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#39

「……と、言うことが昨日あったんです」


 月曜日の放課後。学校で笹良さんと津々見さんに、昨日のことをお話します。

 今思い返してみても、月村さんのことを軽視していたことや、私の持っている武具を奪おうとしてきたことなどに腹が立ってきます。


「まあ、鈴音からしてみれば師匠から貰った武器を盗られそうになってるんだから、そりゃ許せるわけがないか」


 津々見さんのお言葉に、私は全力で首肯いたします。

 彼らにとっては高級なだけの武器かもしれませんが、私にとっては空羽様に見繕っていただき、月村さんから贈っていただいた大切な武器ですから。値段なんて、二の次です。


「でも、そんな人たちもいるんですね……」


「まあ、私や笹良が出会ってる冒険者がいい人ばっかりだった、ってのもあるだろうけど。月村さんと千癒さんと。それから……」


 ちら、と。津々見さんが教室の端っこへと視線を遣ります。彼女のその意図は、察することができる。

 実際におふたりが対面したことがある冒険者が、このクラスにもうひとり。


「小夜さん、ですね」


「相変わらず、鈴音は臆面もなくあの人のことを呼べるよねぇ。いやまあ、あれだけつきまとうように関わりに行ってるんだったらそうもなるだろうけど」


 褒めるように、それでいてどこか呆れたように、津々見さんがそうおっしゃいます。

 もちろん、他のクラスメイトにも冒険者として登録を行っている方がいらっしゃいはしますが、私たちが実際に冒険者として対面したのは小夜さんだけです。


「そういえば、今日はもう行かないの? 先週はかなりグイグイ行ってたと思うんだけど」


「それが、朝の一番から強めの拒否を頂いてしまって。ひとまず本日は、これ以上はやめておいたほうがよいかと」


「うん。友人ながらに、引き際がわかってるのがちょっと恐ろしいわね。安心でもあるんだけどな」


「あと、しれっと今日に限定もしてる……」


 おふたりからの評価が、なにやらちょっとよろしくない感じになっている気がします。ただ、小夜さんと仲良くなりに行ってるだけですのに。むぅ。


 小夜さんの方を見てみます。周りには、いつものごとくと評するのは寂しいところもありますが、人がいらっしゃいません。

 なにか用事があるらしい方が、オロオロと少し脅えた様相でときおりやって来ますが。小夜さんの対応がややあたりが強いということもあり、要件を終えると逃げるようにして離れていきます。


 そんなやり取りに、どこか面倒くさそうな様相で舌打ちをされた小夜さん。

 小さくため息を付きながらに彼女が顔を持ち上げると、ぱちり、と。私と目が合います。

 あら? ということは私の方を見てくださったということでしょうか。

 ひとまず、ニコリと笑顔を返してみると、苦そうな顔をしながらに彼女は少しばかり頭を振ると、そのまま視線をそらされてしまいます。少し、残念。


 まあ、小夜さんに関しては、今日はこれ以上しないでおこうと決めましたので。これについてはさて置いておいて。

 まだまだ、いろいろと話していないこともありますし。笹良さんと津々見さんに昨日のお話の続きを――、


「ねえねえ、星宮さん。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど!」


 会話を再開しようとしたその矢先。女子のクラスメイトから、そんなお声がかかります。

 無碍にする理由も特にありませんし、お話を聞いてみると、先生から頼まれた資料の運搬を手伝ってほしいというもの。

 それほど大変そうなことでもありませんし、これくらいであれば、と。


「ねえ。それ、わざわざ鈴音に手伝ってもらう必要ある?」


 私が受けようとした、その直前。津々見さんが私のやや前に立つようにしてそうおっしゃいます。


「えっ? いや、それは……」


「なら、自分でやりなよ。そもそも、あなた自身の仕事でしょ? それ」


 津々見さんが言い切ったその言葉に、彼女はすごすごという様子で引き下がっていきます。

 去り際、彼女の口から「なんなの、津々見さん。仲いいからって突然しゃしゃってきて。星宮さんだって冒険者なんだしこれくらいなんてことないでしょ?」という声が聞こえてきます。


「はー、ほんと。なんであんなこと言えちゃうんだろうね?」


 呆れた様子で、津々見さんがそうおっしゃいます。

 言わんとする気持ちはわからないでもありませんが、それに対して聞こえるように返す津々見さんもなかなかにストロングスタイルです。


「別に、私としてはあれくらいならばなんていうことはないのですが。以前からもああいった相談事がなかったわけではありませんし」


「以前から、という比較があるってことは。特定のタイミングから一気に増えたってことよね?」


「うっ……」


 図星です。たしかに、以前からありがたいことに信頼を置いてくださる方も多く、相談や頼まれ事はしばしば受けておりました。ですが、最近になってそれも増えて。また、持ちかけられる話の系統も変わってきました。

 時期としては、新学期になってから――私が冒険者になったということが認知されてから、になります。


「少なくとも、前までだったら、今みたいな実労が伴うものはほとんどされたことなかったでしょ?」


「そうですね。だって私、よわよわでしたから!」


「鈴音ちゃん、たぶんそれ、自慢げに言うことじゃないと思うよ……」


 苦い顔をしながらにツッコむ笹良さん。それはそうなのですが、ひとまず置いておくとして。


「でも、今の私が動けるようになった、というのは正しいですし。それならば私に協力を要請するのは間違った判断ではないのでは?」


「うん、まあ。それ自体には間違いはないと思うよ。でも、たぶん、みんな勘違いしてるところがあると思うんだよ」


 首を傾げる私に、津々見さんがそう返します。


「事実として、私や笹良がそうだったようにね」


「津々見さんと、笹良さんが?」


 津々見さんの言葉に、隣の笹良さんが首肯で答えます。


「こうやってクラスの様子を見てて。やっと月村さん言ってたことが理解できるようになってきたよ。たしかに、私や笹良があの特訓に同行した理由が、今ならわかる」


「うん。……とってもキツかったし、大変だったけど。でも、だからこそ、鈴音ちゃんのことを少しでも理解出来る」


「……? ええっと、その」


「当人がこれなんだから、それはそれでどうなんだ、って気はするけど」


 小さく息をつく津々見さん。「でも、それも鈴音ちゃんらしいところだよね」と、笹良さんがニコリと笑う。

 ええっと、これは褒められている、ということでよいのでしょうか? 話についていけていなくて、判断が難しいのですが。


「鈴音のことを、冒険者になったから強くなった、って思ってるやつ。結構いるのよ。……まあ、さっきも言ったように、私もその一員だったわけなんだけど」


 津々見さんが、ややわざとらしく――いわば、クラスメイトに言い聞かせるようにして――声を張り上げて言う。


「冒険者になったから強くなった。より正確に言うなら、魔力を体内に取り込んだから強くなった、っていうのも。それもまた、事実ではある」


 津々見さんのその言葉で、彼女と笹良さんが言わんとしていることを、認識する。

 そして、直近に持ちかけられる話が増えている事実と、それを引き起こしていたクラスメイトたちとの認識のズレを。


 もちろん、冒険者とて実力や向き合い方は多種多様。それこそ、魔力を取り込んで強くなった身体能力によって活動を行っているような人たちもいる。


 でも、全員ではない。

 そして、私は。


「ただ、少なくとも。鈴音はたったそれだけで強くなったわけじゃないから」


 クラスの雰囲気が、静かに。しかし、糸を張り詰めます。


 月村さんの言葉の意味を、遅れながらに理解します。


 冒険者という存在に対して、魔力という存在に対して。一般人と冒険者との間では乖離がある。それこそ、かつての私が憧れていた頃のように。笹良さんと津々見さんが、渋谷マルハチに同行する前のように。

 自身の認知、認識の外側にある力であるからこそ、冒険者(だから)強いという意識が先行する。

 それゆえに、努力が正当に評価されにくい。


 私の周りは、恵まれている。


 指導しながら、適宜評価してくれる月村さん。

 過度な行為を咎めつつ、支えてくれる千癒。

 月村さんの思惑もあったものの、こうして努力に対して理解をしてくれている笹良さんと津々見さん。


 でも。だからこそ。

 守られてばかりでは、いられない。


「あの、えっと。星宮さん。さっきは……」


 先程、頼み事をしに来たクラスメイトが、申し訳なさそうな表情で話しかけてきます。

 津々見さんか仲立ちをしてくれようとしますが、私はそれを断ると。しっかりと、前に立ちます。


「星宮さんがどんなふうにしているかを知らないで、勝手な想像で語っちゃって。それで、文句を言っちゃって。その、ごめんなさい!」


「大丈夫です。わからないことがあるのは、しかたのないことですから」


 頭を下げる彼女に、顔を上げてください、と。


「それで、荷物を運ぶんでしたっけ? おまかせください。全部私……がやってしまうのはよくはないと思いますけど、半分なら一緒に運びますよ?」


「……へ? いい、の?」


 豆鉄砲を食らった鳩のような様相で、彼女が反応します。

 私の隣では、小さく笑っている笹良さんと、またもや呆れた様子の津々見さん。でも、「まあ、鈴音らしい」と、さっきまでとは違って前向きな表情。


「はい。そもそも、冒険者や魔力、それから私についてを詳しく知っていただけていない、というのもひとつの一端ですからね。それに、事実としてパワーもスタミナもある、というのは正しいですから」


 お手伝いなら、任せてください! と。軽く両の拳を握りしめながら、笑顔で接する。


 空気が、柔らかにほどけていったような、そんな感覚。やっぱり、なんにせよ、楽しくあるのが一番でしょう。


 彼女か運ぶ予定だった荷物の半分くらいを私が頂いて。津々見さんと笹良さんもどうやら手伝ってくれるらしく、残りをみんなで分ける。


 教室から、出るその瞬間。ふと、気になって窓際の席へと視線を向けます。

 どうやら、もう帰ってしまったらしい、その席。少し前まではいたような気がしたのですが。


「どうしたの、鈴音」


「いえ、なんでもありません!」


 先に歩いていた津々見さんに呼ばれて。私は少しだけ慌てながらに、彼女たちを追いかけました。






     * * *






 わかってる。これが、ただの不毛な感情だということは。


 日曜日。相変わらずひとりで渋谷マルハチに潜っていたとき、なにやら噂が聞こえてきた。

 なんでも、Dランク冒険者の少女が、スターマインの防具と薄暮の武器を持っている、と。

 どうにも心当たり……というかクラスメイトの気配しかしないその噂を軽く聞き流しながら。そのまましばらくダンジョン内で活動をしていたとき。

 偶然に騒動の気配がして向かってみると、そこでは、星宮が冒険者三人を倒している様子だった。

 おおかた、先の噂を耳にした阿呆が、星宮のことを手篭めにしようとしたのだろう。道中なにがあったかはわからないが、結果としては、返り討ちにあったと。


 ちらと確認した星宮の武具。防具は以前からスターマインのものであることは認知していたが、いつの間にか盾が薄暮のものに変わっていた。剣は全く別のものらしかったが、おそらくは対人戦用に持ち替えたのだろう。実際、臥せっている冒険者たちに流血はない。


 しかしまあ、見たところこの冒険者たちもそれほど弱くはない。なんならば、今の私より強いだろう。

 盾や防具の質の差はあれども、それをこんなにもあっさりと倒してみせるあたり。……悔しいが、実力はあるのだろう。

 星宮の指導をしたという、月村とかいう冒険者。名前や顔を見たことはないが、なんとなく感じる予感は、絶対に勝てないと語っている。

 そんな人に師事できた、ということ、実家の太さなどもあり、潤沢に準備できるという下地。

 数えるべきでない、とはわかりつつも。あるもの無いものを見てしまう。


 そして、翌日の月曜日。その放課後に、それは起こった。

 星宮に対して、雑に頼み事をしようとするクラスメイト。

 見知った光景。私にも、似た経験がある。

 呆れながらに意識を外そうと来たとき。しかし、教室に声が響いた。


 星宮の友人――津々見が、頼み事をしてきたクラスメイトと衝突した。普段は引っ込み気味な立ち回りをしている笹良まで動いていた。

 そんなふたりの声を受けながらに、改めて星宮は前に立ちながら、場を収めた。


 結果は、大団円。おめでたいお話である。


 そんな様子が、見てられなくて。……いや、見ていたくなくて。私は、逃げるように教室をあとにした。


 わかっている。これが、不毛な嫉妬だということは。

 自分になくて、星宮にあるものを数えているだけだということは。


 だから、だから。考えるんじゃない。


 ずるい、なんて。そんなことを。

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