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#48

「がはっ」


 内側からの大きな衝撃と共に、私が、私の身体へと戻っていく。

 取り戻した意。目の前に広がっていたのは、地面。

 なにごとかと思いながらに身体を起こそうとしてみるも、


「うご、けな」


 右腕が押さえつけられていて、動けそうにない。本当に不思議なのだけれども、右腕だけしか押さえつけられていないのに。


「小夜さん!」


 背中の方からは、私のことを呼び、叫ぶ星宮。

 本当に、なにか起こっているのか、と。そんなことを考えていると。


「あー、鈴音。もう、小夜の意識が戻ってるぞ」


「……へ? はわあああああっ!」


 大きく驚きながらに飛のく星宮。そのままの美しい流れで土下座をかましてきた彼女。

 状況は理解できていないけど、推測することは十二分にできる。

 言いたいことは、いろいろあるけれど。でも、ひとまずは。


「ありがとう、星宮」






 小夜 陽鞠という人物を自己評価するならば。とにかく、人に恵まれなかった、と言うべきだろう。


 正直なところ、話していて気持ちのいいものではないし。それは、聞く側である星宮にとっても同じく。

 それでも。


「聞かせてください。小夜さんのことを」


 真っ直ぐに、こちらを見つめながらにそう言ってくる彼女に。暗闇の中で、必死に声をかけてくれた彼女に。

 これを伝えないのは、不義理だろうから。


「まず、どこから話そうか。……私が、冒険者になった理由から、かな」


 とはいえ、理由を話すだけならば、面白い話でも、珍しい話しでもない。冒険者を志すものとしては、ごくごく一般的なもの。

 ただ、単純に。お金が、必要だった。

 冒険者は、うまくやればとても稼げる。そうでなくとも、最低限は稼ぐことができる。

 なるだけであれば、間口は広く開かれている。それゆえに、理屈上は誰でも容易に始めることができるし、始められてしまう。

 だからこそ、日頃の小遣い稼ぎから、一発逆転の勝負まで。お金を稼ぐという理由で冒険者になる人間は多い。


 だからこそ、私のその理由自体はありふれたもの。

 けれど、その更に根底にある理由、動機は少しいびつではあった。


 早い話が、家庭環境が終わっていた。

 父親は酒に煙草に賭け事に。不満があれば暴力が飛んでくる。

 母親はどこぞの男とでかけながらにあれやれこれやと浪費癖。

 なぜ、未だに婚姻関係が保たれているのか不思議なくらい、家族の形を保っていなかった。


「……」


「星宮みたいな家庭からしてみれば、信じられない世界かもしれないけど。少数派とはいえ、あるのよ。こういうのが」


 そして、そんな家庭に間違いなく発生する問題が、ひとつ。

 お金である。


 酒も煙草も賭け事も。浪費なんて当然のことに、どこの誰ともしれない相手に貢ぎこまれるお金たち。

 考えるべくもなく、お金が家になくなる。

 とはいえ、父親も金なんて賭けで増やせば一発だからと、今の仕事以上に増やす気はない。母親も、外の男との逢瀬に時間が必要でまず取り合う気がない。

 とはいえ、そんな状況で金が舞い込んでくるわけもなく。

 そこに、目をつけられたのが、まだ幼く。自己主張も苦手で。髪も黒色のままであった小学生の頃の私である。


 冒険者は、理屈の上では誰でもなれる。

 一応年齢制限もありはするが、広く開放されている範囲に入るという体裁で、登録を行わずに冒険者としての活動を行うこともできなくはない。

 もちろん、そうなると売り払いなどができなくはなるが、そこは浅ましい両親なりに考えたようで、名義上は両親が登録をした上で私が活動をして、仕事やらナニやら知らない帰りに、両親が私の成果を精算していく。

 これならば、年齢制限など、ないに等しい。

 小学生高学年の頃合いから、そんな理由でダンジョンの中に放り込まれた私は。しかし、両親に逆らうことなんてできるわけも、考えに浮かぶわけもなく。ひたすらに、頑張った。


 そんな最中、中学生になった私は、依然としてダンジョンの中で活動をしていて。

 ひょんなことから、とある冒険者のパーティと出会う。


 おそらくは、中学生になったとはいえ、まだ幼い見た目の私がひとりでダンジョンで活動をしているのに、心配をしたことから、声をかけてくれたのだろう。

 男女混合のパーティで、もともと知り合いだった四人組だそうで。とても、仲が良さそうに見えて。

 ダンジョンに向かわさせられることになり、友人関係など、小学生以来ほぼ断絶していた私には、とても、輝かしく見えて。


 仲の良い彼らに混ざるのは少し気が引けたが、ひとりでのダンジョン探索が危険であること。そして、彼らに憧れたこともあり。動向をさせてもらうことになった。


 最初の頃は、とても順調だった。

 やはり分担をしているという側面は大きく。報酬については山分け、というところを差し引いても。ひとりだった頃よりも稼げるようになっていた。


 特に最初に声をかけてくれた男性――リーダー出会った彼は、心配もあってか私によく気を回してくれて。

 それが、普段の日常のこともあってか、安心できる日常になってきて。


 なりつつ、あって。


「……ねえ。やっぱり小夜ちゃん、邪魔じゃない?」


 ふと、聞いてしまった、そんな言葉。

 彼らとともに行動をするようになってしばらく。連携にも慣れてきた、と思っていたところに。しかし、最近その流れに翳りが見えてき始めていた。

 メンバーのうちのひとり、後方から遠距離攻撃をしていた女性と、攻撃がかち合うことが多くなっていた。

 当然、それならば彼女に合わせようと努力をしてみたのだが、どれだけ頑張っても、噛み合わない。

 彼女の側からしてみれば、邪魔、と感じるのも無理はないだろう。


 それからしばらくとしないうちに、私はこのパーティから離れることになった。

 リーダーの彼が申し訳なさそうに伝えて来たときのあの表情も忘れはしないが。なによりも、彼女の睨みつけるその表情が、記憶に残っている。

 ああ、本当に。私のことが邪魔だったんだな、と。


 しかし、私の稼ぎが上がっていた一助は、彼らのおかげだということもあり。再びひとり行動をすることになった私の稼ぎが減るのは道理で。

 しかし、それを両親は良しとはしない。そもそも、どういう理屈で稼ぎが増えていたのかも知らない彼らではあるが、とはいえ増えた稼ぎが減るというのは耐えられない事実であったよう。


 それから、私はなんとか協力者を募りながら、冒険者活動を続けようとしていた。

 しかし。


 ――邪魔になるのなら、出ていってくれ。


 元より、こちらから願いあげて同行をさせてもらっている立場。

 取り分の文句なども言えるわけもなく。加えて、まだ中学生だった私は冒険者登録を済ませていないので、制度に守られない。

 いいように使われて、そして、邪魔になったら切り捨てられる。加えて、かつて彼女から差し向けられた、視線が。私の方にも染み付いた不信が。


 ――邪魔。私にとって、仲間という存在が。


 そして。誰かにとって、仲間である私の存在が。


 ならば、誰からも迷惑をかけられないように。誰にも、迷惑をかけないように。ひとりで、戦えるように強くなろう、と。


 高校生になって。厳密には、十五歳になって、状況が少しだけ変わる。

 法律上で冒険者になることができるようになって。正確には、本当は高校生になるまではダメではあるのだが、そこを無理矢理に押し通した。

 両親も、それを良しとした。なんだかんだで代理の名義での精算は面倒だった、ということなのだろう。わざわざ、迎えに行く必要があるし。


 だが、それが。私にとっての起死回生の一手となった。


 自力での経済力を手にした。奪い返したところを起点に、両親に対して魔力での身体強化を込みでの制圧を敢行。褒められた行為ではないにせよ、そうでもしないとこのふたりは黙らなかっただろう。

 無理矢理に私のひとり暮らしを取り付け、そして、私の生活に干渉しないように契約を結ばせた。

 文句は大量に飛んてきたが、黙らせた。


 家から出て。本格的に、周囲を拒むようになった。信じられないし、信じたくない。

 誰も、寄せ付けないように。関わりを拒むように。


 かつての私と決別するように、髪も染めて。


 冒険者としての活動は、安定こそしないものの。これまでの経験もあって、自力での生活と高校の学費を払うことができるくらいには、なんとか成り立っていた。


 その一方で、かつての私が憧れたような。仲間や友人といったものは、より、隔絶していって。


 けれど、それでいい。これが、私の選んだ道だ、と。


 そう、思っていたのに。


 ――小夜さん。ぜひとも私とお友達になってくださいませ!


 太陽なんかよりも、ずっと明るい星が。夜の帳を切り開いて。






「……小夜さん。そんな、ことが。ううっ」


「なんであんたが泣いてんのよ」


 そういうつもりで話したわけじゃないんだけども。

 私の身の上を聞くなり泣き出してしまった星宮に困惑しながら、私はそうつぶやく。


「私が、私がお友達になりますから!」


「はいはい。もう、この際なんだっていいよ」


 小さく息をつきながら、くっついてくる星宮のことをいなす。


「それよりも、月村さんと、千癒さん」


「それよりも!?」


 ひとまず別件の話をするために話題を横に置こうとすると、クワッとものすごい勢いで星宮がそう言ってくる。

 いや、私にとってはもはや過去の話だし。とにもかくにも、今の話のほうが大切なんだけども。


「それで、どうでした? 私の身体」


「細々とした怪我の類は、私の方で治療をいたしました。内部の魔力については、月村様の方での確認にはなりますが」


「……絶対、の確証はないけれど。おそらく、ひとまずは大丈夫だ」


 千癒さんの治療と、月村さんの検査――本人曰く、もどきらしいけど――を経て、とりあえず一旦私の身体には問題がない、ということが確かめられた。

 とはいえ、人体の魔物化と、そこから人間に戻る、という。前例のなさすぎる事例が連続で発生しているということもあり、ひとまずは経過からの観察、が必須らしい。


「あと、取り込んだ魔石については身体に完全に定着してしまってる。除去はほぼ不可能とみていい」


「そっか」


「……思ったよりも納得が早いな。もう少し衝撃を受けるかとは思っていたんだが」


 反応が簡素だったという自覚はある。でも、これは衝撃が無かったというよりかは、心持ちができていた、という方が正しい。


「なんとなく、たぶんそうなんだろうとおもってたから」


 自分の身体のことである。ある程度は、認識できている。


 もしかしたら、このイレギュラーすぎる人物ならばなんとかする手段を持ち合わせているかもしれない、なんて思っていたけれども。そんな都合のいい話があるわけもなく。

 今回のことに対する、自分への罰として認識しながらに受け入れていくしかないだろう。


「それで。どうするの?」


「どうする、とは」


 私の質問に、所在のない回答をしてくる月村さん。

 こんな状況から繰り出される質問の意図なんて、大方わかっているくせに。全く、面倒な大人である。


「私の沙汰よ。こんなことをしておいて無罪放免、なんてことはありえないでしょうし」


 騙されていた、とはいえ。そもそも正規でない依頼を受けながらに、それを遂行した結果。フェンリルを召喚して。ついでに、魔物化までして星宮のことを襲って。


「どうする? 星宮。小夜がなんか、こう言ってるけど」


「無罪でいいのではないでしょうか?」


「はい!?」


 なにを、言ってるんだこのふたりは。

Tips:小夜 陽鞠

 これまでの巡り合わせの運がとてつもなく無かった少女。

 件の女性の吐いた「邪魔」の言葉の意味は、今となっては二重に理解はしている。

 ちなみに、今の見た目になったのは実質のタイミング的には高校デビュー。

 ただし、本人はあまりギャルがなんたるか、などはよくわかっていない。




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