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56/56

#56

 ホテルに帰ってみると、思っていた以上に疲れていたようで。なんとか夕食を摂って風呂に入って、というところまではやったものの、そこまでやって力尽きてしまったのが昨夜。


 そして翌日。今日も今日とて広島マルロクの第一層。


「せっかく鈴音も来たことだし。武器の適性確認と練習も兼ねて、小夜との手合わせをしてもらおうか」


 そう言いながら、月村さんは格納庫ストレージから練習用の刃を潰した短剣をふたつ取り出す。


「……どうしてふたつ?」


「うん? いや、だって二本いるだろ? 試合なんだから」


 当然、とでも言わんばかりに彼がそう言う。

 いやだって、鈴音の得物は彼女の身体に併せて多少短くはあるものの、ちゃんとした直剣で――、


「え、鈴音も短剣を使うの?」


「だって、月村さんが渡して来ているのですから、使え、ということかと」


 今、思考に入れていたその彼女が、やってきたかと思うと月村さんから短剣の片割れを――こちらも当然と言わんばかりに――受け取っていた。

 いろいろとツッコみたいことはあるけど、月村さんに対するその信頼はなんなんだ。……いやまあ、あの実力を見せられて、かつ、鈴音の成長率を鑑みた上ではそうなるのも納得ではあるんだけれども。


「短剣はあまり慣れておりませんが、お手柔らかにお願いいたしますね!」


「……まあ、いいよ」


 少々気になるところがないわけではないが、鈴音がそれでいい、と言っているのであれば問題はないだろう。

 少なくとも、私に分がある試合になるのだから、なおのこと。


(構えは、思ったよりちゃんとしてる)


 短剣を握る鈴音の立ち姿。

 面と向かった彼女に対して、直感的に抱いたのはそんな感想だった。


「ルールとしては、使っていい武器は今渡した短剣だけ。それ以外は自由にしてくれ。ふたりとも、準備はいいな? それでは――」


 息を呑む。


「はじめっ!」


 月村さんの言葉とほぼ同時。姿勢を低く保ちながら、鈴音へと距離を詰める。

 鈴音には悪いけど、開幕から一気に攻めさせてもらう。

 短剣はその武器性質上、最も有効に働きやすいのは突きだ。

 斬撃での利用もできなくはないが、どうしても刃渡りの都合などもあり、他の武器種に劣りやすい。使うならば、少し工夫が必要。


 その一方で、突きであれば先端の鋭利さに依存する都合、比較的有効に働きやすい。もちろん、槍などに比べてリーチが短いなどの弱点もありはするが。


(そういった点は、機動力でカバーできる)


 鈴音の懐までたどり着き。順手に握り込んだ短剣を鈴音の喉元きゅうしょに向けて伸ばす。


 これが当たれば、決着――ではある。が、当然。


「ッ!」


 キンッ、と。金属同士がぶつかり合う音とともに、伸ばした短剣が打ち払われる。

 まあ、さすがにこれくらいは対応してくるか。


 偶然か、あるいは狙ってか。打ち払われた短剣は力を込めにくい方向へと流されている。

 一旦斬り払いをしながらにバックステップをして、少しだけ距離を取る。


「今度は、こちらの番です!」


 そう言いながらに、鈴音は順手に握り混んだ短剣で、数回斬り払いを繰り返してくる。

 素早い動き、ではあるが、対処できないほどではない。

 素直に回避をしたり、短剣の面で受けていなしたり、というやり取りが数度。


 一度は開いた距離だったが、だんだんと詰まってきている。こうなると、突きはやや取り回しが悪くなる。うまく、斬撃で攻め返していきたいところだ。

 反撃のタイミングを伺うために、鈴音の動きをしっかりと伺う。


 構えのときもそうだったが、戦闘においても、鈴音はちゃんと短剣を扱えている。


 普段から直剣を握っているから短剣も扱える――とはならない。

 なんせ、根本から戦い方が違ってくる。構えにしても似通っているところがないとは言わないが、全く同じとはならない。


 それこそ、直剣では基本的に行わず、短剣で行う構えとしては。


「――ッ!?」


 くるり、と。短剣を()()に持ち直した鈴音が、殴りつけるようにして、近距離での斬撃を繰り出していた。


 一瞬の驚き、一瞬の怯み。しかし、その僅かな時間でさえ。戦況が動くには十二分。


(……マズい、今の一瞬で流れを持っていかれた)


 まさか、そこまで彼女がやってくる、とは思わなかった。

 なんせ、逆手での攻撃は直剣では通常行わない。

 短剣での戦い方を知らなければ、まず、取らないであろう行為。

 順手と逆手では、得意とする間合いや角度が変わってくる。

 それを、鈴音はきちんと使い分けながらに攻め立ててくる。


(聞き齧ったりしただけ、なんて。そんな控えめなものじゃない)


 今になって、月村さんが鈴音に短剣を渡した理由を理解する。ついでに、鈴音が得物に対して、メインの武器、と言っていた理由。

 ちゃんと、扱えるんだ。コイツ。


 だとすると。なおのこと。

 負けていられない。


 他に選べる武器がなかった、とはいえ。曲がりなりにも、何年も扱ってきているのだ。


「はっ!」


「ッ!?」


 鈴音が、息を呑む。


 振り下ろされた鈴音の短剣に対して、こちらの短剣を合わせ。タイミングよく、力を込める。

 短剣だって、やりようによってはパリィができる。あまり重たい攻撃相手にはこちらが力負けしやすいが、相手も短剣なのならば問題ない。


 大きく弾かれた鈴音の短剣。これならば、数瞬とはいえ隙となる。

 この好機に、確実に斬撃を入れ込んで――、


「なっ――」


 袈裟に振り下ろそうとした私の短剣。しかし、斬ったのは、空。

 それだけではない。瞬間、視界が斜めに傾く。


 なにをされたのかは、一瞬遅れて理解をする。


(――足払い!)


 大きく弾かれ、短剣を握っていた右腕での対処は不可と見るや否や、鈴音は体勢を低く落とし、左腕を軸にしながら足払いをしてきた。

 おかげさまで、短剣がなにも捉えることができなかっただけにとどまらず、こちら側の姿勢が崩された。


 そんなのがありなのかと思いはしたが。たしかに武器は短剣のみと指定されていた一方で、それ以外については――スキルや体術の使用については一切制限されていない。

 生き残るためになんでも使う、という冒険者の原則に対して、気づけなかったのは私だ。


 歯を噛んで悔やむが、しかし、こうなってしまってはできることは少ない。

 なんとか次の鈴音の行動に対処しようと彼女の動作から視線を外さないように注力するが、当然、鈴音の側もこんなチャンスを逃すような甘い行動はしない。


 しっかりと私の腕を捕らえると、そのまま組み伏せるようにして私の上を取り。砂浜にうつ伏せになった私の手から短剣を離させる。


 鈴音の短剣が、近づいてくる。


「これで――」


 ……負け、るのは。嫌だ。

 負けを認めることについては、もはや今更ではあるけれども。でも、自分の武器で負ける、というのは、やっぱり納得がいかない。

 でも、この状態から状況をひっくり返すとするならば、組み付きを力技で解除しながら、反撃をする、くらいなものだけれども。

 しかし、曲がりなりにも鈴音も冒険者。以前の貧弱な彼女相手であればやれただろうけど。今の鈴音相手では。


 でも。


(素直に認めるのは、やっぱり嫌だ)


 やれるだけ、やらないのは。違う。


 力を込めてみる。

 しかし、身体は動かない。


 もっと、力を込めてみる。

 けれど、組み付きは外れない。


 力を、込める。

 それでも鈴音の抑え込む力のほうが強くて――、


「はえっ!?」


 頓狂な、鈴音の声。

 しかし、驚いているのはなにも彼女だけではない。

 純粋な力勝負ならいざ知らず、体勢的な不利もあり、私は完全に鈴音に抑え込まれていた――はずだった。


 それが、突如として。自分でも、認識の外の力量で。彼女の組み付きから脱し、退避に成功していた。

 鈴音もなにが起こったのかわかっていない様子だったが。私自身、なにがどうなってこうなったのかわかっていない状態。

 でも、なによりも今認識するべきは、とにもかくにもピンチから一旦脱した、ということと。

 それでもなお、程度こそ変われどもピンチは継続している、ということ。


 なによりも鈴音からの退避が優先されていたこともあってか、逃げた先は空中。

 つまり、次の行動が十全に取れない。

 それは、鈴音も理解していること。私の行動可能範囲を予測しつつ、落下を待ち構えている彼女の姿が確認できる。


 十分に準備を整えている鈴音と、体勢を整えることすら困難な私。


 このままでは、決着は明白。


 でも。


(――負けたくない)


 他のことなら、まだいい。でも。

 自分にとって、長い経験がある、短剣で負けるのは。……癪だ。


 どうすればいいかなんて、わからない。

 でも、直感が。やれると叫んだ。


 だから、それに従う。


 なにもないはずの空中を蹴り出し、無理矢理に落下方向を捻じ曲げる。

 もう一度、空気を蹴り出して。地面に落とされた私の短剣を拾いながらに、鈴音の背後を取る。

 ここまで、およそ一秒。


 結局のところ。なにがあったのかは、わからない。

 でも、ただひとつ言えることは。


「――ッ。私、の勝ち」


 不意をつかれた鈴音の喉元に、短剣を押し当てる。






「負けてしまいました!」


 試合終了の号令が月村さんからかけられて。あっけらかんと笑いながらに鈴音はそう言った。


「さすがです、陽鞠さん! まさか、あそこから巻き返されてしまうなんて!」


 どうやったんですか? と、鈴音が期待の眼差しでこちらを見つめてくる。


「……ごめん、私もまだ、どうやったのかわかってない」


「そうなんですね。でも、とてもかっこよかったです! 空中でジグザグに動いていて!」


 鈴音はしばらく、そのときの私の動きについてを身体をいっぱいに使いながらどこがすごかったのかなどを熱弁してくれる。当人以上に熱が籠もってるのは、なぜなのか。


 でも。なぜ使えたのかわからない、その力がなければ、私は負けていただろう。だから、結局のところ、この試合は――、


「小夜の勝ちだ」


「……へ?」


 私の考えを読んだかのように、月村さんがそう声をかけてくる。


「なぜ使えたのかがわからなくても、それが小夜の力であったことには違いない。それで勝てたのだから、紛うことなく小夜の勝ちだ」


「でも――」


「それでも、納得行かないのなら。今回手にした力を、扱えるようになればいい。それだけのことだ」


 月村さんが、そう言う。……全く、簡単に言ってくれるものだ。こちとら、どうやったのか、どうやればもう一度やれるのか、すらわからない、というのに。

 でも。


「やれば、いいんでしょ。やれば」


 ここまで、無茶苦茶なトレーニングを課せられてきたけれども。ただひとつ、確信を持っているのは。月村さんは、できないことは言ってきていない。そして、できるまで、付き合ってくれる。

 なら、きっと。できるんだろうし、付き合ってくれるのだろう。


「やってやろうじゃない」


 回答を受けた月村さんが、満足そうに笑う。

 その後ろでは、鈴音が「頑張ってください!」と、そう応援してくれる。


「さて。軽く休憩を挟んで。次の武器だな」


「次の武器? ああ、鈴音の――」


 片手剣と、盾でやるのか、と。そう考えた。なんせ、短剣同士での試合を先程にやったばかり。

 今度は、逆に彼女の得意武器でやるのだろうと、そう思っていると。


「…………アックス?」


 なぜか取り出されたのは、身長ほどはあろうかという巨大な斧――いわゆる、バトルアックスだ。

 当然私は扱えないし、鈴音も――、


「いや、なんで使えてるのよ、鈴音」


「……へ?」


 当然と言わんばかりに、受け取った斧で素振りを始めていた鈴音に、私がそうツッコむ。


「いや、鈴音が使えたとしても、私が使えないんだけど」


「大丈夫だ。使い方は鈴音が教えられるから」


「鈴音が……って、へ?」


「ひとしきり使い方を学習してから――」


「待って待って待って待って。ちょっと、考えさせて!」


 話を続けようとする月村さんを引き止めつつ、一旦、思考時間を貰う。

 鈴音の扱う得物は片手剣と盾で。そして、短剣も十分以上に扱えて。そして、私に対して斧の指導ができるわけで。


 ……もしかして、大前提の仮定が、間違っていた?


 短剣も斧もサブウェポンであるのは間違いないにせよ、彼女の練度は最低限扱えるの域は抜けていて。

 だとすると、先程の短剣の扱いや、現在目の前で斧を振るっている彼女にも、納得がいくわけで。


 いや、短剣と斧に限った話ではないのかもしれない。月村さんは、武器の適正を確認するとは言ったが、武器を試していく、とは言っていない。その一方で、武器の練習をする、とは言った。


 ……そう、練習。


「もしかしなくとも、私も?」


「安心してくれ。メジャーどころの武器は、使えるようになってもらうから」


 月村さんがそう言ってくる。

 どこに安心すればいいのか、全くわからないんだけれども。


 任せてください! と、元気よく言ってくれる鈴音がただただ健気だった。

 きっと、過去に月村さんから、地獄を見せられていただろうに。……まあ、私もこれから、その地獄を見せられるんだけど。

Tips:小夜 陽鞠

 冒険者としては常識的な枠。Dランク冒険者で二、三種の武器を扱えるとかであればまだ理解はできるが、メジャー武器をひととおり使えるとか言われて、ちゃんと「なにを言ってるの?」と返すタイプ。

 なお、自分がこれからそうならさせられそうになっているという事実に戦慄している。


Tips:星宮 鈴音

 冒険者として一般的だと自認している枠。

 そんなわけがなかろうて。




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