満州
――1931年3月 参謀本部
「田尻君、輸送艦の海上演習の結果はどうだね」
「対空機銃、照準、防火をなんとかする必要があります。潜水艦は大丈夫です。海軍の潜水艦2隻で宇品丸型単艦を襲撃したのですが、音探で距離8kmで検知、近寄らせませんでした。爆雷投下もうまくできましたので、潜水艦は脅威になりませんな。飛行機は探知はできるのですが、10機程度で来られると搭載戦闘機では対応しきれません。魚雷は回避できますし、小型爆弾を低空から落とすぐらいなら磁器装甲で耐えられますが、今後急降下爆撃機が出てくると無理でしょう。空荷ならそうそう沈みませんが、弾薬や燃料などに引火するとユトランドになります」
「海軍も防空には限界があるから、最低限の自衛力は確保せんとな。それと、異動の話は聞いたか?」
「はい」
「実は君だけではない。俺も、第3部長も運輸部に異動だ」
「それは、満州ですか」
「いや、それはいうな。河川の再調査はやらせておけ」
――1931年9月 陸軍運輸部
「関東軍が奉天でことを起こした。3個師団の増派を要求している。心づもりがあるかね」
「内地師団3個でしたら、『大連3』計画ですな。宇品発で片道30時間、宇品丸型14隻、1万トン級民間客船2隻、関釜フェリーを順次動員して2往復半です。準備は24時間で総計110時間。即時準備開始可能です。費用の嵩まない範囲で進めますか」
「部内での準備は進めて参謀本部には上げるが、実働はまて。増派しない可能性が高い。租界に火の手が回ったときのことは考えておこう」
「重慶以外、上海、天津、杭州、蘇州、漢口、沙市は宇品丸型輸送艦で対応可能で、海沿いは1個師団として3日です。漢口、沙市は上海制圧後、南京、揚子江制圧が必要ですので、計2週間。制圧部隊が3個師団。重慶については、沙市確保後、宜昌に飛行場を確保し、川上は40m級輸送艦30隻砲艦10隻の1往復1個連隊で対応します。約1ヶ月で投入できます。宜昌に1個師団。全部やると戦争になりますが、11個師団2ヶ月強ですな。だらだらやっていると、機雷を投入されますので、船舶すべてを投入していきなり宜昌という手はあります。一旦孤立しますのでそれなりの損害は出ると思いますが、こちらのほうがましかもしれません」
上海 →南京 →漢口 →沙市 →宜昌 →重慶
第1週→第2週→第3週→第4週→第5週→第9週
宜昌 →重慶
第1週→第2週
「やはり重慶はやっかいだな」
「黄河流域にくらべれば簡単なものです」
――1932年1月28日 陸軍運輸部
「上海で衝突が起きて第9師団及び混成第24旅団の派遣が決定した。計画通り船舶、船舶工兵の動員を開始する。君には船舶工兵1個中隊を率い、碇泊場司令官として上海にいってもらう。港湾設備、舟艇修理、船舶支援には海軍が協力することになっているが、浮桟橋、排土車などを含む港湾設営構成で行くといい。防空設備も持っていきたまえ」
「了解しました」
――1932年2月5日 参謀本部
「作戦課長、第9師団は配置につきましたが、小競り合いが続き19路軍3個師団は撤兵に応じようとしません。さらに3個師団を動員しつつあるようです。積極的に排除あるいは殲滅するには後方への上陸作戦が必要と考えられます。師団から部隊を引き抜くのは危険な状況です」
「わかった。1個師団程度の上陸作戦を計画せよ。目的については調整する」
「目的は撤退させることに決まった。敵増援の配置時期に合わせて上陸させる。上陸作戦のめどはたったか」
「善通寺の第11師団を、揚子江河口から32Kmほど上流の七了口に上陸させ、敵後方から圧力をかけて撤退させます。2月9日以降実行可能です。状況によっては宇品、長崎あるいは上海近海で待機させます」
――1932年2月11日 七了口
「第1陣上陸開始しました。抵抗は軽微です」
「第2陣上陸開始。航空偵察、港湾設備作業部隊の投入はまて」
「舟艇引き上げ完了」
「飛行場建設は中止だ。極力旧式でいく」
――1932年2月26日 陸軍運輸部
「上海出征ごくろうだった。輸送艦8隻、大発400隻、師団総力の強襲上陸はだいぶ見ものだったそうだな。大変すばらしいが、ちょっと手際が良すぎたかもしれん。列強が反応している。強襲輸送艦を出した以上、多少目立つのは止むをえんが、強襲上陸から1週間で停戦。そこから1週間で師団が帰国するのはやりすぎだったかもしれん」
「本来なら片道40時間ですので、これでもだいぶもたつかせたのですが」
「まあ、やむをえん。飛行機を2機落としたそうだな」
「1機は優速な敵機に対し戦闘機ががんばってくれました。もう1機は船舶兵が機銃を当ててくれました。マグネトロンを使うようになって電探の測距がだいぶよくなりましたが、この測距結果を射手に伝えるしかけを考えて作ってくれたものがおりまして、これでだいぶ近くにいくようになりました。機銃の弾体沈降量が大きいので効果が大きいです。今後のことをいうなら、飛行機の速度と機銃の性能は考えないといけません」
「一発くらったほうはどうだった」
「小型の爆弾で即発信管でしたので外板に穴があいただけでした。応急措置で特に問題ありませんでしたが、遅発信管だとあぶなかったかもしれません。防空の強化が必要です」
「なるほど。海軍とも話してみたまえ。それで満州国の建国にあわせ、きみに関東軍後方主任参謀の話が出ている。急な話だし少将目前の大佐に主任参謀の配置で申し訳ない。役不足と思うかもしれんが、どうだね」
「やらせていただきたく思います。戦をやる、やらないはどちらですか」
「止められるならよし、止められないなら勝て、ということだが、いずれはやることになるだろうな」
――1932年3月10日 関東軍参謀部参謀副長室
「以前北満の参謀旅行をやったのだが、まったく茫漠たる平原で、これは海の戦いを参考にせねばならんということになった。そこで、海軍で強襲上陸戦隊司令の経験がある君にきてもらったわけだ。さしあたって装甲列車部隊を用意することを考えているが、なにか考えはあるかね」
「鉄道爆破などにも対応できる大きな鉄道連隊がありますので、装甲列車部隊は有効だと思います。軽量装甲、通信、対空装備など輸送艦や装甲艇と通じるところはあるので、流用できるところはすればよいと思います。鉄道連隊のほうですが、軍用であれば苦力を集めて工事をさせるというわけにはいきません。満洲国、関東軍の重工業面での自給自足を目指すことになりますし、民心安定のために日雇いで土木工事をさせるより、月給で採鉱や製鉄をやらせるということです。もちろん急にはできませんし、満鉄や統治部との相談になりますが、資金の確保と満蒙の資源開発は急務でしょう」
「話に聞いていた通り、なかなか面白いことをいうな。資源のあてはあるのかね」
「資源探査には音探の応用で原油や鉱物の埋蔵を探る手があります。発振器の代わりにダイナマイトを使って、伝達速度の変化をみるわけです」
「まだまだ先のことを考えているのではないかね」
「日満華防共協定ですか。満州だけでも帝国の何倍もあるのに、これ以上を求めても運営できません。受益者を増やすのが肝要です。国民党から共産党と対峙する東夷ぐらいにみてもらう必要があります。軍閥にひもをつけて安定させることにより英独にも益があるようにできるでしょう。掃共戦の展開に注視し再度の国共合作に至らぬよう、決着がつかぬよう調整が必要です」
「掃共戦の展開によっては蔣介石に手を貸す必要があるか」
「早期に援助を交渉材料にしておく必要があります。信用はしないでしょうし、できませんが、出されたものは受け取るでしょう。ゼークトを招請しておるので、こちらからという手もあると思います」
「北方は無理かね」
「帝国だけではエニセイ川が限界です。東、南、西からでないと。それでも手間にみあわんでしょう」
「なるほど。軍事的にはどうだね」
「それは参謀の皆さんのいらっしゃるところがいいかもしれません」
――翌日 関東軍参謀部
「以上が装甲列車の基本仕様で、輸送艦の構成要素の一部を流用することで調達費用を抑え、数カ月で整備することができます」
「田尻大佐、装甲列車の話はわかりました。上海で活躍なさったそうですが上陸作戦の話はしてもらえんですか」
「では、この地図をごらんください。目標は敵の殲滅です」
「右側に強襲上陸ですか?」
「それは天井川があぶない」
「では左」
「いや、こんなところに強襲上陸したら一の谷だろう。山側から押さえていくしかない」
「いろいろご意見がでましたが、ちょっと地図を回してみましょうか」
「おい。この海岸線は何kmあるんだ」
「ご明察のとおり、約1000kmです」
「やられたな。今すぐということはないだろうが、考えておく必要はあるな。揚子江は描いてないが使えんのか」
「使えますし、使うべきですが、宜昌から先は簡単ではありません。機雷を流されると使えなくなりますので、注意が必要です。さらに、重慶を攻略したらそれで勝ちというものではありません。簡単なところから叩いていくと、どんどん内陸に入られて、黄河が氾濫し文字通り泥沼化しますから、奥地から制圧する必要があると考えます」
「黄河は氾濫するか」
「古来何度もやっておりますから、軍が関中を押さえずに中原に入ればやるでしょう。ずっと天井川ですから鉄道爆破よりはるかに簡単で効果は絶大です。簡単に防ぐ手は断流ぐらいしかありませんが中原が砂漠になります。ダムを作るのが一番でしょうがなかなかの工事になるでしょう」




