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46/58

#46

 突如として発生した、魔力の流れ。まるで小夜が周囲の魔力を食らいつくさんとする勢いでかき集められたその現象。


「二度も見せられて、また、手を伸ばし損ねるとは」


 爆ぜた魔力の勢いから鈴音を守りながら、俺は歯を噛み。巻き上げられた砂埃の先へと視線を遣る。


 先刻に、小夜が取り出していた謎の装置。――どこぞの誰かに依頼されたというそれが、引き起こしていた挙動。

 そして、そんな彼女が同一人物から渡され、直接に摂取したという、魔石。


 その、どちらもが。周囲から過剰なまでに魔力を引き込んでいたということを考えると。この先に起こるのは――、


「小夜さん!」


「待て、鈴音」


 衝撃も収まり。小夜のことを心配して飛び出していこうとした鈴音を、引き止める。


 砂埃が落ち着くとともに、だんだんとその姿が見えてくる。

 ゆらり、と。ふらつきながらに二本の足で立つ人影。

 だが、しかし。その姿は。


「……小夜、さん?」


「グル……グルァ……」


 はたしてその瞳に、どのような感情が映っているのか。

 黄金の体毛をした、二足直立の、狼――いや、フェンリル。

 魔物となった、小夜がそこにいた。






「ひゃあっ!?」


「ぐっ、速いな」


 当然とばかりに襲いかかってきた小夜。悲鳴をあげる鈴音の前で、狼人間となった彼女の爪を盾で受け止める。

 四足でない分、通常のフェンリルよりかは速度では劣るが、二足であるがゆえに自由度の増した両腕は、それを補って余りある、リーチと器用さを生み出していた。


「千癒さん、鈴音を逃してやってください。ここは、俺が」


「そうしたいのは、山々なのですが」


 千癒さんが鈴音を守るようにして、小夜の経路上に構えるが。しかし、フェンリルに比して遅くなっているとはいえ、十分な速さを備えた小夜は、十分な速度で回り込んでくる。目の前の千癒さんとの直接の衝突を避けるようにして、鈴音に向けて。


 千癒さんも、防ぐだけなら間に合うものの。しかし、ここに逃走を含めると速度で負けてしまう。


 ならば、俺の方で小夜を抑え込もうと対応はしてみるものの。しかし、どれだけ射線を切ろうが、立ち回りで彼女の意識に入り込もうが。小夜の標的は、依然として鈴音だった。


 フェンリル種は高位の魔物だということもあり、高い知能を有している。そういう意味では、守られる立場である鈴音を優先して対処するほうが、俺たちの手も奪えるし、確実にこちらの頭数を潰せる。

 そういう意味では、合理的な判断、とも取れるが。


「月村さん。千癒。これが、あまりにも危険なことだということは、承知の上で言わせてくださいまし」


「……聞こうか」


 そう、返しはするが。彼女の言わんとすることは、理解できる。

 執拗に鈴音を狙っているというその執着。その、原動力がいったいどこにあるのか、ということを考えれば。


「これが、わがままだということは、わかっていまさ。……けれど、それでも。小夜さんのお相手を、私にさせてください」


 俺も、千癒さんも。揃って口を閉じる。

 わかっているのだ。だからこそ。


「――おそらく。私が、相手をしなければならないと。そう、思うのです」


 鈴音は、力強く言った。


 これは、私と小夜さんの問題だ、と。






     * * *






 盾を構えながらに、小夜さんに相対します。


 後方では、月村さんと千癒が構えており。いつでも介入が可能、という状態。


「お嬢様。先程もお伝えしましたとおり、危険と判断した場合には、即刻小夜様を討伐の上、お嬢様を救出します」


 元人間とはいえ、小夜さんは現状魔物と化している状態。それでいて、こちらに牙を向いている以上、千癒のその判断を止める術はありません。

 むしろ、現状即座に討伐に動いていないだけ、かなり譲歩をしていただいているくらいです。


「小夜が魔物に――それも、フェンリルという本来渋谷マルハチにいるべきでない魔物になったことで、この周辺の魔力濃度に異常が発生している。今の鈴音にわかりやすいように説明するなら、海未が対処に向かった場所と、同じようなことになっている、ということだ」


 海未様は、大侵攻スタンピードの予兆を察知し、それに対処するために駆けていかれました。

 そして、それと同じようなことが目の前で起こっている、ということは。今の小夜さんを放置することが、すなわち、大侵攻スタンピードの発生につながる、ということ。


「つまり、制限時間は少ない。周辺の魔力濃度の歪みが限界に達すると判断した場合も、俺が介入して即刻小夜を討伐する」


 月村さんの言葉に、息を呑みこみます。


 つまり、迅速に、かつ、死なないように。無論、私が小夜さんを殺すことのないように。

 それらの条件を満たさなければ、小夜さんを救うことができない、ということ。

 緊張が、汗となって頬を伝います。


「さっきも言ったとおり。小夜を助けたいのなら。可能性はひとつだ。やれるな?」


「……はい」


 できるかどうか、不安ではありますが。そんなことは些末な問題です。

 大前提、やらなければ小夜さんを救えません。このまま、魔物となったまま、月村さんや千癒。あるいは、他の誰かに討伐――もとい、殺害されてしまいます。

 だから、できるかどうかではなく。やるしか、ない。


 月村さんから支援バフスキルを受け取りながらに、金色の狼人間となった小夜さんを正面に捉えます。向こうも、こちらのことをジッと睨めつけてきて。


「――行きますッ!」


 向かってきた小夜さん。私も、正面からそれを受け止めるために、真っ直ぐに接近します。

 とはいえ、そんな真正直にぶつかり合いが起こるはずもなく。


「そりゃあ。回り込みますよ、ね!」


 スピードでいうならば圧倒的な差であり、彼女回り込んでくるには十分。それは、先刻に千癒が撤退を実行しようとしたときに学習済み。

 月村さんの支援バフ込みでも、目で追いかけて盾で受け止めるので精一杯。

 それでいて、一撃が重たいのだから。阿蘇ダンジョンで相対したグラウンドベアなんかの比にならない脅威度。


 力押しでは不利になると判断し、一瞬に力を込めて盾で攻撃を弾きながら、距離を取り直します。


 無論、それで退いていく小夜さんではありません。まあ、逃げられたら助ける手が届かなくなるので、むしろそちらのほうがまずいのですが。

 再度、こちらに突進してくる小夜さん。背後を取るのが無理だった先刻を理解してか、今度は真正面から。

 それに合わせるようにして、私も剣を振りかざします。


 月村さん曰く、小夜さんの現在はフェンリルという高位の魔物。とはいえ、私の得物も曲がりなりにも、薄暮製の剣。

 どちらかといえば耐久性を重視した一品ではあるものの、切れ味も十分なものであり。振り抜いたものをまともに喰らえば、ただでは済まない――、


 しかし、小夜さんは私の剣に物怖じすることなく、そのまま真っ直ぐに突っ込んできて。私が慌てて剣と盾の順序を入れ替えながらに、彼女の突進を受け止めます。

 が、十分な準備を取ることができなかったために、盾ごと後方へと弾かれます。


 空中で姿勢を制御しながら、着地して。小夜さんの方へと視線を遣ります。


「……なるほど、高い知能がある、というのもなかなかに厄介ですわね」


 使い始めてから日は浅いとはいえ、魔物に対しては、何度もこの剣を振るってきました。

 使い慣れていない、なんてことはありません。

 もしそこに、慣れが足りていないとするならば。


「私が()()()、と。そう、確信していた動きです」


 相手が人――小夜さんをである、ということ。そして、人に剣を、斬りつける刃を振るったことがない、ということ。

 たとえ、魔物化してしまっていたとしても、それは揺るぎない事実。


 私が、彼女に盾を構えることはできても、剣の切っ先を向けることができなかった、その理由。


 月村さんにも千癒にも。そして、きっとさよさんにも。甘いと言われてしまうのでしょうが。

 しかし、やっぱり私は、クラスメイトであり、友人である小夜さんに剣を向けたくはない。……それが、一方的な友情であったとしても。


 しかし、たった今。私の感情からくるその行動が、小夜さんにも確たる事実として認識されてしまった。確信と、確定とでは。その間に圧倒的な溝がある。


 そしてこれは、明確な攻めの隙となってしまう。


「くっ……」


 執拗に、盾の向けていない方向から攻撃を繰り出される。剣で応じることはできなくはないし、そのほうが速いのは確実なのだが。しかし、反射的に盾で受けようとしてしまう。

 大きく、余計に動かされてしまい、体力を激しく損耗します。


「お嬢様!」


「わかっております!」


 千癒からの心配の声。飛び出してこようとする彼女に、私は声で制します。


 千癒の気持ちも、十二分に理解はできます。しかし、それでも。まだ、私はやれる。やらなければ、ならない。

 そして、それをおふたりもわかってくださっているからこそ。まだ、止まってくれている。


 とはいえ、それらにも限界はあります。千癒の心配には私の体力という底が、月村さんの懸念には魔力の歪みというタイムリミットが。


 幸運なことに、まだ猶予はあります。

 不運なことに、それほど余裕はありません。


 打開の手立ては、潰えていません。手を伸ばすことさえ、できれば。


「小夜さんッ!」


 襲いかかってくる彼女の爪を盾で受け止めながらに、私はそう叫びます。

 その呼びかけに応じるかのように差ひ向けられた瞳は、私に対する怨嗟に満ちていて。

 きっと、そうなのだろう、ということが理解できます。


 だからこそ、私がやらなければならない。


「小夜さん、聞いてくださいまし!」


 小夜さんの身体を盾ごと突き飛ばして。同時、地面を強く蹴り、彼女との距離を詰めます。

 小夜さんの姿勢制御が空中にいるせいでままならないうちに、私は間近にまで彼女に接近し。そのまま、横一文字に剣を振り抜こうとします。

 それを、余裕そうな様相で見る小夜さん。しかし、どんどんと近づいていく刃、速度を緩めない私に。小夜さんはついに、咄嗟に身を翻して回避をします。


 ――先刻のこともあって、私が攻撃を継続する、とは思わなかったのでしょう。


 油断は、時に極端な視野の狭まりと致命的な判断の誤りを引き起こします。

 それは。対人戦、ないし、知能がある存在との戦闘に於いては、相手にとっても同じく。


 隙は、返していえば、油断の材料

 私の思考が隙にもなってしまった。それは、たしかな事実。

 なれば、それを逆用してやればいい。


 不安定な姿勢から回避に転じたこともあり、小夜さんの体勢に無理が生じます。


 しかし、それでもなお、その瞳はこちらを睨み続けていて。

 その体勢のままに、腕が伸ばされます。


「小夜さん、聞いてくださいまし!」


 聞こえているのでしょう。あるいは、聞かせたくないのでしょう。

 だからこそ、何者かも知れぬ魔物あなたが、それほどまでに恨めしく、私を睨めつけるのでしょう。


 眼前にまで迫った彼女の爪に。私は盾で弾き返して。代わりに、返した剣を差し向けます。


 先程のような不意打ちは――油断に依存した攻撃は、一度しか通用しません。

 当然に今度は警戒をされています。事実、彼女の視線はずっと私の剣を追っている。私が、振り抜く覚悟があると、そう認識したから。


 体勢に無理があろうとも、フェンリルという魔物の身体能力はそれを補って余りある。そのままの体勢で、私の剣へと狙いを定めると、その爪を持って、剣を弾かんと腕を振るって――、


 私の手から、剣が離れる。

Tips:星宮 鈴音

 話したいことがある。伝えたいことがある。聞きたいことがある。

 諦めたくない。諦めるわけにはいかない。

 だからこそ、手を伸ばす。届かないといわれようとも、伸ばした手を振り払われようとも。

 ただ、ひたすらに。




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