#38
「そのゴブリンもふたりでやったの?」
軽薄そうな様相で、リーダー格の男性が声をかけてきます。
「いえ、こちらは私ひとりで」
「へえー、それなら、なおすごいじゃん!」
「あ、ありがとうございます」
投げかけられる褒めの言葉。素直に、言葉のとおり受け止めればいいとは、思うのですけれども。
なぜでしょうか。少し、妙な感覚を覚えます。
もちろん、ここは渋谷マルハチの浅い層なので、相対している魔物がそれほど強くはない、ということも事実としてあります。だから、そこまで持ち上げられるものでもないのでしょうが。
しかし、今感じている違和は、それとはまた別種で。
「ああ、自己紹介が遅れたね。俺は竹下。こっちの男が丸山で、女の方が松倉だ」
「あの、えっと。星宮 鈴音です」
「俺は月む――」
「星宮ってもしかしてスターマインの!?」
「ひゃうっ!?」
月村さんの自己紹介に割り込むようにして差し込まれた言葉に、私はびっくりしてしまいます。
とはいえ、事実としてありますので。少しためらいながらに、肯定をいたします。
「すげえ! 凄そうって思ってたけど、さすがだなあ!」
「……そう、ですか?」
だんだんと、違和感が加速していきます。
それとともに、その正体が少しずつ形をなしてきます。
「ちなみに、今のランクはなになの?」
「D、ランクです」
「そうなんだ。俺たちの方は、俺がBランクで、丸山と松倉がCランクなんだよね」
「そう、なんですね」
竹下さんの目が、こちらを向いています。ですが、見ていない。
「ちなみに、そこの男の人は?」
「Fランクだ」
「F? へぇ、ふーん。ああ、なるほど。だからさっき、鈴音ちゃんにゴブリンを狩って貰ってたのね」
月村さんをバカにするような声音。たしかに、状況証拠から推察するに、その結論になること自体は無理がないのかもしれません。
ですが、仮にそうだとしても。それ自体を嘲る理由はどこにもないでしょう。初心者という立場は、誰しもが通った道でしょうから。
「ねえ、鈴音ちゃん。俺たちと来ない? 少なくとも、Fランクの冒険者なんかと一緒にいるよりかは絶対に強くなれるよ?」
「お断りいたします」
「うんうん。そうだよね。それが懸命な判だ――は? 今、なんて?」
「お断りいたします、と。そうお伝えいたしました」
信じられない、とでも言いたげな様子で。竹下さんたちはこちらを見てきます。
「……俺はBランクだし、他のふたりもCランク。どっちのほうが強いかなんて明白だと思うけど」
随分とご自身のランクに自信がある様子。まあ実際問題として、大抵の場合は彼がおっしゃっているとおりではあるでしょう。
冒険者ランクは、冒険者としての格の指標。大まかな実力の区分をするものです。そういう意味では、ある程度の前後はあれども、おおよその冒険者は序列どおりの実力といえるでしょう。
ですが、例外はあります。……というか、私の周りは例外ばかりであったような覚えがあるのですが。月村さん然り、千癒然り。
ですから、見なければならないのはランクではなく、当人の強さ。
……まあ、それを見るのが難しいから、多くの場合は冒険者ランクを見ることになるのでしょうが。
さて、話を戻しまして。なぜ、私が断ったのか。
「君みたいな人物が、Fランクの冒険者みたいな雑魚に構う理由もないじゃん? そんなやつ放っておいてさ」
「…………」
話を切り出すと余計にややこしくなるので、実際の関係性が逆であるとか、そういったことについてはこの際一旦飲み込んでおきましょう。
そして、賢明ではないにせよ、冒険者ランクで相手の力量を推し量っているという事項についても考慮しないことにしましょう。
ですが、それらを加味しても。やはり、彼らの行動には。――その視線には、違和感があります。
「実力云々の話をするならば、せめて私を見てくださいますか?」
「へ? いや、見てるでしょ? ちゃんと」
私の言葉に、竹下さんが間の抜けた声を漏らす。
そのまま横のふたりにも同意を求め、首肯を得られる。
たしかに、視線は私の方向へと向いている。惚れは、事実でしょう。意識も、私の方向へと向いている。
ですが、ほんの少しずれている。あるいは、私自身を見ていない。
「見ているのは、私と武器と防具、ですよね」
「――ッ」
三人の表情が、やや強張る。
「や、やだなあ。そんなわけないじゃあないか」
否定をしてみせる竹下さんですが、その声音は震えています。
私の状況を、少し整理してみましょう。
Dランク冒険者が最上級の武器と防具を装備している。冒険者としての稼ぎならば、まず購入は不可能な代物。
では、どのようにして入手したのか。間違いなく、冒険者活動以外での収益で購入したものということになります。俗的な表現をするならば、お金持ちである、ということになるでしょうか。
見目についてもまだまだ学生然としている。事実学生なので当然といえば当然ではあるのですが。
ついでに、パーティを組んでいる相手も、どうにも冒険者ランクの低い男性のよう。なんなら、Dランクである鈴音よりも更に低いFランク。はたして、どちらがどちらに付き合わされているのか。
そんな状況の相手ならば、Bランクという冒険者ランクと甘言をチラつかせれば、きっとこちらに乗り換えるだろう。それでいて、自分たちにも同様に最上級の武具を都合してくれるだろう、と。そんなことを考えていたのかもしれません。
嫌な話です。私が、始めて冒険者になろうとして誘拐されかけたときと。手口や手法は違えども、同様の手合です。
ですが、今度はちゃんと、自ら見抜くことができました。少しは、成長できているということでしょう。
「…………」
じぃ、と。視線のみで三人へと返します。
やや顔をしかめながらに、竹下さんが一歩、ザリと後退して。
「チッ、おとなしく従っていればいいものを」
露骨に、態度を変えました。
「三対二で、かつ、冒険者ランクも大きく違う。これじゃあ蹂躙になるかもしれないが、変に喰いかかってきたお前が悪いんだからな」
半ば破綻している理屈で、竹下さんが強引な責任転嫁をしてきます。そもそも、最初に声をかけてきたのはそちらだと思うのですが。
「月村さん、どうしましょう」
「正直なところ、このまま逃げても構いやしないが」
ここにあるゴブリンの素材や魔石についても、然程益のあるものというわけではない。
逃げることについても、それなりに身体能力が向上していることに加えて、最悪の場合は月村さんの支援を借りれば十二分にゲートまで逃げ込めるでしょう。
ですが。
「向こうが勝手に仕掛けてきているんだ。危なくなったら俺が介入してやるから、やりたいのなら、やればいい。今の鈴音なら、問題なくやれる」
ただまあ、やりすぎないようにな、と。そう言いながら、月村さんは刃を潰した剣を渡してくださいます。
「……わかりました」
受け取りながらに、私はそう言います。
正直なところ。少し、いえ、かなり。私は怒っています。
私自身が甘く見られるのは、まだいい。まだまだ駆け出しの冒険者ですから。
でも、月村さんのことを軽視されたことを、そんな雑魚は放っておけばいいと言われたことを。
Fランクだから、という理由だけで。月村さんのことを。私の、大切なパーティメンバーのことを貶してきたという事実についてを。
「はっ、せっかくいい武器を持ってるのに、そんな刃無しでいいのか? というか、三対二ですらただでさえ不利なのに、いくらFランクだからってひとりで戦うって」
ギャハハハハッ、と。バカにしたような笑いが飛んでくる。
けれど。私は、冷静に。
「ええ、十分です」
だって、月村さんが。あなたたちがバカにして、私が信頼した、彼が。大丈夫だと、問題ないと。そうおっしゃってくださいましたから。
* * *
随分とまあ、自信家な冒険者もいたことだ。現在、鈴音が切っ先を向けている冒険者たちに向けて、俺はそんなことを考えた。
まあ、年齢的にも二十やそこらに見えるし、それであの竹下とかいうのはBランクなのだというのだから、相当に駆け上がっている途中でもあるのだろう。
だが、返して言うならばまだまだ未熟だということでもある。
特徴的な点で言うならば、思考が固く、視野が狭い。
例を挙げると、先程に俺が鈴音に対人練習用の剣を渡したときのこと。これは、先程までの彼らの認知を――俺がただのFランク冒険者である、ということを正とするならば、相当に異常なことが起こっている。
まず大前提として、ダンジョンに潜るというのに刃を潰した剣を帯剣する理由はない。そして、冒険者にとって――特に低ランクの、余裕のない冒険者にとって――そんな不要物を持ち込む余裕なんてものは当然ない。
では、どこから取り出したのか。汎用スキルのひとつである、保管庫からである。
そう。俺はつい先刻、保管庫から武器を取り出して、それを鈴音に渡した。
その様子のどこまでを、はたして彼らが見ることができていたのか。あるいは、やりとりを見ることができたとして。その事実に違和感を持つことができたか。
――保管庫は、例外的な入手方法を除いて、Cランク冒険者に対して冒険者協会から使用方法が開示される。
つまり、この違和感の時点で、俺がただのFランク冒険者ではないことがほぼ確定する。のだが。
その違和感を持つことができなかったからこそ、依然として彼らは俺たちのことを侮っていたわけだが。
「……まあ、相手を侮っていると、足元をすくわれるのは世の常ってもんだよ」
正直なところ、軽く力量を見量った感じでは、そんなに強くはない。竹下がBランク冒険者というのは事実なのかもしれないが、他の仲間が未だCランクであることからも推測できるように、おそらくは上がりたて。それも、やや無理をして昇格したのだろう。実際の実力的にはCランクの中堅程度。他のふたりはそれよりも少し下。
たしかに、多対一ということもあり、鈴音にとっては簡単に戦える相手、というわけには行かないだろうが。
「月村さん、やりました!」
「ああ、お疲れ様。圧勝だったな」
結果としては、鈴音の完勝。俺からのサポートを受けることがなかったのはもちろん、一太刀も貰うことなく、倒しきってみせた。
まあ、手加減ありとはいえ、空羽との指導試合もどきについていくことができる時点で、半端な練度のCランク程度に遅れを取るわけがない。
「ざっ、けんな……Dランクのくせに、こんな強いとか、反則だろ……」
地に臥せる、三人の姿。竹下が、そんな言葉をひりだす。
刃が潰れているので切り傷はないものの、それでも鉄の塊であることには変わりないそれでぶん殴られてはいるので、そこそこに身体中あちこちで内出血している。
まあ、先に手を出してきたのは向こうなので自業自得だろうが。
「ひとつ、お伝えしておきます。私より月村さんのほうがお強いですからね! 覚えておいてください!」
それは事実ではあるんだけど、わざわざ言わなくても良かった気が。……まあ、鈴音がとても満足そうにしているからいいか。
代わりに、三人の精神にはオーバーキルが入ってるっぽかったけど。これを期に認識を持ち直してくれればいいんだが。
……まあ、その前に。
「とりあえず、こいつらは協会に突き出すとして」
竹下たちが顔を青くする。確実になんらかの処分はあるだろう。
ランクがランクなので手続きで諸々面倒なことにはなるだろうが、まあ、仕方ない。
十分反省してもらってから、またやり直してもらうこととしよう。
ギャーギャーと文句で騒ぐ竹下たちを無視しながら、鈴音が簡単に捕縛する。鈴音が随分と入念に叩いたこともあり、しばらく歩けないので簀巻きである。
そんな作業をしている傍ら。ふと、遠巻きに気になる存在を見つける。
「……あれ、あそこにいるのは」
「月村さん、準備できました!」
「ん? ああ、ありがとう。それじゃあ行こうか」
ふたり分の簀巻きを俺が持ち上げながら、そう答える。暴れるな暴れるな、持ちにくいだろ。
「そういえば月村さん、なにか遠くを見られていましたが、なにかありましたか?」
「いや、知り合い……というほどではないが、知ってる人間の気配がしたってくらいだ。気にすることじゃないさ」
去っていったし。たぶん、騒ぎを聞きつけてやってきたとかそういう感じだろう。
「しかし、こんな方もいらっしゃるのですね」
「まあ、ここまで酷いのは少し珍しいが。とはいえ、ランクで判断、嘲笑してくる手合は結構多い。それだけ自分のランクを誇りに思ってるか、過去にバカにされてきたか、ということなんだろうがな」
後者については悪循環なので、どこかで断ち切らないといけないんだろうが。未だに残っているように、なかなか難しいのだろう。
「冒険者という存在、魔力という力が、なまじ通常の人間ではありえない力を引き出してくれるからな。どうしても、変なプライドを抱えるやつは多くなる」
「そうなんですね」
どこか、寂しそうに。鈴音がそうつぶやく。
「……まあ、逆の立場の。魔力を持っていないからこそ起こる、変な勘違いもあるんだけどな」
俺の言葉に、鈴音が小さく首を傾げる。
まあ、そのうちわかるだろう。というか、嫌でもわかることになるだろう。




