Brown Water Navy
タイトル回収しました。沿岸海軍に近い意味で使っております。
――1924年2月 艦政本部
「藤本少佐、宇品丸を出発点にして空母を作ることは可能かね」
「制動索がよくなったので、だいぶ現実味がでてきましたが、船体をあのまま使うのは無理でしょう。そもそも小さすぎて低速の機体を載せるのが限界です。安価ですし、中ソしか相手にする気のない陸軍にはあれでいいのかもしれませんが。それに外洋、特に波浪の強いところでは着艦が困難です。今後機体が高速化すれば困難は増すでしょう。また敵の軍艦のいるところでは使えません」
「かといって新規に空母を設計する予算など通るものではない。外洋に出ていってなにをするのだということにしかならんな」
「飛行機全般は陸軍の所管ですが、輸送艦を敵の飛行機から守るのは海軍の仕事ということになっていますから、防空用空母であれば可能性があります。しかし、それならば宇品丸の少し大きいのでいいだろうということになりそうです。戦闘機も陸軍の機体にフックをつけるだけになりそうです」
「海軍の主兵装が魚雷というのは変わらなそうだな」
「駆逐艦や潜水母艦にはできます。搭載容量が多く偵察機を飛ばせる駆逐艦は便利かもしれません。あとは対陸上要塞用ということで砲艦の可能性があります」
「General Wolfeか。長門用の16インチ砲の試作があるが、あれを載せられるか」
「超進地旋回能力で旋回することにして、砲架で仰角だけとるなら大丈夫でしょう。青函や関釜フェリー用と同じようにレールを敷いておいて、列車砲輸送ということにすれば軍縮条約も関係ないですし、陸軍に砲が売れるかもしれません。8隻作れば戦艦のようなものです。外洋では使えませんが」
「8隻作っても戦艦よりだいぶ安いか。高速で搭載量が多く、量産効果とブロック工法で工数を減らして、しかも大小の調節が容易というのは都合が良すぎるな」
「強度に注意は必要ですが、概ね中間部分の箱を何個挟むかというだけのことですから。陸軍は宇品丸型を大量発注して、浮桟橋や飛行場建設部隊などを第3陣で送り込むようです。河川の上流用に50m級の艦も考えていますが、これでも大発6隻、1個中隊はいけるのでばかになりません。数が出れば、船体はプレスの溶接ですから本当に安くなります。構造に関係ない側面を合板にして重量と鉄材を減らすことも考えています。双胴ですから、これでも1発で沈むというわけではないので、十分でしょう。あれを軍艦というのは抵抗がありますが、ないよりましと思うしかないですな」
「防御はどうか」
「喫水が浅いので魚雷は設定次第では下を通過するかもしれません。1発なら沈みませんし。爆弾や砲弾は即発信管なら沈みません。防空は当面ビッカースの四十ミリ機銃ですが、あんな弾道では当てられませんな。陸軍もいろいろ探しているようですので、そちらでやってもらうしかないです」
「動揺を減らすのは研究しているのかね」
「加速度計を使い、あらかじめ波がどうくるか予測して翼やバラストで調整することを考えています。周期的な波なら対応できそうです」
「それなら陸軍も金を出すかもしれんな」
――1926年5月 東北帝大
「田尻中佐、この超短波発振器と八木アンテナを組み合わせれば、遠方の飛行機の距離と概略の方角がわかります。周波数変位により、こちら向きの移動速度もわかるようになると思います」
「方角の精度はもう少し上がりませんか」
「単体でやるには位相差の検出が必要でまだ研究が必要です。周波数が高いのでオシロスコープも使えません。当面は複数個所から測定して三角測量ということになります」
「ぜひ実験してみたいですね。費用はこちらで用意します」
「こちらは岡部君の発明した分極マグネトロンで、大出力の3cm波が発生できます。これを使えばより高精度な探知機が作れると思います」
「そちらも進めたいですね」
――翌日 松島湾
「こちらがNM 合金で作ったNA 振 動子です。このマイクロホンは増幅器を介して海中の振動子と接続してあります。こちらのスピーカーは水中マイクロホンに接続されています。3km先の対岸で助手が待機していますので、なにか話してみてください」
「こちら田尻。感度どうか、送れ」
「感度良好。送れ」
「すばらしいね。外洋や川でも試してみたい。装置は借りられますかね」
「はい。現在こちらの反射の遅延を利用して目標までの距離を測定する実験をしています。海底までの距離は現状測定できるので、試験してみてください。方向の検知には指向性のマイクロホンを回すか、位相差を検出するかで考えています」
「残光性のオシロスコープを使って画面上で見るのはどうですか」
「ああ、それは名案ですね」
「いや、昨日八木教授に教わっただけのことです。費用はなんとかしますからやってみてもらえますか」
――1926年12月 艦政本部
「合版の研究はどうなった」
「流石に木材では防御がこころもとないので、薄い鉄板にVickers硬度の高い磁器を挟んでみたのですが、なかなかいいようです。1発だけ耐えればいいなら、鉄板の数分の1の価格と重量で装甲板を実現できます。陶石の成分によって性能が変わるのと、固定方法が問題で、もう少し研究が必要です」
――1927年1月 参謀本部陸地測量部
「船舶班長の田尻だ。海軍省水路部に協力してもらって、海底、河川地形調査をやってもらうことを考えている。なにちょっと水があるだけで、山や谷をはかるのと同じようなものだ。水深は超音波測深機で測定するめどがたった。移動するだけでどんどん結果が出る」
「位置の測定はどうしますか。本土沿岸では既存の三角点を使って高精度な測定ができますが、天測だけでは、精度もでませんし時間もかかります」
「なるほど。電波を使ってなんとかできるかもしれん」
――1927年2月 松島湾
「超短波電波探知機の画面はこちらになります。ここに写っている点がそちらの飛行機で、現在南西78kmの点にあります」
「正解ですね。複数設置すれば位置の精度も上がる。機体の大きさはわかりますか?」
「条件によって変わるかもしれませんが、信号の強さで見当がつくかもしれません。メーターがありますので、実験してみてください」
「射撃に使えるような高精度の位置や速度の検知はどうですか」
「そのあたりは極超短波のほうが得意でしょう。マグネトロンの発振が安定しないので工夫は必要です」
「別件なのですが、電波を使って位置を測定することはできますか。海上では三角点がつかえないので」
「位置測定機ですか。島に電波塔を立てて三角点代わりにすることはできます。測定範囲が近海でよければ中波、もう少しほしければ長波でしょうな。超音波、長波、中波、超短波、極超短波と周波数を変えて同じような機械を作ることになりますな。面白い」
「ブラウン管や真空管を使い回せるといいですな。量産効果もありますし軍隊ですと修理部品はみな持ってあるかなければなりませんので」
「なるほど、ラジオ放送が始まって通信用真空管の国産化を考えている会社はいくつかありますので、案を出させてはどうですかな。必要な性能はまとめましょう」
――1928年3月 艦政本部
「陸軍の音響探知装置の実験結果はどうだね」
「すばらしいですな。状況によりますが、5km先の潜水艦が検知できました。複数艦で聴音すれば方角の精度も高いです。駆逐艦や水雷艇にはぜひ装備したいです」
「潜水艦はどうかね」
「位置は露呈しますが、浮上して照準するよりはいいかもしれません。測距精度がいいので、組み合わせると射撃精度が上がります。魚雷発射後、水中電信として使って、魚雷の操縦をすることも考えられます。酸素魚雷と組み合わせれば速度と射程が活かせるでしょう」
「おい、乗っ取られるのはごめんだぞ」
「特定の周波数で発射後一定の時間だけ受け付けるという手はあります。発射後すぐに転進された場合などこれだけでも有効です。魚雷に探知装置を組み込んで制御できればよいのですが、これは研究が必要です」
「電波探知のほうはどうだね」
「これも有望です。100Kmで探知できますから、戦闘機を地上や艦上で待機させておいて対応させられます。船の探知ができるものも研究中で、こちらも有望です」
「位置の露呈は問題ないか」
「防衛戦では問題ありません。奇襲をかけるなら、使いどころは考える必要があります。島で発見した目標を、駆逐艦や潜水艦に伝えるといった使い方が有効だと思います。もう少し小さくなれば飛行機にも載せられるかもしれません。真空管の小型化、量産が進み始めていますので見込みはあるでしょう」
――1929年 陸大
「最初の課題は、九十九里浜への上陸作戦において、敵情を推定すること。それに合わせて艦船、物資、部隊の所要量を算出することだ。制空権、制海権はこちらが維持しており、事前の航空偵察、作戦中の20機程度による航空支援、巡洋艦1隻、駆逐艦2隻による射撃は可能なものとする」
「田尻教官、それは主計の仕事ではないのですか。作戦計画はいらんのですか」
「一兵卒はいざしらず、参謀の仕事の過半は数字の取扱であると心得よ。陸揚げ要員が不足した結果、上陸直後に補給物資が炎上したなどとなれば、どうなる。電話一本で出前をとるのとはわけが違う。遠方での攻勢であれば、不足した資材を送りなおすには何週間もかかる。弾薬や食料、水が不足となれば、上陸部隊全滅だ」
「校長、上陸作戦の所要量の計算を命じたところ、ろくに計算できず、あまつさえこれは参謀の仕事ではないなどというものがありました。入学試験に兵站計画の問題がないのがこんな誤解を産んでいるのではないでしょうか」
「そうかもしれん。近頃若手参謀将校が政治に走って荒唐無稽な説をとなえておるのは気になっていたところだ。政治より数字は徹底せねばならん。総力戦の問題も含めて、少し初審用の例題を書いてみてくれんか。学生にやらせてみよう」
戦雲が近づいています。陸大改革は間に合うのでしょうか。




