#52
「……それで、なんで広島?」
「うーん、なんとなく?」
本当に、特に理由があったわけではない。強いて言うならば以前に阿蘇ダンジョンに行っているので、九州は避けておこうか、くらいしか頭の中に入れていなかった。
とはいえ、全くの無策で決めたというわけでもない。ダンジョンがある、ということは当然のことに。ここ広島にある広島マルロクはダンジョン構成が阿蘇ダンジョンや渋谷マルハチとは大きく変わる。
このふたつは少し違いこそあれども、傾向的にはかなり似たダンジョンだし、鈴音もそろそろ別の形式にも慣れておくべきだろう。
聞けば、小夜も基本的には渋谷マルハチにしか行ったことがないらしい。……というか、生活に必要なお金を稼ぐことが目的だったから、それ以外に行く理由がなかった、というわけでもあるんだけど。
いずれにせよ、ふたりとも経験がやや偏り気味ということには違いない。
もちろん、他にも同様の形式のダンジョンは存在するし、そういう意味では別のところでも良かったといえばよかったのだが。
緊急で決まった遠征だということもあり、交通機関でのアクセスなんかを加味すると広島マルロクが候補としてはかなり適していた。なんせ、新幹線の停車駅からそれほど距離がない。
「まあ、なにはともあれ。今日の宿に向かいたいんだが……」
「だが?」
俺の言葉尻に、小夜が首を傾げる。
緊急で決まった遠征ではあるものの、新幹線の中で予約しておいた宿があるため、泊まる場所がなくて困る、ということはない。
その一方で、いきなり諸々の予定を変更して広島まで移動してきている都合、足りないものも圧倒的にある。
「服を買おうか。あと、諸々の生活必需品」
「……あっ」
トイレットペーパーやティッシュなんかの消耗品は宿に備え付けられているし、アメニティなんかもありはするが。逆にいうとあるのはそれだけ。
衣服はもちろんのこと、小夜は化粧品なんかも必要かもしれないし。人によってはシャンプーなどにこだわっている場合もある。
「同伴が俺で悪いが」
よく知りもしない、というほどではないが。男を横に服なんかを買いに行く。というのは年頃の女子高生からしてみると思うところがあるだろう。なんならば、絶妙に知り合い、というのがなおのことやりにくいかもしれない。
「……どちらかというと、私が一緒っていうことが、鈴音に悪い気がするんだけど」
と、思っていたのだけれども。なぜか、気まずそうな表情で、小夜が言ってくる。
俺が首を傾げていると、「はあ、これだから」と呆れた様子でため息をつかれてしまった。
「全く。苦労しそうね、鈴音も。……まあ、当人も自覚してないっぽいけど」
ゆめタウンというショッピングモールに向かって、適当にアパレルを見て回る。
「好きなやつを選んでいいからな」
「いや、好きなやつって言われても」
支払いについては気にしなくていい。現状の原因になってるのは俺だし、払うのが道理であろう。
「ああ、ちなみにファッションとか俺に聞かれても全くわからないから、そのあたりはなんとかしてくれ」
「いや、私もあんまりわかんないんだけど」
小夜からのその返しに、俺は少しびっくりする。
完全なる偏見ではあるが、そういうたぐいのことについてはむしろ知見が広いと思っていたんだが。
しかし、よく考えてみると。ギャル然とした様相をしていたから勝手にそう認識していたが、彼女と出会ったときの格好は、高校の制服を着ているか、冒険者としての装いのどちらか。私服らしい私服で会ったことはない。
「そもそも、そういうことに気を配れるほどに余裕がなかったからね。髪を染めてたのは、別の意図があってだし」
たしかに。言われてみれば、そのとおりだ。
配慮を欠いた物言いをしたことに謝罪をすると「別にいいわよそれくらい」と返される。
「そういうわけだから、付き合いなさい。わからなくてもわからないなりに、少しは意見を言えるでしょ?」
「……オーケー、わかった」
俺の返事に、少しばかり機嫌をよくした小夜が先導しながらにショッピングモールを歩いていく。
しばらく見て回っていると、気になったものがあったのか、彼女が足を止める。
しかし、店先で立つのみで入ろうとしていないので、どうしたのかと尋ねてみると、どうやら値段のことを気にしているらしい。
たしかに少し値は張るが、いうほど高級というわけでもないし、そもそも支払いが俺なのだから気にすることはない。
小夜は「むしろ気にする点しかないんだけど!?」と言われたが、無視して店内に押し込める。
そういえば、こういうように誰かに付き合うような形で買い物に行くのはなかなか久しぶりである。鈴音との買い物は、どちらかというと俺が彼女を付き合わせているような形だし。
それこそ、海未と一緒に行った買い物以来になるだろうか。……そう考えると、あれから随分と経ったような気がする。たかが二ヶ月、されど二ヶ月だ。
途中、偶然に会う機会が二回あったが――とはいえ、ほぼすれ違っているだけのレベルだが――元気そうなようで安心した。まあ、直接会わずとも、彼女の動向についてはメディアなんかでも伝えられたりすることはあるので、それなりに見聞きはしていたが。
そういえば、海未はかなりファッションなんかに凝っていた印象がある。小夜の状態がある程度はっきりして、安定してきた頃合いには、彼女に付き合ってもらってもいいかもしれない。
俺が間に入るとややこしいだろうから、鈴音に仲立ちをしてもらうことにはなるだろうが。
「……さん。ねえ、月村さん」
「ん? ああ、悪い。考えごとをしていた」
「……星宮のことでも考えてた?」
「いや、鈴音のことは考えてない」
「ふーん、なら。別の女のことを考えてたんだ」
……なんだその訴えは、と思わないでもないが、しかし事実ではあるのでなにも言い返せない。
まあ、俺の立場がただの付き添い兼購入役とはいえ、一緒にいるのだから蔑ろにするというのは失礼ではあるか。
「それで。今から試着してくるから」
「ああ、わかった。行ってきな」
「いや、なにを待ってようとしてるのよ。あなたも見て、どれがいいと思うか意見を言うのよ?」
ガシッ、と腕を掴まれながらに店の奥へと連行される。
小夜は一声店員さんに声をかけると、試着室へと入って扉を閉める。
小夜の勢いに少しびっくりしていると。ニコニコとした様子で女性の店員さんが声をかけてくる。
「彼女さんですか? かわいらしい方ですね」
「いや、彼女ではなくて」
……いちおうは、弟子、になるんだが。とはいえ、その説明はそれでややこしいような気もするんだが。
俺が答えに困っていると、今の答えからどう解釈したのかはわからないが「あらあら、まあまあ!」と、とても楽しそうにしている店員さん。
まあ、楽しそうでなにより。なにが楽しいのかは皆目見当がつかないが。
「それなら、しっかりとかわいいって言って褒めてあげないとですね」
「俺から言われて嬉しいものなんですかね?」
「ええ、それはもう!」
そういう、ものなのか? たしかに海未や鈴音は感想を伝えると喜んでくれていたが。あのふたりは事前の関係値が元々あったわけで。現状の小夜に対しても同じくなのかが少し疑問ではある。
……よくわからないが、まあ、店員さんが言うのならそういうものなのだろう。うん。
と、そんなことを話していると。試着室の扉が開いて。
デニム地のスカートに、やや首周りが大きく開いた白のトップス。上には黒色のカーディガン。
着替えを終えた小夜が、そこに立っていた。
「……どうかしら」
どうせ、期待してないけれど。とでも言いたげな表情の小夜。まあ、俺自身、彼女の期待に応えられる回答をできる気はしていない。
ただ、なぜか店員さんは強烈な応援の視線をこちらに投げかけてきているし。やれる限りでは、やろう。
とはいっても、素直に感じたことを伝える程度だが。
「そうだな。かわいらしいのはもちろんだが、格好良さもあって、小夜らしいと思う」
「はあ!? いや、感想を言えとは言ったけど、こう、所感が聞きたかったというか――」
「腰に巻いたベルトのバックルのワンポイントもいいアクセントになってると思うし。強いて言うならば少し露出が多いのは気になるかな。上はカーディガンを羽織っているからまだしも、スカートの丈が腿あたりまでしかないから、これから秋が深まっていくところを考えると少し肌寒いような気が――」
「わかったわかったわかった! とりあえず、悪くはないってことね!」
顔を真っ赤にした小夜がピシャリとドアを勢いよく閉じる。
……なにか、間違ったのだろうかと、そう思っていたのだが。先程の店員さんに視線をやると、とても満足そうな表情でウンウンと頷かれていたので、たぶん合っていた、はず。
だとすると、なぜ小夜は顔を赤くして怒っていたのだろうか。
……やっぱり、この手のものを見るのは得意じゃないな、と。そう、再度理解させられた。
* * *
ひとしきりの試着を終えて。想像の数倍の疲れを感じながらに元々来ていた服に戻る。
……中々にひどい目に遭った。この男は羞恥心というものがないのか。
ファッションに対するセンスがない、とは自称していたが。全くもって見当外れというわけではないし、私がちょっと気にかけたところはちゃんと言及してくるし。それでいて、真っ直ぐに褒めてくるのでこっちの精神が持たない。
おかげさまでいくつか候補を見繕っていたのが、どれも良さそうに見えてきて決められず。どれが良かったかと彼に聞いてみれば、全部買えばいいのではないかと、本当にそう思っている様子で返されてしまった。
なにを言っているんだとは思ったが。曰く、しばらくこちらに滞在するのだから、どのみち数着は必要だろう、とのこと。
そこそこの値段の服を何着も買っていたので、値段も相応に跳ね上がっていたが。月村さんは気にすることなく支払っていた。
なんというか。いろいろと規格外なのは、もはや今に始まった話ではないので、考えないことにしておいた。
その後には必要な消耗品を買いに行った。
化粧品なんかはノータイムでデパコスに直行しようとされたので、プチプラで問題ないと力説した。
そんなのがあるんなあ、と感心していた月村さんだったが。……そういえば、そもそもコスメの知識が薄い上に、この人の周りにいるのはお嬢様と高給取りだった。
「よーし。こんなもんかな。買い忘れは……ないと思うけど。まあ、足りなかったら後から買いに行けばいいだろ」
買った荷物を保管庫に突っ込みながら、月村さんがそう言う。
「あの。……お金は」
改めて見て思う、買った量に。さすがに少しは支払わないといけないような気がしてしまう。
「気にしなくていいよ。経緯は複雑だけど、小夜も弟子だからね。知り合い曰く、これくらいはしてやらないと嫌われるらしいし」
「でも――」
「もし、返したいと思うのなら。その分鈴音と付き合ってやってくれ」
柔らかな笑みを浮かべながらに、そう言ってくる月村さん。
本当に、この人は。……いつか刺されていそうなものだ。
「それに。いま気にするべきなのはそっちじゃないだろうしな」
「……?」
「広島に来たのは、当たり前だけど買い物に来たわけでも、観光に来たわけでもないからな」
宿に帰って、しっかりと休むように、と。
まあ、今日はいろいろなことがあって疲れてるので、言われるまでもなくちゃんと休むつもりだけど。
Tips:小夜 陽鞠
なんで唐突に口説かれたのかと死ぬほど焦った。が、よくよく考えてみると相手が支樹だったので諸々納得して、ちょっと落ち着いた。
支樹に対しては、やっぱり無自覚に何人も泣かせているんだろうなあ、と、再度認識した。
なお、小夜は名字だが、名前のようにも聞こえるので、しばしば勘違いされる。
Tips:店員さん
男女連れ合い(顔は似ていないのでたぶん兄妹ではない)の来客にとても良いものを見せてもらった店員さん。
男性の側は関係性について誤魔化していたが、名前で呼んでいたのでかなり関係は進んでいると見て違いない。つまり、あともう少しである。
女性の方も恥ずかしがりながらも喜んでいたし。
とてもいい仕事をしました!
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