#3
「月村さん月村さん、こちらです!」
「わかってるわかってる。別に急がなくても、俺は時間ならいくらでもあるから」
早速と言わんばかりに両親への挨拶を敢行しようとする星宮。まあ、面倒を見る条件として俺が付したことなので、これといってなにか問題がある行為というわけではないのだが。
ちなみに、呼び方が「月村さん」になったのは熾烈な交渉……と言う名の、ほぼただの言い争いがあった後の結果である。他にも先生とか師匠とかの候補が出てきて、ちょっと戦慄した。そんなガラじゃないっての。
しかし、自分から言い出したこととはいえ、出会ったばかりの相手の両親への挨拶となると、地味にハードルが高い。
それも星宮が異性で、かつ、お嬢様であるということもあって、なお高い。
これで「娘はやらん」的なことを言われたらどうしよう。別にそういう意図で挨拶に向かうわけじゃないんだけど。
いや、一番面倒なのは門前払いされるケースか。そしてこれについては星宮ががいいところのお嬢様っぽいということもあってなおのこと有り得そうではある。
というか、そういえば星宮がいいところの出だとすると、両親のご都合に合わせるという意味も考えると、たしかに星宮が言うように急ぐべきなのかもしれない。まあ、そもそも、この彼女がいいところの出である、というのはここまでの状況証拠から考えた推測でしかないのだけれども。
ただ、これに関してはほぼ確実ではあると思ってる。それでいて、たぶんそんなに急ぐ必要がない、というのも。
「とりあえず、出てきてもらって大丈夫ですよ。いちおう、あなたから見た敵ではないはずなので」
星宮に連れ出され、ダンジョン入り口の建物から外に出た直後。くるりと周囲を見回し、あまり人がいないことを確認してから、俺は両手を挙げながらに敵意がないことを示しつつ、そうつぶやく。
突然のひとり語りに星宮がコテンと首を傾げていたが。直後、俺たちのすぐ背後に近づいた存在の気配に「ひゃあっ!」と驚いた様子を見せた。
「ち、千癒!?」
現れたのは銀髪ボブヘアの女性。星宮の反応を見る限り、千癒というらしい。
まあ中々の美人さんではあるのだが。しかし、別のところにそれ以上に視線を奪われる。
頭にはホワイトブリム。そして服装は白黒のピナフォアドレス。
想像に容易いところの、いわゆるメイド服である。めちゃくちゃに目立つ。
これでよくもまあ先程まで気配を消せていたものである。結構な実力者だな? 多分。
まあ、彼女の立ち回りであるとか、星宮が千癒と名前で呼び捨てにしているあたり、おそらくは彼女の侍女なのだろう。
「その、えっと。千癒。これは……」
「鈴音お嬢様にもお話はたっぷりとありますが、ひとまずは、こちらの方から」
千癒と呼ばれた彼女はそう言うと、俺の方へと向き直る。
逐一の所作についても洗練されていて綺麗である。まあ、その程度の感想しか出てこないあたり、俺には全く無縁な世界なのだが。
なお、鈴音はというとお話がたっぷりある、と言われたことに対して「あうぅ……」と凹んでいた。まあ、説教ということだろう。
ちなみに、そんなことを言っている間も表情も常に一定、ずっと冷静な様相を浮かべている。
「ひとまず、鈴音お嬢様のことを助けて下さり、ありがとうございます」
「あー……まあ、ただたまたま近くにいただけですし」
これについては嘘ではない。全ての事実を語っているわけでもないが。
ちなみに、いちおうどこから知っているのかを確認してみると、俺と星宮がダンジョンから脱出して来たあたりかららしい。
俺が彼女の存在に気づいたのはその後で星宮と話しているときなので、俺が気づくよりも少し前からいたということになる。
……勘違いからいきなり攻撃を仕掛けて来られるとかにならなくてよかった。もちろん、そうなればさすがに直前で存在には気づけたとは思うけど。
「恩人だとは理解している一方で、不躾な質問で申し訳ないのですが。どちら様でしょうか」
「自己紹介がまだだったな。月村 支樹。本当に偶然、たまたま星宮が誘拐されそうになっているところに遭遇しただけのただの冒険者だ」
「私は鈴音お嬢様の側仕えをしています、千癒と申します。よろしくお願いします、月村様」
丁寧な所作でお辞儀をしてくる千癒さん。俺も慌てて同じようにお辞儀をする。
ちなみに、千癒さんにも同様に様付けしなくていいと伝えたのだが、星宮以上の強情さで頑なに「月村様」と呼んでくる。
やめてくれ、せっかく様付けが取れた星宮までもがまた様付けしながら呼んできたらどうしてくれるんだ。
そんな会話を挟みつつも。ひとまず、ここまでの経緯を説明する。
正直、証拠らしい証拠は提示できないために多少怪訝そうな視線を差し向けられはしていたものの。ひとまず、なんとか納得はしてきただけたようではある。
なお、星宮もなんとかフォローをしてくれようとはしていたものの。残念かな、この状況では彼女の言葉には説得力の類はない。
俺にまんまと騙されている可能性もあるしね。……まあ、俺としてはちゃんとした警戒心を持った人間が出てきてくれてありがたいところではあるのだけれども。
「ち、ちなみに。家は今、どのような状況で……?」
ふと気になったのだろう、話がひとしきり片付いたということを見るや、星宮が千癒さんに向けてそう尋ねた。
「それはもちろん、鈴音お嬢様がいなくなったことで大騒ぎに――」
千癒さんがそう言ったとほぼ同時、星宮の顔がサアッと青くなる。まあ、自分の行動でとんでもない自体が引き起こっていると理解したのだから、当然の反応ではあるのだが。
「ならないように、うまく取り繕いながら、私ひとりでお嬢様を捜索していました。……まさか、隠れてダンジョンに挑むだなんてことをするとは思わず、ここまで辿り着くのに時間がかかってしまいましたが」
どこか呆れたような様相で千癒さんがそう言う。どうやら、なかなか彼女も苦労をしている人物らしい。そしてそれでいて、星宮という人間に長く付き合ってきたのであろうことも理解できる。
ちなみに、現在の星宮は千癒さんの同伴で外出している、という体裁になっているらしい。……はたしてこれを褒めるべきかはともかくとして。本当に仕事ができるというか、おそらくは、慣れているのか。
「まあ、さっきの話を聞いていたのなら話が早くて助かる。星宮の両親に色々と挨拶をさせてほしいんだが」
「……お嬢様は差し上げませんよ。もし欲しいというのであれば、まずは私を倒してから」
「違うよ!? って、さっきの話を聞いてたのなら知ってるよね!?」
俺がそうツッコむと、千癒さんは「冗談です」と、表情ひとつ変えずに言ってくる。
さっきからそうだが、本当に表情の変化がないな。おかげさまで冗談からどうかがわかりにくい。
「私個人としては、どこの馬の骨ともわからない相手を簡単に面通しするわけにはいかないのですが、私がどうこうせずともお嬢様がどうにかするでしょうしね」
「……その無茶なわがままを諌めるのが千癒さんの役割なのでは?」
「否定はいたしませんが、こうなったお嬢様はテコでも意見を変えませんので。……物理的に動かすことはできますが」
とはいえ、それでは根本的な解決にならないというのも事実。
「それに、ご両親はもちろん、ご家族の皆様は鈴音お嬢様のことを溺愛されていらっしゃいますので。一介のメイドである私が多少口を挟んだところで、お嬢様が望めばそれが叶うでしょうし」
「ふっふっふっ。甘やかされて生きてきた自覚はありますわ!」
ドヤァ、と。胸を張りながら言う鈴音。
なにがとは言わないが、あんまりないな、とか思ってない。思ってないから、冷ややかな視線を向けるのはやめてください千癒さん。
「星宮。多分それ、自慢げに言うことじゃないぞ」
「……ぐう」
ぐうの音って出ることあるんだ。
「皆様のご都合もあるでしょうし。ひとまず、連絡を入れてみます。その上で、日程調整を……あら?」
ここまで一切表情の変わることのなかった千癒さんの表情が、少しばかり変化する。
「……すぐに、月村様をお連れしてくるように、と。そう、返事が」
千癒さんの案内、もとい運転のもと、星宮の実家に向かう。
いわゆるリムジンという車だろうか。めちゃくちゃ長い車に乗った。初めてだ。
やはり、いいところのお嬢様だったのだろう。侍女もいるし、車も豪華だし。
「もう間もなく到着いたします」
運転中の千癒さんがそうアナウンスしてくれる。
近づいてくる面会の時間に、なおのこと緊張が強まっていく。
「月村さん。大丈夫ですわ! みんな、お優しい方々なので!」
「……そうだな」
緊張を感じ取ったのか、星宮がそうフォローをしてくれる。
いちおう返事はしたものの、気休めにすらなっていない気がする。というか、むしろ緊張が強まる。
星宮の立場からすると、みんな優しく感じるのだろう。なにせ、千癒さんの話を聞く限り彼女はめちゃくちゃに溺愛されているらしいから。
そんな家族の視点から今回のことをで考えてみると、どこから湧いて出てきたともしれないやつが、溺愛している彼女の面倒を見させてほしいと言いに来ているわけである。
正直、めちゃくちゃ怖い。
マジでなんで唐突な呼び出しを食らってるんだよ。……いや、俺と星宮の立場からも話があるから都合がいいといえば都合はいいんだけども。
そして、その事実に気づいていない星宮は、無邪気にこちらに笑みを浮かべてくれている。
ありがとう。微塵も安心できないけど、心配りは受け取るよ。
しかし、星宮か。どこかで聞いた覚えがあるんだけれども。いったい、どこで聞いたんだったか。
「……ん?」
考え事をしながらに、車の外を眺めていると。ちょうど星宮の実家についたのだろう。いかにも豪邸という様子の家へと車が乗り入れていく様子を中から見ることになるのだが。
しかし、その家に。どうにも見覚えのあるマークが見える。いや、マークというよりかはどちらかというと。
「ロゴ……? たしかあれは、スターマインのロゴ、だよな」
俺自身お世話になっているから覚えている。冒険者用の装備の開発、販売を行っている企業のロゴだ。
他のブランドと比較して高額な商品は多いが、その一方で性能に関しては価格以上。
日本でダンジョン用の装備を整える上で値段に糸目をつけないのであれば、まず第一択に入ってくるのがスターマインである。
また、そのデザイン性についても評価が高く、女性人気も高いとかなんとかって話を海未から聞かされた覚えがある。なんでも、元々はアパレルブランドで、社長兼デザイナーの名前は、たしか、
「まさか、星宮。お前――」
「鈴音お嬢様、月村様。到着いたしました」
俺の質問よりも先に、千癒さんがそう伝えてくる。
聞いておきたい気持ちもなくはないが。どちらにせよ、ここまで来るとほぼ確定だし。
なにより、わざわざ聞かずとも、すぐに答え合わせはできる。
「いきなり、わざわざ呼び出す形になってしまって済まない。娘が世話になったときいているよ」
リムジンから降りた俺を出迎えてくれたのは壮年の男性。程よく髭を蓄えた、イケメンであった。
「ふむ。月村、と聞いてもしかしてと思ったが。どうやら、正解だったようだね」
車から降りてきた鈴音が「お父様!」と声を上げる。
……と、いうことは。間違いない。
「まずは、挨拶からさせてもらおう。私は星宮 弓弦。スターマインの代表だ。よろしく頼むよ、月村 支樹くん」
どうやら、流れののうちでいつの間にやら、知らず知らずに相当な相手を助けていたらしい。




