#41
「月村さん、月村さん。大変です!」
学校帰り。どたばたと大忙しな様子でダイニングへと突撃してくる鈴音。彼女が挨拶を忘れるなんて珍しい。
なにごとかと思って彼女の手を見ると、握りしめられているのは冒険者協会のシンボルの描かれた封筒が握られている。なるほど、これはたしかに珍しい。
もちろん、シンボルが刻まれているだけはあり、冒険者協会が絡んでいる代物ではある。もちろん、鈴音は冒険者なので、冒険者協会から封筒が届くこと自体はなんら不自然なことではないのだけれども。珍しいのは、その封筒の種類。
用途によって封筒の色が使い分けられている中でも、この色の封筒はなかなか見ない。それこそ、違反行為を働いたなどで沙汰が言い渡されるものなとの次に見ないのではないだろうか。
「マッチアップ申請……ダンジョンへの合同挑戦の依頼か」
もはや形骸化しつつある、ダンジョン黎明期の仕組み。
特定の冒険者個人あるいはパーティに対して、協力を依頼するというもの。
冒険者協会としては、チームやパーティを組むにしても、あるいはパーティ同士での協力をするにしても、基本的には当人同士で話し合いをしてくださいというスタンツではあるのだが。しかし、連絡手段がないということもあるわけで。
とはいえ、冒険者協会が特定の個人情報を勝手に開示するわけにもいかない。
そこで、冒険者協会が仲立ちとして、マッチアップの申請があることを通達。その連絡を受けて、受けるかどうかの回答をする、というような仕組みのシステムだ。
だが、形骸化した、というように。今、このシステムを使う人間はほぼいない。
まず第一に、使う理由が少ない、ということがある。
気のしれた、要領の把握している。ダンジョンには、そんな相手と一緒に挑戦することが多い。緊急時の連携が取れなかった、なんてことがあれば危険になるのは自分たちだからだ。
そして、そういう相手であればわざわざマッチアップ申請を使わずとも連絡を取り合う手段を持っていることがほとんど。
つまり、このシステムを使うのは、それを超えた理由を持っている場合、ということになる。そういったデメリットを受け入れてでも一緒に挑む価値や理由がある相手。
わかりやすく言うならば、強い冒険者ということになる。
どうしても強い協力者が必要。それも、依頼を出して雑多を募集するのではなく、ピンポイントで強さが保証されている人物を、と。そういう場合に使われることはあった。
トップレベルの冒険者同士で使われることもありはしたが、一度使ったあとについては、必要があればそもそも個人的な連絡体制を持つことになる。
だが、冒険者業というものに人気がでて来るとともに、このシステムに対してとある問題が生まれることとなる。
有名な冒険者に対して、イタズラ……とまでは言わないまでも、断られることが目に見えているにも関わらず申請を送る、ということが横行するようになった。
ワンチャンにでも受けてもらえれば憧れや、好きな冒険者にひとめ会うことができるだけでなく、一緒にダンジョンに行けるかもしれない。……いや、これだけならまだかわいいものだった。
挙げ句、好きな相手に対してファンレターを送るような要領でこのシステムを利用するような輩が出てきて。あるいは、出会い目的で使うような手合も出てきたらしい。
それ以降、マッチアップ申請は事前段階での審査が強化されることとなった。
とは言っても、具体的には相応の理由があるかどうかの判断、ではあるのだが。
そして、そういった規制が敷かれたことにより、迷惑派閥が送れなくなった、ということは大前提として。本来の使途として使っていた強い協力者を募っていた手合についても、要はこの募集は当の本人とは実力不相応な相手を指名していることが多かったために迷惑派閥と同一視されて受付段階で弾かれることが多くなり。
加えて、SNSなどの発達もあり、こちらで協力者を募ることも多くなった。
そうして、現在では、まず使われることがなくなったのか、このマッチアップ申請である。
「マッチアップもそうなのですが。お相手が、お相手が!」
「まあ、たしかに相手は気になるところだな」
このマッチアップというシステムの若干破綻している側面のひとつとして、そもそも申請をするには相手を知っている必要がある、ということがある。
まあ、指名制度で協力の申請をするというものなので当然といえば当然なのだが。そもそもそういう間柄なのであれば、連絡手段を持っている可能性のほうが高いわけで。
……まあ、だからこそ推し活の一端や出会い目的などに利用されることになったのだけれども。
話を戻して、つまるところは申請相手は鈴音のことを知っている、ということになる。それでいて、鈴音に対する連絡手段を持っていない。
また、冒険者協会の受付基準をクリアしたマッチアップ申請というわけであり。申請自体に正当性がある。
はたして、いったいどこの誰が申請してきているのか。そもそも鈴音のことを知っていたとしても、普通に考えるならばわざわざDランクの彼女に対して手間をかけてまで申請をすることは珍しい。
可能性があるとすれば、例えば隆之などだろうか。
鈴音が阿蘇ダンジョンの大侵攻にて助けた彼である。
あるいは、あの場にいた他の人物や隆之の語りを聞いて興味を持った冒険者、なんかも可能性としてはある。なかなかに雄弁に、自分のことではないはずののに語っていたのは印象に深い。
とはいえ、わざわざ阿蘇……熊本から東京の鈴音に対してマッチアップ申請を出すのも珍しいし。そういった繋がりで申請が届いているのならば鈴音もここまで狼狽しないだろうに、なんて。そんなことを考えていると。
「海未様から! 《海月の宿》の海未様からマッチアップの申請が!」
「あー……なるほど。たしかに、海未も条件を満たしてるのか」
大侵攻中の鈴音の戦闘に助太刀を――鈴音の話では一瞬でグラウンドベアの群れを片付けたらしいが――しており。かつ、そのときの鈴音の善戦をギルドに対して保証、もといランクアップの口利きをしてくれている。そういう都合で、海未はたしかに鈴音の名前を知っている。
それでいて、なぜマッチアップの申請が来ているのか、ということはわからないが。しかし、正当性については、先述の一件で知り合った相手と一緒に戦ってみたいなどとつければいちおうの理由になるだろう。
たしかに、これだけでは理由としては若干弱いが。立場が逆ならともかくとして、超有名人の海未の側からの申請ということもあり、協会側も断る理由が薄い。
「どうしましょう、どうしましょう!」
本当に。どうしようかね、これ。
鈴音にしてみれば、まさか自身の憧れから、という気持ちが先行しているのだろう。その気持ちも理解できないこともない。
だが、俺の方は俺の方で別な問題が発生している。
頭を抱えていると、事情を把握している千癒さんがお茶を淹れてくれる。ありがたくいただく。
「それで。鈴音としてはどうしたいんだ?」
俺個人にも色々とありはするが。なにはともあれ、当人である鈴音の感情がどうか、であろう。
「私は、その。できればご一緒をしたいな、と……」
まあ、当然だろう。むしろここで断るなんて言い出したら変なものでも食べたのかと心配するところではある。
なんせ、海未は鈴音が冒険者になりたいと思うようになったきっかけである。そんな相手からの名指しともなればとても嬉しいものだろう。
とはいえ、感じるのはそれだけ、というわけではなくて。
「でも、良いのでしょうか。本当に、私なんかが……」
感じるのは、不安や畏れ。たしかに、大侵攻対処という実績自体はあるものの、なんだかんだとまだまだ初心者冒険者である。
対する海未はこの国トップの冒険者。萎縮してしまうのも当然というべきで。
だからこそ、どうしようどうしようと不安になって、俺に相談してきているわけである。……まあ、冒険者のことに関わる事柄なので俺に判断を仰いでいるということもあるんどろうが。
「……受けたいのならば、受けてもいいんじゃないか。別に悪い話でもないだろうし」
「でも、私は冒険者としてまだまだで」
「海未側からの指名なんだから、実力云々は気にしていないだろう」
それこそ、さっきは理由付けの一端として解釈していたが。本当に、大侵攻のときに見た彼女と一緒に戦ってみたい、という理由で申請してきている可能性もある。海未の性格的に、そういうことをやりかねない。
そういう意味では、鈴音が勝ち取った機会とも取れるわけで。
「まあ、結弦さんに許可をもらったりは必要だろうけど。やりたいと思うのならば、その感情を優先してもいいとは思うぞ。そんな機会も、なかなか無いだろうしな」
「……よろしかったのですか、月村様」
夜。なにはともあれと、鈴音が結弦さんに相談しに行っている最中。
千癒さんが、そう声をかけてくれる。
「まあ、俺が原因で鈴音のやりたいことが阻害されるってのも変な話ですからね。千癒さんとしても、それは道理がとおらないと思うでしょう?」
「それは、そうなのですが……」
俺が元《海月の宿》出身だということを把握しているために、千癒さんもなかなか立ち位置を迷っているらしい。
「まあ、俺が同行しないようには結弦さんにお願いするつもりではあるけど」
いちおう、現状の鈴音のダンジョン挑戦は、原則俺と千癒さんの同行が条件になっているが。しかし、千癒さんの方はともかくとして、俺の同行はより正確には実力と信頼のある冒険者が同行する、が条件である。
そういう意味では、海未が一緒に向かうことにより条件を満たしている、と解釈できなくもない。
だから、結弦さんへの説明は存外に難しくない。
どちらかというと、俺が同伴しないことを、鈴音にどうやって説明するかが問題だ。
「しかし、本当になんでこんなことになったんだろうなあ」
もちろん、先程に鈴音に伝えていたときに考えていたように、鈴音の実力を見たい、というのも可能性の一端としてはある。海未はそういう人間である。
そして、それが一番無難な可能性。
だが、その一方で別な可能性もあるわけで。
「たとえば、ダンジョン災害関連のなにか、とか」
そもそも、出会ったタイミングが大侵攻というダンジョン災害。大侵攻発生の察知をしたのは俺だが、報告をしたのは――つまり、公的な処理としては鈴音が察知したことになっている。当時、Fランクだった鈴音が。それも、冒険者協会が予兆を検知できなかった大侵攻を。
そこに、なんらかの期待を含めている、という可能性も否定できない。たとえば探知系の特化スキルを持っているとか。
これが、ただの実力を見るため、ならいいのだけれども。一方で、なんらかのダンジョン災害についての調査の依頼とかだったら、少々面倒になる。
「同行はしないが、一緒にダンジョンに行くくらいはしておいたほうがいいかもしれないな」
見つからない距離から、様子をうかがうくらいのことは。うん。
* * *
「……あとは、鈴音お嬢様が月村様と関わりがあることを知られた、か」
「うん? なにか言いましたか、千癒さん」
「いえ、なんでもありません。それよりも、お茶のおかわりはいかがですか?」
――もし、そうだとすると、面倒なことになりそうですね。
そんな言葉を、千癒は飲み込んだ。
……どうせ言ったところで。自己評価のトチ狂っているこの男は「いや、わざわざなんで俺のことを?」とか言うでしょうし。




