはアレクさん。私と同じ黒髪だが、真っ赤な目をしていて、いつも笑顔を浮かべている。色々と気が利く反面、何を考えているかわかりにくい。

「はい。その間は団員のサポートとかいろいろさせてもらいます。」

 学園に入学するまでの2ヶ月もいろいろと手伝わせてもらっていて、この休み中も同じように手伝うつもりだ。それに、調査や討伐に向かわなくても、手伝いだけで十分な給料がもらえる。稼げるときに稼いでおかないと、学園が出してくれるのは学園内での出費だけ。他は自分で用意しなければならないのだ。

「それは心強いね。でも、色々と噂は聞いてるよ。討伐は難しいだろうけど、調査くらいなら参加できるんじゃない。」

 相変わらず真意の知れないことをいう。

「どんな噂かわかりませんが、私にはまだ難しいですよ。」

もし本当にそうなっても全力で拒否したい。私じゃ、足手まといになるだけだ。

「いや、サチには1週間後に調査に行ってもらうぞ。」

 突然の声に驚いて振り向くと、クラリスタさんだった。さっきまでいなかったから出掛けていると思っていたが、今帰ったのだろうか。

「クラリスタさん、おひさしぶりです。私も、調査に行くんですか。」

 他の人ならともかく、クラリスタさんに言われたら断れない。

「あぁ、調査だけだから危険も少ない。それに、サチの学校の成績はこっちにも届いている。自分を守るくらいは自分でできると判断した。」

 確かに成績は保護者にも伝えられると先生が言っていたが、高く評価されるほどよい成績ではなかった気がする。

「とにかく、そういうことだ。」

 困惑する私を置いてクラリスタさんさんは先に宿泊棟に向かってしまう。

「大変ですね。」

 話を聞いていたローリーさんが、同情したようにそういう。

「1週間後といえば、森林の生態調査だね。第二騎士団と僕、フィルが一緒だから危険もないし、大丈夫だよ。」

 フィルさんはともかく、アレクさんがいれば確かに安心だ。

 片付けが終わったら訓練場に向かう約束をして、私だけ部屋に向かう。他の人は宿泊棟に隣接した事務棟でそれぞれ仕事があるらしい。

 自分の部屋に入るとまず、団服に替える。魔法騎士団の目印である紫を基調としたこの服は攻撃や衝撃に強く、基地内で魔法を使用するときは着用が義務づけられている。学校で使う教材や魔草は寮にそのまま置いてきたから、荷物は少ない。片付けは後回しにして部屋の窓を開け、そこから基地全体を見下ろす。

 私の部屋は3階にあるから全体がよく見える。

 この国の首都は王城を囲むようにいくつかの施設が層になっている。1層目が政治を行う行政機関。2層目が魔法や国民の動向を調べる研究機関。3層目が騎士団や魔法騎士団の基地。そして最後が市民の居住地だ。ウォナート学園や他の教育機関はそのさらに外側、郊外にある。

 始めの3つは王城を囲う塀の中に作られていて、私たちの基地も高い塀の中にある。けど、敷地も広く閉塞感はない。

 私は深呼吸をして、訓練場に向かう。

「おまたせしました。」

 10分くらいしか経っていないはずだが、さっきまでいなかった団員までそろって私を待っている。

「私たちもちょうど帰ってきたところだから大丈夫ですよ。」

 副団長のリーフィユさんは討伐に向かっていたようで、団服が汚れている。

「じゃぁ、早速始めようか。」

クラリスタさんさんたちは着替えのために宿泊棟へ戻り、私の実力査定が始まる。

「まずは、的当て。それぞれの属性で30秒ごとによろしくね。」

 訓練場は色々な設備が揃っていて、弓道場のように一定の距離で的が置かれた設備はその代表例だ。この的はどれほど壊れても次の瞬間には必ず修復する魔法が組み込まれている。

「はい。」

 アレクさんの合図に合わせて私は魔法を放つ。的当てで計るのは魔法の熟練度と、魔力操作能力だ。時間を決めるのも、魔力を連続で使う能力を測るため。普段は私が合図を出す側だ。

「よし、終わり。」

 流石に、短期間で7回打つのは疲れた。

「さすがサチさん。団長がああ言うだけあるね。」

 記録を記録を取りながら感心している。アレクさんが言うと嫌味のような気がしてしまう。

「いや、アレク。なんでそんな落ち着いてんだよ、魔法習い始めて半年だあれって、相当でしょ。」

 その隣でフィルさんがそういっているから、アレクさんの言葉も素直に受け止めて良いかもしれない。

「はい、次は魔法石。」

 魔力を落ち着かせる間も置かず、アレクさんから魔法石を受け取る。

 魔法石は、魔法が組み込まれた水晶球の総称で、魔法騎士団で使う魔法石には魔力を込めると光を発する魔法が組み込まれている。光る時間を測定し、魔力を放出する持続力と集中力を測るのだ。

「いつでもどうぞ。」

 タイマーを持って隣で待っているアレクさんの気配を感じながら、深呼吸をして水晶に神経を集中させる。

 これは入学前にも何度かしたことがある。長く続けようと魔力の量を減らしすぎると、少し集中が切れただけで光が消えてしまう。逆に量を増やすと、魔力切れで長く続かない。調整が難しいのだ。

「そういえば、第二騎士団の参加団員は決まったのか。」

 後ろでお喋りをしているフィルさんたちのせいでなかなか集中できない。

「あぁ、さっき団長から資料が来ましたよ。確か、ニスルと、ナルだったかな。」

「え、ニスルさんたちがいるんですか。」

 聞き覚えのある名前に思わず振り向いてしまった。

「はい。サチさん、終わり。」

 手の中で灰色に戻った魔法石が私の顔を写している。

「嵌めましたね。」

 アレクさんが私の測定係をすると、いつもこんな感じで気を散らしてくる。

「でも27分43秒、記録更新じゃないかな。」

 確かに、今まで20分を超えたことがなかったから自己ベストだ。それでも団の最高記録にはほど遠い。その記録を樹立した人はもうここにはおらず、今の団の中で一番長い記録を持っているのはこのアレクさんだ。

「それに、ニスルとナルが今回の調査に参加するのは嘘じゃないよ。2人もサチさんの様子を気にしていたから、ちょうどよかったね。」

 ジャマしたことがなかったことにされているが、ここで掘り返してもはぐらかされるだけ。

 それより、良い情報を聞いた。調査に行くのが楽しみだ。

「じゃ、一旦休憩。終わったら格闘場に来てね。」

 アレクさんはそういうと訓練場を出て行く。

「サチちゃんお疲れ。すごいねぇ、そのうち俺を追い越すんじゃない?」

 フィルさんから飲み物を受け取り、一気に飲み干す。まだ魔法を使うだけで疲れている私では、フィルさんも他の団員も越せそうにない。

「あれ、休憩中。」

 仕事を終えたらしいローリーさんが訓練場に入ってくる。

「そ、でもすごかったよサチちゃん。」

 さっきからフィルさんがやたらと私を持ち上げるから恥ずかしい。

「そうでもないです。まだまだ練習しないと皆さんの様には。」

「ううん。私たちは魔法を使い始めてから少なくとも4年経ってるから、比べるだけ野暮だよ...。それに、外でアレクさんにも会ったけど褒めてたよ。アレクさんに褒められるなんて、そうあることじゃないからもっと胸を張っていいと思うよ。」

 褒めてたのか、あのアレクさんが、私のことを。

「明日雪が降りそうですね。」

 悪口を言ってくれていたほうがまだ安心できる。

「それもそうね。それよりフィル。あなたはまだ仕事が残ってるでしょ。後は私が見るからフィルは仕事に戻って。」

 そういわれ、フィルさんは気まずそうに目を逸らしている。

 まだ仕事終わっていなかったのか。当たり前のようにここにいるから暇なのだと思っていた。

「はいはい。まったく、めんどうくさ。」

 悪態をつきながらも大人しく訓練場を出て行く。

「相変わらずローリーさんの言うことには従いますよね。」

 入れ替わるように入ってくるローリーさんは私の言葉にニヤリと悪い表情を見せる。

「学園時代からの付き合いだからね、お互い色々弱点を握ってるの。」

 確かに、あの人なら学園時代に色々としていそうだ。

「それより、今休憩中なんでしょ。次は何するの?」

 そういえばアレクさんのことを忘れていた。そろそろ行かないと嫌味を言われそうだ。

「次は格闘場です。」

「なら、模擬対決をするのね。」

 私が今している実力測定は、普段から団員が自分の実力を把握するために使っているモノだ。だから説明がなくても皆何をするのかわかる。

「やっと来ましたか。」

 ローリーさんと急いで訓練場の横にある格闘場に向かうと、案の定アレクさんはいつもの笑顔で待っていた。ひたすら謝りながら格闘場の中央に立つ。石造りのステージが一段高く円形に作られていて、その外側に観戦や記録などをするためのベンチがいくつか並んでいる。

「ローリーさん、記録をお願いします。」

 アレクさんはローリーさんにいくつか指示を出してから、同じように格闘場の中央に立ち、向かい合う。

「ルールは省きます。時間は10分です。それでは、始め。」

 ローリーさんの合図で私は表情を引き締め、集中する。アレクさんはいつもの飄々とした笑顔のままだ。

 この模擬対決のルールは簡単。制限時間内で先に相手に攻撃を入れた方が勝ち。判断はステージに組み込まれた魔法が下す。そして、1度使った魔法は使ってはいけない。

 つまり、同じ魔法の連発などはできないと言うことだ。これで魔法の手数が把握できる。

「サチさんの方から攻撃してきてください。」

 アレクさんは全く動かない。

 このままでは制限時間になってしまいそうだ。アレクさんの指示に従うのはシャクだけど、仕方がない。

 地面が揺れ、大きな音を立てて崩れ始める。

 私の足場を残して格闘場は崩落した。

「やっぱり、ダメか。」

 もしかして、と思ったがやはりこれではアレクさんは倒せない。

 上空に視線を移すと、黒い羽を生やしたアレクさんが変わらない表情でこちらを見ている。

 このままでも良いが、まだ上空戦ができない私が不利になってしまう。崩した足場を元に戻すが、1度上空に向かったアレクさんはもう帰ってきてはくれない。

 これで手数がいくつか減ってしまった。対決方式は初めてだから選ぶ手を間違えてしまった。とにかく慎重に選ばなければならない。

 また地面が軽く揺れ、今度は植物のツルが伸びる。急速に伸びたツルは、アレクさんを捉えるために伸びるが、アレクさんは軽々と逃げている。

 早々に諦めてツルを消し、次は突風を吹かせる。風向きを上から下へと押さえつけるように意識するが、まだ上手く操れない。アレクさんと力比べをしている間に効果が切れてしまった。

 アレクさんを下ろすのは難しそうだ。既に残り時間も半分を切っている。

 仕方なく攻撃に移ることにする。ここからでは効果も小さいだろうが、何もしないよりはマシだろう。

 アレクさんの背後に炎の塊を作る。2個目は作れないから、できるだけ火力が強いモノだ。

「今のはちょっと危なかったな。」

 余裕の表情でそういいながら避けている。

 アレクさんを追うように軌道を操るが、火力を強くしたせいか上手くコントロールができない。服をかすめるが引火することはなく、次第に火力は弱まる。

 仕方なく炎は切り捨て、次はアレクさんを覆うイメージで水の玉を作る。狙い通りアレクさんの動きが止まる。いくらアレクさんでも水中では呼吸できない。

 今のうちにと、もうひとつの魔法の準備をする。

「ちょっと甘いかな。」

 少し目を離した隙に、いつのまにか水が消えている。アレクさんの魔法だろう。

 制限時間がなければ仕組みを考えて対処したいところだが、今はそんなことをしている時間はない。

 ローリーさんが持っている時計が残り1分を示している。

 こうなったら最後の手段だ。アレクさんのいる場所を空間的に捉え、自分がそこにいるイメージを浮かべ、魔力を動かす。

 空気が動く感覚を全身で感じ、目を開ける。ここからは空間を上手く捉えて瞬時に判断するかが重要になる。

 瞬発的に目の前にある紫の団服を掴むと、地面に引き寄せられていた体が、少しだけ軽くなる。

 体勢を整えながら団服を燃やすイメージをする。

「そこまで。」

 ローリーさんの声が響く。時間切れのようだ。

 アレクさんは私をぶら下げたまま地上へ降りる。

「まさか空間魔法で移動してくるとは思わなかったから、驚いたよ。」

 どうせウソだ。想定外なら私が団服を掴んだ瞬間、体がブレるはずだ。アレクさんはむしろ私が捕まりやすいように少し体勢を変えていた。

「時間制限がなければダメージ食らってたかもね。」

 少し焦った表情でそういうが、どう頑張ってもそんなことははないだろう。

 アレクさんは私に攻撃するための魔法を使っていなかった。前に1度見た団員の模擬対決はもっとテンポが速かったし、手数も多かった。攻防両方を同時に行うことは今の私にはまだできない。

「サチちゃんおつかれさま。まだ学園でも模擬対決はないだろうから、今日が初めてでしょ。それにしては柔軟な対応ができていたし、手数も多かった。すごいよ。」

 ローリーさんは記録用紙をアレクさんに渡し、私の方に駆けてくる。

「そうだね。魔法を使い始めた時期を考えると、並外れた成長速度だよ。」

 アレクさんもそう肯定する。本当に明日、雪が降る気がする。

「ただ、できることなら光、闇の魔法も使って欲しかったな。それに、最初からつるの魔法を使っておくべきだったね。」

 対決の記録を見ながら私の改善点を1つずつ挙げている。

 自分でも自覚していることばかりで少し落ち込むが、同時に安心する。これでこそアレクさんだ。

「とにかく。これで十分実力は把握できたから今日はここで終わり。でもまだちょっと実力が足りないから、明日から訓練を積まないといけないね。」

 最期の改善点を言い、アレクさんは記録簿を閉じる。この後は自由に過ごしてよいらしい。流石に魔法を連発したから疲れてしまった。

 アレクさんに挨拶だけして、宿泊棟に向かう。

「あの調子ならいつか討伐も任されそうだね。」

 私の後ろを歩きながらローリーさんがそんな物騒なことを言っている。

「今の私が討伐に言っても死ぬだけじゃないですか。」

 魔法騎士団の主な仕事は2つ。1つ目が国内の生態系の調査や、魔力に関連する異常が発生したときの現地調査。こちらは魔力や地理に関する知識が重視される。2つ目は発生した異常への対処や、異常発生した生物の討伐。こちらは魔法を操る技術が求められる。実力が足りないと最悪死ぬ。

「大丈夫だよ。団員の中の何人かは学園を介さないで直接入団して実力をつけているから。」

 私を鼓舞するためなのか、そんなあまり役に立たないことを教えてくれる。

「知ってますよ、団長でしょう。私はあの人ほど戦いに積極的じゃないんですよ。」

 団員の誰かが教えてくれた団長の伝説だ。

 魔法騎士団は少し特殊な仕組みで、入団に年齢制限がない。必要なのは素質だ。高い魔力量や保有している属性によって判断される。だから私が入団することもできたし、団長のような存在もいる。

「まぁ、それもそうね。」

 団長が戦闘狂であることは団員全員で認識が一致している。普段はただの明るい人なのに。


 それから1週間、私のしていたことは飼育している動物の世話とアレクさんが考えた訓練だけだ。

 午前中は調査に必要な知識をたたき込まれ、午前中は魔法の実技訓練。その方法が鬼畜なのだ。

 的当てを30秒間隔で1時間ひたすらさせられたり、魔法石の光を指定の時間保てるまで連続でさせられたり。そんなことを毎日して、夜は食事をしたらそのまま寝てしまっていた。

 唯一の休みはアレクさんが緊急で動員された1日だけ。その日はフィルさんが私の訓練を見てくれて、とても優しかった。

 まぁ、その努力のお陰でなんとかアレクさんの及第点に達し、無事調査に同行する許可が下りた。

 調査当日の朝、まだ日が昇る前に私たち3人は団の基地を出た。目的地は第二騎士団の基地だ。フィルさんの魔法で移動すると、既にメンバーは揃っていた。

 合流してすぐに見知った顔を見つける。私が突然知らない世界に来て困っていた頃、最初に声をかけてくれた人たちだ。

「お久しぶりです。ニスルさん。それにナルさんも。」

 ニスルさんは水のように澄んだ色の髪をしていて、身長も高い。温厚な見た目のとおりとても優しい。その隣のナルさんは焦げ茶の少し癖がある髪で、ニスルさんに比べると小さい。本人も身長の低さを気にしているようで、ニスルさんの横に立つのを嫌がるがよく2人で行動している。

「元気にしてた?今日の討伐がサチちゃんも一緒だって聞いて楽しみにしてたんだ。」

 こういうことを恥ずかしげもなく言うあたりがニスルさんらしい。

「まだ学園通って半年ってとこだろ。それで調査に参加するとか、あり得ないだろ。」

 そう言いながら前方で第二騎士団の団長と打ち合わせをしているアレクさんをにらんでいる。私たち魔法騎士団は他の騎士団と一緒に行動することが多いから、互いに見知った顔も多い。

 学園時代から旧知の仲、という人もいるようで、色々と複雑な関係があるらしい。

 2人以外にも何人かに声をかけ、しばらく世間話をしていると団長から号令が掛かる。

 途端に私語が消え、整列が始まる。静動の差に戸惑うが、後れを取らないよう私も急いで列の後ろに並ぶ。

 昨日の打ち合わせ内容を軽く確認し、早速移動する。調査の目的によって移動手段は異なるらしいが、今回はフィルさんの魔法で一気に目的地へ向かう。

「サチちゃん、ちょっと足元が揺らぐけど気をつけてね。不安だったらアレクの腕でも掴んでおくと良いよ。」

 流石、魔法騎士団で1番の移動魔法の使い手。数十人を一斉に運ぶ大規模な魔法を使うときでも、いつもと変わらない軽口を叩いている。

「フィル。あまりふざけると」

 それを聞きつけたアレクさんが何か言おうとするが、フィルさんの魔法が発動し遮られてしまった。

「はーい、到着。」

 視界が光に包まれたかと思うと、次の瞬間には目的地に着いていた。

 あんなことをいいながら、安定した移動だった。短距離でも場所を間違えることがある私の魔法とは大違いだ。

「よし、それじゃ予定通りでたのむ。」

 予定通り班に分かれたら、直ぐに調査が始まる。

 今日は国の東側の森で異常に発生している魔獣の調査だ。

 この世界には先天的に魔力を持たない『動物』と、先天的に魔力を待つ『魔物』という2種類の生物がいる。だが、動物が後天的に魔力を持つことがある。これが『魔獣』だ。魔獣は魔力を持つが魔法を使うことができず、また暴走状態に陥りやすい。生態系に大きな影響を与える場合もあるため、被害が報告された場合にはこうやって調査をするのだ。

 調査対象の森を大きく3つに区切り、各班が調査する。

 私の班は騎士団が6人。フィルさんやアレクさんは他の班にばらけている。

「僕たちもいこうか。サチちゃん、記憶石の起動方法はわかる?」

 魔法騎士団のメンバーがいないのは不安だが、ニスルさんやナルさんたちがいるから大丈夫だろう。

「はい。」

 私は団服のポケットから魔法石よりもやや大きい半透明の石を取り出す。

 記憶石と呼ばれる、ビデオカメラのような役割を持つ石だ。

 私たち魔法騎士団の今回の役割は、この記憶石を常に起動し続けること。そして、魔獣が発生したときの班員のサポートだ。

 記憶石が起動したことを確認し、班は移動を始める。

 今回の班長はナルさんだ。こうみえて、というのは失礼だが、今回の騎士団メンバーの中で1番魔獣の対応が得意なのがナルさんらしい。

 ニスルさんが地図を見ながら行き先を指示し、調査を行う。

 アレクさんとの練習の成果か、歩きながらでも記録石は動き続けている。

 調査予定範囲の半分に到達したところで、1度昼食のために休憩をする。

「おかしいな。」

 ナルさんが独り言のようにそう呟く。

「報告に寄れば魔獣の数はだいたい100頭。こんだけ広い森だから遭遇しなくても無理はないが、その影はおろか、足跡すらない。おかしいだろ。」

 確かに。ナルさんに言われて初めて気付いた。

 今回報告された魔獣は全長約2メートルの大型魔獣。その足跡となればそうとう目立つだろう。だが、今来た道でそれらしいモノは見なかった。

「こんなことに気付くなんてさすがですね。」

 経験の豊富さに感心し、尊敬の眼差しを向けようとするが、よく見ると他の班員もこの事実に気付いていたようだ。

 ナルさんの言葉に頷いている。

「いくつか原因は予想できるが、断定できるほど情報が揃ってないな。」

 いつもの、ニスルさんとけんかをしているだけのナルさんとは違う。とても真面目な表情をしている。

「接近反応アリ。」

 監視役をしていた班員から声が上がる。

「あぁ、相当な魔力を持っているな。」

 戸惑う私をよそにナルさんたちは戦闘態勢に移っている。

「おい、サチ。ぼけっとしてないで防壁を張れ。」

 ナルさんの叱責で自分の役割を思い出し、風属性の防壁を作る。アレクさんとの練習で唯一使えるようになった防御系の魔法だ。

 私の防壁が完成するのとほぼ同時に攻撃が始まるが、私の防壁に弾かれ、森の中に消えていく。

 全身黒色の毛で覆われ、目だけが青色に光っている、近距離攻撃型の魔獣。報告書に載っていた特徴と一致する。けど、

「小さいな。子どもか?」

 その姿は報告されていた全長の4分の1もない。

 だが、子どもにしては数が多い気がする。魔獣は私が確認できるだけでも20頭。報告された数が100頭だから計算が合わない気がする。報告漏れだろうか。

「魔獣の攻撃がやみました。」

 防壁の直ぐ近くで警戒していた班員の報告に外を見ると、魔獣は私たちを囲うように座り、静かにこちらを窺っている。

「様子が、変です。」

 心なしか空気がひりついている。

 魔獣のうなり声が響く。始めは小さい子犬くらいの声だった。しかし次第に大きくなり思わず耳を塞ぐ。

 それでも響く重低音に恐る恐る視線を上げると、いつの間にか魔獣は報告通りの姿になっていた。1度咆哮を上げると、また攻撃が始まる。まだ侵入されてはいないが、明らかに押されている。

「大型化か。これで確定だな。」

 ナルさんの言葉に横を見ると、不敵な笑みを浮かべて私の方を見ている。

「全員待避。サチの周りに集れ。」

 ナルさんの指示で班員が私を囲うように立つ。

「サチ、俺がいいって言ったら防壁を解いて、魔獣を純粋な魔力だけで押さえつけろ。」

 それだけいうとナルさんも警戒態勢に入る。

「え、ナルさん。防壁解いてもいいんですか。」

 いくら叫んでも、もうナルさんには届いていないようだ。

 こうなったらやるしかない。

 純粋な魔力だけの攻撃。確か初日にアレクさんからやり方を教えてもらった。

「サチ、今だ。」

 ナルさんの声で急いで防壁を解く。

 魔獣は足場を失い一瞬体勢を崩すが、直ぐにこちらへ攻撃を始める。

「サチ。俺たちが守るから、お前は確実に抑え込めよ。」

 ナルさんはそういいながらも魔獣と対戦している。騎士団の戦闘を見るのは初めてだが、今のところ実力は拮抗している。

 その様子を確認して、私は自分の仕事に集中する。

 自分の体内にある魔力を無理矢理外に押し出しながら、どうしたいかを想像する。この時、具体的に想像しすぎたら押し出している魔力が魔法になってしまう。そのギリギリを攻めるのだ。体の隅々から魔力を押しだす。

 魔物の爪と剣が交わる音に時々集中を失いながら、やっと全身の魔力を押し出すことに成功した。

「ナルさん、いつでもできます。」

 私の目の前で魔獣と戦っているナルさんに向かって叫ぶ。だが、声は戦闘音に掻き消されてしまう。

 もう一度いうべきか迷っていると、やっとナルさんから返事が返ってきた。

「全員撤退。サチ、いいぞ。」

 ナルさんの声で班員は直ぐに戦闘から離脱。目的を失った魔獣たちが戸惑っている間を逃さず、私は渾身の魔力を上から叩き込む。魔獣から苦しむような声が漏れている。

「そのまま、俺がいいって言うまで続けろ。」

 ナルさんたちが事の次第を静かに見守るなか、私は押さえ続ける。始めは暴れていた魔獣は次第に大人しくなり、少しずつ大型化が解け始める。

 一匹、二匹とさっきの小さな姿になり、不安そうにこちらを窺っている。

「サチ、もういい。」

 全ての魔獣が小さくなり、やっとナルさんから指示があった。魔力を解いた瞬間疲労感が溢れ、私は地面にしゃがみ込む。

「大丈夫、サチちゃん。お疲れ様。」

 そんな私にニスルさんが補給食を渡してくれる。遠征時に必ず持ち歩く騎士団特性のモノだ。味は美味しくないが、魔力の回復に効果がある。

 それを飲み込むと、無理矢理立ち上がり他の班員の元に向かう。全員、小さくなった魔獣を捕まえている。さっきまでの凶暴さとは打って変わり、人懐っこくこちらにすり寄ってくる。

 少しとがった三角の耳にまん丸な顔、少し短いしっぽ、改めてみるととても可愛らしい猫のような姿をしている。

「この子たちはこのまま研究室送りだね。多分他の班も同じ感じだろうから、帰るときはフィルくん大変だろうね。」

 ニスルさんはジタバタと暴れるねこちゃんを捕まえながら、そんなことを言って笑っている。20人の人間とジタバタ動くネコを100匹連れて移動するのか。確かに、一筋縄ではいかなそうだ。

「サチ、なんか檻みたいなの作れないか。」

 人使いの荒いナルさんが、また私に指示を出している。心の中で悪態をつきながらナルさんに従って、あっちにこっちに走り回る。

 やっと全て捕まえて集合地点に戻ると、既に他の班は帰ってきていた。

「お帰り、サチちゃん。無事だったみたいだね。」

 1番最初にこちらに気付いたのは魔法騎士団の二人だった。アレクさんは魔獣の確認をしている。

 他の班でも同じようなことがあったようで、それほど広くない集合地の中はねこちゃんたちで溢れている。

「サチさん、お疲れさま。それも回収するね。」

 アレクさんが私の持っている檻も取ろうとする。

「あ、ダメです。」

 私の静止が遅く、アレクさんは水に包まれてしまう。しばらくするとその水は消えたが、濡れた髪はそのままだ。

「この通り、こいつだけサチに懐いてて放そうとするとこうなるんだ。」

 同じく濡れた髪のナルさんが呆れたような、笑いを我慢するような表情でこちらを見ている。

「なるほど。と、なるとこの子がこの魔獣のボスだったってことかな。」

「そうみたいだな。」

 そんな姿でもアレクさんは変わらず笑顔を浮かべて冷静だ。でも、その笑顔が心なしかひくついている気がするのは、私だけだろうか。

 水に濡れた二人は魔法で髪を乾かしてもらい、その間に他の団員で魔物の確認や撤収作業を行う。

「でも、この子どうするんですか。」

 その間も私の元から離れたがらないねこちゃんと一緒に、私は団員の様子を見学する。

「無理にでも研究室に連れていくんじゃないか。1日もすれば帰ってくるし、そしたら使役契約でもすればいいよ。」

 作業を終えたフィルさんが私の隣に座る。

「使役契約ですか。」

 使役契約については学校で習っているが、自分がするとは考えたことがなかった。使役、という言葉がなんだか上下関係を作るようで申訳ない。

「そ。使役契約っていっても実際はウォトみたいな在国証明証を作るだけだし、この子にとってはそれが1番でしょ。」

 魔法騎士団の団員には、何人か使役契約している人もいる。確かに、この子が望むなら良い選択かも知れない。

「もう帰るのか。」

 片付けが終わると直ぐに移動だ。

 檻の中で鳴いているねこちゃんたちも一緒に、フィルさんの安定した魔法で騎士団の基地へ移動する。

 最後に片付けの指示などを聞き、解散だ。騎士団の面々は道具を片付けるために移動を始め、アレクさんとフィルさんはねこちゃんたちを研究棟に連れて行く準備をしている。

「ねぇ、サチちゃん。」

 私もその輪に交じって準備をしていると、ニスルさんとナルさんから声が掛かる。

「サチちゃんにちょっと聞いておきたいんだけど。」

 そういいながら、珍しくニスルさんは躊躇した様子を見せている。

「あのな、ニスルはお前が学校卒業した後どうするのか気になるんだとよ。」

 それを見かねたナルさんが、めんどくさそうにそういう。

 その後ろでニスルさんは1人アタフタしている。

「学校を、ですか。」

 まだ入学したばかりなのに、4年後のことなんて考えたこともなかった。

「そうだ。お前が魔法騎士団に入団したのも、学校に入学したのも、この国での基盤を作るためだろ。だから、学校を卒業した後も魔法騎士団に居続ける義務はお前にはない。だから、その後のことだよ。どうするか考えてるのか。」

 そう言われて、初めて思い出した。

 ウォトを発行してもらっても、身寄りのない私ではこの国で生活するのは難しい。そういうことで、魔法の素質も十分だった私は魔法騎士団に入団したのだ。学校に入ったのはこの国で生活する人脈を作ったり、基本となる知識を身につけるため。

 そういうことになっていたのだ。

 学校で色々調べてはいるが、異世界から来た人の情報はなかなか見つからない。考えなければいけないことが色々あったんだった。

「えっと、まだ、考えてないです。」

 私の答えに、ナルさんは予想通りとでも言うようにため息をつく。

「まぁ、俺は魔法騎士団に残ったままでもいいと思うけどよ、もし他の職に就きたいとかあるときは、こいつを頼れ。」

 こいつといいながら、後ろにいるニスルさんを指さしている。

「こいつの家、意外と家柄もいいから、もし必要なら養子にでもして後見人になってくれるんだとよ。」

 その後ろでニスルさんが大慌てしている。

 確かに、ナルさんよりは良い家の出な気がする。

「わかりました。でも、多分私卒業した後も魔法騎士団に残ると思いますよ。」

 今のところ魔法騎士団が1番居心地のよい場所だ。

 他の場所を知らないから断言はできないけれど、就きたい仕事もないから魔法騎士団に残りって今みたいに魔法についてもっと知りたい。

「それならいいんだ。ただ、あくまでも選択肢の1つとしてそういうのがあるってのを覚えていてくれれば。」

 ナルさんの口を塞ぎながら、ニスルさんは少し慌てたように矢継ぎ早にそう言う。

「選択肢の1つですか。わかりました。」

 選択肢が増えるだけなら、確かに損はしないだろう。

「うん。それじゃぁ引き留めてごめんね。2人が呼んでるからもういきな。」

 そういわれて振り返ると、アレクさんの横でフィルさんが手招きしている。慌てて2人に挨拶をし、フィルさんたちの元に向かう。

 よほど急いでいたようで、次の瞬間には、私たちは室内にいた。

 目の前では大忙しで走り回る文官らしき人たちがいて、いきなり現れた私たちを一瞥しただけでまた自分たちの作業に戻っている。

「こんにちは、クレアさん。頼まれてた調査終わりました。」

 アレクさんはそんな中を平然と通り、一番奥で机にかじりついている人の元へ向かう。

「あの人、アレクの実の母親なんだよ。見えないよね。」

 フィルさんが気味の悪いモノでも見たような声で、私に耳打ちしてくる。

 アレクさんの母親かぁ。

 キリッとした印象を持つアレクさんとは対照的に、その人はおっとり、というか少し抜けた印象を与える容姿をしている。改めて見ても似ていない。

「フィル。次、行くよ。」

 いつの間にか戻ってきたアレクさんは、フィルさんに氷のような冷たい視線を向けている。私だってまだこんな視線で見られたことがない。ご愁傷様。

 次に向かったのは研究室らしき場所だった。

 試験管やビーカーこそなかったが、大量の記憶石に魔力石、モノの焦げた跡が研究の様子を物語っている。

 ここで今日捕まえたねこちゃんたちと記憶石を調べるようだ。他の子は大人しくしていたが私の子だけなかなか離れてくれず、私が必死に頼み込み、1日だけという条件でなんとか了解してくれた。

 こうして報告も終わり、今日の仕事は終わった。

 魔法騎士団の基地に戻った頃には既に食事の時間で、私たち以外の団員は全員揃っていた。

 初任務を労われながら部屋に戻り、睡魔に身を委ねながら、今日のナルさんの話を思い出した。

 これからのこと、ちゃんと、考えないとダメだよね。


「サチー。サチー。おきてぇ。」

 次の日、体の上で跳ねる何かに起こされた。

 疲労のせいで体は重かったが、なんとか起き上がると私の枕元にあのねこちゃんがいた。

「サチ。おはよう。」

 当たり前のように言葉を発している。

「サチちゃん、起きてる。」

 隣室のローリーさんが扉を叩いている。慌ててその子を抱え、扉を開ける。

「おはようございます。ローリーさん。あの、この子が。」

 私が説明するより早く、ローリーさんは気付いてくれた。

「あらら、この子が昨日話してた子?研究室から抜け出してきたのかもね、きっと今頃研究室は大騒ぎだよ。」

 笑いながらそんなことを言っている。研究室になにか恨みでもあるのだろうか。

「まぁ落ち着いて。」

 すっかり頭の冴えた私は、ローリーさんと一緒にアレクさんの元に向かう。アレクさんは既に食事まで済ませ、談話室で読書をしていた。私はそうとう寝坊したようだ。

「サチさん、おはよう。」

 アレクさんは朝、すごく不機嫌なのだが今はもう大丈夫なようだ。

「あの、アレクさん。この子が、逃げ出してしまったようで。」

 私は抱えているねこちゃんをアレクさんに見せる。

「お前、また僕をサチから放すつもりか。」

 よほど恨みがあるようで、ネコはうなり声を上げてアレクさんを睨んでいる。慌てて口を押さえると、大人しくなってくれた。

「随分懐いてるね。それに言葉を発するなんて知能が高い。」

 睨まれたことなど意にも介さず、状況を分析している。

「まぁ、気にしなくても良いよ。この子の脱走は今朝報告が来ていた。既に検査は済んでいるようだから、このままサチさんの好きにしていいそうだよ。」

まぁ、もっと困らせてもよかったんだけどね。と呟いているのを私は見逃さなかった。魔法騎士団の面々は、何か研究室に恨みでもあるのだろうか。

「そうですか。わかりました。」

 あれからの短時間で検査を済ませるとは優秀だ。

「とはいっても、使役契約を済ませないとここにはおけないから、今日は使役契約をしてくれば良いよ。確か、フィルも今日休みだったよね。」

 アレクさんは、私の後ろに立っているローリーさんへ視線を送る。

「はい。どうせ一日中街をほっつき歩くだけだろうから、好きに使ってください。」

 酷い言い方だが、そこも幼なじみだからこそだろう。

「了解。」

 アレクさんは開いていた本を閉じ、立ち上がる。

「ちょっと、色々と手続きをしてくるから、サチちゃんは外出の準備をしてここで待ってて。」

 そう言ってフィルさんの部屋の方向へと消えてしまう。遠征があるローリーさんとも別れ、私は一人で食堂へ向かう。

 ねこちゃんは私の腕の中で楽しそうに鼻歌を歌っている。

「ねぇ、君は名前は。」

 ねこちゃんはパンを食べる私の横で毛繕いをしている。その姿で、ますます猫らしさが際立つ。

「なまえ?ないよ。でも、ネコチャンっていいなまえ。それがいい。」

 おねがい?と可愛らしい表情でこちらを窺っている。

 でも、ネコチャンなんていったことない気がする。

「いってたよ。ずっと。ぼくのことネコチャンってよんでるじゃん。」

 疑問が声に漏れていただろうか。

 ぼっち生活が長かったからか、時々思ったことが口に出てしまうことがあるのだ。

「こえにださなくても、ぼくはサチのおもってることぜんぶわかるよ。ぜんぶ。」

 声に出さなくても。それは、つまり脳内の情報を読むことができると言うことだろう。

「そうそう。でも、サチのだけ。サチだけとくべつ。」

 うれしい?とまた可愛い表情を浮かべる。

 考えていることが筒抜けだと少し恥ずかしいが、この子なら問題ないだろう。

 結局、私は可愛さに絆されてしまった。私は食事を済ませるとねこちゃんと一緒に部屋へ戻り、私服に着替えた。

 この国での騎士団、魔法騎士団の認知度は高い。任務でないときに団服で外出すると確実に目立つ。

 夏休みの直前にシミアちゃんたちと一緒に買ったワンピースに袖を通る。前の世界ではそれほど裕福でもなかったから、いつも地味なズボンやシャツばかり着ていた。

 こうやって着たい服を自分で選んで着るこの瞬間が、とても幸せだ。

「サチさんおまかせ、さぁ行こうか。」

 それからしばらく談話室で待っていると、私服の2人がやってきた。

 フィルさんの私服は相変わらず派手だが、アレクさんの方は団服のように機能性重視のシャツだ。2人とも性格が如実に表れている。

「で、こいつかぁ。今日は大人してろよ。」

 フィルさんは少ししゃがむと、私の腕の中にいるねこちゃん笑顔を見せる。

 昨日も感じたが、動物が好きなのだろう。淡々と対処しているアレクさんとは反対に、じゃれるように接していた。

 それがわかるからか、ねこちゃんもフィルさんにはうなり声を上げないし、嫌がる素振りもない。

「フィル。早く行くよ。」

 それが不服なのか、いつもより当たりが強い。

「移動魔法なら私も使えるから、置いていってもいいんだよ。」

 まぁ、いつもこんな感じか。

「それ、悪い冗談でしょ。アレクが移動魔法使えるとか初めて聞いた。」

 自分のアイデンティティを奪う事実に、フィルさんはかなり衝撃を受けた様子だ。

 それでも安定した移動魔法を起動し、次の瞬間にいたのはこの国で一番大きい教会だった。

「おや、これは魔法騎士団の方ですね。ようこそいらっしゃいました。」

 目の前に突然現れた私たちを見て、偶然居合わせた教会の職員は驚く様子もなくそう言う。

 アレクさんは一応魔法騎士団の副団長だし、フィルさんも入団してから5年は経っている。服装を変えてもわかる人にはわかるのだろう。

「お話は伺っています。準備は整っていますので、中へどうぞ。」

 手際の良いアレクさんのおかげで、スムーズに教会へ入ることができた。

 ここは教会と言うが、実際は小さな学校のような造りになっていて、小さな部屋が1階と2階に並んでいる。それぞれの部屋でウォトの発行をするのだ。この国での教会はウォト発行所としての役割が大きい。

 その1室に案内される。ここから先には宗教関係者と当事者しか入ることができない。私だけがねこちゃんを連れて中に入る。

「ウォトを天板の上に置いて、使役契約をする魔物をここに、契約者はここに立ってください。」

 部屋の中は白に包まれたシンプルな造りで、光を発する魔方陣らしき紋様の中央に、小さな像のついた台が置かれている。台の上に私のウォトを置き、ねこちゃんを右側の淡く光る円の中に座らせて私ももう片方の円に入る。

 跪き両手を地面につけると、魔力の吸われる感覚が全身に広がる。

「終わりました。ウォトを持って退室してください。」

 前回は浮遊感のようなモノに包まれたが、今回はそれもない。魔力の操作ができるようになったからかもしれない。

 台の上に置かれた私とねこちゃんのウォトを確認する。私のウォトに変わったところはない。

 ねこちゃんのウォトは所属、という項目に私の名前が入っている。これが使役契約ということだろう。名前の欄にはネコチャンと書かれている。

 少しガッカリした気分で後ろを振り返ると、ねこちゃんは私のお願い通り身動ぎせず待っている。

 そんな可愛い姿を見せられると責められない。大人しくしていたことを褒めてから抱き上げ、職員の指示通りに部屋の外へ出る。

「お待たせしました。あれ、フィルさんはどこにいったんですか。」

 アレクさんだけが廊下に置かれたイスに座っている。

「フィルもウォトの更新時期だったんだよ。だから一緒に連れてきた。もうそろそろ終わるはずだからちょっと待っててね。」

 ウォトは5年ごとに更新が必要だ。

 今日みたいに教会で使役契約をしたり、まだ期限が来ていないときに自主的に更新をしたりした場合はその日が基準になる。

 つまり、私は今日から数えて5年後に更新をしなければならない。

 それにしてもフィルさん、入団以降教会に来ていないなんて、珍しい。

 学校で習ったのだが、一般的に国民は魔力量などの変化を把握するために1年に1回は教会を訪れるらしい。

「僕たちは魔力量とかを団の装置で把握できるからね、ウォトの更新を忘れる団員も少なくないんだ。」

 そういえば私も何度か自分の魔力量を把握するためにその装置を使ったことがある。あれがあれば更新の必要もない。

「あれ、サチちゃんの方が早かったね。」

 ねこちゃんがアレクさんを威嚇するよりも早くフィルさんは他の部屋から出てきた。

「はい、アレク。魔力量は変化なし。」

 フィルさんはアレクさんに更新されたウォトを見せている。一瞥して投げるように返却されたウォトを仕舞い、フィルさんはねこちゃんの方へ視線を向ける。

「その子はどうだった?」

 そう聞きながら表情を崩す様が少し可笑しくて、思わず笑ってしまった。

「大人しくしてましたよ。ウォトも特に変な部分はなかったですし。」

 私はねこちゃんのウォトをフィルさんに見せる。

「へぇ、サチちゃんがそうだから予想してたけどやっぱり全属性だね。すごいじゃん。」

 ねこちゃんは褒められて自慢げに胸を張っている。

「それにネコチャンか、珍しいけどいい名前だね。サチちゃんの国の言葉?」

 他の人の口からこの名前が出ると少し違和感がある。

「私の国で、この子の種族を指す言葉なんです。だから他の名前がよかったんですけど。」

「ぼくがこれがいいっていったの。かわいいなまえでしょ。」

 途中でねこちゃんに説明を遮られてしまった。

 まぁ、ねこちゃん自身が満足しているなら私に不満はない。2人の反応を見てもそれほど変な名前ではないようだ。

「それじゃぁ申請に必要だから、ウォトを借りてもいい?遅くても明日には返すから。」

 じゃれ合っているねこちゃんとフィルさんを余所に、アレクさんは自分の役目を果たしている。私はポケットにしまっていた自分のウォトも取り出し、2つ重ねてアレクさんに渡す。

「それじゃぁ、用事も済みましたし帰りましょうか。」

 アレクさんはフィルさんたちに声をかけ、教会の外に向かう。

 教会自体が強大な魔法で動く魔道具のようなものなので、教会内では魔法の使用が禁止されているのだ。

 見送りに来てくれた教会職員に声をかけ、私たちはフィルさんの魔法で基地に戻る。

「あら、お帰りなさい。どちらに行かれていたのですか。」

 着いた先は談話室だった。室内に移動するの難しいのだが、相変わらず移動系の魔法だけは一流だ。

「ちょっと教会にね。それより、魔物小屋に新しい仲間が増えるから、よろしくね。」

 声をかけてきたのは、この騎士団で飼育している動物や魔物の管理をしているスーさんだ。

「昨日話してた子?かわいい。名前は?へぇ、ネコチャンっていうのかわいい。それにしゃべれるのか。意思疎通ができると色々と楽になるのよね。あ、忘れてた私スーね、私の子も後で紹介するね。これから魔物小屋に行くから」

 この通り、無類の生き物好きなのだ。ねこちゃんを見た瞬間に目の色を変えて突っ込んできた。

 ねこちゃんは頬ずりされて嫌そうな表情を見せているが、アレクさんにするような威嚇は見せていない。

「仲良くできそうですね。それじゃぁ、諸々の手続きをしておくので後のことはスーさんに聞いてください。」

 そういうとアレクさんは私たちのウォトを持って談話室を出て行ってしまった。フィルさんはこのまま出て行こうか迷ってい様子だ。

「そういえば、フィルさんってあまり魔物小屋や馬小屋に行かないですよね。なんでですか。」

 ねこちゃんに対する対応から見てアレクさんも動物好きなのだろう。けれど、今まで1度もフィルさんを小屋で見たことがない。

「いや、それはねぇ、昔ちょっとあって。」

 私の質問に気まずそうに目を逸らしている。

「フィルくんは私が出禁にしたの。入団したての頃、ちょっとトラブルがあったから。」

 話を聞いていたスーさんがねこちゃんとじゃれながらそういっている。スーさんは軽く流しているが、フィルさんの反応からして相当大きな騒動だったようだ。

 スーさん自身はそれほど根に持っている様子でもない。フィルさん自身の問題なのだろう。

「いい機会だから今日見に来たら良いよ。どうせ暇なんでしょ。はい、この子もって。サチちゃん、行こ?」

 フィルさんの団内での扱いは一番軽い気がする。普段の言動が軽いせいだから自業自得だ。

 スーさんはねこちゃんをフィルさんに渡すと、スタスタと建物の出口に向かっている。好きなモノを前にした早口トーク以前に、せっかちな性格で決めたら直ぐ行動する性格なのだ。

 私もねこちゃんはフィルさんに任せてスーさんの後を追う。

 小屋は、宿泊棟や事務棟とは真逆の位置にあり、その隣には動物たちのための広場がある。

 訓練場を横切って小屋に向かうと、使役契役をして魔物小屋で暮らしている子たちが出てくる。動物は脱走しないよう小屋に工夫がされているが、魔物たちは契約しているから自由に行動できる。

「ごめんね、カム。1人で寂しかった。」

 1番最初にスーさんの元にやってきたのはスーさんが契約しているカムだ。

 ライオンに近い見た目だが、白に近い毛の色をしている。体長は大型化したねこちゃんよりやや小さい。

 その後ろに他の子もぞろぞろと着いてきている。カムはこの小屋のリーダーだから、いつも先頭で歩くのだ。

「ほら、フィルくん、早く。」

 私のさらに後ろをノロノロ歩くフィルさんは、スーさんに呼ばれて慌てて走っている。

「カム。この子はネコチャン。新しい仲間だからよろしくね。」

 フィルさんからねこちゃんを受け取ると、カムに見やすいように高く持ち上げている。

「よろしく。」

 この小屋の中で言葉を操るのはねこちゃんだけだ。

 少し異端の子だから受け入れられるか不安だったが、カムは笑顔で小さく鳴きねこちゃんに顔を近づけている。リーダーが認めてくれれば、他の子たちも認めてくれる。

 ねこちゃん自身もみんなを認めているようで、私の方を1度見て、自分から皆の輪に入っていった。

「あの様子なら大丈夫そうだね。さて、私たちは他の子たちを見に行こうか。」

 しばらくその様子を眺めていたスーさんは、フィルさんの方を1度振り返り、動物小屋へ向かう。

「ただいま、皆元気にしてた?」

 小屋の扉を開くと、スーさんはいつものようにそう言って入っていく。私もフィルさんの背中を押しながら中に入る。

 中は餌や動物の匂いが混ざった独特の匂いがしている。私はこの匂いが嫌いじゃない。

 この小屋にいるのは移動のためのウマや、癒やし役のウサギなど全部で20匹ほどだ。

 まだ尻込みしているフィルさんを置いて、スーさんはそれぞれに一言ずつ声をかけながら小屋の中を通り、一番奥の管理部屋に入っていく。

「フィルさん、いい加減諦めたらどうですか。騒動を起こしたのも5年前なら大丈夫ですよ。」

 私もそう言い残して部屋の中に入る。管理部屋にはいくつものパネルが置かれている。

「ねぇ、ねこちゃんの好きなモノとかわかる?」

 スーさんはそのパネルと向かい合って何か打ち込んでいる。

「私もまだ会って1日なのでそういったことはわからないです。」

 パネルの方に視線を向けながらいくつかいくつか質問を繰り返す。

 ねこちゃんのウォトの情報は既に届いているようだ。それを見ながら他の子との折り合いを考えてねこちゃんの部屋を割り振る。

 魔力が多い魔物は、時々魔力の少ない魔物を無意識に威圧するようで、部屋の位置はとても重要なのだ。

「魔力量でいえばこの中で3番目、でも属性を考えると一番魔法の素質があるね。でも、根本が他の子と違うから対応も少し変えないと行けないかな。」

 スーさんは1人で色々と呟きながらパネルを動かしている。この状態のスーさんは話しかけても反応してくれない。

 ここにいても仕方がないから、フィルさんの様子を見に部屋を出る。

「あれ、アレクさん。どうしたんですか。」

 けれど、フィルさんは見当たらず、代わりにアレクさんがウマを撫でていた。

「フィルに呼び出しがあったから探していたんだけど、まさかここにいるとは思わなかったよ。」

 珍しく優しい声音だ。

「有名な話なんですね。」

 他人の過去こ詮索するのはよくないだろうが、いつも自信に溢れたフィルさんの落ち込む姿に興味が湧いてしまった。

「フィルの魔法は今でこそ安定しているけど、入団した頃は本当に不安定で。時々移動の場所を間違えることがあったんだ。1度だけ、間違えてここに移動してしまってね。いきなり現れた人間に動物たちがパニックになって、相当な騒ぎになったんだ。」

 アレクさんはウマから手を放し、こちらを振り返る。

「それ以降は移動で失敗することもなくなったし、魔法の技術も向上したんだ。努力家なんだよ彼は。」

 珍しく表情を崩して、嬉しそうにそういう。

 アレクさんは魔法の指導は厳しいけど、いつも私たち団員を一番に思っている仲間思いな人なのだ。まぁ、だからといって油断したら痛い目を見る。

 アレクさんは私にも用事があるようで、一緒に事務棟へ向かう。

「入って。」

 アレクさんに促されて副団長室に入る。この部屋に入るのはこれで2回目だ。初めて来たのは魔法騎士団に入団するときで、不在だった団長に代わって色々と手続きをしてくれたのだ。

 その時はすごい優しい雰囲気だったから、その後本性を知って少しガッカリしてしまった。

「諸々の手続きは全て終わりましたので、今日からネコチャンもこの団の仲間です。」

 まだ1時間しか経っていないが、流石アレクさん、仕事が早い。

「それと、まだ確定していないのですが、いくつか研究室から報告が届いているのでサチさんにも把握していてください。」

 アレクさんは書類を取り出し、私に見せてくれる。

 研究室の人たちもアレクさんと同じくらい仕事が早い。

「この書類はサチさんが持っていてよいので、必ず読んでいてください。他にも追加で報告があったらまた、連絡します。」

 それで用件は終わったようで、早く出ていけと目が訴えている。

 自分で部屋に入れておいてひどい対応だが、ここで従わないと何を言われるか分からない。

 慌てて部屋を出て、そのまま事務棟の入り口にある談話室に向かう。この部屋は訓練場がよく見えるから、訓練の休憩のために皆使っている。

「あれ、サチちゃん。今日は休みじゃなかったの。」

 初めに私に気付いたのはローリーさんだった。

「そうなんですけど、少しアレクさんに呼び出されて。」

 私は空いているソファに腰掛け、持っていた書類をローリーさんに渡す。

「うーん。私じゃ何が書いてあるか分かんないな。ねぇ、アイリーンこれ読んでくれる。」

 ローリーさんは隣に座って訓練場の様子を眺めていた団員に書類を渡す。アイリーンさんは団の中で一番身長が小さく、少し影が薄い。ただ、魔法に対する探究心が強く、入団当初私に一番強く興味を示していた。

 アイリーンさんは興味深そうに書類を読んでいたかと思うと、突然嬉しそうな笑みを浮かべて何かを喋り始める。

「あぁ、ごめんなさい。つい、いつもの癖で、わかりやすくいうと、サチさんは魔物の集団のリーダーにもなった、ていうこと。」

 ローリーさんに宥められ、落ち着きを取り戻したアイリーンさんが説明をしてくれる。

 それによると、ねこちゃんを含めた他のねこちゃんは、私が見つけた時点で既に魔物化が終わりかけていたらしい。だから体の大きさを変えることができたようだ。

『魔物化が終わりかけている状態の魔獣を純粋な魔力で押さえつけると、それをきっかけに一気に魔物化が完了する』ということは既に研究で判明していたことのようで、魔物調査の基本らしい。アレクさんがそれを教えてくれなかったのは、うっかり忘れていただけだと思いたい。

 ともかく、私やアレクさんたちが魔獣を純粋な魔力で押さえつけたことで、ネコたちは魔物化が完了した。というのがアレクさんたちの見解だったらしいが、実際は少し違った。

 詳細は、ネコたちが魔獣化した理由が判明しないと分からないようだが、魔獣の集団全員が魔物化した理由は、その集団のリーダーだったねこちゃんが魔物化したから、らしい。

「それで、集団のリーダーがあなたをリーダーとして認めたから、集団全体があなたをリーダーとして認めたようです。」

 少し難しい内容だったが、なんとか理解することができた。

「魔物の群れのリーダーとかすごいですね。」

 ローリーさんは途中で理解したようで、アイリーンさんと一緒に解説してくれた。

「すごいこと、なんですか。」

 まだ魔法については学習途中だから、その辺りもよくわからない。

「うーん。こういった事例はよくありますけど、魔力量が多くないと実現しないので、どちらかというと珍しいですね。」

 同じ状況で同じことをしても、人によって結果が変わるらしい。

「でも、気になるのが魔獣化した理由だよね。動物が集団で行動することはよくあるけど、その集団全体が魔獣化するのは珍しいよね。」

 ローリーさんは改めて書類を読み返しながらそう呟いている。

「少し怪しい、けどそこは私たちの管轄じゃないから。必要となれば要請が来るはず。」

 アイリーンさんは心ここにあらずな状態で返事をしている。

 と、そこでローリーさんが呼び出されて話は終わってしまった。もう少し話を聞いていたかったが、アイリーンさんも考えに集中してそれどころではなさそうだ。

 なんでこの団の団員はこうも自分の世界に没入する人ばかりなのか不思議だが、それも含めてこの団の良さだ。

 結局、しばらく団員の訓練を眺めてから自室に戻った。外出してもよかったが、宿題のことを思い出して諦めた。


 それからも団で雑務や訓練を夏休みをずっと基地で過ごし、いつの間にか秋休みは終わっていた。

「サチちゃん、久しぶり。」

 学校について1番最初に挨拶をしたのはカリンちゃんだった。

 寮は始業日の数日前から開いているから、少し前に戻って格闘場や図書館で過ごしていたらしい。私は始業日当日にフィルさんに送ってもらった。私も移動魔法を使えるのに、お節介な人だ。

 カリンちゃんが朝食を食べている間に学校の準備をして、入れ違うように教室へ向かう。

 休みに入る前は少し暑さが残っていたが、もうすっかり冬に向かっている。道の両端に並ぶ木々も寒そうだ。

 まだ静かな校舎を通り、教室に入ると後ろの席でアイリーンさんに借りた本を読む。この国の子どもたちが魔法について知るために読む絵本だ。私は魔法の常識が抜けていると貸してくれたのだ。

 魔法についての神話が絵付きで書かれている。この国の国民は全員知っている内容らしいが、学校では教えてもらえない内容ばかりだ。

「サチさん、おはよう。今日も早いね。」

「おはようございます、エリックさん。」

 エリックさんもいつも早くに教室に来て勉強をしている私の仲間だ。

「それは、創造神の神話だね。これがどうかしたの?」

 机に置かれた絵本を見て、もの問いたげな表情をする。

 エリックさんは私の過去を知らないから、今更こんな子ども向けの本を読む私が不思議なのだろう。

「私、この国の出身じゃないので、この国の文化を知るためにって知り合いが貸してくれたんです。」

 エリックさんは納得した表情を見せると、定位置に座り勉強を始めた。

 そういえば、前回のテストでエリックさんが学園1位なのでは、という噂が流れていた。この学校では順位が公開されないから真実は分からないが、火のない所に煙は立たないという。いつも早い時間に学校に来て遅くまで教室に残って勉強をしているし、何度か休日に教室にいるのを見たこともある。一体いつ息抜きをしているのだろうか。

 まぁ、あまり詮索するのもよくないだろう。それに、端から見れば私とエリックさんは同類な気もする。

「おっはよう、サチ。元気してた。」

 気を取り直して改めて本を読んでいると、懐かしい声が飛んでくる。

「あれ、マーレット。今日は早いね。それにシミアちゃんも。」

 いつもギリギリで登校しているマーレットが今日は3番目だ。

 その後ろにいるシミアちゃんが恥ずかしそうにこちらを見ている。

「髪、切ったの?かわいい。」

 前の三つ編みもチャームポイントのようでかわいかったが、ボブも似合っている。

「だろ。髪飾りも私が選んだんだ。」

 前髪を留めるピンには小さな花があしらわれている。さすが幼なじみ、シミアちゃんを引き立てる方法を熟知している。

「それよりサチ。夏休みはどうだったんだ。なんか任務に参加したのか。」

「え、夏休み、そうだね。」

 私が魔法騎士団で夏休みを過ごすのは周知の事実だ。尋ねられるとは思っていたが、こうも直球に聞かれるとは返事に困る。皆が期待するようなことは全くしていない。

「1回調査に参加したけど、その後は訓練ばっかりしてたよ。」

 思い出すだけでため息が出る。

 あの調査の日以降、団員が交代で私の魔法の練習に付き合ってくれたのだがそれぞれ方法が独特で、レベルが高かった。頼みの綱だったフィルさんも、魔力が不足するギリギリまで移動魔法を連発するという鬼畜なメニューを考えていた。アレクさんの入れ知恵な気がする。

「調査、そうなのか。やっぱすごいなぁ、魔法騎士団。」

そんな大したことのない話をマーレットは目を輝かせて聞いている。

「マーレットは魔法騎士団に入りたいの?」

 そういえば、よく魔法騎士団の話題を口にしている気がする。

「いや。そういうのとは少し違うんだけど。」

「魔法騎士団は国民の憧れだからね。マーレットはどちらかというと騎士団に興味があるんだよ。」

 珍しく口ごもるマーレットに変わり、シミアちゃんが話してくれる。

「騎士団?でも、それなら騎士科の方がよかったんじゃない。」

 魔法科が魔法について学ぶ学科で将来の進路の幅が広いのに対して、騎士科はその名の通り騎士団に入団することを前提とした学科だ。他の学科からでも入団できるらしいが、学べる内容が全く違う。カリンちゃんは騎士科だ。

「私がお願いしたの、友達がいないと不安だから同じ学科に行こうって。私は治癒師になるために魔法科に入りたかったからマーレットが合わせてくれて。」

 治癒師とは治癒系の魔法を使って怪我を治す、元の世界でいう医者のような職業だ。けれど、シミアちゃんが治癒師になりたいのは知らなかった。

「そうじゃない。」

 私はシミアちゃんの納得したが、マーレット自身の考えは少し違ったようだ。

「そうじゃなくて、確かに騎士団には入りたいけど、サチが言ったように魔法騎士団にも興味あって。でも、ここで学んでたら他の職業にも興味が湧いて、あー、どうすりゃいいんだよ、私。」

 荒々しく髪をかきあげ、苦悩の表情を見せる。

 そういえば、私たちは元の世界で言う高校生。まだ進路に悩む時期だ。マーレットの暴走を眺めながら、ナルさんたちの話を思い出す。私も、マーレットみたいに分かりやすく悩んだ方がいいかな。

「ごめんね、サチちゃん。マーレット、家に帰ったときに家族から色々言われて悩んでるらしいの。」

 だから珍しく早く来たのかも知れない。まだ生徒は私たち4人だけ。叫んで叱られることもない。

 その後もマーレットは悩んでいたが、5人目の生徒が来ると慌てて自分の席に向かっていた。いつも猪突猛進なイメージのマーレットが悩む姿は貴重かも知れない。


「私の将来か。」

 月日はあっという間に流れ、手袋が手放せない季節になった。

 相変わらずナルさんたちへの返事は決まらないまま。マーレットも、時々進路のことを思い出しては机に突っ伏して悩んでいる。

 まだ後3年ある、と言いたいが、2年の後半から進路に合わせたカリキュラムが組まれるようで、それまでにある程度決めないといけないらしい。

 ついこの間も、1回目の希望調査があった。

「将来?進路に悩んでるの。」

 つい心の声が漏れていたようで、カリンちゃんが不思議そうにこちらを振り向く。

「でも、サチちゃんってもう魔法騎士団に入ってるから、進路は心配いらないんじゃない。」

 普通ならそう思うだろう。私だってそう思ってた。

「うーん。そうでもないんだよね。私が魔法騎士団に入っているのは、この国で生活する基盤を作るためで。」

 カリンちゃんも私の過去を少しだけ知っている。これだけでなんとなく理解してくれたようだ。

「だから、卒業後は別の進路を選ぶこともできるってこの前言われて。分からなくなって。」

「確かに、それだと悩むよね。」

 カリンちゃんも私と少し似た境遇のようなので、私の悩みに共感してくれる。

 そういえば、元の世界では毎日ただ目立たず過ごすことだけを願っていて、まともに進路のことを考えたのは初めてな気がする。

 それも相まって、そもそも私が何をしたいのかと言うところから悩んでいる。

 それ以前に、この世界でなんのために生きていけば良いのかもわからない。

「でも、ほら、来月ウォナート祭があるじゃん。その時、少しなにか分かるんじゃない。」

「そうかもねぇ。」

 ウォナート祭とは、分かりやすくすると学園祭だが少し体育祭のような側面も持っていて、国の三大祭りにも数えられるかなり大規模な学校行事だ。

 場合によってはスカウトを受けることもあるようで、進路に悩む生徒にとって大切な行事らしい。

 今日の朝に担任からも軽く説明があった。祭りはまだ数ヶ月先だが、大規模なだけあって1年前には委員会が組まれ、色々と話し合いが始まっているらしい。

 模擬店や作品の展示、格闘大会などの競技が1週間かけて行われ、成績にも影響を与えるらしい。今学期の成績は来月行われる定期考査とこのウォーナット祭の評価が中心で、その中でもウォーナット祭は特に重視される。

 生徒は学科ごとに必須で参加するものが決まっていて、それ以外の競技や展示にも参加可能らしい。

 ただ、私は面倒そうだから最低限だけ参加しよう。そう思っていたが、色々あって結局5つの競技に参加することになってしまった。

 元々頼まれると断るのが面倒で引き受けてしまう性格だが、この世界に来て注目を浴びるようになってからその傾向が増している気がする。

 まず最初に私に声をかけてきたのは5年生の先輩だった。その次は騎士科担当の先生。最後は補佐科の先生、と続いてやっと勧誘が終わった。

 他の人にも勧誘があったようだが、普通は生徒同士の勧誘で、先生からお願いされることは珍しいらしい。そんなことで目立ちたくなんてなかった。

 それと、先輩の話を聞いて始めてこの学校にも部活動のような趣味の会があると知った。あくまでも非公式の会らしいが、ウォナート祭で共同の展示をしたり、模擬店を出店したりできるらしい。

 そういうことで私は毎日練習に追われることになった。カリンちゃんや他の生徒も練習に励み、寮では消灯時間のギリギリに帰ってくる生徒のちょっとしたトラブルがあった。

 

 そんなこんなで日々は過ぎ、あっという間に本番だ。

 すっかり寒さはなくなり、むしろ暑さに翻弄されはじめる頃、盛大な開会式と共にウォーナット祭が始まった。全校生徒を収容できる施設がないため、学科ごとに違う場所で開会式が行われ、その後は自由行動だ。各自、自分の出場する大会や模擬店での役割を果たすために移動を始めている。

「サチちゃん。」

 私を呼ぶ声に振り返ると、騎士科の面々がこちらに手を振っている。非常に目立っているが、みんな遠巻きに見るだけで、話しかけようとする生徒はいない。

「どうしたんですか。」

 私だけのためにわざわざ来るほど暇ではないはずだ。何かトラブルでもあったのだろうか。

「ウォーナット祭は各国の要人も集る行事だからね、僕たち騎士団と魔法騎士団が警備に当たるんだ。」

 団員の一人が説明してくれる。

 そういえば、開会式の時には国王がわざわざ開会の宣言をしていた。それだけ大規模な行事と言うことだろう。

「じゃぁ、魔法騎士団の人たちとも会えますかね。」

 魔法騎士団の人たちには少し用事があるのだ。

「第三グランドに拠点を置いてるから、どうしても会いたければそこに向かえば良いよ。」

 第三グランドだけ模擬店の設置が禁止されていたのはそういう理由か。騎士団の人たちは本当にただ私に挨拶をしに来ただけのようで、直ぐに出て行ってしまった。

 これだけのためにわざわざこんな目立つことをしたのかと呆れるが、国の人気者に悪口を言っても意味はない。気を取り直し、先に行ってしまったシミアちゃんたちと合流する。

 マーレットからは少し嫌味を言われたが、適当に受け流した。次からは呼ばれても無視しよう。

 若干不貞腐れてたマーレットを連れ、1番最初に向かったのは展示のコーナーだ。といっても展示のエリアだけで校舎3つ分ある。

 目的のモノだけに絞ってテンポよく進む。

 最初に向かったのはシミアちゃんの作品が並んでる教室。服飾科の生徒が作った作品に交じって可愛い髪飾りが展示されている。展示は先生の評価とは別に、観覧者の投票で順位付けされる。

 マーレットは当たり前のようにシミアちゃんの作品に入れていた。

 次に向かったのは私の展示だ。補佐科の先生からお願いされていた『語学力コンテスト』という競技だ。こちらは先ほどの見て楽しめる展示とは異なり真面目だ。机に並べられた書類を1つめくってマーレットは既にギブアップしている。

 指定された3つの言語の中から1つを選び、指定された物語を翻訳するのだ。この国の言葉から他国の言語へ、と他国の言語からこの国の言葉への両方を提出し、上位10名は最終日に口頭発表が待ち構えている。補佐科の先生の友人に第二騎士団の団員がいたようで、私に話が来たらしい。十分な時間があったから満足のゆく仕上がりになった。

 シミアちゃんとマーレットは別の部屋に行ってしまったが、私は他の生徒の作品もしっかり見て投票した。

 その後も色々見て回っていたらいつの間にかお昼で、3人で模擬店のエリアに向かう。こちらは相当な賑わい様だ。

 この学校で1番目と2番目に広いグラウンドが、模擬店で詰めつくされている。模擬店でも順位があるため、客を呼ぶ声も賑やかだ。。

 商品は様々でスイーツからお肉、手作りの髪飾りや魔草など様々。右側の緑のテントは生徒の店、左側の黄色のテントは外部から参加しているプロの店と別れている。生徒の店で販売しているのはほとんどが飲食物だ。

「うっまー。なぁ、ここでいいんじゃないか。」

 両手に串焼きを持ったマーレットは私たちの前をスタスタ歩く。

「ダメだよ。もっとおいしい場所が見つかったらどうするの。」

 シミアちゃんも右手に串焼きを持っている。

 模擬店では、入場するときに渡される1本の紐を店の柱にくくりつけて投票するのだが、マーレットの紐は既に入り口の串焼き店で結ばれてしまった。

「あっちもいいんじゃないか。」

 大食いのマーレットは私とシミアちゃんを置いて先に進んでは戻ってきてを繰り返している。

 ちょうどグラウンドの中央辺りには座って食べるための丸太が円形に並べられていて、マーレットは座って嬉しそうに食べ始める。

 デザートに揚げ物、麺にパンまで、山のように積まれていた料理はいつの間にか半分に減っている。

「えっと、マーレットは確か剣術大会に出るんだよね。」

 学生証のバッチを叩き、プログラムを表示する。

「そう。1時間後に集合だから、これ食べたら行かないと。」

 私と同じく進路に悩むマーレットは、自分の実力を知るために騎士科の生徒が出場する大会に参加する。この成績次第では騎士科への移動も可能らしく、色々悩んだ末に参加を決めた。

「無理はしないでよ。」

 一方のシミアちゃんは怪我をしないかと心配している。まぁ、今日は魔法騎士団の面々も揃っているようだし、学校に常在する医師も腕利きだ。即死でなければ問題ない。

 料理をかき込むとマーレットは走って競技場の方へ向かってしまった。

「シミアちゃんは、競技の方は参加しないんだよね。」

 私たちはゆっくり食べながらお喋りする。今日は穏やかな陽気で、外での食事に最適だ。

「うん。本当はデザインコンテストにも出たかったんだけど、時間が足りなさそうだったから。」

 シミアちゃんは服を作る趣味の会に入っている、とついこの前知った。その団体でデザインコンテスト、いわゆるファッションショーに出場する予定だったらしいが最終的に展示だけを選んだらしい。

 デザインコンテストでは、服だけでなくモデルのメイクや髪型、アクセサリーまで自分たちで決める必要があり、かなり大変だ。

 そんな感じでゆっくりお喋りしながら食べ終わると、急いで競技場に向かう。競技場は常設・仮設含めて6つあり、予選は別々で本戦は常設の競技場で行う。

 着いたときにはちょうど1回戦が始まっていて、応援の賑やかな声が聞こえてきた。対戦相手は学年、学科問わずランダムで選ばれ、事前にトーナメントが組まれている。

「マーレットの対戦相手はサチちゃんと同室なんだよね。」

「うん。」

 なんと、マーレットの相手はカリンちゃんなのだ。1年生が5年生と当たって大差で負けることもある中で、同級生の、しかも女子同士で対決できるのはとても幸運なことだ。ただ、私としてはどちらを応援するべきか迷ってしまう。

 上級生同士の迫力ある試合が終わり、2人が出てくる。珍しく緊張した様子だ。

「よい、始め。」

 先生の合図でカリンちゃんの方から斬りかかる。

 それを受け流し、マーレットの剣がカリンちゃんの胴を狙う。マーレットは幼い頃から両親や兄から剣術を教わっていたらしい。対してカリンちゃんも普段から騎士科の生徒として剣を握っている。2人ともなかなかの実力だ。

 互いに一歩も引かない戦いが続き、剣の触れる音だけが会場に響く。

 マーレットの体勢が一瞬崩れ、カリンちゃんがその隙を狙う。マーレットは受けようとするが、体勢が整わず押し負けてしまった。

「勝者、カリン。」

 結果が流れ、場内が沸く。2人は礼をして次の選手と交代だ。

「負けちゃった。」

 隣でホッとしたような残念そうな声でシミアちゃんが呟く。試合中ずっと手を握って、心配そうな表情をしていた。

 次の試合が始まる前に私たちは観客席を離れ、生徒の待機所に向かう。ちょうどマーレットたち2人が出てくるところだった。

「あれ、サチちゃんどうしたの?」

 カリンちゃんは笑顔でこちらに向かってくる。

「マーレットを迎えに来たの。」

 そういえば、マーレットが私の友達だと伝えていなかった。

 マーレットはシミアちゃんとお喋りをしていて、それほど悔しがってはいないようだ。

「じゃぁね、マーレットちゃん。」

 次の試合があるカリンちゃんとは別れ、私たちはまた観客席に戻る。いつの間にか1回戦は終わり、2回戦が始まっていた。

 早速、カリンちゃんが出てくる。相手は騎士科の3年生、しかも去年の大会で5位だった人だ。

 先生の合図でまたカリンちゃんから攻撃を仕掛けるが、まず剣に対する受け方が違う。軸のブレがない。まるで足が固定されているようだ。

 先輩が攻撃する様子はなく、カリンちゃんの体力だけが削られている。実力の差は圧倒的だ。そんな攻防の末、カリンちゃんが足を踏み外す。

 先輩が剣を振った瞬間、カリンちゃんの負けが確定してしまった。

 これが学年の差、なのだろう。カリンちゃんは礼をして少しゆっくりとした足取りで戻っていく。

「あれ、サチちゃん。また誰かの迎え?」

 落ち込んでいないかと慌てて待機場に向かったが、予想に反してカリンちゃんはケロッとしていて、それどころか他の騎士科の生徒に囲まれている。

「いや。カリンちゃんに声をかけようと思ったんだけど。」

 拍子抜けして、なんのためにここに来たのか分からなくなってしまった。まぁ、カリンちゃんが騎士科の生徒と仲がよいようでよかった。

 仕方なくねぎらいの言葉をかけるとそのまま待機室を出て、シミアちゃんとマーレットの所に戻るとそのままひたすら応援に徹した。


 そんな感じで友達の応援をしたり、展示を見たりであっという間に4日が過ぎ、ついに最終日になってしまった。

 今日は私も忙しい。

 まず、朝一番に語学コンテストの口頭発表。

 なんと私の作品が10位になってしまったのだ。念のために口頭発表の練習はしていたが、本当に出場するとは思わなかった。

 まだ外部からのお客さんも少ない状態で私と他の生徒10人はステージに立つ。

 口頭発表では先生たちだけが審査をする。時間も決まっていて、長すぎても短すぎても減点だ。

 内容は自由で、私はこの前読んだ古典を翻訳した。他の人は、思い出話や意見発表など個性豊かで聞くだけでも面白かった。

 さすがに付け焼き刃な私は入賞しなかったが、授業も受けていない私が10位だった、ということで少し目立ってしまった。

 その後すぐに、魔法科の必須競技『魔法技術コンテスト』。

 こちらは魔法の精密度や美しさなどを競う大会だ。予選は学年ごとで別れ、1回戦は各年全員でちょっとした魔法を披露し、観客の投票で上位10人が次に進む。2回戦以降は1人ずつ1分間の持ち時間が与えられ、最終的に各学年1人が選ばれて決勝戦となる。私は全属性である特徴を全面的に活かした構成が高く評価されたが、最終的に6位。つまり1年生の中での1位に留まった。まだ練習が必要と言うことだろう。

 それが終わり、遅めの昼食を食べたら祭りの最終競技『使役魔物鑑定』だ。

 使役契約をしている魔物の美しさや所作を評価する、おまけ競技だ。生徒の成績には反映されない完全な娯楽。この祭りの名物らしく、1番観客が多いかも知れない。

「サチちゃん、今日はありがとうね。」

 常設の競技場は、建物の中に待機場がある。私がそこで待っているとエール先輩が入ってくる。

「いえ、私よりネコチャンたちがやる気になので全然大丈夫ですよ。」

 私に出場を頼んだのがこの先輩だ。この大会は出場人数が10人以上いないと開催されないが、そもそも使役契約をしている生徒が少なく毎年出場者集めに苦労するらしい。

 この大会の運営も担当している先輩は他の生徒にも声をかけている。

「まぁ、気楽にね。」

 先輩が部屋を出て行く様子を見ながら、アレクさんを思い出す。なんとなく容姿が似ている。性格は似ていないけど。

『サチ、もうそっち行ってもいい?』

 タイミングを図ったようにネコチャンが話しかけてくる。私がいない間に遠距離でも話ができるようになったらしい。

「ちょっとまって、出番になったら呼ぶから。」

 ネコチャンは意外に目立ちたがりの性格。先輩が私に話しかけてきたとき、こっそり盗み聞きして勝手に色々手回ししていた。

 案内があり、他の生徒と一緒にステージに向かう。まだ皆、使役魔物は連れていない。整列が終わると先輩が開会を宣言する。

「それでは出場者を紹介します。」

 先輩が演台を降りて私たちの前に来る。

「1番、騎士科6年。オターウィル。使役魔物、ウィル。」

 先輩の声に合わせて使役魔物が空から現れる。ユニコーンのような見た目だ。

 大きさはネコチャンと同じくらい。オターウィル先輩の隣に並ぶと一緒に行儀よく一礼している。

「2番、服飾科2年。サンシャー。使役魔物、サンリー、サンシー。」

 今度は2匹の魔物がサンシャー先輩の陰から現れる。2匹の魔物は闇属性なのだろう。

 その後も3番、4番、5番、と続く。魔物が現れる度に観客から拍手が鳴る。

「6番、魔法科1年。サチ。使役魔物、ネコチャン。」

 私はタイミングよくネコチャンに合図を送る。予定では観客席を1周してから私の隣に並ぶことになっている。

『わかったー。』

 心なしかいつもより明るい声が頭の中に響き、ネコチャンと他の子たちが現れる。予定通り観客席の上空を行進して、私の隣に一列に並ぶ。最後に皆揃ってお辞儀をする。観客から拍手が湧いている。

 正直全員で参加するのは少し目立ちそうで嫌だったが、楽しんでくれたならよかった。私も一礼したら先輩は次の人の説明に映る。

「そして最後に僕、研究科5年。エース。使役魔物、キース。」

 現れたのは蛇のような姿の子だ。先輩の首に巻き付き、可愛く舌を出している。

 数人から悲鳴のような声を出したが、拍手にかき消えた。蛇嫌いの人が多いのは全世界共通のようだ。

 紹介が終わると1番目の人だけを残して、私たちはステージ下のベンチに座る。待機場では観客から私たちが見えなくなるし、そもそも大きさ的に入らない。

 皆が降りたことを確認して、早速競技が始まる。

 審査内容は容姿、所作、魔法だ。審査員が10点満点でそれぞれ点数をつける。審査員が10人だから最大で300点だ。

 今日のために放課後何度かネコチャンたちをこちらに呼び出し、練習をしたり、ブラッシングをしたりした。

 ちなみに、いまねこちゃん以外の子たちは元の森に入っている。魔物化が終わって危険もないと判断したようだ。リーダーがいなくても皆仲良く過ごしているようだ。

 先生が実況のためにマイクを持ち、一挙一動を観客に伝えている。どこの国でも動物は癒やしの存在なようで、使役魔物が動く度に観客から歓喜の声が漏れている。

 点数は合計して208点。2人の信頼関係が感じられてよい演技だった。

 次の先輩は2匹の仲の良さを感じさせて220点。

 その後もみんな200点台。そもそもただの娯楽だから審査も甘い。

「ほら、サチ早く、早く。」

 やっと自分の番になり、ねこちゃんは私を置いて先にステージに上がってしまう。その後に続いて他の子もステージに上がり、私はその後ろにひっそりくっついて歩く。

「よろしくお願いします。」

 完全にねこちゃんに主導権を取られた私は、ステージの端に立ち様子を眺める。皆予定通りに動いている。所々勝手にアドリブを入れていることは目を瞑ろう。

 魔法騎士団の人たちにも協力してもらって身だしなみに気を遣ったお陰で、容姿は88点と高得点。

 次の所作では、皆揃って一寸も狂いのないチームプレイを見せている。なかなか皆の動きが揃わず大変だったが、飲み込みがよくて助かった。こちらも76点と高得点だ。

 最後、魔法は皆の魔力を合わせて上空に闇を広げ、星のように光をちりばめる。

 この練習にはアレクさんも一役買ってくれた。とても疲れたようだが、お陰でとてもきれいな星空になっている。

 大勢だからこそできる大技で最高得点の100点をもらい、合計264点と一位に躍り出た。観客の声援も最高潮に達している。私は役目を全うできたようだ。

 私は一礼してステージを降り、他の子たちがステージを降り様子を見守る。

「ねぇ、どうだった?」

 ねこちゃんは意気揚々とこちらに向かってくる。他の出演者と一緒に皆でべた褒めしてあげた。言葉をしゃべれるねこちゃんは皆の人気者になれてとても上機嫌だ。最終的に私たちは1位になり、祭りも終わりになった。

 閉会式はない。各自寮や持ち場の片付けに向かいながら、先生たちが放送する結果発表を聞く。

 各競技、展示の3位まで発表されたが、私は最後の大会以外では名前を呼ばれなかった。さすがに上級生には勝てない。

 そうして楽しい学校行事も終わり、残りは卒業式と冬休みを1週間後に控えるだけになった。


 翌日と翌々日。私や他のサポーターは休みを返上してウォーナット祭の片付けに追われた。

 あれほど準備に時間の掛かった屋台や門の飾り付けも、撤収するのは一瞬。なんというか感慨深い。

 そういえば、私は元の世界でまだ文化祭を体験したことがなかったから、これが初めての文化祭だ。友達とも一緒に回れたし、色々協力してくれた魔法騎士団の人たちにもお礼をいえた。いわゆる青春を謳歌できた思う。

 とにかく、そんな感じで休みなく私たちは動き、週明けには通常通り学校が再開した。少し余韻が残り浮き足立た生徒もいたが、担任の先生に一喝されて大人しくなっていた。

「ねぇ、マーレットは進路決まった?」

 結局私の進路はあまりはっきり決まらなかったが、マーレットは剣術大会に出て何か掴んだ様子だった。祭りの間はなんだかんだとはぐらかされたが、いい加減教えて欲しい。

「あぁ、それが。」

 マーレットはまだ勿体ぶっているけど、シミアちゃんに叱咤されて渋々話してくれる。

 なんと、マーレットは騎士科に転科することにしたらしい。剣術大会で騎士科の先生に基礎力を認められたようで、冗談のつもりで申し出てみたら了承してくれたらしい。

 これから色々と手続きをするようだ。

「シミアももう私がいなくても友達がいるし、寮とかで会えるから大丈夫だろ。ってことだからよろしくな。」

 あれほど迷っていたのがウソのように清々しい笑顔だ。なんとなくこんな気はしていたけれど、本人の意思が固まったようでよかった。

 私も、考えないと。

 と思うが、いくら悩んでも解決しないモノは仕方ない。今度、団に帰ったとき相談しようと、保留にしている。

 そんな感じでたった1週間はあっという間に過ぎ、卒業式があった。その次の日には修了式もあり、明日からは1ヶ月の夏休みだ。また魔法騎士団での生活が始まる。

 1年前、突然別の場所で目が覚めて、不安ばかりだったあの頃とは真逆の、とても充実した学校生活を送ることができた。

 結局この世界のことも、ここに来た理由も分からないままだけど、ここの世界も私の居場所だと思えるようになった。だから、もうちょっとだけ、この世界にいてもいいかもしれないな。

 でも、やっぱりまたお母さんとお姉ちゃんには会いたいや。2人だったらきっと今の私も受け入れてくれるだろうし、よかったねって、言ってくれるよね。

こんにちは。

最後まで見てくれた方ありがとうございます。

この作品は、異世界でサチがのーんびり学園生活を堪能している姿を見守りたいなーと思って書いてます。高校生らしい進路の悩みとか、友達とのけんかとか、そういうのをずっと見守る作品にするつもりなので、まぁ、よろしくお願いします。

ちなみに、次の話は飛ばしても全然問題ないです。読んだらちょっと、別の視点で読めるかもですけど、特別な伏線とかはないですよ。

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