#37
好い武器を見繕っていただいた、というところまではいいとして。当然、その際に必要になるものがあります。
そうです。支払いです。
こちらの剣も盾も、もちろん商品であるために価格が設定されており、手に入れるためには購入する必要があります。
「あの、空羽様。こちらの剣と盾は、どの程度のお値段でしょうか」
直接的な質問になってしまい、少々おそるおそるにはなりながらにそう尋ねると、空羽様は「そうねぇ」と少し考えながらに懐から出した電卓を打つと、その画面を見せてくださいます。
「だいたいこのくらいかな?」
「……ひぅ」
わかってはいましたが、物が良いだけはあり、お値段も相応にいたします。それこそ、以前に使っていた武器から比較するならば、桁がふたつみっつ変わってくるレベル。……それも、おそらく空羽様自身多少勉強していただいてのお値段がこちらでしょう。
まあ、高いといえば今使用している防具についても同様に高額なものにはなりますので、ある意味今更、といえばそのとおりではあるのですが。
「わかりました、お支払いたします」
とはいえ、払えない額ではない。もちろん、私の冒険者収入だけでは――これでも、先日の大侵攻の報酬があるので、同ランク帯と比べれば稼いでいる方ではあるものの――支払うことはできない金額です。
しかし、その一方で私自身の立場が恵まれているということもあり。購入は可能な金額になります。……いちおう、お父様からも必要ならば、と私個人で動かして良い金額については教えていただいていますし、その範疇には収まっています。
もちろん、できるならばそれに頼らない範囲でどうにかしたくはありましたが。
「んー、なに言ってるの? 鈴音ちゃんは払わなくっていいよ?」
「へ? でも、ちゃんとお支払しないと」
たしかに、まだ私が稼いだお金というわけではありませんので、私が払う、とは少しずれてはしまうかもしれませんが。
私がそんなことを考えていると。しかし、空羽様は「違う違う」と首を横に振られて。
「ここに鈴音ちゃんを連れてきたのは支樹でしょう? それでいて値段も意識せずに私に選ばせてるのに、その支払いを駆け出しの冒険者にさせるってのは道理がとおらないんじゃない? ねえ支樹」
「たしかに、それもそうか」
「支樹の稼ぎならこれくらいなんてことないでしょう? 弟子なんだから、剣の一本でもあげとかなきゃ嫌われるわよ」
「今は諸事情あって稼ぎ自体はそんなでもないんだが。……まあ、これくらいならなんてことはないか」
いえ、別にそんなことは。というか、ただでさえ月村さんにはお世話になっているというのに、こんな高いものをいただけませんし。
しかし、そんな私の主張が通ることはついぞなく、あれよあれよという間に月村さんが決済を終わらせてしまいました。
「そういえば、お祝いで食事には連れて行ったが、こうして物を渡すってのは初めてか」
はい、と。軽い調子で剣と盾を渡してくださる月村さん。……決してこんな調子で軽々しく渡していいお値段のものではないはずなのですが。
「まあ、Dランクになれたときのお祝いはなぜか鈴音持ちだったし。遅くはなったが、これがDランク昇格祝いってことで」
再三、繰り返しの確認はしておきますが。このお店は薄暮――冒険者用の武器を扱う企業としては最高級と言ってもいいブランドです。
無論、性能もさることながらに値段も相応で、多くの冒険者にとっては持つことが一種のステータスともなり、目標になることもあるほど。
間違っても、お祝いだからといって軽々しく後輩や弟子に贈れるような武器ではなく。それが、Dランク冒険者ともなればなおのこと。
ただ。目の前の月村さんは、案の定、そんな一般的なお話に縛られる方ではないようで。
慣れたつもりではいましたが、そのたびそれ以上を突きつけてくるので、際限がありません。……いっそ、多少諦めつつあります。
「あり、がとうございます」
差し出されたそれらを、私は緊張しながらに、受け取ります。
こんな形で手にしてもいいのか、と。少し不安にはなりますが。月村さんが、空羽様が。私にはこれを持つ資格があると、認めてくださっています。
であれば、私がするべきことは、ただひとつ。
――受け取った剣と盾をしっかりと握りしめて。
その、期待に応えられるように。これからも精進を続けていくことでしょう。
「本日は、ありがとうございました!」
お世話になった――いろいろな意味でお世話になった空羽様に向けて、私はお辞儀をいたします。
彼女は「いいのいいの。これもお仕事だしね」と、陽気な声で答えてくださいます。
「それじゃあ、今日は帰ってから少しだけ素振りをしつつ、明日にダンジョンでも実戦をしつつ慣らしていく感じだな」
「はい!」
剣の方は、今まで扱っていたものよりも扱いが良くなっているものの、それはそれとして重心の位置などにも変化がありますし、使いやすくなっているからこそ、踏み込みすぎなどの別の注意点が発生する可能性もあります。
また、盾の方についてはより顕著で、サイズがひと回り、ふた回りほど大きくなって、今までは胸周辺を隠すので精一杯だったものが、上半身くらいの範囲を防ぐことができるようになっています。
とはいえ、大きくなるということはそれだけ取り回しが難しくなるということでもあるので、その点の動きについてもしっかりと詰めていく必要があります。
けれど、これらは空羽様に見繕っていただいて、月村さんから贈っていただいた、私の武器。しっかりと扱えるように、武器に振り回されるなんてことがないように、頑張っていきます。
そうして、薄暮から私たちが退店しようとしたその瞬間。
「あ、そうだ鈴音ちゃん。帰る前にひとつだけいいかな? 武器のメンテナンスとかについてのお話をしたいから、ちょっとこっちに来て?」
ちょいちょい、と。手をこまねく空羽様。私が月村さんの方を見上げてみると、彼は言葉にはしないものの、手で行ってきていいぞ、と指し示してくださいます。
「あの、空羽様。いったいどんなお話でしょうか」
メンテナンスというと、なにか特殊な手入れなどが必要なのでしょうか、と。そんなことを考えていると。なぜか、空羽様が耳元へと顔を近づけてきかた思うと。
「ああ、メンテナンス云々は嘘ね」
「……はへ?」
耳打ちされた言葉に、思わず間の抜けた声が漏れ出して。そんな私に、空羽様は口元に人差し指を軽く押し当てながらに「しぃー」と。
曰く、メンテナンスについては今までやっていたものと同じようにすればいい。というか、ただの剣と盾だというのに特殊な手入れが必要などともなれば、それはある種の不良品であろう、と。……たしかに、私の頭の中に高い武器だという先入観があっただけで、言われてみれば、そのとおりかもしれません。
「ごめんね? ちょっとだけ、お話をしたくって。でも、鈴音ちゃんのためにもなる話だとは思うから」
「私のためになる?」
「意外とね、支樹を狙ってる人は多いから気をつけたほうがいいよ?」
「それは、私ではなく月村さんが気を付けることなのでは?」
わざわざ、私のことを呼び出しながらひそひそ話をすることではないでしょうし、むしろそれをするならば月村さんを相手にするべきではないでしょうか、と。
「む。私の勘が外れた? それとも、まだ無自覚なだけかしら……」
「…………?」
「まあ、いつか役に立つかもしれないから、覚えておいてもいいかもね」
たしかに、これから月村さんに教えをいただく身として関わる可能性があるお話なのかもしれませんが。ただ、それにしては表現がやや迂遠な気もしますし。ううむ。
「そういうことだから、頑張ってね、鈴音ちゃん」
「はい、頑張り? ます」
いったいなにを、とは思いますが。とはいえ、応援をしていただいているのであれば、頑張ろうと思います。
……いえ、なにを頑張ればいいのかが分からないのがあまりにも致命的ですが。
あまり、よくわからないままに、改めて空羽様から送り出していただいて。
薄暮から出る、その直前。
「まあ、私も狙ってないわけではないんだけども。とは言っても、最大手が最大派閥すぎて、諦め気味だけど」
内容は聞き取れませんでしたが。後ろで、空羽様がつぶやかれていたような、そんな気がしました。
翌日、日曜日。
本日はダンジョンに来ております。目的は、実戦も交えつつの武器慣らし。
「盾を構えるのが少し遅い」
「っ、はい!」
本日は、千癒がどうしても外せない仕事があるとのことで、月村さんとふたりで渋谷マルハチに来ております。
お父様との約束では、冒険者として一人前になるまでは月村さんと千癒、ふたりの同伴が前提ではありましたが、Dランクに昇格したことと、武器慣らしが目的という都合でダンジョンの浅いところまでしか行く予定がないということもあり、特例的に認めていただいております。
「剣の振り込みが速い一方で盾が遅れている。もちろん、新しい武器に慣れていくのも大切だが、それ以前に感覚のズレは逐次直していくように」
月村さんから厳しい言葉を差向けられますが、しかし、これも必要な技能。
特に、土壇場で慣れない武器を扱うことになったときに、それで練習している時間などあるわけもなく。リアルタイムでの修正をかける他ない。
向かってきたゴブリンに対して――構えるのが遅かったのであれば――早めを意識しながらに盾を構える。
大きな盾になったということもあり、重たさは増しているものの、そのぶん受け止めの安定性も向上している。
ゴブリンの体躯を押し返す。受ける私の体勢が安定していたこともあり、以前の盾で行うよりも、より力強くに突き飛ばすことができる。
その勢いに、空中での姿勢制御が間に合っていないゴブリンに向けて、右手に持った剣を振り抜く。以前よりも速くなった剣は、より遠くまで、手が届く。
「ギャギアッ!」
ゴブリンが断末魔をあげながらに地面におちる。攻撃も、防御も。そして、そのふたつを繋ぐ動作も。それらが向上していることがよくわかる。
「オーケー。そろそろ休憩しようか」
ひとしきりゴブリンの群れを片付けたところで、月村さんがそう声をかけてくださいます。
まあ、休憩といっても、ゴブリンを解体しながら、にはなるのですが。
……なんだかんだで、解体も手慣れたものになってきました。もちろん、上手かどうかというところではまだまだなのですが。少なくとも、休憩の傍ら、雑談をしながらにできる程度には。
「まだ、剣に先を行かれている傾向が否めない。盾の遅れももちろんあるが、しっかりと自分の意志で動かすことを意識するように」
「はい!」
休憩時間に反省をするのは、はたして本当に休憩なのでしょうか。……まあ、それを言い始めるとそもそもゴブリンを解体してる時点で、というお話ではありますが。
「それから――」
「お。あそこにいるのがそうじゃね?」
月村さんがお言葉を続けようとしたタイミングで、少し離れたところから別の男の方の声が聞こえてきます。
やってきたのは、男性ふたりと女性がひとりの冒険者パーティらしき人物。年齢は、大学生くらいでしょうか。
そして、おそらくはリーダー格らしき人物――声を聞くに、最初に聞こえてきた声と同一の――が、口を開かれます。
「なにやらすごい冒険者がいるらしいって聞いて来たんですけど。おねーさん? というか、おじょーさんのことですよね?」
…………はい? いま、なんと?




