#49
「そうは言ってもなあ。事実と証拠が無いし」
「……はい?」
月村さんの言葉に、私は首を傾げる。
証拠もなにも、あなたたちが見てきたものがそのままでしょうよ、と。そう、思っていたのだけれども。
「まず、フェンリル召喚の方だが。たしかにフェンリルは召喚されてしまってるけど、既に、迅速に討伐されている。今回に関しては偶然たまたま、海未がいたからな」
なんでそんなことを今把握できているのか、とか、どうして海未とかいう最強の冒険者の名前が出てきているのか、とか。いろいろ言いたいことはあるけど。
しかし、たしかにこれでは私がやった、という証拠が、月村さんの視認しかない。
「そして、星宮の方なんだが。こっちも実質的には被害が出ていない。俺も千癒も、そして星宮も負傷してないからな」
「でも、襲いかかったのは事実で」
「冒険者同士で力比べをすることなんて珍しい話でもないだろ。それこそ、お互いになにも言わなければただの日常の延長線にしかならない」
これも、現場にいた人間たちの証言しか、ない。
つまるところが。誰も言わなければ、それまで。
それに、と。
少し困った様子でポリポリとこめかみを掻きながらに、月村さんが少し考えて。
「今回の件、よくよく考えてみてほしいんだけど。まともに報告とかできないんだよ」
「へ? ……あっ」
魔物の強制召喚と、人間の魔物化。
そのどちらをとっても、現在の常識を覆すものたち。
もちろん、危険性を勧告するという意味合いでは報告するのが道理ではあるのだが。そんなものを、今ここにいるメンバーが報告したところで冒険者協会から信用が得られるかというと――、
「いや、月村さんが言えば信じてもらえるんじゃないの?」
「なんで俺?」
私の言葉に、なぜか首を傾げる月村さん。
「なんでもなにも、この中で一番冒険者としての社会的な信用度が高いのってあなたじゃない」
星宮が、たしかDランクの冒険者だというのは、彼女がクラスメイトと会話しているところから聞こえてきたので覚えている。
もちろん、彼女の素性である星宮家の令嬢、というところを加味するならば、多少は発言力は高まるだろうが。それでも常識を覆すのには不足するだろう。
私なんかは、もってのほかだ。ランクは星宮と同じくDだけど、家格の差がある。
そうなると、信用度があるとするならば千癒という彼女か、この月村さんのいずれかにはなるのだけれども。
場を取り仕切っていることや星宮の師匠であることなんかを考慮すると、ふたりのうちでどちらのほうが上なのかは明白。
「いやいや、Fランクの冒険者が言ったところで――」
「そうそう。Fランクが……は?」
身体を取り戻してから時間が経っていないからだろうか。どうやらまだ聴覚機能が正常じゃないらしい。
「ええっと? もう一度、言ってくれる?」
「ああ、だから。Fランク冒険者が言ったところで説得力がないって」
……聞き間違いなら、どれだけよかったか。
チラと、星宮と千癒さんの方へと視線を遣ると、少し呆れた様子ではあったものの、コクコクと頷いており。ついでに、月村さんが冒険者証を見せてくれる。たしかに、Fランク。
うーん、マジか。イレギュラーだとは思っていたけど、こっちの方面でもイレギュラーがあったとは。
「そういうわけで、まともに話したところで取り合ってくれないのがオチだな。鈴音が話してワンチャンってところか」
ちなみに、千癒さんはCランクなので、星宮の素性込みでどっこいどっこいか、星宮に軍配が上がるか、といったところ。
つまり、ここ四人、誰ひとりとしてまともな証人にならない。
「まあ、やりようがない、訳ではないが」
「……」
言わんとすることは、わかる。
つまり、私が犯人である、ということで出頭すれば、信用は逆の意味で稼げる。
「つまり、私が」
「ただ、それはダメだ」
「へ?」
いや、それしかないだろう、と。そう思っていた私を。しかし、彼は否定する。
「そもそも、犯人として名乗ったところで機序の説明ができないなど、結局のところの確証には至らない」
それは、たしかにそうかもしれない。
「それに、魔物の召喚云々やそれに起因する話についての信用のある報告は、たぶん海未がやってくれるだろうから、その点は安心していい。だからこそ、するべき話は君の身の預かり」
今回の件を報告するとなると、間違いなく問題になってくることは。
「魔物化した、という経歴を自称するということ。これが、どんな結果に転ぶかなどわかったものじゃない」
身柄を拘束されるだけなら、まだいい。危険視されて殺されてしまうかもしれないし、あるいは、研究の対象にされるかもしれない。
「だから、君が自ら罪の告白に向かうということに賛同できない」
でも、それが私の罰で――、
「――と、いうのが建前」
ぴょこん、と。月村さんの陰から、星宮が顔を覗かせてくる。
「本来ならば、あまりよい判断ではないんだろうが。せっかく、星宮が助けて。やっと友達になることができた相手を突き出すっていうのも――それも、本人に責任が薄く、罪の意識が強い中で――というのは酷な話だしな」
――だからこそ、今回の件はただの冒険者同士の力比べと、ちょっとした不運な事故。
それ以上でも、それ以下でもない、ということにしようとしている。
もちろん、経過の観察は必要だし。なにより、魔石が私の身体に残ってしまっている以上、目を離すわけにはいかはい。そういう意味では、管理体制の整っている冒険者協会に引き渡す、というのはひとつの手ではあるのだが。
最悪の場合に、制圧が可能な存在と、現に私のことをもとに戻してくれた星宮。
なぜか整ってしまったその環境は。ある意味、代替として十分と言えるだろう。
「どんなものかが、まだ正確ではないが。その魔石との付き合い方については、いちおう手助けはしてやれるつもりだ。半分は、監視という名目にはなるが」
つまり、これは条件であり、交渉だ。
判断を、私に委ねている。
もっとも。
「まあ、この条件を飲めないっていうのであれば。突き出すしかなくなるが」
判断を迷う理由があるかい? とでも言いたげな表情で、彼がこちらに視線を向けてくる。
その後ろからは、星宮のキラキラとした視線。
なんとなく、この男の性格が理解できてきた。
こいつ、何人か女を泣かせている。それも、無自覚に。なかなかに厄介なタチである。
「……わかったわよ。そもそも、いくらでも星宮に付き合ってあげる、って。そう、決めたばっかりなんだから」
願ったり叶ったり、というわけではないが。最初から、覚悟をしていたことである。
なにも、気後れすることなど、ない。
「でしたら、やっぱり!」
月村さんの陰から飛び出してくる星宮。
……ちょっと気後れすることがあるかもしれないけど。
「そういうことなら、これからよろしく頼むぞ、小夜」
「こちらこそ、よろしく……お願いします、月村さん」
「で。なんで私たちだけ、先に帰ってるの」
星宮と千癒さんと分かれて、渋谷マルハチからの脱出に向けて移動している最中。
私の隣を歩いていた月村さんに、ジトッとした疑念の視線を差し向ける。
「……さっきも、小夜の身体の大事をとって、と言ったと思うんだが」
「ええ、そうね。……あの場では、なぜかあなたと、それから千癒さんがうまく口裏を合わせようとしていたから黙っておいてあげたけど。星宮と違って、私はそれくらいじゃ騙されないわよ?」
というか、あれで納得させられている星宮がどちらかといえばイレギュラー。
それくらいに、このふたりのことを信頼している、ということなんだろうけれど。
私がずいっ、と。詰めると、どうやら観念したらしい彼が小さく息をつきながらに、口を開く。
「なんていうか。今日最初に会ったときの質問に繋がる話ではあるんだけどさ」
今日の最初、というと。ああ、そういえば、なぜ月村さんと星宮が一緒にいないのか、という話をした覚えがある。そういえば、そこから疑問ではあった。
あのときはうまくはぐらかされたけれど、今となってみれば、渋谷マルハチの中に鈴音もいたわけで。
それならば、彼と星宮が一緒にいなかったことに理由がある、ということになってしまうわけで。
これも含めで説明してもらわないと道理が通らない。
「……まあ、早い話が。鈴音は今日、海未と一緒にダンジョンに潜ってたんだよ」
掘り返せば掘り返すほどに、やはり謎が多い。
ここでなぜ海未さんのような冒険者の名前が挙がるのか。
この際、なんで星宮と海未さんが一緒にダンジョンに潜ることになったのか、なんてことはひとまず置いておくにして。
真っ当に考えるならば、だからといって月村さんが星宮と別行動をする理由にはならない、
だから、考えられる可能性として。別行動をせざるを得ない、なんらかの理由があった。
そして、その理由が。こうして私と月村さんが、先に離脱しているという理由でもあって。
「面識があるのね、海未さんと」
「御名答……というほど、難しい問題ではなかったかもしれないけど」
答えておいてなんではあるけれども。むしろなんで星宮がここに至っていないのか、が不思議な程度ではある。
なんせ、月村さんの口振り――海未さんに対する評価や扱いが、一般の冒険者のそれではない。
「ああ、いちおう鈴音の名誉のために補足しておくと、アイツは親から俺の素性を調べないように、と言われてるんだよ。遠回しにだけどな」
「そうなのね。……いや、それにしても勘が悪くないかしら」
私がそうツッコむと、彼も「まあ、それは否定しない」と、苦笑いを浮かべる。
ここまでの話を鑑みるに、この話を知っているのは星宮の親と千癒さん、といったところだろうか。
「それで? 海未さんと面識がある上で、どういう理由で顔を合わせられないのよ」
私のことを顔を合わせない理由に使ったんだから、それくらい聞かせてもらう権利はあるだろう。
……まあ、このメンツに面通しの上、問題ないと判断されているのであれば、なんらか問題のある経歴持ち、というわけではないと思うけれど。
「あんまり他人に話すようなことでもないとは思うんだが。元パーティメンバーでな」
「ふんふん。……へ?」
「ただ、やっぱり力不足だったみたいで追放を――」
「待って。待って。待ちなさい! 今、なんて?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「うん? ああ、俺が力不足だったから追放を――」
「その前よ! トンチキな漫才をしてるんじゃないんだから、それくらい察しなさい!」
私のツッコミに、キョトンとした表情で首を傾げる月村さん。
改めて、彼の元所属が海未さんと同じパーティ――《海月の宿》であったことを確かめて。規格外の強さの理由に納得する。
それで、なんでFランクなのかということを尋ねると、冒険者証をギルドハウスに置いてきて、そのまま星宮と行動を共にする関係上で必要になったから発行替えをした、と。
まるで交通事故みたいな物事の説明に少しだけ頭が痛くなってくる。
しかし、なるほど。大体の事情を察してきた気がする。
この人は、割と変な解釈をする。
追放云々についても、最上位層の力量を私が認識できていないから、本当に実力不足であった可能性も否めないけれど。その一方で、なんならそこから怪しいまである。
そして、自身の実力と状況を。この男は、正しく認識しているつもりで、全くしていない。
まさしく、バグが発生している。
状況を改めて。私は、大きくため息をつく。
「気のせいじゃなかったら、めちゃくちゃに呆れられている気がするんだが」
どこか納得がいってなさそうな表情で、彼がそう言う。
「……安心していいわよ」
ここまでの話を鑑みた上で、出す結論なんて、ただのひとつしかない。
「気のせいでもなんでもなく、呆れてるから」
安心できる要素じゃないじゃないか、という不服については、受け付けないものとする。
Tips:月村 支樹
本人に自覚はないが、かなりの人間に対して涙を流させてきた経歴がある。
本人に、自覚はないが。
よろしければ、感想やリアクション、ブックマークや評価などで応援していただけますと嬉しいです!




