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茶色の場合  作者: Kwyt
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陸軍運輸部

――1916年7月2日、社説


艦隊派遣の経緯があきらかになるにつれ、海軍の腐敗に対する国民の憤りはとどまるところがない。海軍の処分を考えるべき時である。

そもそも海軍は帝国に今後いかなる益をもたらすのであろうか。明治の戦役において清、露に対し海軍が活躍したのは感謝すべきであるが、現在の敵はどこにいるのか。漏れ聞くところによれば、米海軍に対抗するため、毎年建造だけで1億円近くを投じ、戦艦1隻、巡洋戦艦1隻と補助艦を建造し、艦齢8年以内の艦で八八艦隊を維持するということである。当然維持費も必要だ、年間数億円にのぼるという試算もある。

英米がこれを行うというのは可能かもしれぬ。しかし、帝国は海洋国家ではあるが、日の沈むことのない植民地帝国ではない。国家予算の半分にものぼる資金を艦隊のために用意するなど、まったく非現実的な話である。

北海で繰り広げられたのは、英独の建艦競争の結果、60隻余にのぼる戦艦と巡洋戦艦の沈め合いである。ほんの十分ほどのことで1億円と数千人が海に沈んだのである。米との艦隊決戦が現実になるとすれば、これを大きく超える数の主力艦の衝突になるであろう。たとえ八八艦隊が現実のものとなったとしてもまったくどうなるものでもない。

いったい帝国の何を犠牲にしてそんな戦争の準備をするのか。米国との艦隊決戦というのは荒唐無稽な話である。このおとぎ話はどこから出てきたのか。海軍高官が私腹を肥やすため、膨大な予算を要求する必要があったというだけのことではないのか。

昨日、独は無制限潜水艦戦を宣言した。これは主力艦による戦闘を放棄したうえで戦争の目的を達成しようということである。であるならば、はじめから主力艦など作らず、潜水艦戦に集中しておればよかったということにもなろう。

海軍の再建には現実的な目標の設定が必要である。


// 世界大戦参戦と遣欧第1特務艦隊の派遣に、金剛建造時の英国との密約が関わっていたことと、シーメンスよりの収賄金が海軍内部での派閥工作に使われていたことが明るみに出、海軍の権威は地に落ち、薩摩閥は力を失った。

// 大型艦建造が凍結され、戦時大本営条例が、明治26年版、「大本營ニ在テ帷幄ノ機密ニ參與シ帝國陸海軍ノ大作戰ヲ計畫スルハ參謀總長ノ任トス」に戻された。


――1916年8月、呉海軍工廠


「このたび、陸軍運輸部長を仰せつかった井上です。陸軍では今後上陸作戦の重要度が増すと考えておりますが、ガリポリの例をみると、いかに速やかに兵を上陸させるかが勝敗を決します。工廠にはぜひこちらの研究や編成に協力していただきたい」

「もちろんです。正直なところ長門建造がなくなって手があいたところですから。具体的な案はおありですか?」

「まずは1個小隊程度を速やかに上陸させられる鉄製の小発動艇、さらに馬や砲を上陸させられる大発動艇、装甲艇ですが、将来的にはこれらの発動艇多数を速やかに発進させられる輸送船、発動艇に搭載できる無線電信装置も研究を進めたいのです」

「発動艇や輸送艦については造艦部長に命じて進めさせます。無線についてはまずは輸入からですが、ご存知のとおり海軍が輸入するのは風当たりが強いので、会社をいくつかご紹介しましょう」


――1917年3月、呉海軍工廠


「藤本造艦大尉、陸軍の大発動艇はどうだね」

「陸軍の言いなりにすると転覆しますので、細工が必要です。船底の両端に張り出しをつけて、復元性を上げる必要があります」

「なるほど、双胴船に近い重量配置になるのか。しかし凌波性はどうする」

「張り出しを少し前に伸ばしてやると造波抵抗が減らせるようです」

「バルバスバウの要領か」

「実験結果によりますと、高速度では長く突き出してやると大きく抵抗を減らせるようです。大発動艇では海岸に乗り上げる都合上、限界がありますし所詮低速ですので関係ないですが。この効果は機会があればもっと研究してみたいです」

「衝角に戻るのか。形状が複雑になると工数が問題になるのではないかね」

「量産するものですから、弾頭のプレス加工の応用ができそうです。あらかじめ溶接用の糊代を作っておけば製缶も簡単になります」

「いいね。水雷艇にも応用できるかもしれんな」


――1920年5月 高知


歩兵大隊敵前上陸演習 艇隊編成

 指揮艇 1隻 (大隊長)

 装甲艇 2隻

 艇隊(中隊)×4

  装甲艇 2隻

  大発 3隻

 艇隊(機関銃隊)

  装甲艇 2隻

  大発 3隻

 大発 12隻 (山砲、馬匹、行李)

 

「田尻大尉、演習は大成功だ。参謀総長からもおほめのことばをいただいた。着任早々より演習の調整をしてもらったが、艇隊の編成、作業計画、舟艇担当工兵の訓練、すべてみごとであった」

「ありがとうございます。海軍から転属した兵のおかげです」

「それで急な話で申し訳ないが、ウラジオストークに出向いてシベリアからの撤兵の調整をしてもらいたい。尼港事件の記憶も新しいところだが、アムール川沿いの部隊の撤兵には危険も伴うと思われる。英米は撤兵が終わったところだ。使えるようなら艇隊も持っていってもよい」


――1920年7月 ハバロフスク


「田尻大尉、着任ごくろう。大発を持ってきてくれたそうだな。ブラゴヴェシチェンスク周辺にいる部隊をアムール川を利用し夏のうちに撤収させたいと考えている。鹵獲した砲艦が何隻かあるから持っていって良い。海軍の砲艦隊も支援する。砲艦には無線設備も載せているそうだから現地部隊や海軍との連絡の役にたつだろう。9月に入ると川が荒れるから早めに進める必要がある」


――1921年5月 宇品、陸軍運輸部


「田尻大尉、殿軍ご苦労だった。いろいろ発見もあったと思うが、なにか聞かせてもらえないか」

「鉄道の安全が確保できない中、夏季のアムール川沿いの装備の回収、撤兵に大発が活躍しました。鹵獲砲艦が、装甲艇だけでは制圧できない敵火力に対抗するのに有効でした。撤兵は事前の計画に限界があるので、調整に海軍の無線設備を利用することも多かったです」

「なるほど、今後大陸に侵攻することを考えるなら、河川からの上陸の研究も必要ということか」

「はい。バイカル湖では4000トンのフェリーが稼働しておりまして、まったく瀬戸内海ぐらいのものです。今後は高速、低吃水で舟艇の迅速な泛水・収納ができる大型艦、砲艦、防空艦、水流に耐えられる浮桟橋、飛行機など河川からある程度の距離まで制圧する能力、小隊規模で使える無線機、水中の地形や機雷を常時探知する装置が望まれます」

「迅速な収納というのは撤兵を考えているのかね」

「輸送艦や舟艇の回転率も上がりますが、例えばガリポリの場合のように上陸地点に敵兵力が集中してきた場合、部隊を速やかに水上機動させられれば、背後をつき、逆包囲することができます」

「冬季はどうする」

「攻勢はどのみち困難です。冬は引いて、夏に包囲するのを目標とし、鉄道爆破の要領で、氷を機雷や爆弾で爆破するなどして防衛するのが良策と考えます」

「なるほど、君には参謀本部3部への転任の内示が出ている。計画をまとめた上で海軍と相談するとよいだろう」


松原茂生「陸軍船舶戦争」によれば、1920年には馬船、団平船などを小蒸気船で曳行して演習を行い、参謀総長に怒られている。幾多の転覆事故を乗り越え、大発、小発、専門工兵を使った上陸演習ができるようになったのは1929年ごろ。


砲艦: http://srcmaterials-hokudai.jp/photolist/photo19/152-2.jpg

バイカル号: https://en.wikipedia.org/wiki/SS_Baikal



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