表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/56

#50

「……」


 フェンリルを。ひとまず、目の前の課題を解決して。

 今すぐにでも背後を振り返り、走っていきたい感情を抑えながらに、まだ、正面を見据える。


 今回の一件、フェンリルの討伐、だけでは少々済んではいない。

 ダンジョンにとっての異常な存在の発生。それによる、魔力の歪み。

 これが、ある程度解消するまでは。下手にここを離れるわけにはいかない。まだ、大侵攻スタンピードを事前に抑え込めたとは言い切れない。


 ついでに、このフェンリルの死体――より正確には、その魔石についてを回収しておく必要がある。

 これに関しては死体そのものをまるごと回収してもいいといえばいいんだけど。嫌なことに、ぉのみち時間もあるし、解体もしておく。


 そうして取り出した魔石。


「……琴風ちゃんほど、鑑定が正確ってわけじゃないけど」


 それでも、わかることがひとつ。

 やはり、というべくか。あるいは、考えたくはなかったけれど、と評するべきか。

 ともかく。この魔石は、渋谷マルハチから算出された魔石ではない。

 フェンリルという、そもそも渋谷マルハチにいない魔物がいて。その魔物が原因となって大侵攻スタンピードが発生しかかっていた、という時点で嫌な予感はしていたのだけれども。


 阿蘇ダンジョンで発生していた、大侵攻スタンピードと、同じ機序で発生していた、と見ていい。

 詳しい捜査とかそういうのは専門外だからよくわからないけれども。犯人についても、同じくと見るのが真っ当だろう。


「……いろいろと、考えるべきことはあるけど」


 ひとまず、ひとつだけ言えることとすれば。少なくとも、今回の件で鈴音ちゃんは、自らの手で魔物を召喚はしていない、ということ。


 もちろん、これは今回のフェンリル、そして前回のクリムゾンドラゴンについてが人為的に召喚されたものである、という大前提に基づくものではあるのだけれども。

 今回、フェンリルが発生したそのタイミングで。鈴音ちゃんは私と一緒に行動していたし。変な行動は、していなかった。


 誰かに代わりに召喚をさせた、なんかを言い始めると結局犯人からは外れることはないんだけれども。それを言い始めると、誰しもが犯人になりうる。

 ……もちろん、その中では両方の現場にいた、という分だけ鈴音ちゃんが怪しく見られやすいけど。


 でも。少なくとも今日一緒にダンジョンに潜って、戦って、話して。

 彼女じゃない、と。私はそう、確信した。


 そもそも、今日に彼女がここ渋谷マルハチに来たのは、私が誘ったから、という前提がある。

 だから、本当に偶然巻き込まれただけの可能性のほうが高い。

 仮に犯人だとしたら、むしろそんな疑われかねないタイミングでは召喚なんかしないだろうし。

 二回も巻き込まれているところをみるに、相当に運が悪いと言わざるを得ない。


 まあ、どちらにせよ。私は鈴音ちゃんは違う、と。そう感じた、というだけ。

 ……だとすると。結局のところまた、手がかりがなくなったということも意味するんだけども。


「そろそろ周辺魔力も安定してきたし。大丈夫、かな」


 今すぐにでも支樹のことを追いかけたい、という気持ちは山々だけれども、まだひとつ、優先するべきことがある。

 大前提、今回私は単独でダンジョンに来たわけでも《海月の宿》のメンバーとダンジョンに来たわけでもない。

 チームアップを組んで、鈴音ちゃんと千癒さんのふたりと、ダンジョンにやってきている。


 緊急事態の発生ということもあり、今は離脱しているけれど。それを解消したのであれば、すぐに合流するべきだろう。大侵攻スタンピード事態は発生しなかったものの、その余波で周辺の魔物も活発になっていたみたいだし。


「……それに、支樹とすれ違ったとき。お互い、真っ直ぐにすれ違った」


 それがどうした、と思うかとしれないが。こと私にとっては、とてつもなく重要な要素。

 私は、元々いた場所からこの現場にまで、ほぼ一直線でやってきた。支樹と真正面からすれ違ったということは、彼もこの現場から真っ直ぐに走っていた、ということだろう。

 誰かはわからないけど負傷者を抱えていたあたり、あのフェンリルに襲われた冒険者を救助していた、といったところ

 まあ、彼の行動の所在はともかくとして。大切なのはフェンリルとの遭遇地点から、私と真っ直ぐにすれ違ったということ。

 なぜ、彼がそっちに走って行ったのか。もちろん、出口であるゲートがある側、ではある。けれど、それ以外にあるものが、いや、いる人が、ひとり。


「……鈴音ちゃん」


 フェンリル召喚の犯人ではないと、そう確信した一方で。

 もうひとつの可能性については。依然として。いや、むしろより強くに。確度を増していた。






     * * *






「……ふむ、失敗したか」


 真っ暗な部屋の中、煌々としたディスプレイを見つめながらに、女性はそうつぶやいた。


 召喚したフェンリルが討伐され、魔力の歪みが解消。

 前回は大侵攻スタンピードの誘発まで成功したのだけれども。今回はその前に食い止められてしまった。


 原因は主にふたつ。ひとつは、なぜか夏色 海未と月村 支樹がダンジョンにいた、ということ。


 前回に実施した阿蘇ダンジョンでの実験でもクリムゾンドラゴンの討伐という邪魔をしてくれた彼らではあるが。特に今回に関しては、最初から夏色がダンジョン内にいた。これは、想定外の事態だ。


 そしてもうひとつの原因は、胤を仕込んだ冒険者(エサ)が、召喚した魔物に喰われる前に逃げおおせた、ということ。

 こちらについては、なぜか胤と一緒に月村がいたことで、フェンリルが胤を喰らう前に彼が救助してしまった。


 あの冒険者に渡した魔石には、少々細工がしてある。とはいっても、身体に()()定着し、一体となる、という程度だが。


 しかし、魔物の召喚にはそれが必須だった。


「とはいえ、面白い結果を見せてもらったよ」


 まさか、胤を仕込んだ冒険者が暴走することにより、魔物と化するとは。これは、中々に興味深い実験結果だった。

 実験の本来の趣旨とはそれてはいたが、今回の実験失敗を補って余りある副産物といえるだろう。


「とはいえ、なんども邪魔をされる、というのは。はたまたどうしたものか」


 じぃ、と。画面を睨めつけるようにして彼女はその奥にいる人物たちを見る。


 夏色 海未、月村 支樹。


 二度も邪魔をされている現状を、果たしてどう判断するべきか。

 普通に、こちらの動向に勘付かれていると考えるべきなのだろうが。とはいえ、辿れるような痕跡は残していないはずなんだが。

 ……まあ、お相手が夏色と月村だということを加味するならば、多少の理外は想定に入れておくべきだろう。


「それに。実験の失敗もまた、実験の結果。多少邪魔をされたところで些末な問題だし」


 今回のように、失敗から得られる新発見もある。


 もちろん、ここまで辿り着かれてしまうと、それは面倒ではあるけれども。

 まあ、その場合でもやりようはある。


「そういう意味では、もっとも厄介なのは」


 ――本当に運だけで、二回とも偶然に遭遇している、という場合。

 対策をする必要がなくて。そして、対策が不可能。

 もっとも可能性が低くて、最も現状は安全で。

 そして、一番危険。


「……ふむ。万が一を、警戒するのなら。いっそ」


 女性はそう言うと、画面を眺めながらに。

 小さく、怪しい笑みを浮かべた。






     * * *






「鈴音ちゃん! 大丈夫だった!?」


 おふたりと別れてからしばらく。月村さん曰くフェンリル、という魔物を倒してきたららしい海未様が猛スピードでこちらに駆け寄ってきてくださいます。


「はい! なにも問題はありませんでした!」


「……ほんと? 危険な目に遭ってない?」


 なにかあったら責任取るから、と。海未様は申し訳なさそうなお顔でそうおっしゃいます。ここに来たのが海未様の誘いだから、ということを気にされている様子。


 私は「多少魔物が襲っては来ましたが、問題はありませんでした」と、そう答えます。

 

 月村さん曰く、海未様相手とはいえ不用意に小夜さんの事情を話してしまうとややこしくなるかもしれない、ということで。月村さんと小夜さんが先に帰ったということは秘密。

 ついでに、ここであったことについても隠しておく、ということでお約束をいたしました。


 海未様のことを騙すようなやり方をするのは心苦しくはありますが。嘘は、嘘はついておりませんから、と。なんとか自分を正当化いたします。


 実際、嘘は伝えておりません。

 魔物に襲われた、というのも事実ですし。あのときの小夜さんは魔物化していたので、そういう意味でも、魔物以外と交戦していないというのも事実。

 怪我もしていないので、問題がない、というのもいちおう道理はとおります。

 もちろん、それ以外にいろいろとありはしましたが、お伝えしていないだけで、嘘はついておりません。


「そっか。それならよかった」


「はい! 海未様の方こそ、ご無事でなによりです!」


 大侵攻スタンピードの兆候が発生したから、と駆け出していってしまわれた海未様。

 もちろん、彼女であれば大丈夫、とは思っていましたが。それはそれとして心配になってしまうのも事実で。


「まあね、身体は丈夫だからさ」


 へへっ、と。軽やかに笑いながらそうおっしゃる海未様。

 絶対にそれだけではないと思いますが。ともかく、なにごともなく、そして大侵攻スタンピードに発展することもなく、済んでよかったです。


 念の為に、と。私の身体を確かめる海未様。

 ふわあああ! 今更ではありますが、海未様が、とっても近くにいらっしゃいますの!


 ひとしきり確認ができたようで。大丈夫そうだねと、私から離れる海未様。別にちょっと残念とかは思っておりません。ええ。


 私が自分で謎に納得をしていると。一歩前に出られた海未様が「そういえば」と、くるりと振り返られて。


「鈴音ちゃん、あのあと誰かここに来たりした?」


 その質問に、ドキリとしてしまいます。

 もしかして、先程誤魔化したのがバレたのでしょうか、と。背中がスゥッ、と冷たくなっていくような感じがして。


「あの、ええっと――」


「負傷された冒険者の方がいらっしゃりましたので、私が治療いたしました。そのまま、お仲間の方が支えながらに既にゲートの方へと向かわれております」


 言葉に詰まっていた私を、後ろから千癒が助けてくださいます。

 たしかに、これならば嘘にはなりません。


 私が一瞬回答を迷ったことに疑問を抱いたのか。数度、私と千癒との間を交互にジッと見つめてくる海未様。

 初めて見るような、鋭く強さのある彼女の表情。

 緊張で、コクンと小さくつばを飲み込みます。


「そっか。うん、了解。千癒さんもありがとうね」


「いえ、冒険者としての努めですので」


 先程の一瞬の緊張が嘘のように、海未様は柔らかな表情に戻られます。


 乗り切れたということに、ほっとひと息つきながら。しかし、ちょっぴり罪悪感。

 ごめんなさい、海未様。月村さんと小夜さんがいらっしゃったことは、秘密にしておかないといけないんです。


「とりあえず、いろいろとあったし。今日のところはこのあたりで引き上げて帰ろうか」


「はい、わかりました!」


 海未様の隣に並びながら、ダンジョンの中を歩きます。


 本当に、こんなことがあっていいのでしょうか、と。そんなふうに思ってしまいそうになって。


「今日はこんな感じになっちゃったから。また、改めて一緒に来ようね!」


「はい、ぜひとも!」


 嬉しさで、思わず頬が緩んでしまいそうになります。

 今回はご用事があるとかなにかで月村さんは来られませんでしたが、次はぜひとも一緒に――、


 あれ? そういえば、先程月村さんはいらっしゃったわけで。

 よくよく考えてみると、なにやら矛盾しているような現状に、私が首を傾げていると。


「あ、そうだ。鈴音ちゃんにもうひとつ聞いておきたいことがあるんだけど、いい?」


「はい、私に答えられることなら!」


 海未様からの質問に、私はそう答えます。

 まあ、先程の疑問については、後で月村さんに聞けばいいでしょう、と。そんなことを思っていると。


「月村 支樹、って知ってる?」


 思いがけない名前が、飛び出してきます。

 まさか、今考えていたばかりのお名前が、まさかまさか、海未様から。


「はい! 知っております!」


 だからこそ、私は堂々と、そう答えて――、


「ほんと!? ねえ、それほんと!?」


 態度が急変した海未様。

 なぜか額に手を当てる千癒。


 ……もしかして、私、なにかやってしまいました?

Tips:星宮 鈴音

 嘘をついてもバレる自信しかない。




よろしければ、感想やリアクション、ブックマークや評価などで応援していただけますと嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ