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53/57

#53

 サンサンと照りつける陽光。青い空、青い海、白い砂浜。

 潮風が独特の香りを運びながらに頬を撫でる中。


「ふぅ、はぁ。……ぐっ」


 肩で息を繋ぎながら、私は膝に手をつく。


 月村さんの言葉の意味は、翌日になればすぐに理解できた。……嫌でも理解させられた。


 現在地は広島マルロクの第一層。ダンジョンの類型としては地下洞窟型。

 第一層はゲート周辺は砂浜が広がっており、前方には海、後方には断崖という形で挟まてれいるような地形である一方で。以降の階層は、断崖の側面に形成された自然洞窟からどんどんと地下に潜っていくという形式になっている。


 ダンジョンとしての本体が地下洞窟だということもあってか、第一層の砂浜は魔物の出現率も低く、普通に活動をしているだけであれば、よほど冒険者となってから経験の浅いものでなければ疲労困憊になることはない、はずの場所。


「はーい。まだまだへばらない。大丈夫大丈夫、倒れる前には助けてやるから」


「こんの……」


「うんうん、元気があるようでなによりだ」


「…………」


 抗議の意思も、余力として認識されてしまう。


 たしかに、第一層では魔物による脅威はほとんどない。実際、既に数時間単位でダンジョンに滞在しているというのに、今のところ一度しか見かけていないくらいだ。

 しかし、その一方で。魔物なんかよりもよほど厄介な存在が。


「それじゃあ、インターバルを挟んで、もう一度ダッシュから始めようか。さっきも言ったけど、砂地は足を取られやすいから、力のかけ方なんかにも気を配るように」


 月村 支樹。星宮のことを育て上げた張本人であり、私の監視役兼師匠。

 星宮を――元々が運動すら苦手だった人物を、冒険者として十二分になるまで育て上げた、というところだけを見れば、優れた指導者であるようには思える。いや実際に優秀ではあるのだろう。

 だが、その一方で。元々があまりにも酷い、言葉を選ばすに表現するならば、正直なところ惨事といっても差し支えないほどに動けなかったはずの星宮が、魔力を取り込んだとはいえ、あそこまで動けるようになっているということは――、


(なんとなく、わかっていたけど。ここまでとは、思わなかった)


 魔力制限用の装飾品をつけながらに、時刻のような基礎トレーニング。

 あまりにも、キツイ。身体としてはオーバーワークの負荷をかけられている一方で、スキルによる回復によって、それを無理矢理気味にオーバーワーク以下に押し留めている、というようなやり方。

 これはたしかに、昨日にしっかりと休んでいなければ、体力が保たなかっただろう。……いや、その場合は無理やりに体力に補強をされて、保たせられていたかもしれない。そう考えると、少し、ゾッとする。


 疲れを訴えかける身体にムチを入れながら、なんとか身体を起こすと、そこには皮肉半分事実半分にいい笑顔をした月村さん。


「鈴音に、負けてられないんだろ?」


「……言ってくれるじゃない」


 扱い方を理解されている。自分でも単純だとは思うけれど。でも、この際それは些細な問題。


 十分な選択肢から選べたわけではないにせよ、私の師匠は彼、月村さんであって。彼の指導を受けて強くなる、という選択をとったのは、間違いなく私。


 それに。つまるところが、星宮もこれを乗り越えてきている、ということ。


 単純に、彼女にできて私にできない、なんてことを受け入れたくない、というのが半分。

 そして。星宮に追いつき、追い越すには。これを乗り越えなければまず話にならない。


「やってやろうじゃない。……その代わり、月村さんにも、限界まで付き合ってもらうから」


「安心しろ、最初からそのつもりだ」


 とんだ鬼畜のもとに師事してしまったものである。でも、今ならば星宮があれだけ強くなった理由も、笹良や津々見がクラスメイトに向かって抗議をしたその理由も、理解できる。


 そして、これを乗り越えれば。きっと私も強くなれる、ということ。


「星宮よりも先に冒険者になってるんだ。こんなところで、負けてられるわけがないでしょう」


 かつて覚えた嫉妬とは、似ているようで全く非なる感情。

 悔しいけれど、でも、それが楽しい。不思議な感覚が、お腹の底から湧き上がってきていた。






「んもう、月村さんってば。小夜さんと先に行ってしまわれるなんて」


「こればっかりは仕方ありませんよ、鈴音お嬢様」


 ぷくーっ、と。頬を膨らませながらに、私が不服を顕にすると。後方に詰めている千癒がそう諌めてきます。


 件の事件から数日。大侵攻スタンピードの発生抑制にあたられたのは海未様単独である一方で、当日のダンジョンに向かったのは私とのチームアップであったこともあり、私にも事情聴取が入ったり。

 また、海未様がお父様となにやら難しいお話をされるためにお家に来られたり。


 チームアップのその日っきりだと思っていたところが、また機会があれば是非にと連絡先を交換したに留まらず。状況が状況ではある一方で数日の間、海未様と行動をともにすることになったことは、嬉しくはあります。

 ですが。


「不確定なことが多い現状で小夜様を海未様に面会させるのは芳しくない、という判断ですから」


 その一方で、せっかくお友達になった小夜さんとは、一時的に離れることになり。彼女に付き添う形で月村さんも。


「わかっていますわ。でも、それでも……」


 理解と納得は、また別の感情。

 もちろん、諸々のやるべきことを終えてから、私と千癒も広島に向かえるということも、わかっております。

 しかし、やっぱり。先に月村さんと小夜さんが広島に向かわれている、という現状を聞いて。


「数日遅れとはいえ、羨ましい、とそう思ってしまうのです……!」


「で、あれば。そのために必要な手続きを可能な限り早くに済ませてしまいましょう」


 私も手伝いますから、と。千癒がそう申し出てくれる。

 こちらでやるべきことは、あと少し。それが終われば荷造りをして、私たちも向かうことができます。


 だからこそ、目の前のこれを片付けて……と。躍起になろうと、したのですが。


「……きゅう」


 ぱたん、と。糸が切れるようにして、机に突っ伏してしまいます。


「お茶を、用意いたしますね」


「お願い、千癒」


 横着ではしたない格好ではありますが、ここには千癒しかいませんし。その千癒が咎めていないので、よいでしょう。


 早くに行きたいのはやまやまなのですが。少しばかり、休憩させてください。

 さすがに、疲れました。





 それから、翌日の午前にはやるべき手続き等々を終え、なんとか午後には向かいたいところではありましたが、荷物の準備に加え、疲れが間違いなく積み重なっていたこともあり。さらに翌日。


「月村さん! 小夜さん!」


 おおよそ四時間程度の新幹線移動を経て、広島に到着。

 駅で待ってくださっていたおふたりに向けて、嬉しさから駆け出してしまいます。


 そして、おふたりに向けて力強くジャンプして。

 ぜひとも受け止めてもらおうとしたというなな、月村さんはしれっと躱して、小夜さんも慌てながらに身を退けます。


「ちょちょっ! 星宮、急に飛びついてこないでよ!」


「なら、今から抱きつきますわね!」


「申告すればいいってものでもないからね!?」


 着地と当時に小夜さんの方へと向きを合わせながら、改めて抱きつきに行きます。

 勢いに任せた先刻とは違い、今度は確実に身体を動かすことでしっかりと小夜さんのことを捕まえることに成功します。


「お嬢様、気持ちはわかりますが、少しは周りの目も気にしてくださいませ」


「……あっ、それは、そうですね」


 遅れて、荷物を持ちながらにやってきた千癒がそう言います。

 気持ちが先行しておりましたが、公共の場ですし、同性相手とはいえ衆目を気にせずに抱きつくのは、少しばかりはしたなかったでしょう。


 小夜さんから離れると、顔をそらされてはしまいましたが、その表情は嫌悪だけというわけでもない模様。

 抱きついていたときも、文句を仰られていた小夜さんですが、全力での抵抗をしてこないあたり、全くもって全部嫌、というわけではないのでしょう。


 ちゃんと、お友達になれていたようで、少しばかり安心します。……お友達になってすぐ、数日とはいえ全く会えなくなってしまいましたから。


「まあ、なにはともあれ。ひとまずは宿に向かおうか。たしか、同じホテルをとったんだよな?」


「はい! 頑張っておふたりの隣の部屋を取りましたの!」


 ふふん、と。胸を張りながらそう言います。……まあ、かなり千癒にも手伝って貰いましたが。


「ですから、小夜さんも気軽に私のお部屋に来てくださいね!」


「行かない」


「それか、私が小夜さんのお部屋に伺ってもいいかもしれませんね!」


「戸締まりをちゃんとするように警告してくれてありがとう」


「…………どういたしまし、て?」


 別にそんなことを言っているつもりはなかったんですけれども。最近のホテルはオートロックのところも多いですし。

 まあ、なんにせよ、小夜さんの役に立てたのであれば、きっとよかったのでしょう。


「千癒さん、荷物ひとつ貰いますよ」


「……」


「千癒さん?」


 私の分の荷物も持ってくれていることもあり、大荷物である千癒に対して月村さんが声をかけますが、なにやら他のことを気にして気づいていない千癒。


「千癒?」


「……はっ、お嬢様。すみません、どうかされましたか?」


「いえ、私ではなく、月村さんが」


 私の声で、やっと呼ばれていることに気づいた千癒が、月村さんに謝りながら、荷物のひとつを渡す。


 しかし、千癒にしては随分と珍しい。


「ねえ、千癒。体調が悪いのなら、言ってくださいね?」


「体調? いえ、問題ありませんよ。ご安心ください」


「それなら、よいのですが」


 今の一度だけなら、ともかく。ここに来るまでにも、なにやら意識がここにあらず、ということが多かった千癒。

 基本的には同行時には私から意識を外さない千癒ですから、なおのこといつもと違うことが気になってしまいます。

 行きの新幹線でも、間違えたものに乗りかけて、ギリギリの乗車となってしまいましたし。

 普段の彼女からは少し考えにくいミスです。


 体調に問題ない、のであればよいのですが。






     * * *






「……待って、蒼汰。ここでストップ」


「琴風。……まさか、気づかれたか?」


「微妙。完全に気づかれたわけじゃない。でも、なんとなく、こちらの気配は察知してる」


 蒼汰からの質問に、琴風はそう答える。


「さっきから何回も、だよな。てことは、やっぱり偶然ってわけじゃなさそうだな」


「うん。こっちも、結構遠目から追尾してるのに」


 琴風と蒼汰は、現在尾行中。対象は、星宮 鈴音という冒険者。少し前には大侵攻スタンピード誘発への関与が疑われつつも、海未によっておそらく無関係である、という結論が出された少女だ。


 海未から聞いた話では、冒険者になってから二ヶ月である一方で、その期間を疑いたくなるほどの実力を持った冒険者。

 そして、その実力の根底には、曰く、支樹が関与しているとのことで。


「おそらく、支樹に会いに行こうとしてる。だから、ここで道を途切れさせるわけには行かない、のに」


 本人は気づいていないと思われる一方で、従者と思われる同行人が、探知をしている琴風たちの存在に気づきつつある。

 おかげさまで、かなりの距離をおいての尾行を強いられてしまっている。


「とはいえ、新幹線さえ同じところに乗れば、ひとまず降車までは一緒に動くことができる」


 だからこそ、ここをしくじるわけにはいかない。


「大丈夫。探知サーチスキルは私の領分。余程の相手でもなければ……海未や支樹でもなければ、そうそう負けない」


「なら、いいんだけど」


 とはいえ、蒼汰も琴風の実力は知っている。逆探知をされてしまった、というのは少し驚いたが。とはいえ、まだ向こうもこちらに確信を持った探知はできていない、というのか琴風の触感。


 このまま、追尾すれば。


「……乗った! あそこ!」


「わかった!」


 距離は保持しつつ、鈴音たちが乗った新幹線に、蒼汰と琴風も乗り込む。

 これで、ひとまずは安心――と、そう、思ったとき。


「――ッ、まずい。蒼汰、降りなきゃ」


「はっ!?」


「気づかれた、わけじゃない。逆探知は、返ってきてない。……でも、ふたりが新幹線から、降りた!」


 つまり、不確定な情報しかない中で、あの従者はこちらの尾行を決め打って、ブラフを撒いた、と。


 急いで新幹線から降車して、ふたりを追いかける。


 しかし。


 追いかけたものの、ふたりが乗ったとほぼ同時に扉が閉まった新幹線。

 あとから追いかけた蒼汰たちは、案の定取り残される形になってしまう。


「っ、やられた。……こっちのほうが実力が上だって、油断してた」


「それについては、僕も同じくのミスだ」


 自分のせいだとうなだれる琴風に、蒼汰がそう声をかける。


「それに。全く収穫がないってわけでもない」


「でも、行き先はわからない――」


「ああ。降車駅はわからない。が、方面はわかっただろ」


 東海道新幹線。つまり、東京から向けて、西側に向かっている。

 幸い、こちらに向かう新幹線は本数が多い。それほど遅れることはなく、追いかけることができる。


「……新幹線に乗りながら、支樹の気配を探れっ、て、こと?」


「はっはっはっ。別に僕はなにも言ってないぞ?」


「……むう。蒼汰のそういうところ、嫌い」


 ぶう、と。頬を膨らませて、琴風は不快を顕にする。

 しかし、彼女は。――でも、と。


「舐められたままは、嫌。蒼汰にも、あの、同行人にも」


 してやられたままは、気に食わない。


「いいよ。《海月の宿(最強パーティ)》の探知役サーチャーの本気、見せてあげる」

Tips:広島マルロク

 日本で六番目に見つかったダンジョン。

 一層目は地上にある砂浜と海である一方で、二層目以降は地下に広がる洞窟という少し変わった構成のダンジョン。

 渋谷マルハチと同じく都市部にあるため、ダンジョン災害への警戒優先度は高い。




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