#32
鈴音が走り出したかと思って、その姿をよく観察しようとすると。突然、月村さんの手に目隠しをされる。大きな反応を見せている笹良も隣にいて、どうやら彼女も同じ様子。
鈴音の活躍を見たかっただけなのに。別に、魔物の血を見るくらいなら問題ないのに、と。そう抗議をしようと思った瞬間。
「目を閉じろ。鈴音の姿を見逃したくないなら」
「……へ?」
半ば矛盾しているように聞こえるその言葉に、突然のことで少し反応は遅れてしまうものの。しかし、どうせ目隠しされている現状では代わりはないだろうと言われたとおりに目を瞑る。
そして、次の瞬間。目を瞑っていたはずだというのに、強烈な光が視界を焼く。
「もう大丈夫だ」
月村さんがそう言うと同時に、私は目を開く。塞がれていた手も外されていた。
そして、少しチカチカとする視界の先にあったのは、目が見えずに苦しんでいるゴブリンが、一体、二体、鈴音に斬り飛ばされている姿。
直後、別のゴブリンからの攻撃を受けて、改めて距離を取りつつ体制を整える。
五体いたゴブリンは、三体に減った。それでも数の不利は残っているものの。しかし、一切の緩みを見せることもなく、鈴音は的確にゴブリンたちの攻撃をいなしてみせる。
そして、彼女は言う。
「さあ、私が相手ですの!」
思わず、息を呑んだ。隣からも、同じ音が聞こえてくる。
鈴音が変わった、ということは理解していた。いや、理解していたつもりだった。
それでも、今、目の前の光景をこうして見せられて。認識が、それでもなお甘かったということを理解させられる。
格好がいいか、と言われると。正直、微妙なのかもしれない。なんせ、鈴音の動きは防御が中心。
けれど、たしかに目の前の鈴音は戦っていて。不思議と、視線が惹きつけられる。
「そろそろかな」
隣で立っていた月村さんが、そんな言葉をつぶやく。なんのことだろうか、とは思ったが。しかし、短い付き合いとはいえこれまでの経験から、なにかしらしっかりとした意味のあることだということはわかる。
そして、その予想が裏切られることはなく。防戦に努めていた鈴音が、直後に攻撃を受け止めたゴブリンに対して、カウンター気味に攻撃を差し込む。
確実な一手ではないにせよ、攻撃が通った。最初の奇襲を抜きにすれば、ここまでの戦闘で初めてのダメージ。ゴブリンたちは多勢である上に攻撃を繰り出し続けていたにも関わらず、未だダメージがなく。対する鈴音はただの一度で確実な一撃を見せた。
「これが、冒険者……」
笹良が、飲み込もうとした感情が、それでも湧き上がってきたかのようにして口から漏らす。まあ、私としても同感ではある。
「いちおう、念の為に。他の冒険者の方々に誤解のなきように訂正しておきますと、鈴音お嬢様の戦い方はどちらかというとイレギュラーではございます」
笹良の方にいた千癒さんがそう補足をしてくれる。
もちろん、冒険者によって戦い方の得意不得意があるというのは重々理解はしている。
千癒さん曰く、少なくとも駆け出しや、現在の彼女のようなDランク冒険者に多くいるタイプは、どちらかというと冒険者としての身体能力の補正やスキルを駆使した力押しをすることのほうが多いらしい。……まあ、気持ちはわからなくもない。そっちのほうが早そうだし。
「あと、人数の問題もございます」
「人数? ああ、そっか」
たしかに、よくよく思い出してみれば、冒険者はパーティを組むのが一般的だと聞いたこともあるし、だいたいメディア露出している冒険者も、リーダー格が多いとはいえつまりはパーティ単位である。
いちおう、現状では月村さんや千癒さんが同行しているとはいえ、今の戦い方はソロで戦っていると同義でもある。そういう意味でもイレギュラーではあるのだろう。
「ですが、この戦い方は、ある意味基本であり、そして全でと在ります。もっとも、格好はよくありませんし、他の冒険者からは好まれないやり方でもあるため、やらない……というか、やれない冒険者も多いですが」
特に、経験が浅かったり、低ランクの冒険者になればなるほどその傾向が強くなるらしい。
なんならば、ある意味BランクからAランクの昇格になってくると、上いけるかどうかになってくると、これを含めた他の基礎がどれだけ詰められているか、というところが境目になってくるほどらしい。……つまりはまあ、それくらいに下のランクでは、大切な事項が軽視されているということでもあるんだろうけど。
「突き詰めれば格好良くなるもんなんだけどなあ」
千癒さんの評に、月村さんがそう反応する。その口振りは、まるで見てきたかのよう。
たしかに、言われてみれば突き詰めた基礎の動きでも格好良く見える動画とかは見たことがある。おそらくはその類ではあるんだろう。
ただ、そこに至るまでの道のりは遥かに遠く、険しく、そして地味。ほとんどの人にはたどり着けないし、たどり着こうともしない。
けれど、鈴音はその道に。今、立っている。
「じゃあ、鈴音ちゃんもそんなふうになれるんですか?」
ふと、隣にいた笹良がそう尋ねる。
「それは鈴音の頑張り次第……と言いたいところだが、アレはそもそものスペックが異常だってのもあるからなあ」
少し苦い顔で言う月村さん。やはりこの言葉のとおり、彼の知り合いにそういう人がいるのだろう。
しかし、誰のことなんだろう。交友関係がわかれば、それこそ月村さんの正体に少しでも迫ることができるような気もするんだけど。
「ただ、鈴音は強くなるよ。あの子の冒険者への思いや向き合い方は間違いのないものだし。そのために、頑張ってる。俺も、可能な範囲でだけどサポートするしね」
「ええ、鈴音お嬢様は強くなられます。身内の贔屓目もあるかもしれませんが。間違いなく」
ふたりの先達から、鈴音はそう、保証される。
「それに、師が月村様ですしね」
「……えっ、それ関係ある?」
なんか蛇足風味に、ふたりはそんなやり取りもしていたけれども。……でも、そういえば月村さんが導いて教えていたからこそ、あの鈴音がここまでこれているのか。
基本にして全である一方で。格好のいいものではなく、冒険者たちがおざなりにしやすい戦い方を。冒険者という存在に憧れ、それこそ格好いい姿を目指していた鈴音に教えているというところでも、やはりいい師匠なのかもしれない。
当人にその自覚はないみたいだけど。
「さて、そろそろ決着かな」
そんな話をしている間に、戦局も終盤。もちろん、喋りながらではあるが、戦いの様子も見ていた。
うまく攻撃をいなしながらに少しずつゴブリンへとダメージを積み重ねていき。ついに、一体を撃破。残りの二体も攻撃を積み重ねられていたことで、かなりダメージを負っている。
私も笹良も戦いに精通しているわけではないけれども、こうなってしまえばどちらの勝ちに傾くかは一目瞭然。
そして、決着のその瞬間。不安定そうだった体勢から。しかし、しっかりとゴブリンを斬り上げたその剣先に思わず見惚れそうになる。
まあ、その直後。変な体勢から攻撃したからか、情けない声を出しながらに地面に突っ込んでた。どこか締まらないのも、ある意味鈴音らしくはある。
でも。
「すごい」
「うん……」
私の言葉に、笹良がそう同意する。これは、間違いようのない事実。
私たちの両脇では、腕を持ち上げていたふたりが、それを下げながらに鈴音のもとへと歩いていく。私たちも、それに続く。
……あれ、そういえばこのふたり、さっきしゃべってたときは普通に腕は下ろしていたような気がする。いつの間に動かしたんだろう。やっぱり冒険者ってすごいんだね――ってのは、あんまりにも大雑把な評価かもしれないけど。
* * *
「これで、一体!」
斬り飛ばしたゴブリンが動かなくなったのを見て、私はそう気を吐きます。
残るは二体。両方とも既にそれなりに削っているということもあり、あともう少しというところでしょう。
笹良さんと津々見さんには、こんな戦い方ばかり見せてしまって申し訳ないところはありますが、どうしてもこれが私の戦い方ではありますので。
絶えず襲いかかってきたゴブリンに対して攻撃をいなし、生まれた隙に対して判断をする。
少し遠いが、届かなくはない。うん、これならば、たぶんできる。
剣を構えて、そのままにゴブリンの背後を大きく斬りつけて、撃破する。これで、あと一体――、
その瞬間、背後に嫌な予感を感じて、慌てて振り返る。そこにあったのは、火球。
ここまで素の身体や周りの石や棒で攻撃をしてきていたゴブリンだったが、元々使えるのか、あるいはこの窮地で使ったのか。魔力によるスキルを行使してきました。
慌てて盾でその火球を受け止めますが、咄嗟の判断で受けたこともあり、姿勢が崩れます。
直接のダメージこそ食らってはいないものの、ゴブリンたちの側からしてみればここまでで一番の有効打。これはチャンスだと言わんばかりに、最後の一体が襲いかかってきて。
「……いい判断です。が、ここまでの戦いで癖は見抜きましたので」
たしかに、チャンスではあったでしょう。が、好機が発現するまでが遅かった。
ゴブリンの攻撃の性質は数的有利と素早さに依存している。しかし、既に四体が斃れている現状、数的有利はなく、素早さについてもここまでしっかりと攻撃を受け止めながらに観察してきたことで、その傾向は把握しています。
少々無茶な動きにはなりますが、後方に倒れていくその体勢から、思い切りに体を捻って、強引に勢いをつけて、剣で斬り上げます。
「ひゃうん!」
無理矢理に動いた都合、あとの行動には気を配れず、そのまま地面にこんにちは。
情けない声を出してしまいますが、とにかく、ゴブリンを斃すことには成功いたします。
これで五体。少々のハプニングはありましたが、斃すことには成功いたしました。
待っていていただいた皆さんの方を見ると、笹良さんは小さく拍手をしながら、津々見さんは少し驚いたような様子で、こちらへと視線を向けられていました。どうやら、しっかりと戦っているところを見せられたよう。
その一方で、その両脇にいらした月村さんと千癒は、構えていた体勢を解除している途中でした。おそらくは、私の最後の一瞬によるものでしょう。
「鈴音、お疲れ様」
「はい。……えっと、その」
「その様子だと、理解はしてるようだな」
月村さんの言葉に、私はコクリと頷きます。
笹良さんと津々見さんは、今の戦いになんの問題があったのか、と首を傾げられますが。しかし、この戦いは紛れもなく、私の負けでございます。
戦闘の終盤。少々、気持ちが緩んでいたところがあった、と。今ならば自覚いたします。
まだ魔物が二体いるというのに、やや無理な追撃を仕掛けようとした。それによって隙を生じさせたというのに、やや強引にカウンターに持ち込んだ。
そこから動くことができる手立てが組み立てられていたのならばまだしも、なにもなく地面に突っ込んでいた。……アレで、ゴブリンを斃すことができていなければ、私はゴブリンからの攻撃を食らっていたことでしょう。
張り切っていた、というのも事実でしょう。お友達である笹良さんと津々見さんにいいところを見せたかった、というのも事実でしょう。
しかし、いずれにせよ私の判断が甘かったというところに落ち着いてしまいます。
後ろに被害が行かないようにする、という戦闘要件であったというのに、月村さんと千癒に、いつでも救助に入ることができる体勢を取らせてしまった時点で、今の戦いは私の負けということになります。
「失敗することは良くないことではあるが、だめなことではない。してはいけないのは、それを見なかったことにすることだ」
今日の反省を、しっかりと次に繋げるように。
月村さんは、やや厳しくも優しい声音で、そう、言ってくださいました。




