#54
陽光差し込む砂浜で、ふたりの少女が走り回る。
そこだけを見れば、まるで青春の一幕のような。綺麗なシーンに見えることでしょう。
「ふふっ、やっぱりこうなりますのね……!」
「うっ……ぐ、星宮に負けるのは、気に食わない……」
それが、ふたりして息を切らしながら、全力ダッシュで往復をしていなければ。
簡単に荷物の整理だけを終えて、午後。
ついに、私が心待ちにしていた、広島マルロクダンジョンです。
たった数日、されど数日。小夜さん曰く第一層にしか滞在していないとのことですが、第一層でもダンジョンはダンジョンです。
やっと、私もおふたりと一緒にダンジョンに潜ることができる、とそう喜んでいたのですが。
「まあ、今回マルロクに来てるのは、小夜の特訓のためだからな」
「わかっては、おりましたが。……ふふふふ」
案の定の走り込みや筋トレ。基礎トレーニングの数々。メニュー内容としてはいつもの日課と同じくですが、小夜さんのベースアップの目的もあり、量がいつもの比ではないレベルで多い。
しかし、どうやらこの数日で小夜さんもかなりしごかれていた様子で。元々冒険者として活動していたということもあってか、数日しか経っていないにもかかわらず、小夜さんもかなりついてこれているご様子。
でも、そういう観点であれば、私も負けていられませんの。
限界に達して、ぱたんと倒れた小夜さん。
私は、なんとか足を踏み出して、耐えます。
「ふふっ、曲がりなりにも先に月村さんに師事しておりましたから。姉弟子として、負けていられませんの!」
正直、私としても結構ギリギリではあったのですが。なんとか気を巻いて、胸を張ってみせます。
これから、小夜さんは背中を預ける仲間であり、高めあっていくライバルです。
別に勝ち負けを競っていたわけではありませんが、そんな第一歩は、私の勝ち、ということで。
ちょっぴり嬉しさを覚えていた、ところで。
「笑ってられる余裕があるのなら、まだやれそうだな」
そういえば、大前提が月村さんのトレーニング最中、でした。
「それじゃあ、姉弟子さんとやらの実力を見せてもらおうか」
「……ちなみに、月村さんはこういうところがあるので。不用意な発言はしないほうが身のためですわ」
「大丈夫。もう、何回か食らってる」
ふふ、これはこれは。
どうやら、小夜さんとも苦労話が共有できそうですね。
「せっかく鈴音も来たことだし。基礎トレーニングは早めに切り上げて、少しだけ次の層に潜ってみるか」
早め、とは言っても相当なトレーニング量を重ねたあとではありますが。少々認めたくはありませんが慣れている私や、この数日で慣れたのであろう小夜さん。そして、ふたりとも冒険者、ということもあり。休憩を挟んだ上であれば、まだ、それなりに動ける状態までは復帰できます。
月村さんが先導し、千癒が殿を務める形で広島マルロクの第二層へと続く洞窟の入り口へと移動します。
ともすれば、大きな怪獣がその口を開けているかのような様相に、少しばかりの恐怖を感じそうになる見た目をしています。
「とりあえず、事前にも伝えたことではあるが、復習から。ここ広島マルロクは、地下洞窟型――深く深くに続いて行く洞窟のダンジョンだ」
高天原ダンジョンなどの地下構造物とも似た構成ではある一方で、周辺環境で差があります。
地下へと伸びているという点は同じではあるものの、周辺の環境が高天原ダンジョンは遺跡のような石造りの部屋や通路だという特徴があります。
その一方で地下洞窟型の広島マルロクはその名前の通り洞窟、ゴツゴツとした岩肌であるとかが特筆するべき特徴となります。
そして、当然ながらに環境が違えば、出現する魔物にも差が発生します。
「一応聞いておきたいんだが、小夜は地下洞窟型の経験は?」
「ないわ。というか、渋谷マルハチ以外の経験がない」
「了解」
まあ予想どおりではあるが、と。月村さんはそう言いながらにお話を続けます。
「罠の有無であるとか、細々とした差異は他にもあるが。ひとまず今は、環境の違いとそれに伴う魔物の差というように認識しておけばいい」
そして、出てくる魔物が違う、というのは。当然ながらに今までの阿蘇ダンジョンや渋谷マルハチと比べても同じ話。
つまり、これから会敵するのは。
通路を歩いていた月村さんが、その足を止めたかと思うと。くるりと私たちの方を振り返って。
「というわけで、さっそくではあるが、ご対面。――広島マルロクで比較的一般的に見かける魔物の一体、シーワームだ」
「っ、速い!」
前を歩いていた月村さんがその身体を横にずらしたとほぼ同時、水色のミミズとでも言うべくか。ロープのような、細長い体躯の魔物が暗がりから飛び出してきます。
慌てて盾を構えながらにその進行を防ぐと、存外に簡単に受け止めることはできます。
ですが。
「星宮、まずい。壁に潜られた!」
「壁!?」
どうやら後ろで動向を見てくれていたらしい小夜さんが、短剣を構えながらにそう教えてくださいます。
「シーワームなのでは!? なのに、地面に潜りますの!?」
てっきり名前の感じを聞く限りでは、海の中を泳いでいるのかと思っていたのですが!?
とはいえ、今起こったこと、小夜さんが見たことが事実。
地面に潜られてしまった、ということは。相手の動向が読めなくなったということ。
いつ、どちらから攻撃が飛んでくるのか。
ゆっくりと歩きながら、周辺を警戒していると。
「――鈴音、足元!」
「っ!」
小夜さんの声、続いて足元の違和感という順序で察知した気配に、私が後方に飛びのくと、直後、地中からシーワームが飛び出してきます。
よくよく見てみると、頭の方には小さいながらに細かく鋭い牙が大量についています。……アレに噛まれるのは避けたいところですね。
「アイツ、ミミズみたいな見た目をしてるくせにやたらめったら速いわね……」
「ですが、攻撃自体の重たさはそこまでのようです。あの牙に襲われることを考えなければ、ですが」
さて。どう立ち回るべきか。
地中に逃げられる、というのがどうにも厄介。これのせいで、立ち回りの意識が難しくなっているほか、不意をつかれやすくなっている。
たしかに攻撃は今まで戦ってきた魔物と比べて軽くはあったものの、速度と地中潜航という特性から、背後を取られてあの牙で、という可能性が十分にありえるし、そうなるとかなり重たい手傷を負いかねない。
「というか、シーワームに対してどういうふうに立ち回るべきかとかは、月村さんとか千癒さんが教えてくれないの?」
ふと、後方で私たちの様子を伺っている月村さんに向けて小夜さんがそう尋ねます。
たしかに、よくよく考えてみれば、ブラウンウルフやゴブリンを相手していたときも、ヒントをくださることはある一方で、こういうふうに戦えばいい、などを教えてもらったことはなかったような気が。
まあ、そのおかげもあって。相手をしっかりと見て考える癖、というものがついたというようにも考えられますけど。
「安心していいぞ。危なくなりそうだったら介入するから」
「いや、そういうわけじゃ――」
「鈴音も基本的には今までもそうしてきてるからな。まあ、どうにも立ち回れないっていうのなら教えてやるが。それでいいのなら」
「……ほんと、いい性格してるわね、あなた」
やってやろうじゃない、と。小夜さんが軽く息を吐く。
私のことをダシにされたような気もしますが、ひとまず今は目の前の敵についてを考えるべきでしょう。
「また、潜った!」
地面から? それとも、壁。天井?
地下洞窟型のダンジョン、その通路ということもあり、あらゆる方向にシーワームの移動先がありえてしまう。
その一方でこちらは武器を十二分には振り回せないというおまけ付き。特に長物については不得手に尽きるところでしょう。
槍や薙刀ほどではありませんが、私の直剣も、気をつけないと壁や天井にあたってしまいそうになります。
「どう、すれば」
ザリ、と。左足を一歩後方に動かします。
見えない、というだけで。これだけやりにくくなるものとは。
「鈴音、左の方から来てる!」
「っ! ありがとうございます、小夜さん!」
彼女からの指摘で、私は再度、左足をついていた付近の地面から飛び出してきたシーワームからの攻撃を回避します。
なんとか追撃を叩きこもうとはしてみますが、そのすばしっこさもあり、攻撃がギリギリの届いた程度。
ですが、そんなカスった程度の当たりではあったものの、どうやら見た目相応に装甲は柔らかいらしく、そこそこしっかりとダメージは入った様子。とはいえ、致命にはまだまだ遠いですが。
「大丈夫? 二回も狙われてるけど」
「問題ありません。なんせ、小夜さんが危険を教えてくださいましたから」
直前になれば盛り上がる地面の違和感なども発生しますが、それから退避をしているようでは少しばかり対処が遅れます。
そういう意味では、小夜さんの助言がこの上なくありがたくはあるのですが。
「そういえば、小夜さんはどうやって接近に気づいているんですか?」
「見えないのなら、聞くしかないかなって思って。頑張って耳を澄ませてみてるんだけど」
たしかに、それは道理ではあるでしょう。
実際、相当に接近されている段階まで来ると地面の盛り上がりとともに潜航するシーワームの音も聞こえてきますが。それにしても小夜さんの察知が早いような気はします。
だって、より近くにいるはずの私がまだ聞こえていないのに、小夜さんのほうが先に気づいているのですから。
「……そういえば、見えていないん、ですわね」
「ん? うん、だからなんとか音でシーワームの場所を探れないかなってやってみてるんだけど。今の私じゃ、シーワームが相当に近づいてこないと気づけなくて」
「いえ、そうではなくって! いや、それも大切ではあるんですが」
そう。地上と地中。地面という確実な遮蔽を挟んでいるのだから、見えるはずがない。
もちろん、月村さんや千癒のように熟練の冒険者であれば探知スキルなどで場所の把握は可能なのかもしれませんが。
そして。それは――、
「もしかしたら、そういうこと、なのでしょうか」
最初の会敵時は除いて、一度目の襲撃は足元すぐ真下から。二度目の襲撃は左足付近の地面から。
そうだとすると、辻褄が合います。
「ねえ、小夜さん。手伝ってほしいことがあります」
「……あのミミズを倒すための、ってことね。とりあえず、話だけは聞いてあげる」
推測と仮定。そしてそれを元にした、案。
「どうでしょう?」
「悪くは、ないわね。……可能性も、勝機もあるとは思う。その代わり、ちょっと鈴音が危ない気もするけど」
逆のほうがいいんじゃない? と、小夜さんにそう言われてしまいますが。万が一のことを考えれば、おそらくこちらのほうが幾ばくか安全かとは思われます。
「せっかくの、初めての共闘なのです。……気持ちよく、勝ちましょう!」
「共闘、共闘……ね。うん、まあ、負けるのは気に食わないし、そこは賛同してあげる」
相変わらず、素直じゃない小夜さん。声音が少々弾んでおります。
やる気は十分、といったところでしょう。
でしたら、私の方も。全力で望みましょう。
「それでは、星宮 鈴音。シーワームに襲われてきますわ!」
Tips:シーワーム
グラウンドワームと呼ばれる魔物の派生。泳ぐことができ、海中での活動に適応しているためにこの名前がついている。
なお、大元がグラウンドワームと同一種なため、普通に地面も潜れる。
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