#40
「《海月の宿》の皆さん、大変です。大変ですううう!」
《海月の宿》のギルドハウス。その扉を勢いよく開け放ちながらに、穂香が飛び込んでくる。
「穂香。ちょうどいいところに来たわね。こっちも大変なことななってるのよ」
「海未さん!? それならば、話は早――」
「支樹の目撃情報が、渋谷にあったの!」
「……はい?」
さて、穂香は目の前の彼女――海未の発言の意図が数瞬理解できなかった。
「いえ、そんなことは今はどうでも良くて。いや、海未さんたちにとってはどうでも良くはないですし、私にとっても支樹さんの所在は重要なことではあるんですが」
思わず、穂香は自分の口から出てきた失言に身を震わせながら。しかし、ともかく話を軌道修正していく。
慌てんぼうなところなどはありはするものの、基本的には穂香も相当に優秀な人物ではある。そうでなければ《海月の宿》の専属になど抜擢されない。――もっと、彼女の場合は優秀なのはもちろん、持ち前の不憫属性によって貧乏くじを引かされたという側面もありはするが。
ともかく、優秀ではあるはずの穂香がこれほどまでに頭が回っておらず、あわや期限を損ねかけないような失言が口から飛び出しかけていたのも。つまるところが、それほどにとんでもない事態を持ち込んできていたということでもあった。
「皆さんが九州の阿蘇ダンジョンから持ち帰ってきたクリムゾンドラゴンの魔石なんですが。ひとまず、最低限の結論が出る程度には解析が終わりました」
穂香のその発言に、先程まで支樹の居場所がどうだこうだと話していた《海月の宿》のメンバーたちが、ぴたりとその発言を止め、全員が全員穂香の方へと意識を向けた。
もちろん、彼女らにとって支樹のことが大切であるというのは当然のこととして。その一方で、曲がりなりにも日本を代表する冒険者集団でもある。持ち込まれた話の重要性は、理解している。
張り詰めた雰囲気の中、穂香はゴクリと唾を飲み込むと。「まだ、本格的な解析をしてみないとわからないことは多いですが」という枕詞を起きながらに、今回彼女が《海月の宿》のギルドハウスへとやってきた本旨についてを話し始める。
「正直なところ、一番考えたくはない可能性ではありました」
そもそも、なぜ穂香たちのもとへと魔石が持ち込まれ、解析をするハメになったのか。
たしかにクリムゾンドラゴンの魔石となるとそれなりにレアな代物ではあるものの、それはあくまで冒険者全体での話ではあり《海月の宿》にとってはそれほど珍しいものでなない。
冒険者協会からしてみても、寄付してくれるのであれば調査研究の機会ができるのでありがたくはあるが、逆に言うとその程度であり、新種の魔物の魔石のように、わざわざ解析に回すような事柄でもない。
本来ならば。
今回のコレは、その例外にあたる。具体的には、出自。
阿蘇ダンジョンの大侵攻にて出現し、海未と(おそらく)支樹の協力により屠ったクリムゾンドラゴン。その体内から出てきた魔石。
クリムゾンドラゴンが阿蘇ダンジョンに出現する魔物ではない、というのはまだいい。平時で起こっているのならともかくとして、大侵攻環境下ならばそういったことが起こるのも考えられなくはないから。
だが、その場合でも。クリムゾンドラゴンの体内から産出された魔石は、阿蘇ダンジョンから発生した魔石であるはずだ。
だが、この魔石は――少なくともその場で鑑定した琴風の見立てでは――阿蘇ダンジョンのものではなかった。
琴風の判別が正しいとすれば、このクリムゾンドラゴンの魔石は、なんらかの経緯があって阿蘇ダンジョンに混入したことになる。
もちろん、彼女の勘違いという可能性も捨て切れはしなかった。ダンジョンごとで魔石に特徴がある、とはいえ、本来阿蘇ダンジョンに発生するはずのないクリムゾンドラゴンの魔石。ならば、いつもとは違う特性を有している可能性もあったから。
しかし、冒険者協会で解析を行った結論は。
「ほぼ間違いなく、他のダンジョンで発生した――具体的には、比叡マルナナダンジョンで発生した魔石だという結果が出ました」
穂香の報告に、全員が息を飲む。
比叡マルナナは、始祖ダンジョンである高天原ダンジョンと同じく地下構造物型のダンジョンであり、その深層階ではクリムゾンドラゴンが出現する。
つまり、そういう意味では今回の魔石の出自としては自然だと言えるだろう。
だが、問題なのはそこじゃない。
なぜ、比叡マルナナの魔石が阿蘇ダンジョンにあったのか、ということである。
比叡マルナナは京都と滋賀の県境付近にあるダンジョンであり、一方の阿蘇ダンジョンは熊本にある。当然ながらに距離があるのはもちろん、海峡を超える必要もある。
有り体に言えば、よっぽど奇妙なことでもしない限りは、魔石が間違って持ち込まれることはまずないダンジョンということになる。
つまるところ、冒険者協会が出した結論は。
「……何者かが、意図して持ち込んだ」
ポツリと、海未がそうつぶやく。それは、阿蘇ダンジョンで実況見分をしていたときに浮かんだ、最悪の可能性。
何者かがなんらかの意図を持ちながらに、比叡マルナナから産出された魔石を阿蘇ダンジョンに持ち込み。それにより、クリムゾンドラゴンが発現した、という可能性が生まれてくる。
ただのいたずらであるとか、あるいは好奇心から来たものであれば、まだいい。起きた被害を考えると笑って済ませることができるわけではないが、まだ、マシである。
厄介なのは、ちゃんとした目的を持ちながらにやっている場合。具体的に言うならば、そう。
「目的は、大侵攻の人為的発生」
そうだとすると、とても嫌なことに、あらゆる疑問点がカチリと噛み合う。
クリムゾンドラゴンが阿蘇ダンジョンという生態に適さないダンジョンに発現したこと。
直前になるまで、冒険者協会が大侵攻の予兆を検知できなかったこと。――いや、より精密には。おそらく、大侵攻直前になって、急激にダンジョン内の魔力濃度が上昇したということ。
更に言うならば。通常の場合、魔石をダンジョンに持ち込んだところで、魔物は発現しない。そんなことが発生するのならば、その事実は周知になっているはずであるし、魔石の管理も今以上に厳しくなっているはず。
特異な魔石だった可能性やなんらか特殊な条件が揃ったという可能性も否定はできないが。どうしても思い浮かんでしまう予想は、魔石自身になんらかの細工がされていたという可能性。
やはり、そういう側面でも意図があって引き起こされているという筋が浮かび上がってきてしまう。
そして、この仮定が真だとするならば。
すなわち犯人は好きなダンジョンに好きなタイミングで、魔力測定器の検知をすり抜けて、ダンジョン災害を引き起こせるというわけで。
嫌な方へ、嫌な方へと。
相当な緊急事態だ。しかし、協会としても大体的に動き出すわけには行かない。
不用意に関わる人間を増やしてしまえば、人為的にダンジョン災害が引き起こせるということが伝わる可能性が上がる。
こうなってしまえば、冒険者たちの間に――いや、世情全てに対して、混乱が広がることとなってしまう。
そういうわけで、既に一枚噛んでしまっている《海月の宿》へと話が舞い込んできた。ということだろう。
痛くなりそうな頭を手のひらで支えながらに、海未は頭を起こす。
今すぐにでも支樹に頼りたい。泣きつきたい。どうするべきかを相談したい。
でも、ここに彼はいない。そもそも、頼りすぎた結果、出ていかれてしまっているのだ。
小さく首を横に振りながら、手がかりを探るべく、なんとか思考を回す。
「……たしか、今回の大侵攻。最初に報告したのは冒険者なんだっけ?」
「はい。当時Fランクの冒険者が阿蘇ダンジョン併設の協会に大急ぎで駆け込んできたそうで。いちおう、その冒険者に付き添いをされていた方はCランクだったそうなのですが」
海未があらためた内容に、穂香が肯定する。
そして、穂香の表情がやや俯き気味なところを見るに、おそらくは冒険者協会としても、見解は同じなのだろう。
冷静に考えるなら、異常なことだ。これが、他の冒険者――もっとランクが上の冒険者であれば、まだ納得はできるが。主がFランクで副がCランクの冒険者ふたりが報告、というのはさすがに違和感がある。
もちろん、ランクだけでは強さは測れないし、特にCランクともなるとC止めをしている冒険者も少なくないので玉石混交である。
だが、それでも。阿蘇ダンジョンはそこまで人が多いダンジョンではないとはいえ、他にもたくさん冒険者はいた。無論、協会の魔力測定器の質はダンジョン災害への対処のために、どこのダンジョンのものでも能力の高いものが設置されている。
件の冒険者が察知していたとすると、おそらくは魔力濃度の急激な上昇が――大侵攻直前ではあるものの――発生していたわけで。
それを、他にたくさんいる冒険者たちよりも早く、かつ、なによりも冒険者協会の魔力測定器での異常値検知よりも早くに察知して、報告に来たともなると。
「琴風。どれくらいの実力があればできそう?」
「並の冒険者じゃ無理。それこそ、《海月の宿》でできるかどうか」
日本トップレベルの冒険者パーティのメンバーで半々程度。つまり、その時点で察知した人物は冒険者として上澄み中の上澄みということになる。
わかりやすく指標を用いるならば、Aランク冒険者でも、そのほとんどが不可能という程度。
それを、FランクとCランクの冒険者が察知するというのは、普通に考えるとほぼ不可能だ。
つまり、冒険者協会が疑っているのは。そして、海未たち《海月の宿》の予想に挙がってきているのは。
その、報告をした冒険者が。イコール、魔石を持ち込んだ――大侵攻を引き起こした犯人である、という可能性。
「……でも、それならばどうして、自分で大侵攻の報告をしたんでしょう」
つぶやきをこぼすようにして、穂香がそう言う。
そう。そこが、海未もひっかかっていた。だからこそ、まだ今のところは、可能性のひとつしては挙がっているものの、疑ってはいない。
大侵攻発生の報告をした冒険者が犯人だとすると、合点がいくところが多い一方で、不可解なところも多い。
「大侵攻を引き起こしたはいいけど、手がつけられなくなって、助けを求めに来たとか?」
「可能性としてないわけじゃないけど。わざわざ半ば自供みたいなことをするかな? もとから大侵攻を引き起こそうなんて横暴をしてるのなら、そのまま報告もなにもせずに逃げそうなものだけど」
琴風の言葉に、蒼汰がそう返す。
「でも、そうだとすると。FランクとCランクの冒険者が誰よりも、魔力測定器よりも早くに察知したことになるよ?」
「うーん、そこなんだよねえ……」
首をひねる蒼汰。もちろん、FランクやCランクにも強い冒険者はいるけれども。
というか、ランク不相応の実力云々はともかくとして。そもそもそんなに強い冒険者がいたのなら、大前提として大侵攻の状態も変わっていただろう。
しかし、あのとき阿蘇ダンジョンの付近にいたトップレベルの冒険者は《海月の宿》たちだけで。
「……いや、違う」
「へ?」
海未の言葉に、穂香が間の抜けた声を漏らす。
たしかに、記録ではそうなっていた。あのとき、阿蘇ダンジョン付近にいたのはAランクですら数名であり、《海月の宿》と比肩するような冒険者の記録はなかった。
だが、たったひとりだけ。記録に残っていない可能性があり。そして、《海月の宿》どころか、海未にすら肩を並べる冒険者が。
「支樹なら、感知できても不思議じゃない。それに、冒険時登録が抹消されているのなら、代理で別の冒険者に報告を任せたのも頷ける」
それでいて、当人は元凶の対処に向かっていた。これならば、たしかに筋が通る。
「でも、記録にないんですよね? ホントに阿蘇ダンジョンにいたんですか、支樹さんが」
「私たちが支樹の魔力を見紛うわけない」
「アッ、ハイ。ゴメンナサイ」
語気の強い海未の声に、穂香は反射的に謝る。今日は失言が多いなあ、なんて思いながら。
「……ともかく、どちらにせよ、その冒険者と会ってみる必要はありそうね」
魔石を持ち込んだ犯人であるならば聞くことがあるのは無論のこと。そうでなかったとしても、支樹とどういう関係性なのか、ということを聞かねばならない。
たまたま阿蘇ダンジョンの中で出会っただけなのか。それとも。
「ちなみに穂香ちゃん、その冒険者の名前ってわかる?」
犯人ではない、という可能性が見えてきた一方で。そうだとする場合に、海未にとって。《海月の宿》にとっての、個人的な用事ができてしまった。
「ええっとぉ……ホントは、教えちゃだめなんですけど……」
半ば私的に利用しようという側面が見えているだけに、本来ならばよろしくはないのだけれども。しかし、表に明かせない依頼を頼んでおり、それに関与する内容であるだけに、拒否もしにくい。
ついでに、穂香にとっても支樹の行方はわかるのであれば突き止めたい。
どうやって言い訳をしようかなあ、と。そんなことを思いながらに。
「たしか、鈴音さんという方だったかと。それから、一緒にいたCランクの方が千癒さんだったかと」
「……鈴音」
後者については、心当たりはない。けれど、前者については聞き覚えがある。というか。
「あの子が」
一瞬ではあるが、出会ったことがある。名前を知ったのは、あとからではあるが。
大侵攻のその渦中。グラウンドベアの群れを前に、傷ついた冒険者を守りながらに戦い抜いていた、彼女だ。




