#30
「あうぅ……疲れたぁ……」
夜。お泊りということもあり、入浴を済ませてから、お部屋でのみなさんとのおはなしのお時間。
ぺしょ、と。溶けるかのようにして、笹良さんがソファに横になります。私は苦笑いを浮かべながらにも、とはいえ、そうなるのも仕方がないでしょうと理解いたします。
「まあ、普段運動らしい運動をしていない笹良からすれば相当堪えただろうね。それこそ、笹良の身体能力って、前の鈴音よりちょっとマシくらいなもんだし」
「ええ、ええ。……あれ? もしかして私、今軽くバカにされませんでしたか?」
津々見さんの言葉に同意しながらに、しれっと含められた言葉に首を傾げます。
少々やりにくそうに笑う笹良さんと「いや、事実でしょ」と言ってのける津々見さん。……いえ、たしかに事実ではあったかもしれませんが。
「クラスや学年はおろか、学校イチで運動ができないんじゃないか、ってくらいだったからね。鈴音」
「うう、事実であっただけに、なにも言い返せません」
ふふ、これでも千癒から小学生並みとまで言われていたような人間ですもの。……まあ、全くもって自慢になるようなことではないですけど。
「そんな鈴音が夏休み明けに動けるようになってるし、その上、Dランクの冒険者になってるっていうんだから、みんなびっくりしたもんだよ。……まあ、言われてみれば夏休み前からちょっとずつ雰囲気が変わってきてたかな、って思うところもありはしたけど」
「それも、鈴音ちゃんがこうして頑張ってきたからなんだね……」
そんなことは、と。思わず反射で否定しかけますが。しかし、小さく首を振りながらに考えを落ち着けてから。はい、と。私は肯定をいたします。
今の私がいるのは間違いなく月村さんのおかけではありますが。その一方でここまで頑張ってきたのはまごうことなく、私の努力の結果でもあります。
それに対する評価は、正面から受け取るのが礼儀でしょう。
そんなことを話していると、ノックとともに千癒の声がします。どうやら、お茶を淹れてくれたようです。
私が応えを返すと千癒が入ってきて、用意してくれた茶器にハーブティーを注いでくれます。
お茶の準備を済ませた彼女はそのまま退席しようとしますが、せっかくなのでと私が彼女を引き止めます。
場違いではないかと言う千癒。たしかき、千癒は私よりか六つ歳上ではあるため気後れする気持ちもわかりますが、なによりも彼女は女性です。つまり、女子会に参加する道理があるということです! ……と、少し強引な言い分ではありますが。
まあ、単純にそちらのほうが楽しそうだと思った、であるとか。このような場で千癒と話すことは少ないため、ちょっぴり楽しみに感じた、というような事情もあります。
都合、茶器がひとつだけ足りない状態にはなってしまいますが千癒にも同席していただきます。
仕事ではありませんので、無礼講で構いません、とお伝えします。とはいっても、千癒ですから、いつもの口調のままではありましたが。
「しかし、月村さんは、本当に何者なのでしょうか」
再開された女子会にて、笹良さんがまずそう切り出します。
「それは本当にそう思った。今日に改めて顔とかを確認してみたけど」
「私や津々見ちゃんも、鈴音ちゃんほどではないけれど、それなりには冒険者については知ってるつもりだったけど。やっぱり見覚えはなさそうだったよ。……まあ、鈴音ちゃんが知らない時点でそうなんだろうとは思ってたけどね」
津々見さん、笹良さんのその評に、私はコクリと頷きます。
隣に座っていた千癒は相変わらず表情を変えませんが、しかし、少しだけ反応していた様子が伺えます。
まあ、彼女も私と同じく、月村さんの強さを見ているので、思うところがあるのでしょう。
「でも、実力については間違いありません。なんせ、あの私を夏休みだけでDランク冒険者にしてみせたのですから!」
実際に戦っているところについては、そういえばまだほとんど見ていませんが。しかし、私に対する実践指導などでその動きの良さについては見ています。
ちょうど、同じく月村さんの凄さを認知しているであろう千癒に対して賛同を求めると、彼女もコクリと首肯してくれます。
「正直、その実力がどの程度なのか、と言われても正確な把握が難しい程度です。諸事情で冒険者証を作り変えてしまっているので現在の月村様はFランクですが、それ以前が一体どのランクであったのかわからない程度には」
……そういえば、先日千癒は月村さんと一緒にダンジョンに潜っているので、私より実力を知っているんでした。
なぜでしょうか、ちょっぴり複雑な感情が湧いてきます。
「私や津々見ちゃんからしてみると、月村さんも千癒さんも、同じく凄いって感想しか出てこなかったんですけれど」
「無理もありません。自身の知りうる領分から外れてしまうと、優劣の判断が難しくなりますから。……私から見た月村様も、その範疇にいる、ということです」
流れるようにして言い放たれたその言葉。しかし、それが持つ意味、重さはまごうことがない本物でした。
なにせ、千癒も。書類上はCランク、実力上は月村さん曰くAランク並みの冒険者。そんな彼女が、自身の領域から大きく外れた――無論、上側に――範疇に月村さんがいる、と。そう言っているのです。
「そうなってくると、よりなんで私たちが知らないのか、ってことが気になってきますね」
「ついでに、なんで鈴音なんかの教師をやってるのかーってのもね」
笹良さんに合わせるようにして、津々見さんはカラカラと笑いながらにそうおっしゃいます。
私も「もう!」と言いながらに津々見さんの言葉に不服を示しますが。とはいえ、彼女のおっしゃっていることも真っ当な意見ではあります。
私の、というのは不服ではありますが、たしかに間違いのないことでもあります。なんせ、そんな実力者なのであれば、良くも悪くも御多忙な身であることが考えられます。それこそ、ダンジョン攻略から依頼への対応、メディア露出と大忙しの海未様であるとか。
……まあ、海未様は極端な例であるにしても、実力に比例して忙しさは変わってきます。
それこそ、私のようなただの個人の指導に充てる時間はないのが普通でしょう。
そういう意味でも、月村さんは不思議な方であると言えます。
私と出会ってから、その、お世辞にも忙しくはないように見受けられるというか。
冒険者証を作り直した現在はともかくとして。少なくとも、私と出会ってからの期間についても、忙しくはないように見えましたから。
「それでいて鈴音ちゃんがこの短期間でここまですごくなれるくらいには教えるのも得意みたいてすし」
「いやまあ、あの教え方については得意というかなんというか。半分はゴリ押しみたいなものだけどね。正直、月村さんや千癒さんがいるからこそ成立するトレーニング法だし」
実力がつくのは間違いないけどね、と。津々見さんが苦笑いを浮かべながらに言います。
実際、今日のトレーニング内容を鑑みると、月村さんや千癒の回復スキルを抜きにするならば、笹良さんはおろか、津々見さんですら、明日は筋肉痛で動けなくなっていたかもしれないとのこと。
そう考えると、ある意味では過剰ではあったかもしれません。今回の目的が明日のダンジョンだということを鑑みると。
「前に鈴音が冗談混じりで言ってたけど、本当にあるのかもねえ。サディズムの気」
「……月村様の体裁のために念の為に補足しておきますと。その気質があるかはともかくとして。いちおう、あの方が無茶に見える指示を出しているときても、合理性はありますよ」
半ばからかうような口調だった津々見さんに、千癒がそう返します。
「そうなのですか? 私のときは大急ぎで私の身体を間に合わせる必要がある、という事情がありましたが」
たしかに、もちろん今回においても万全を期すという意味合いでは合理性はあるかもしれませんが。良くも悪くも過剰という見方もできるわけで。
それこそ、必要なのであれば別日に分けてでも可能だったわけですし。
「もちろん、それを目的にするだけであれば、笹良様と津々見様に無理をしていただく必要はなかったかと思われます」
千癒のその言葉に、笹良さんが「やっぱりあれ、無理なことだったんだ」と遠い目を浮かべられます。
ええ、まあ。相当な無理ではあったと思います。
「では、なぜ月村さんはそんなことを?」
「それはひとえに、鈴音お嬢様のためです」
「……へ? 私の、ため?」
思ってもいなかった答えに、思わず素っ頓狂な反応をしてしまいます。
「はい。お嬢様のためです。より正確に言うならば、お嬢様が行っていたことを、ご学友である笹良様と津々見様に知っていてもらうため、というべきでしょうか」
「まあ、たしかに私と笹良は今回のことで鈴音がどんなことをしてたのかってことがわかったけど。それって、どっちかというと鈴音のためっていうよりかは私たちのためじゃないんです?」
津々見さんのその言葉に、私も笹良さんも首を縦に振ります。
しかし千癒は「もちろんその側面もありますが」と断った上で。それでも、私のためである、と。
「理由について、お伝えしてもいいといえばいいのですが。無粋でしょうし。それに、嫌でもそのうちにわかることではありますから、ここでは控えさせていただきます」
「そんな、千癒。教えてくれてもいいではありませんか」
「……お嬢様がどうしてもとおっしゃるのであればお伝えしますが。月村様がそこについては触れられておりませんでしたので」
要は、彼の意図を汲んだのだ、と。千癒はそう言います。むう、そう言われると、どうにも追及しにくいではありませんか。
まあ、彼女は続けて小さな声で「半分くらいは、空気感を意識してのことではあるでしょうが」ともこぼしていました。……要は、本当に言うのが無粋、ということなようです。
「そういうわけですので、笹良様も、津々見様も。わざわざ、本日の鈴音お嬢様のトレーニングにお付き合いいただいてありがとうございました」
「いえいえ、私なんて最後まで遅れっぱなしでしたし。……こんなすごいことを鈴音ちゃんがやってたんだなって知ることができましたし」
「そうそう。なんだかんだと文句を言うことの多い鈴音だけど。それでもやり切るあたり、相変わらずというか、さすがだなって思ったしね」
笹良さん、そして津々見さんが、そうおっしゃいます。
「それを、知っていただけただけでも。本日来てきただいて、よかったと。そう、思います。私も、月村様も」
ふたりの言葉に、うやうやしく頭を下げる千癒。笹良さんも津々見さんも恐縮をしてしまって少し慌てますが。しかし、それでも千癒はしっかりと感謝を伝えます。
彼女にとっては。そして、月村さんにとっても。それくらいに大切なことであったのでしょう。
「まあ、私たちにとっては明日のために必要なこと、だったわけたしね。って、そのためにも、そろそろ寝たほうがいいのかな」
津々見さんが、そうおっしゃいます。
お泊り、ともなれば夜更けまでの歓談が醍醐味とは聞きますが。とはいえ今日はトレーニングをこなしており、明日には実際にダンジョンに向かう。
それを考えれば、ちゃんと体調を整えるべき、ではあるでしょう。
「それではお嬢様。笹良様と津々見様。私はこのあたりで」
そう挨拶をして退室する千癒。私たちも、おやすみなさいと言って、彼女を送り出します。
「では、私たちもそろそろ就寝いたしましょうか」
実は夜中の秘密のお話も、ちょっぴり楽しみにはしていたのですが。とはいえ、安体調が第一、安全が最優先ではあります。
これについては、また別の機会に。ということにいたしましょう。




