#34
日曜日は、変ないちにちだった。
ダンジョンに潜っていたら星宮たちに出会うし。アイツの師匠? らしき人物にソロでダンジョンに挑んでいることを指摘されたとき。ひとりで問題ない、仲間がいても邪魔になるだけだ、とそう伝えたのに。なぜか星宮にはそれが伝わっておらず、ならば星宮と組みましょうという謎の論を展開された。
だが、あくまでそれきり。そのとき限りの話、でしかない。私にとっても、星宮にとっても、たまたま偶然クラスメイトが冒険者としてダンジョンに潜っているところに遭遇しただけ。
高校生の冒険者自体の数が少ないとはいえ、無いことではない。そんな、ありふれた話。
だからこそ、翌日の月曜日からも、いつもと変わりのない日々が始まる。
「小夜さん! おはようございます!」
――と、見積もっていたのだけれども。
朝。教室の自席に座っていると。目の前にうるさい声とうるさい顔がやってくる。
「……なに」
どうやら、私の考えが甘かったらしい。
不機嫌であることをあらわにしながら、私がジイッと睨めつけるも。彼女は気にする様子もなく「ただの朝のご挨拶です!」とそう言ってくる。
星宮が誰に対しても分け隔てなく挨拶をしてるのは知ってる。……が、友人以外にこうして席にまで直接やってきて挨拶している姿は見たことがない。
チラと周りの様子をうかがってみる。良くも悪くもお気楽な様子で話しかけてきている星宮とは対象的に、クラスの空気はピンと張り詰めていた。昨日、星宮と一緒にいた笹良と津々見も同様に、怯えや警戒の混ざったような視線をこちらに向けている。
無論、原因は私たち。
星宮は人気者だ。それこそ、このクラスにとどまらない程度に。
つまり。この空気は、私が原因。
クラスでの。いや、学校での私の認識は、つまりこういうことである。……まあ、自分自身の言動が理由だということは認識しているので、別に彼らがそう思うことにはなんとも思っていないけれど。
だが、大衆の認識がそうであるというのに。人気者である星宮の一挙手一投足は、多大なる影響を生み出すというのに。
この阿呆は、なぜかそこを軽々しく踏み越えて来やがった。
「ねえ、星宮。私は昨日、一緒する気はないと言ったと思うんだけど?」
「はい。昨日は、そうおっしゃられていました」
……なんだろう。ものすごく、変なところに、ついていてほしくないところに、強調がついていたような気がする。
「たしかに、あのタイミングでお誘いするのはよくありませんでした。笹良さんと津々見さんの護衛を行っている最中では小夜さんに負担をかけてしまうでしょうし、そもそもあのときの私たちはダンジョンからの帰還途中。そこから、補給も休憩もなしに再度ダンジョンに踏み込むというのは、好い判断とは言えないでしょう」
滔々と語っていく星宮。彼女の言うことも間違いではない。実際、冒険者でないふたりを抱えながらのダンジョン探索では私にも負担がかかるし。では先にふたりだけ帰すというのも、ダンジョンという環境上、結局私たちが付き添うか、星宮たちに同伴していた月村と千癒とかいうふたりに頼むことになる。前者は無論のこと、後者についても私や星宮の意識の中に「無事に出られただろうか」という考えが出るのは好ましいことではない。
そして、補給と休息についても彼女の自覚のとおり。無理についてくるのは危険だし、だからといって私がそれに付き合ってやる必要もなければ、それこそ、足を引っ張っているのと同義。
そういう意味では、間違ってはいない、のだけれども。
違う、そうじゃない。私が昨日に断ったのはそこが理由じゃない。
嫌な予感がする。星宮、私たちとは根本的に、少し視点がずれている。
「それに、私。よくよく考えてみれば、まだ、小夜さんのことを詳しく知らないということを思い出しまして」
「……は?」
思ってもみなかった星宮の発言に、思わず間の抜けた声を出してしまう。
続く言葉の想定は容易い。そして、それがとてつもなく面倒くさい、ということも。
だが、驚きもあってか。反応が一瞬遅れて。私が彼女の言葉を遮るよりも早くに。
「なので、小夜さん。ぜひとも私とお友達になってくださいませ!」
「……断る」
「どうしてですの!?」
これは、もしかしなくても。相当面倒なやつに目をつけられたのかもしれない。
「さーよさんっ! 一緒に音楽室に参りましょう!」
「ついてくるなって何回言ったらわかる?」
「それは前回の話ですもの! 今回はご一緒していいかもしれないじゃないですか!」
「前回だめなら今回もだめに決まってるでしょ。てか、高々移動教室なんだから笹良と津々見と一緒に行けばいいじゃない。私なんかじゃなくて」
「いいえ、小夜さんなんか、ではなく、小夜さんだから、ご一緒したいのです。それに、高々移動教室だからこそ、今度こそご一緒できるかと思いまして」
ちょっとした事件のように学内を駆け巡った月曜日の騒動から、今日で金曜日。星宮の様子はというと、見てのとおりである。
休み時間には勝手にやってきては喋り尽くし、移動教室ではわざわざついてこようとする。昼食までついてこようとするものだから、四限の終鈴後に速攻で教室から逃げ出している現状。
いちおう、ことあるごとに今みたいに抵抗をしてはみているのだけれども、地頭がいいのか育ちがいいからか、星宮は見た目の割に弁が立つ。普段からぽやぽやとしてみんなに愛されている姿を見ている限りでは、それこそ詐欺師にあっさり騙されていそうなものではあるんだけれども。
それでいて面倒なのは、本当に迷惑、というところまでは踏み越えてこないところである。
もちろん、私個人の感情でいえばそこそこ迷惑はしているのだけれども、見方を変えてみればクラスで孤立している人間に対して積極的に絡んでいる、という構図でもある。これでは強く否定しにくい。
それに加えて、星宮自身のアプローチも、決して行き過ぎない程度で収まる。机までやってきて喋っているときも私が「うるさい」と言えばちゃんと黙りはするし、移動教室だって「邪魔」と言えばしぶしぶではあるが帰っていく。要は、ちゃんと拒否をすれば引き下がる。……引き下がりやがる。
これで執拗にやってくるようなら、まだ言いようがあったのに。
はたしてこれを考えてやっているのか、それとも天然でやってみせているのか。……どちらのほうが、恐ろしいだろうか。
「…………」
「小夜さん、どうかいたしましたか?」
「チッ、なんでもないわよ」
分け隔てなく見せる、柔らかな笑顔。彼女が皆から愛されているのがよく理解できてしまうのが、絶妙にやりにくくて鬱陶しい。
仕方なく、今日も今日とてしっかりとした拒絶を見せると、星宮は肩を落としながらに笹良と津々見のところへと行く。……お前にはそのふたりや、それに限らずたくさんの味方がいるんだから、わざわざ私に絡んてこなくてもいいだろうに。
周りを見回すと、先程までのやり取りがあったからか、視線がこちらに寄っている。
だが、今までにあったような、私に対する警戒の視線ではない。
月曜日以来、このやりとりが常態化している。つまるところが周りの人間からしてみれば「またやってるなあ」というような感情が湧く。そういった視線が向けられることが多くなった。
周囲との距離がある、という状態は相変わらずではあるものの。この変化ははたしてどう捉えたものか。
なんとも言い難い感情をいだきつつも。なんにせよひとまずは、この阿呆の対処を早急にどうにかすべきであろう、という結論だけはたしかであった。
* * *
「むきゅう、今日も断られてしまいました」
まずはお友達から、と。そう思って小夜さんにいろいろとアピールをしてみたのですが、なかなかうまく行きません。
「あの、えと。大丈夫……です?」
「全く。鈴音もよくやるわねぇ」
私が音楽室でちょっぴりしょぼくれていると、両脇から笹良さんと津々見さんが声をかけてくださいます。
笹良さんは心配しつつも、どう声をかけていいのか迷いながら。津々見さんは繰り返し見た光景に呆れたような声音で。
それぞれ、違った形ではあるものの、心配を与えてしまっていることに少しだけ申し訳なく思いながら、改めて笑顔を作ります。
「ええ、大丈夫です。このくらいで諦めるような星宮 鈴音ではありませんから!」
そんな宣言に「おー!」と素直に感心しながら拍手を送ってくれるのは笹良さん。一方の津々見さんはというと、苦笑いを浮かべられています。
「まあ、鈴音が仲良くしたいっていうのなら別に止めはしないけどさ。なんでそこまで小夜にこだわってるの?」
「……ううん、私個人としてはこだわっている、というような意図はないんですが」
とはいえ、現状を言葉のままに並べて俯瞰してみれば、こだわっている……というか、それ以上にさえ見えてくるのもまた事実。
「どちらかというと、私はみなさんと仲良くなりたいだけなのです。せっかく、同じ学校の同じクラスになれたのですから」
もちろん、関係の浅い深いはあります。特別仲がいいという意味ならば笹良さんと津々見さんが該当いたしますし、他の方々でも、しばしば会話を交わす方もいらっしゃれば、基本は挨拶のみをする間柄の方もいらっしゃいます。
ですが、小夜さんは、そういった輪から外れている……というか。自分から離れているようなそんな気がして。
当然、そうしたくてしているというのならば、それは個人の自由ではあります。だからこそ、一学期の頃は私からも彼女にはあまり関わりに行かなかったですし。
ですが、今学期の頭に彼女からいただいたお言葉。そして、先週末にダンジョンで出会ったときの忠告。アレらを受けて、なんとなく、ではあるのですが。離れたくて離れている、というわけではないような。そんな気がして。
「もしそうなのならば、ぜひとも仲良くしたいな、と」
「いやいや、無いでしょ。あの一匹狼の小夜よ?」
「うーん、これについては、私も津々見ちゃんと同意見かなあ。……正直なところ、やっぱりちょっと怖いって気持ちが出ちゃうところはあるけど」
意外、というわけでもありませんでしたが、一対二の不利な意見な様子。民主主義なら負けていました。
「まあ、それ以外にも彼女が冒険者だとわかった、ということもありますが」
「だよね」
「だろうね」
もう一方の理由については言わずもがなと言わんばかりに笹良さんも津々見さんも頷きます。
小夜さんは今までも体育などでは、今の私と同じく、冒険者などが参加するグループでの授業ではあったのですが。しかしこちらのグループ、冒険者というくくりではなく、魔力保有者が参加する、が正式なルールです。
そのため、冒険者じゃないよ、という方もいらっしゃれば、冒険者だということを公言していないだけの隠れ冒険者の方もいらっしゃいます。
とはいえ、高校生として冒険者活動をしていることを隠す人も少ないこともあってか、てっきり小夜さんは冒険者じゃないと思っていたのですが。
まあ、ここまでの彼女の言動を加味するに、下手に冒険者であることを公言して取り囲まれたりしたくなかった、とかそういう感じなのかもしれません。……あれ、だとするとやっぱり他人と関わりたくないのでしょうか?
むむむ。
「てか、鈴音もここまで小夜に付きまと……関わりに行ってるのに、今週末にダンジョンに行こうとかは誘ってないんだね」
津々見さんがそうおっしゃられます。なにか、途中まで言いかけた言葉になんだか思うところはありますが。
「私も今週末は買い物の用事がありまして。……もし小夜さんのご都合がつくのであれば、ぜひともそちらにご一緒していただきたかったのですが」
誘ってはみたのですが、案の定、断られてしまいました。いわく、そんな遊んでる暇はない、と。
「見た目だけで言えば、小夜のほうが遊んでそうなものだけどね。……って、あんまりこういうところで判断すべきじゃないんだろうけど」
苦く笑いながらに津々見さんがそう言って。その隣で、なにやら別なことを考えていたらしい笹良さんが、はっとなにやら、気づいた様子で。
「ねえ、鈴音ちゃん。もしかして週末の買い物って、月村さんと行くの?」
「ええ、そうですが」
「つまり、デート、だね!」
「……はへ?」
数秒、思考が止まって。そして、だんだんと言葉が飲み込めてきて。
……ああ、そういえば、そうでした。
笹良さんは、恋バナが大好きなお方でした。




