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#42

「その、えっと。よ、よろしくお願いしますっ!」


「ええ、こちらこそよろしくね、鈴音ちゃん。それから、千癒さん……でしたっけ?」


 私の挨拶に対して、海未様がそう返してくださいます。

 ふわあああああ! 海未様が、海未様が目の前にいらっしゃいますわあああ!

 それも、ただいらっしゃるだけでなく、私に話しかけてくださっています。


 見ましたか、聞きましたか、千癒!

 ちらりと隣にいる彼女に視線を向けてみると、同意をする用地小さく頷いてくれる。


 ふわあ、夢では、ありませんよね?

 感情が溢れ出して今すぐにでものたうち回ってしまいそうな衝動をなんとかお腹の中にしまい込みます。


「今日は私なんかのために海未様の貴重なお時間をいただいてしまって」


「いいのいいの。というか、それを言うなら、私の方からお願いしたわけだから、どちらかというとお礼を言うのは私だと思うんだけど」


 小さく笑いながらに、海未様がそうおっしゃいます。


「あと、様つけはしなくていいよ。そんな高尚な立場の人間じゃないから」


「いえいえ、そんなことはありません!」


 まごうことなき、日本一の冒険者である海未様なのですから。これが、なんでもないわけがありません。


「でも、これから一緒にダンジョンで戦うんだから、距離があるとやりにくいかなって」


「あうあ……」


 そう言われてしまうと、少し弱いところがあります。

 うう、畏れ多いような。でも、海未様が望んでくださってることですし。


「それでは、海未さん、と」


「ありがとう。無理を聞いてもらっちゃってごめんね?」


「いえいえ、このくらいならば!」


 私の心臓がもつのか、ちょっと不安ですが。


「じゃあ、早速にはなるけど。マルハチに行こうか。よろしくね、鈴音ちゃん。千癒さん」


「はい! よろしくお願いします!」






     * * *





「……さて」


 遠巻きから、鈴音たちの様子を伺う。


 基本的には俺と千癒さんのふたりが同行することが決められている鈴音だが、弓弦さんの許可のもと、今日は俺の同行無しでのダンジョン――という体裁ではあるが、いちおう、こうして俺もついてきてはいる。


 ただし、ものすごく遠くから。なんせ、あそこには海未がいる。


 できれば、顔を合わせたくないのはお互い様だろう。海未にとっては初対面の相手とやり取りをしていたら、元仲間と鉢合わせた、なんていうなんともやりにくい状況になりかねない。

 加えて、鈴音と俺が知り合いなだけに、余計に話がもつれてしまう。ふたりの邂逅をよいものにするためにも、俺が介入するべきではないだろう。

 一方、彼女の探知サーチの精度は相当なもの。探知サーチに適性を持つ琴風以外には引けを取らないレベルなのだから、なんともまあ、さすがは最強の名をほしいままにしているだけはある。


 それはさておき、そういった都合で下手に近づくと彼女の探知サーチ範囲に引っかかりかねない。


 まあ、海未も海未で、意識的にこちらのことを探っているというわけではないだろうし、遠巻きから、気配を消しつつであれば気づかれることはないだろう。


 この体制になることについては、弓弦さんとの相談の上、千癒さんとも打ち合わせてこうなっている。

 俺の側からもなにか異変がないかは確認し続けるし、有事の際には千癒さんの方から俺へと連絡が入るようになっている。

 まあ、そんな事態が起きないに越したことはないんだけれども。とはいえ、海未が鈴音に接触しに来た理由が不明な以上、警戒をする必要はあるだろう。


 ちなみに、鈴音には詳細を伝えていない……というか、俺の立場を伝えていない以上、伝えることができないので、彼女には私用でついていけないというように説明している。

 なかなか不機嫌になられてしまったし、それならば日程変更を――となりかけてしまったが、なんとか説得して今の形になっている。


「うーん、推しに出会ったファンって感じだな」


 鈴音の反応を見ながらに苦笑いをする。

 随分とテンションが高い。とはいえ、余程空回りしなければなんとかなるだろう。


 海未と鈴音、そして千癒さんがダンジョンを進んでいくところを、遠くからついていく。


「……なるほど、魔物との戦闘で鈴音の実力を測るのか」


 海未としては協力するつもりだったのだろうが、鈴音は張り切ってひとりでやるつもりのよう。……これについては、普段彼女がひとりでやってるのがちょっとばかし災いしたか。

 とはいえ、海未に少し驚かれているくらいで特段問題はないだろう。

 いちおう、周辺にイレギュラーな魔物がいないかを探知サーチしてみる――、


「……うん? この気配は」


 なんというか、別に探したりしているわけではないんだけれども。

 随分と、変に縁があるものだな。






     * * *






「海未さん、いかがでしょうか!」


「うん。ばっちり」


 元気よく振り返りながらに言ってくる鈴音ちゃんに、私はそう言葉を返す。

 彼女の足元には、魔物の群れが死体となって転がっている。その惨状は、爛漫とした鈴音ちゃんの笑顔とのコントラストもあって、なかなかな様相を呈している。


 ――思ったよりも、コトはトントン拍子に進んでいった。

 それもこれも、私が個人的に、鈴音ちゃんと接点があったから。……いやまあ、これを接点があると称するかは少しだけ微妙だけど。


 予想どおりというか、記憶どおりというか。穂香ちゃんの口から述べられた鈴音という人物は、阿蘇ダンジョンでの大侵攻スタンピードにて私が出会った冒険者であった。

 これは使えるのではないかと思い、彼女に対してマッチアップの申請をして。そして、現在に至る。


 ちなみに、マッチアップ申請に関しては独断専行で行動したので、あとから蒼汰に「先に相談しろ」と怒られた。

 うう、たしかに先走りすぎたところはなくはなかったけど。でも、ちょっとした確信はあったし。こうして、無事にマッチアップできたんだからよかったじゃん、と。結果論で勝手に納得しておく。


 ひとまず、狩った魔物の解体をしながらに雑談を交えていく。


「それじゃ、鈴音ちゃんはもうDランクになったのね」


「はい! それも海未さんのおかけです!」


「いやいや、私の力なんて些細なものだよ」


 謙遜をするようにそう言うけど、実際私のやったことの影響力はそんな大きなものではない。

 彼女が受けたのが特例のランクアップ処理――それもFランク(一番下)からとはいえ、二階級の昇格ということもあり、協会側も慎重にならざるを得ないところがあった、というのは事実。

 だから、私の口添えがたしかに影響したというのは事実。

 でも、せいぜいランクアップ処理における確認作業が早くなった程度。要は、実績を示す証拠のひとつでしかない。……まあ、証拠としての信頼度は高かっただろうけど。


 ともかく、特例でのランクアップ処理があったことも、そして、それにより鈴音ちゃんがDランク冒険者になったことも、間違いなく彼女の実力があってのこと、ということになる。


 真っ当に、考えるなら。


(……いちおう、私としては無いとは思うんだけど)


 冒険者協会としては、まだ、鈴音ちゃんのことを疑っている。まあ、立場が立場なので仕方のないところはあるんだろうけど。

 たとえば、自演である可能性。彼女が大侵攻スタンピードを引き起こし、そして、解決に向けて貢献した……というように見せかけたという筋書き。

 現状の手持ちにある情報だけでは、完全に否定することは難しい。直接に会ったことのある立場としてみれば、違うとは思うんだけど。


 だからこその、今回のマッチアップ。


 目的は、より正確に鈴音ちゃんの実力を見る、というもの。

 不審な行動なんかをしてくれたのなら、それこそわかりやすいんだけれども。まあ、さすがにそんなことはしてこないだろう。件の大侵攻スタンピードを意図的に引き起こしていようが、そうでなかろうが。

 だからこそ、一番の違和が発生する箇所は、実力。自演により特例ランクアップを狙ったとするのならば、実力がそれに追いついていない可能性がある。

 少なくとも――大侵攻スタンピード中に私が見かけた限りでは、実力が足りていない、そんな感じはしなかったけれども。

 それを改めて確かめるためにも。今回は、こうして一緒にダンジョンに潜っている。


 ……もちろん、実力があるにもかかわらず特例ランクアップを狙って実行をした、という可能性もあるけれども。相応の実力があるのならば、わざわざ危険を犯してまでやらずとも、真っ当に試験を受けるほうが合理的ではある。それこそ、あのときの鈴音ちゃんは私の介入がなければ普通に危ない状態ではあったわけだし。


 そうして先の魔物との戦闘で見せてもらった現在の彼女は、十分どころか十二分にDランク冒険者の実力はあると見ていい。というか、なんならもっと上でも不思議ではないくらいだ。


 持っている武器が良い、というのも一因ではあるだろうけれども。それ以上に、本人がちゃんと戦っている。

 まだどこか戦い慣れていないところもありはする一方で。よく見て、よく考えて、確実に。堅実な戦い方をしている。

 この戦い方をできるDランクはなかなかにいない。というか、普通はしたがらない。


 教えてもらった相手がよかった、というところだろう。


「そういえば、あのときは阿蘇ダンジョンにいたけど、今はマルハチにいるんだね」


「はい。あのときは冒険者になりたてだったので、活動の練習をするには地方ダンジョンのほうがいいのではないか、ということで」


 いちおう、道理は通っている。Fランク冒険者の時点でそれを認知している、というのはなかなかに珍しいけれども。


 鈴音ちゃんの実力を見るほかにも、単純に彼女がどのように活動をしているのか、ということを聴取するのも今回の目的ではある。

 これ自体も、鈴音ちゃんと事件との関与を確かめる要素になることももちろんだし。

 そして、それ以外にも。


「普段は鈴音ちゃんと千癒さんのふたりでダンジョンに行ってるの?」


「いえ、普段はもうひとり――私に冒険者のイロハを教えてくださった方も一緒についてきてくださっています。今日はなにやら別にやることがあるとのことで、来られてはいませんが」


 つまりは、鈴音ちゃんの実力はその人に由来するもの、ということになるだろう。


 少し、予想通りではある。


 千癒さんはCランクだと聞いているけれど、実際の実力はおそらくもっと上――けれど、それでも突き抜けた実力というほどではない。

 冒険者として上澄みではあるものの、トップランカーには食い込めない程度。

 阿蘇ダンジョンでの大侵攻スタンピードを協会の計測器よりも早くに察知するには、少し実力が足りないだろう。

 つまり、他に協力者がいたということになる。


 そして、鈴音ちゃんの説明が正しいとするならば。師匠である冒険者も、おそらく阿蘇ダンジョンの大侵攻スタンピード時にいたということになる。

 しかし、大侵攻スタンピードの報告に来た鈴音ちゃんは、千癒さんを伴っていたが、他の冒険者は帯同していなかった。

 すなわち、そのとき。その冒険者は、ダンジョン内にいた可能性が高い。

 たまたま、今回のように偶然用事があって同行していなかった、という可能性もなくはないが。その冒険者が察知し、鈴音ちゃんに報告を頼み、大侵攻スタンピードへの対処にあたったと考えるのが自然だろう。


 問題なのは、それが誰なのか、ということ。


 千癒さんではなく、その冒険者が鈴音ちゃんに手解きをしている、ということは。少なくとも彼女より実力や経験がある、ということだろう。

 Cランクとはいえ、先述のように千癒さんは曲がりなりにも実力はある。

 そんな彼女よりも強いとなれば――そして、あのときの阿蘇ダンジョンにいたとするならば。随分と、候補は絞られる。


 聞きたい。彼女の師匠が誰なのか。

 確かめたい。今、私の抱いている考えが正かどうか。


「…………」


「どうかされましたか? 海未さん」


 ここに蒼汰がいたならば――いや、蒼汰でなくとも、他のメンバーの誰かがいたならば、気がはやりすぎていると諌めてきたことだろう。なんせ、自覚があるレベルだ。

 けれども、自分自身のその感情が収まらなくて、収めたくなくて。


「ねえ、鈴音ちゃん。少し、聞きたいことが――」


 そう、口火を切りかけたところで。ふと、解体の手を止める。

 この、気配は。

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