#35
土曜日。本日は、お買い物に来ております。
あのあと、笹良さんの発言に悪ノリをされた津々見さんが「男女で連れあって買い物に行くのなら、デートじゃん?」と、なお煽ったりしてくるなどはありましたが。これはただの買い物であって、デートではありません。たぶん。
そもそも、ふたりきりではなく、千癒も一緒に来ておりますし。
そういえば、始業式以来も時折月村さんと千癒が一緒にダンジョンに向かわれているようで。仲がいいのはとても素晴らしいことなのですが、なんだか、笹良さんと津々見さんのお言葉を聞いた後だと、よくわからない複雑な感情が、少しだけ胸をちりつかせます。
なんでしょうか、これは。
……まあ、ひとまずこれは、おいておきましょう。ともかく、今はお買い物です!
ダンジョン発生以来、冒険者用の武具は需要が増し、既存企業から新規企業まで、たくさんの企業が対ダンジョン用のアイテムを取り扱うようになりました。
もちろん、武器についてはダンジョン外での使用が禁止されているなどの規制はありますが、民間人がこうして武器を持つようになったというのはダンジョン発現の前後での大きな差でしょう。月村さまから教えていただいたダンジョン史によると、そこに至るまで相当な議論があったらしいですが。
それはさておき、様々な企業がダンジョン業界に参入してきたということは、無論、店舗のグレードも多岐にわたるということ。
それこそ、お父様たちが経営しているスターマインなどは、ハイブランドにあたる企業になります。
そして、現在私たちが来ているお店も。
「つき、つ、月村さん!? 本当にここここここで会ってますの!?」
「こ、の個数が多いぞ、星宮」
「いえ、しかし……!」
薄暮――冒険者用品、特に武器において、日本における最高峰の一角であるブランド。
武器といえば、でまず真っ先に名前が挙がるのは、この薄暮でしょう。
そんな、冒険者からの憧れの強い武器屋に、現在私たちは来ております。
「もしかして、私の武器をここで選ぶと、そうおっしゃるのですか?」
「そうだけど」
「はにゃあああっ!?」
本日のお出かけの目的は、私の武器の調達。
先の大侵攻で壊れてしまった剣と盾を買うために来ております。
ちなみに、あのときお借りして壊してしまった隆之様の槍については、しっかり弁償をいたしました。隆之様は「命を助けてもらったんだから武器のひとつやふたつ構わないさ」とおっしゃりましたが、お借りする際に、壊した際には弁償いたしますと宣言した手前、それを反故にするわけには行きませんからということで押し切りました。
……と、それはさておき。武器の調達をするということはよいのですが。よいのですが!
「だからといって、薄暮ですの!? 私のランクから見るに、分不相応では!?」
「それを言い出すと、鈴音の防具もそうなるが」
ぐぬぅ、と。思わず声が漏れてしまいます。
私の防具は、スターマイン製。無論、一級品です。
スターマインも、薄暮と同列に扱われることがしばしばある冒険者用物品のメーカーではあります。ただ、性格として、元が服飾品を扱う企業だったというルーツを持つスターマインは、どちらかというと防具に注力しております。
そのため、先述のとおり、武器で一級品を見繕うならば、薄暮というのは真っ当な判断、なのですが。
「だからといって、薄暮はやりすぎではありませんこと!?」
「まあ、その意見自体は間違ってはないな」
ただでさえ、防具だけでもランク不相応なところに、武器までとなってしまうと。なんだかこう、成金冒険者っぽいというか、なんというか。
「実際、実力不相応な武器を扱うことは、むしろ自分自身を危険に晒すことになりかねない」
「それは! そうかもしれませんが!」
そうじゃない、気にしていることはそこではない。という気持ちを大にしてぶつけてみますが、しかし、月村さんには梨の礫。
とはいえ、月村さんのおっしゃることも正です。そもそも、この言葉は以前に月村さん自身がおっしゃっていたこと。
つまりは、現状の私には薄暮の武器は不相応であり、むしろ危険になる、ということになるはずなのですが。
もちろん、高いものが必ずしもいいものではないものの。真っ当な商品であれば、高いものには理由があり、人気や知名度は裏打ちされるだけの信用があります。
無論、薄暮もそれに外れることはなく。
「まあ、それこそ鉄みたいな金属をスパスパ斬れるような剣とかもこういうところならありはするが、当然だがそういうのは今の鈴音にはむしろ危険になる」
「ええ、そうでしょうそうでしょう」
なんでそこで自慢げになるんだ、と、月村さんからツッコまれてしまいますが、とはいえこのまま言葉を誘導して、別のお店に行くことを提案して――、
「だが、当然だがそんな武器ばっかり、というわけではない。一流のブランド、というだけはあり、様々な需要に対応した武器を売ってる」
そういえば、先の例示を挙げていたのは月村さんでした。そりゃあ、反例があることを前提としてお話されているに決まっております。
「今では、ある程度鈴音も自分の戦い方が定まってきたからな。それも含めて、ちょうどいい武器があるのがたぶん薄暮だから」
「むぅ……そういうことなら……」
丸め込まれたような気もいたしますが、とりあえず、お店の中に入ります。
ちなみに、こういったお店では、必ず入店時に冒険者証を提示することとなっております。まあ、ダンジョン内での使用を前提とした販売なので当然といえば当然ですが。
ところで、ここで私たちの冒険者ランクをあらためてたしかめておきます。
まず、私がDランクで千癒がCランク。そして、月村さんがFランク。
もちろん商品の価格はピンキリ、とはいえローグレードの商品でも文字どおり桁が違うのが薄暮です。
Cランク冒険者でも使っている方は少なく、それこそ、長期間の稼ぎを注ぎ込んでやっと、というようにして手に入れるようなものになります。
間違えても、一般的には他人に買い与えるようなものではありません。それがDランクやFランクの冒険者であれば、なおのこと。
もちろん、Dランク冒険者やFランク冒険者が持っているわけもなく。つまるところ、これによりなにが起こるかといいますと。
「…………申し訳ありませんが、他の店舗に向かわれたほうがよろしいかと」
店員の方から、怪訝な目が向けられることとなります。いえ、至極当然なことではあるのですが。
それこそ、支払い能力が見合ってもいないくせに冷やかしに来ただけの相手に見えていることでしょう。パッと目につくところにある商品を見るに、以前使っていた武器より桁がいくつか多いですし。
しばらく店員さんと月村さんが会話をされますが、正直まともに取り合われていません。まあ、この中で最もランクが低いのが月村さんだから、店員さんの感情も理解できるのです。……だって、そんな方がこの中で一番強いなんて、誰が思うのでしょうか。
「というか、空羽はいないのか? 今日に行くって伝えていたんだが」
「空羽様のお名前を出されても、私どもとしては」
なにやらよくわからない会話がなされて。月村さんが「……ううん、困ったな」と、そうつぶやきながら、仕方がないから別の店に向かおうか、と。そう出口に向けて踵を返そうとしたとき。
店内に、女性の声がまっすぐに通ります。
「こーおーらーっ! お客様のランクで選ぶなって言ってるでしょーが!」
「そ、空羽様!? いえ、しかし!」
店の奥側からの声に、同時、店員さんの口から先程の会話にあったお名前が飛び出してきます。
振り返ってみると、水色に黄緑の差し色の入ったのハーフアップ、少し小柄ながらに身体のメリハリがしっかりとある体躯の女性がそこに仁王立ちをされていました。
「とりあえず支樹、代表として代わりに謝っておくわね。ちゃんと、店長に教育するように言っておくから」
「空羽。いや、別にそこまで気にしなくても」
「いいえ、必要よ。そもそも、価格帯が高いからといって、下のランクの冒険者を排するなんてことがあってはいけないから」
空羽と呼ばれた彼女は小さく横に首を振りながらにそうおっしゃいます。
「高価であるのならば、むしろしっかりと見てもらわなきゃなの。冒険者にとっての憧れとなっているのならば、彼らにとっての活力の原動力となるために、これのためならば頑張れる、と。そう思ってもらう必要があるの」
高価であるからこそ、冒険者にとっては一世一代の買い物になることがありうるからこそ。憧れは、光を見せなければならない。
「冷やかし? それくらい歓迎よ。そんな程度で揺らいでいたら、そもそもブランドやれてないからね。むしろ、それで目指すきっかけとなってくれるのなら、未来への投資だし」
ニィ、と笑いながらにそうおっしゃる空羽様。
「それで? 今日はどんな用事?」
「ああ、武器を見繕いにな。……っと、その前にまずは紹介からか」
月村さんはそうおっしゃると、私のことを指し示して。
「こいつは星宮 鈴音。いろいろあって今面倒を見ている冒険者だ」
「よ、よろしくお願いします!」
流れで来るとはわかってはいましたが、ちょっぴり緊張混じりな挨拶になってしまいました。少し、反省です。
「それで、こっちが薄暮の代表をやってる宵待 空羽」
「よろしくね、鈴音ちゃん」
「はい。よろしくお願いしま――代表!?」
そういえば、先程の会話でも「代表して」ではなく「代表として」と言っていたり、「店長に言っておくから」ともおっしゃられていました。
でも、代表。代表ですの!? そんな方を、月村さんがお呼びしたんですか!?
案の定、千癒も表情こそ動いていないものの、動揺している様子が伺えます。
「鈴音はちょうど二ヶ月くらい前に冒険者になったばっかりでな」
「駆け出しじゃん。いいねぇ、青いねぇ」
「で、この間Dランクになったばっかりなんだが」
「おお、すごいじゃん。大躍進」
驚いている私と千癒を置いてけぼりにして、月村さんと空羽様が会話を進めていってしまいます。
「鈴音の戦い方の都合、武器自身の耐久力が欲しくてな。切れ味とか攻撃力より、耐久性があるような剣と盾を見繕ってほしい」
月村さんのおっしゃった言葉に「あっ……」と、納得いたします。
先日の大侵攻。体制が崩れた原因のひとつは、私の武器が壊れたことにあります。
もちろん、あのときは既に訓練を終えた帰り道に発生した事件であった、という背景はあり、武器自体が手入れを挟まずに継戦していた、という背景もありますが、当然ダンジョンや魔物がそんなことを配慮してくれるわけもなく、これから先も同様の環境になることは往々にしてありうるでしょう。
そして、私自身の戦闘スタイルは、言うなればしっかりと防御して、見極めて反撃、というようなもの。
その都合、どうしても武器――特に盾には負担がかかってしまいます。実際、受け方が強引になったという側面がありはしたものの、グラウンドベアとの戦いで先に壊れてしまったのは盾でした。
「なるほどなるほど。そういうことなら任せて。鈴音ちゃんに最ッ高にピッタリな武器を見繕ってあげるから!」
パチン! とウィンクを差し向けてくださる空羽様。
ありがたいことに、空羽様が武器を見繕ってくださるそ……うで……って。
「空羽様が直々に、ですの!?」
「うん、そうだよ?」
あっけらかんと言ってみせる空羽様。月村さんもその隣で「コイツの目利きなら間違いないしな」と。
もはや、半ば感覚が麻痺してきているような気がしていましたが、やはり、訂正いたします。
月村さんは、やっぱり変です。……いい意味、もありますが。




