#4
「俺のこと、知ってるんですね」
「まあね。職業柄、それなりに冒険者のことは調べているから」
なるほど、たしかにそれは道理かもしれない。
冒険者向けの装備の開発と販売を行っているスターマインからすると、今の冒険者がなにを求めているのか、ということは直接的な利益に繋がる情報であろう。
加えて、冒険者の中での知名度が高い人を広告に起用するということも珍しくはない。まあ、こっちに関しては俺にはあまり関係のない話だが。
まあ、ひとまず今回俺が呼び出されたその理由が、弓弦さんが俺のことを知っていたから、ということでよかった。
「しかし。まさか娘が事件に巻き込まれて、偶然に君のような人に助けられるとは思わなかったよ。なんてったって《海月の――」
「弓弦さん。その、言いにくいことではあるんですが、今の俺はいろいろあってそこから離れてるんですよ。だから」
「……ふむ、そうか。あの海未が君を手放すとはそうそう思えはしないのだが」
「まあ、多分いろいろあったんでしょう。俺も、実績らしい実績ありませんし」
このあたりはいろいろ調べているだけあって弓弦さんも承知の話ではあろう。
彼は少し難しい表情を浮かべながらにしばらく考えてから「まあ、ひとまず状況は理解した」と、そう言ってくれる。
「それで、月村くん。君と、それから鈴音からなにか言いたいことがある。と、千癒から聞いているのだが」
話は切り替わり、今回、俺が弓弦さんの元に訪れているもうひとつの理由。
チラと星宮の方に視線を送ると、彼女はコクリと小さく頷いて、一歩前に出る。
「あの、お父様! 私、冒険者になりたいんです!」
ギュッ、と。その両の手を胸の前で握りしめながら、星宮はそう宣言をする。
「正直なところ、生半可な気持ちで抱いた目標であることは否定いたしません。今回のことで、事実として知識も経験も体力も、今の私にはなにもかもが足りていないということを痛感いたしました」
でも、と。
己の不足を理解していながらも。なお、彼女は前を向く。
「私は、この道を諦めたくはないのです。星宮の令嬢として。そして、鈴音として」
確かな決意を持って、星宮は自らの父にそう伝える。
「そこまで言うのであれば、その理由を、聞かせてもらおうか」
弓弦さんは、先程までの娘を愛でる様相とは打って変わって、真剣な面持ちを浮かべる。
その圧に星宮は一瞬怯むも。しかし、緊張した身体を奮い立たせて、真っ直ぐに立つ。
「私は、星宮の娘として生まれました。このまま進むとなれば、お父様の跡を継ぐことになるでしょう」
「ああ、そのつもりだし。それを想定して、教育をしてきている。……まさか、それが嫌になって、というか?」
「いえ。むしろ、逆です。スターマインを継ぐとなったとき。今のままの私ではダメだと思っているのです。ダンジョンについて。そして、冒険者について、全く知らない私では」
憧れはあった。冒険者という存在がメディアに大体的に取り上げられる現代に生まれている星宮だからこそ、芸能人などに匹敵する存在としての憧憬はある。
だが、その一方で。そのように表に取り挙げられるようなものは、冒険者という存在の明るい部分でしかない。
「冒険者の方々の命を預かる装備。そういったものを提供する立場として。彼らの実情、実態。ダンジョンという場所がいかに危険であるか。それらを知らずに上に立つことはできないと。そう、思うのです。……と、大層なことを言っておきながら、それを知るためにダンジョンに向かってピンチになっていたのなら、世話ないんですけれども」
バツが悪そうにしながら、星宮は小さく苦笑いをする。
そんな星宮の答えを受けて。弓弦さんは、少しばかり考えてから、小さく息をもらす。
「素直な気持ちとして伝えておくと、いくら鈴音の頼みとはいえ、こればかりは却下するつもりでいた」
父親として、娘の夢を否定するようなことはしたくはない。けれど、当然の道理として、危険な目にはあってほしくない。
辛く険しい道であるということを知っていながらに、それを勧めることは、父親としてすることはできない。
弓弦さんのその意見は、真っ当なものであろう。俺だって、同じように思う。特に、自身が冒険者をやっているからこそ、なおのこと。
「だが、星宮家の当主として。そして、ひとりの弓弦という人間としては、鈴音の想いを尊重してやりたい気持ちもある」
彼はそう言うと、視線を俺の方へと向ける。
「半ば巻き込まれた立場ではあるだろうが。一冒険者としての、君の意見聞かせてもらってもいいだろうか」
「そう、ですね」
正直なところ、最初に彼女から冒険者になるためにいろいろと教えてほしいという申し出を受けたときには、困惑が一番に出てきたし、どうやって断ろうかと考えもした。
なにせ、どう考えても厄ネタである要素が満載だったし。
なにより、出会いが出会いである。あの中途半端な様相を見せられていたのであれば、どうしても少し気後れしてしまう。
だが。星宮にも星宮なりに、キチンと考えがあって、あの場にいたのである。
踏むべき手続きを誤っていただけで。その志自体は立派なものだと言えよう。
まあ、彼女の立場から考えると、だからといって冒険者になりたいと正規の手続きを踏んでもなかなか叶わなかった、というのもまた事実ではあるのだろうが。
たしかに、この場にいるのは巻き込まれた結果ではあるだろうし。星宮と出会ってからまだ半日も経っていないということもまた事実ではある。
しかし。たしかに今、俺は星宮の意志に触れた。
そして、それに触れた俺の感情を伝えるならば。
「危なっかしいとか、不安とか。そういうのが無いわけではないです。俺もそう感じているくらいなのだから、家族である弓弦さんたちからすると、その感情がもっと大きくなるというのは、理解しています」
正直、今の星宮が冒険者になる、と言われれば。間違いなく心配が勝つ。
けれども。
「でも、その一方で、純粋に、そう思ってくれている人が、装備を作ってくれる人たちのところにいる、という事実は、とても嬉しくは思います。そして、星宮……鈴音がそうなってくれるのならば、なおのこと」
「……そうか」
弓弦さんは俺の言葉を聞き届けると。顎を撫でながらに、少しばかり考え込でから。
「わかった。冒険者になることを認めよう」
と、そう言う。
その言葉に、星宮がパアアッと顔を明るくさせる。
「だが、条件をいくつか付けさせてもらう。それが、互いにとっての妥協点だ」
無論、父親としての弓弦さんの感情を無視するわけにもいかない。だからこその、最大限の譲歩であろう。
「信頼の置ける人物。具体的には、月村くんに師事をして、彼の元で訓練を行い、許可が出るまではダンジョンには向かわないこと。千癒を連れて行くこと」
いち、に。と、弓弦さんの指が立てられ。
そして、三本目の指が、ピッと立てられる。
「そして、必ず帰ってくること」
これは、半ば願いと祈りだ。一番目と二番目については能動的な実行が可能だが、三番目については、有事の際はどうしても受動になってしまいかねない。
けれど、父親として。家族として。ここは、譲れない。
「それが約束できるのなら、認めよう」
「はい……はい! もちろんです!」
星宮は、力強く頷く。
「と、いうわけなのだが。月村くん、君の意見を聞かないままに決めてしまったのだが、構わないだろうか」
「まあ、乗りかかった船ですし。ちょうど、やることもなくなってたんで。大丈夫です」
いろいろと順番が入れ替わってしまってはいたが、元よりその予定でここに来ているわけでもあるし。
「ただ、俺の知ってるやり方でしか教えられないので。それなりの安全は保証しますけど……きついとは思いますよ?」
「大丈夫だ。それで根を上げるようならば、突き返してくれて構わない」
ニッコリと笑ってみせる弓弦さん。なるほど、それはいい後ろ盾を得た。
星宮が少しばかり冷や汗を流している気がするが、気にしないことにしておく。
パン、と。弓弦さんが手を軽く叩いて。話の流れを切り替える。
「では、娘に指導をしてもらうことに対しての報酬の話だが」
「いや、別にそういうのは」
引き受けるからにはちゃんとやるつもりだが、ちゃんとした指導ができるかというと微妙なのに報酬を受け取るのはどうなのかと思ってしまう。のだが、
「いいや、君も冒険者ならばキチンと仕事に対する報酬は受け取っておくべきだろう」
「それは、まあ」
「それに、先程の話を聞く限りでは、特にやることも無くなったということは、すなわち仕事もないということだろう。悪い話では、ないと思うのだが」
「…………」
実際、悪い話ではない。星宮が一人前になるまで、という期間限定ではあるものの、確実な食い扶持にはなるし。そもそも、今日の宿をどうしようかと迷っていた人間でもある。
事情が事情なだけに実家にも帰りにくいしな、と思っていたし。
「まあ、細かな話はあとから詰めるとして。改めて、よろしく頼むよ、月村くん」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
社長職をやってる人って、すごいんだな、と。
しみじみと思い知らされた瞬間である。
* * *
「海未、そっちは頼んだよ!」
「大丈夫。しっかり引きつけてるから!」
ダンジョンの深層。攻略の最前線。
《海月の宿》は支樹がいなくなってもなお、活動を続けていた。
現在、複数の動物が混じり合ったような異形、キマイラというモンスターの群れと接敵していた彼女たち。その最前にて直剣と盾を構えながらにひとりで三体のキマイラと対峙している人物こそ、今朝方に全力のギャン泣きをかましていた海未である。
もはや別人であることを疑いそうなほどに真剣な面持ちで、そして流麗な動きを見せている彼女は。キマイラからの攻撃を確実に盾で防ぎながら、的確に切り伏せていく。
(支樹のバフがないから、いつもより身体が重い。……でも、このくらいなら。ううん、このくらいで、へこたれてちゃ、ダメ)
いつもと違う感覚は、経験で補う。
海未は手早く三体のキマイラを倒すと、他のメンバーたちのカバーに入ろうとして。
しかし、どうやらその必要はなかったらしい。
海未とは担っていた敵の数こそ違えども。問題なく、すでに倒せていたようだった。
いつもならば、もう少し時間がかかっていたことだろう。
だが、海未も、他のメンバーたちも、想いは同じ。
(支樹に、頼りすぎなくても大丈夫だってこと。示さなきゃ)
支樹が出ていった原因が、自分たちが彼に頼りすぎているからだと思い込んでいる海未たち《海月の宿》。
そんな彼女たちが出した結論は、支樹に頼りすぎなくても大丈夫だということを、行動で示すということだった。
元より、順序こそ違ってはいたが、そのつもりではあったのだ。
もちろん、支樹自体の捜索は行う。だが、彼が出ていった根本の問題を解決しなければ、支樹を見つけたところで戻ってきてもらうことはできないだろう。
だからこそ、支樹がいなくなってしまったとしても、活動をとどめるわけにはいかない。
むしろ、今どこにいるとも知れない彼のもとに届けるためにも。足を止めるわけにはいかない。
その日。《海月の宿》は長らく攻略の滞っていた高天原ダンジョン。通称、始祖ダンジョンの最前線を突破し、次の階層へと続く階段を発見した。
無論、日本どころか世界中へと広まることとなったその知らせは、当然、支樹の耳にも届くこととなる。




