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#43

 鈴音の様子をうかがっていた、その最中。


「げ」


「げ、とはなんだ。げ、とは」


 人の顔を見るなり、随分な対応をされてしまう。


 華美な金色の髪の毛。わかりやすく不機嫌を貼り付けた表情。

 鈴音の同級生である、小夜という少女だ。


「なんでこんなところにいるのよ」


「いや、なんでもなにも、俺も冒険者なんだから、別にダンジョン(ここ)にいること自体は不自然なことではないと思うが」


「……それもそうね」


 まあ、正確には鈴音のことを見守るためにという事情はあるが。それをここで開示するというのはなかなかにややこしい。


 ちらりと鈴音の方の様子をうかがってみる。ちょうど、魔物の群れと接敵したところだ。あの程度の相手ならひとまずあちらは大丈夫だろう。鈴音だって弱くはないし、海未も千癒さんもいる。


「前にツケてんのかって聞いた気もするけど。なに、また会うなんてほんとにナンパでもしようとしてるの?」


「ははっ。前回は女所帯を置いてこいって言われちゃったからね」


「普通にキモいんだけど」


 うん、以前に言われた言葉をそのまま返すつもりだったけど、口から出てきた言葉を冷静になって見直してみたら、普通にセクハラになりかねんなこれ。気をつけよう。


「それで。私になんの用? せっかく隠れていたところをわざわざ出てきたってことはなにか言いたいことがあるんじゃないの?」


「……驚いた。今のに気づくか」


 今回、俺は隠密スキルを使いながらに気配を消していた。よほど探知サーチ系統のスキルに長けていないと探すのは困難な程度。

 そこから、隠密スキルを解除しながらに彼女の近くにやってきた。あたかも、偶然普通に遭遇したかのように装って。


 もちろん、こうして近い場所に俺と小夜さんがいたということ自体は偶然そのものではある一方で、こうして邂逅したということについては、彼女の気配を察知した俺の意図したところである。


「気づかないほうが無理があるでしょ。……仮にこれに気づかないなら、それはただの間抜けよ」


 実際、彼女の指摘していること自体もあながち間違いではない。

 隠密スキルを使用している相手を見つける、ということは困難である一方で。当然ではあるが、スキルが解けた相手であれば、それなりに経験のある冒険者ならば、気配を察知するのはそう難しくもない。当然といえば、当然だが。

 ところで、自身の察知可能範囲内で、相手に突然隠密スキルを解除された場合。今までいないと思っていたところに、突如として「いる」ように感じ始めることになる。

 存外、大きな違和感を覚える。


 だからこそ、実は隠れていたということ証拠を見抜くのは難易度の高い話ではない。

 一方、その違和感を。なぜその事態が起こったのかということに繋げて、隠れていた相手が突然姿をあらわした、というところまで考えを及ぼせるには、少しばかり難易度は高くなる……というか、それこそ直接の経験値が必要になる。

 ちなみに、たぶん今の鈴音では気づけない。


「まあ、話というよりかは。単純に大丈夫かなって気になったくらいだ」


 初めて出会ったときから――こちらだけが一方的に認知していたときもあるが――今回で合わせて四度彼女とは遭遇している。そして、その全てにおいて彼女は単独でダンジョンに潜っている。

 鈴音に対してはダンジョンの危険性を説きながらもりしかし、自身は、


「必要ないわよ。仲間がいたって、邪魔になるだけだから」


 そう言って、ひとりになろうとする。


「でも、君ひとりだって危ないだろう?」


「妙な言い方をするわね。私は、それなりにやれるから大丈夫よ。……それに、最近も強くなったし」


 まあ、たしかにこのあたりの魔物に対してであれば、彼女ひとりでも問題なく戦えるというのは事実だろう。それでも安全マージンを取るならば仲間がいたほうが確実ではあるが。

 なんだかんだと鈴音はひとりで戦うことが多い鈴音だが、あれも、後ろに俺や千癒さんがいてカバーができる状態だからこそ、ひとりで戦っている……というか戦わせている。

 とはいえ、そろそろ仲間との連携についても教えていかないといけない気がするが。


 それから、最近強くなったというのも間違っていない。見た感じでは、以前よりも保有魔力量なんかが大きく跳ね上がっている。

 質のいい魔石を手に入れることができたか。あるいは――、


「ともかく、そういうことだから。私は行くから」


「ああ、それなら俺もついていこうかな」


「……は?」


 本当に頭がどうかしたのか? とでも言いたげな視線がこちらに投げかけられる。

 まあ、自分でも、言っていてそう思われるだろうなあ、とはなんとなく思っていたけれど。


「私、今は仕事を請け負ってるんだけど」


「大丈夫大丈夫。別に報酬の分け前を狙ってるとかそういうわけでもないし、同行に対してなにか要求するってわけでもないよ」


「…………」


 案の定、疑いと警戒、その他諸々の感情を綯交ぜにした視線。


「安心してくれていい。自分のことを強い……とは言えないが、最低限自衛をするくらいの実力はある。足を引っ張るような真似はしないし、小夜さんはいつもどおりに、俺のことなんか気にせずにしていてくれていいから」


「なんなの、コイツ」


 不信を前面に押し出した声音で、彼女はそう言う。まあ、俺でも多分そうする。


 だからこそ、敢えて。


「大丈夫。()()には、ならないから」


「……勝手にすれば」


 彼女の言葉に則りながら、そう言った。

 許可が出たみたいなので、正々堂々ついていこうと思う。……まあ、許可がなくても勝手についていくつもりだったが。






     * * *






 どうしてこうなった、と。心の中でひとりごちる。

 なぜか隣を歩くのは、月村とかいう謎の冒険者。本当に、謎の冒険者である。

 もちろん、私が彼のことを知ろうとしていない、ということもあるが。星宮の師匠をしているということくらいしか知らない。


 想定外は発生したが、まあ、特段なにか介入してくるわけでもなく。かつ、なんらかの報酬をせびってくるわけでもなく。ただただ一緒についてきているだけ。いわば、無料の護衛と化している。

 ありがたいといえばありがたいが、少々気味が悪い。なにが、目的なのか。

 単純に、弟子の友人に対して気を配っている、というだけならいいんだけれど。……いや、私は星宮の友人じゃないが。


 それに。私も強くなった。別に、星宮みたいに心配をかけられなくとも、私は。


「ああ、直進するよりかは少し左に迂回するほうがいい。そっちのほうが安全だ」


 私は、別に――、


 彼の態度に思うところがなくはないが、ひとまず今は私は自分の仕事を進めるべきだろう。


 腰に巻いているポーチがあることを確かめて、前に進んでいく。これがないと、依頼を達成できない。


 そのまましばらく進んで、切り立った崖――渋谷マルハチの階層境界に到達する。


 ここを越えると、周辺の魔力濃度が高まって、魔物たちが一層強くなる。

 今までの私なら、戦えなくはないがそれなりに手こずっていた相手。


 でも、今ならば。


 一歩、踏み出す。


「…………」


 後ろから、なにも言わずについてくる月村。本当に、なにがしたいんだか。

 ダンジョンで出会ったのを偶然とするにしても、もともと彼自身の来た理由もあったろうに。


 まあ、いい。よくも悪くも、いるだけではある。いや、たまに口出しをしてくるのはちょっと鬱陶しいが、いちおう有益ではあるので、とりあえず害はない。

 月村のことはできるだけ思考から外しながら、第二層を突き進んでいく。


「……私だって、やれるんだ」


 接敵した魔物は、その都度斃していく。

 やっぱり、今までよりも強くなっているだけはあって。第二層の魔物程度であれば、大して苦戦しなくなっている。


 今までとの感覚の違いに、少しびっくりしながら。けれど、同時に高揚に似たなにかが湧き上がってくる。


(この調子なら、第三層も問題なさそうね)


 今回、私が受けた依頼は第三層まで進む必要がある。

 渋谷マルハチでは第二層と第三層では出現する魔物の強さにそこそこ大きな乖離があるため、第二層の魔物に手こずっていた今まででは、第三層に進むという考えはなかった。


 でも、偶然に舞い込んできた機会が、運命を変えた。


 今の私ならば、第三層でも。……なんなら、その先にでも行けるかもしれない。


 そのうちに、第二層と第三層の階層境界にたどり着く。ここまで、苦戦することなく魔物を討伐できていた。


「……この先は魔物が強くなるが、大丈夫か?」


「あなたに気にされるようなことじゃないわ。むしろ、あなたの方こそ大丈夫なの?」


「俺の方は大丈夫だから。気にしなくていい」


 宣言どおり、ただついてきているだけでほぼ介入してきていない月村。

 自衛はちゃんとできる、というだけはあり、彼の方に向かっていった魔物については適宜対応をしていたが、逆に言うとそれ以上はしていない。

 ……まあ、曰く勝手についてきているだけなので、放っておけばいいだけなんでしょうけど。


 ともかく、崖沿いに設置された階段をつたいながら、第三層へと足を踏み入れる。


 魔力濃度の変化が、より顕著だった。身体の中に流れ込んでくる絶対量が間違いなく今までとは違う。


「……ぐ」


 一瞬、頭のぐらつきのようなものを感じる。おそらく、周辺の魔力濃度が高いことによる魔力酔いだ。

 とはいえ、動けない程度ではない。魔力酔いであればそのうちに収まる。


「……大丈夫か、小夜さん」


「別に、お前に、気を使われる道理は――」


「いや、そうは言われても」


 困ったような声音でそう言ってくる月村。ただの魔力酔いに対してそこまで気にする必要もないだろうに。

 静止の声から耳を振りほどき、ひとまずは、依頼の遂行を。


 たしかに状態は万全じゃないけど、依頼の内容もそんな難しいものじゃない。

 少しばかり、奇妙なものではあるけど。


 ――やってもらいたいのは、ちょっとしたことなんだよね。


 依頼を持ちかけてきた女性の声が思い起こされる。

 ただ、この箱をダンジョンの中に置いてきてほしいというもの。

 その程度のこと? と思わなくもなかったけれど。どうにも研究が忙しいとかなんとかで代理をしてほしいとのこと。

 ただ運んで置いてくるだけにしてはやたらと高い報酬も提示されたし。なにより、私が第三層に対応できるように、と手助けもしてくれた。


(まさか、こんな方法があるだなんて)


 怪しくはあったけど、感謝はしている。

 嫉妬の炎に焼かれていた私に、水を渡してくれた。


 おかげさまで、私は――、


 腰のポーチから、頼まれた箱を取り出して。地面に置こうとした、その瞬間。


「――ッ、危ない!」


 突如として、彼がそんな声を出して、駆け寄ってくる。

 伸ばされたその手が、私の身体を突き飛ばすのが先か。


「グルルラアッ!」


「……へ?」


 同時。私の眼前に現れた牙に、呑まれるのが先か。


「あああああああっ、あああっ!」


 突き飛ばされた勢いで、私の身体がゴロゴロと地面を転がる。


 痛い、痛い、痛い、熱い、痛い。


 なにが起こったのかはわからない。ただ、少しずつ追いついてくる意識の中で、魔物が現れて襲われたということは理解する。


 ひとまず、意識はある。死んではいない。

 ただ、こんな場所で転がっていては、死を待っているのと大差ない。


 出血量が多いのだろう。朦朧とする意識の中で。しかし、なんとか立ち上がろうとして。


 腕をついて――いや、つこうとして。


「は? ……あだっ」


 身体がうまく動かずに前に倒れ込む。いや、違う。腕は、たしかに動いていた。

 じゃあ、なんで――、


「――ッ!」


 ああ、そうか。理解を、する。


 たしかに、命は助かった。だけれども。

 あの、至近で見舞われた牙である。


 たしかに、命は助けられたが。全ては、間に合わなかった。


 腕が――右腕が、無い。

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