#36
「それじゃ、まずはとりあえず身体を見せてね!」
「はい! ……はい?」
空羽様のお言葉に反射的にお答えをしてしまいましたが。……いま、なんと?
「許可も貰ったことだし、向こうの部屋に行こっか!」
「待って、待ってくださいまし!」
「レッツゴー!」
突然に取られた手。引かれていくそれに頑張って抵抗してみますが、いとも容易く連れ去られてしまいます。というか、空羽様、とてもお強いですね!?
助けを求めて月村さんと千癒の方を見ますが、月村さんは「おーう、行ってこーい」と脳天気な様子でおっしゃいますし、千癒も突然の事態と月村さんの対応の落差に少々困惑しています。
詰まるところが、助けてくださる方はいない、ということであり。
「安心して! しっかり、隅々まで見てあげるから!」
「どこにも安心できる要素がありませんわああああああ!」
関係者以外立入禁止の表示がある廊下に入っていかれるので「私関係者ではありませんよ!?」と抵抗してみせますが「問題ないよ、私関係者だから!」と棄却され。そのまま、お店の奥にある部屋に連れ込まれてしまいます。
いちおう、月村さんと千癒もついてきてはくださっておりますが。ちょうど部屋に到着したところで、おふたりは廊下で待機をして。
バタン、と。無情にも閉じられてしまった別室の扉。
部屋の中には、私と空羽様のふたりきり。
えっと、その。あの。
お手柔らかに、お願いいたしま……す?
いえ、いや、本当に。冗談などではなく!
* * *
「はにゃあああああああ!」
別室から、鈴音の声が聞こえてくる。随分と揉まれているらしい。いろんな意味で。
「月村様、その」
「大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、この手のことで空羽の目がたがうことはまずないので」
心配そうな様相でこちらを伺ってくる千癒さんにそう回答する。まあ、自身の主人が連れ去られた上でなにやら悲鳴にも嬌声にも聞こえる声が飛んできたので、彼女の思いも正当なものではあるが。
「身体付き――身長や筋肉の付き方といった身体の基礎データから、重心の置き方や動作の起こりといったものを確認してくれてます。その過程であちこち触られたり揉まれたりしてますけど」
「それで、鈴音お嬢様があんなお声を……」
俺も何度もされている。最初の頃はそれこそ今の鈴音みたいな反応をしていたものだが、そのうちに慣れてきた。
「それにしても、やや過剰な気が」
「まあ、半分くらいはアイツの趣味なのでね」
いわゆるフェチズム……とでも言えばいいのか。空羽はいい身体を見かけると隅々まで見て、触って、確かめたくなる性分を持ち合わせている。
ドン引きした様子を見せる千癒さん。うん、言わんとすることはわかる。本当に大丈夫なのかと。
「ただ、俺もアイツ以上にこの目利きができるやつを知りませんし」
むしろ、好きだからこそとでもいうべくか。……いやまあ、そんな趣味に実益が兼ね備わってしまっているところがある意味では厄介ではあるんだけれども。
ちなみに、この部屋も空羽の身体検査兼趣味の都合で声を出す冒険者が多いので、店舗の方に聞こえないようにと態々用意された部屋だったりする。わざわざ廊下を通って奥までやって来たのはそういう都合。
「千癒さんも見てもらいます?」
「……遠慮しておきます」
そんなことを話しながらにしばらく待っていると、まなじりに涙を溜めた鈴音が飛びつくようにして部屋から出てくる。
「うう、月村さん……千癒ぅ……、私、もうお嫁に行けませんわ……」
「大丈夫大丈夫。私しか見てないから!」
「お声を、聞かれてしまっておりますわあああああ!」
心の底から叫んでみせる鈴音。
うん、まあ、たしかに声は聞いちゃったかな。
とはいえ、空羽のこれについては俺自身も体感してるし、海未をはじめとする他のやつらのを見たこともあるから俺としてはそれほど気にしてないけど。
……ああ、でも海未以外には、基本的には二回目以降はついてこないでって言われることが多いから、やっぱり当人としては気になるのかな。
ちなみに海未以外の例外は琴風。アイツは一切声を上げなかった。
「まだまだ成長途中って感じだけど、かなり育ってきてるね」
「空羽のお眼鏡に適ったようでなによりだよ」
「これで二ヶ月ねぇ。鈴音ちゃん、相当にしごかれたんじゃない? あと、冒険者になる前はそんなに運動できる方じゃなかったでしょ」
先程の身体検査があったからか、あるいは現状を見抜かれたことにびっくりしたのか。若干空羽に怯えつつも、鈴音はコクリと頷く。
曰く、そういう筋肉の付き方なのだという。どういう付き方なのだと思うところがなくはないが、だが、言わんとすることは少しわかる。
全体としての仕上がりがまだ弱い一方で、重要度の高いところはかなり鍛えられている。鈴音の身体を夏休みに間に合わせるため、などの都合で急ピッチでトレーニングして行った結果であろう。
「まあ、この調子でトレーニングしていけばそのうちに他のところも追いついてくるから、ぜひともまた私のところに見せに来てね!」
「あの、えっと、その……」
鈴音が逡巡する。抜けているところが多い彼女ではあるが、基本的な性分として間違いなく聡いところがある。だからこそ、空羽の身体検査が間違いなく益であるということは理解している。
しかし、その一方で対面の天秤皿に載せられるのは自身の恥。それを、容認できるか、否か。
しばらくの間揺れ動いた天秤は。
「……お願いします」
複雑そうな面持ちでそう答える鈴音。
どうやら、益の方に傾いたらしい。
「それじゃ、最後に私と戦ってみようか」
「はへ?」
本日何度目かの、鈴音の間の抜けた声。
連れてこられたのは店舗の地下にある、武器の試し切りなどを行うことができる専用の施設。
はい、と。言いながら、空羽は鈴音に剣と盾を渡す。剣は、しっかりと刃が潰されてある。
「どういう戦い方をするのかは一応聞いてるけど、やっぱり実際に見てみないとね。あ、本気で来て大丈夫だよ!」
鈴音に渡したものと、全く同じものを手に持ちながら、そう言ってみせる空羽。
武器と空羽、そして俺たちの方をくるくると見回しながら困惑を見せる鈴音。
大丈夫なのだろうか、という感情が見て取れる。
刃が潰れているとはいえ、剣は間違いなく金属製。思い切りにぶつけられれば痛いし怪我をする。
冒険者の、魔力による身体機能の補助がある現状ではなおのこと。
だが。
「安心しろ。むしろ、気にするべきは鈴音。自分自身の身の安全だぞ」
「……へ?」
「加減はしてくれると思うが、そもそも空羽は――」
俺が途中まで言いかけた、その瞬間。千癒さんが、そして少し遅れてから鈴音が反応して。
鈴音は、咄嗟に構えた盾で空羽からの剣を受け止める。
「ふふっ、ごめんね。待ちきれなくなっちゃった」
「――Aランクの冒険者だ」
* * *
ぴょんぴょんっ、と空羽様は後方に飛びのいて、距離を取り直されます。
「うーん、今の不意打ちに対応されちゃうかあ」
言葉だけなら不満げなそれですが、声音も表情も、正反対の空羽様。
対応、はしましたが正直ギリギリもギリギリ。盾で受けた攻撃の重たさも、かつてのグラウンドベアを彷彿とさせるような……いえ、それよりも数割増で重くしたような、そんな一撃。
先程に別室に連れ込まれたときも力がお強いと思っていましたが、どうやら、その比ではないご様子。月村さんのおっしゃる、Aランク冒険者という言葉の意味が、ひしひしと伝わってきます。
「そもそも、鈴音の立ち回り方を不意打ちはいらなかっただろ」
「それはね。そうだね!」
月村さんのツッコミに元気いっぱいで空羽様が返されます。
「さて。それじゃあ攻撃して来てくれて大丈夫だから……って。そういえば鈴音ちゃんの戦闘スタイル的には、まだ動けないんだったね」
空羽様が、そうおっしゃいます。
とはいえ、事実です。動きがわかっている相手ならばまだしも、初めて対面する相手で、かつ、先程の不意打ちのときに感じた攻撃の威力と速度。
これを前にしてしまえば、受けから入らざるを得ない。
「それじゃ、遠慮なく」
「……加減はしてやれよ?」
「もちろん!」
そう言いながら、空羽様は真っ直ぐにこちらに突進をしてきます。
とても、速い。ですが、加減をしていただいていることもあってか、まだ、目で追える範疇。
空羽様の攻撃の軌道を予測しながらに、しっかりと盾を構えて――、
「ッ!」
ほぼ、直角に。空羽様の身体が右側に動きます。私は慌てて盾の向ける方向を修正します。
ですが、無理やりの防御ということもあり、十分な姿勢を取れず、体勢が崩れます。
「対人戦の経験はまだ少なそうかな。人相手のときはもちろん、知能が高い魔物を相手にしていくと、こういうフェイントをしてくるやつも多くなるから、注意をしたほうがいいね。特に、防御中心の戦闘を組み立てていくなら」
「――っ、はい!」
「でも、反応はできてる。そこは自分を褒めてもいいよ」
崩れた姿勢を立て直しながら、空羽様の追撃を防御します。
……ぐっ、重たい。上側から押し付けるようにして振り下ろされている剣。盾で防いではいるものの、純粋に力負けしています。
こういう、ときは。
一瞬に力を込めて、わずかに隙をつくり、退避をする。
「そうそう。押しきれないのなら、無理に鍔迫り合いに付き合う必要も無いからね。うんうん、しっかりと支樹に教えてもらってるようでなによりだよ」
いつの間にか、指導試合のような様相を成してきました。戦い方を見る、というテイだったような気がするのですが。
「よし、それじゃあ私に一発入れるってのを目標に頑張ってみようか!」
最初に言ったように。本気で来てくれて大丈夫だからね! と。空羽様が、そうおっしゃいました。
「うんうん。よく頑張った。お疲れ様!」
結論から言うと、無理でした。
手加減をしていただいているとはいえ、やはりAランク冒険者はすごかったです。
これほどまでにお強く、そして遠いとは。
二、三度は、あと少しのところまで迫れたのですが、やはりそれでも防がれるかかわされるかのどちらかの結果になってしまい、全体としても私の押されっぱなし。
時間切れということで月村さんが切り上げてくださいましたが、勝敗をつけるならばどちらなのかは明白です。
「どうだ? 武器は見繕えそうか?」
「バッチリ。支樹が言ってたとおり、丈夫な武器のほうが優先度高めだね。特に盾。あと、盾については円盾のままでいいとは思うんだけど、もう少し大きめのほうがいいかも。取り回しの扱いが少し変わるけどね。ちょうどいいやつがあったはずだから、それを持ってこさせるね」
空羽様が係員の方に指示をされると、程なくして剣と盾を持って戻ってこられます。
「たぶん、これがぴったりだと思うけど。とりあえず試してみて」
彼女から言われるままに、手渡された剣と盾を装備してみます。
たしかに、空羽様のおっしゃられるとおり、今まで持っていた武器よりもとても持ちやすく、振りやすく。それこそ、比喩でもなんでもなく、腕そのもののように扱うことができます。不思議ではありますが、これがぴったりな武器なのでしょうか、と。感動さえ思います。
……なのですが、その一方で。緊張もまた、走ります。
先程までの借り受けていた練習用の武器も、もちろん素晴らしいものではありましたが。しかし、これがその比ではないことが直感で伝わります。
正直、持つことそのものに気圧されそうになってしまいそうになっていた、そのとき。
「大丈夫だよ、鈴音ちゃん。実際に戦ってみたから、わかる」
空羽様が、声をかけてくださいます。
「……空羽様?」
「鈴音ちゃんは、その剣と盾にしっかりと見合うだけの力がある。私が言うんだから、間違いないよ」
ぽん、と。軽く押された背中。不思議と、それまで覚えていたような重たさが、スゥと抜けていったような、そんな気がいたしました。




