#28
「あれは……」
千癒さんと連れ合ってのダンジョンからの帰り道。第一層に差し掛かったあたりで、少し見覚えのある衣服が見える。
たしか、あの少女が身に着けているのは、鈴音の通っている高校の制服であろう。
一瞬鈴音がいるのかと思ったが、顔を見れば別の人物であるようだった。まあ、今日は行かないということを約束しているので、さすがの鈴音も来ないだろう。そもそま、ひとりでは行かないという弓弦さんとの約束もあるし。
「昨今では、学生の冒険者も増えましたね」
「そうですね。俺らの頃でもいはしましたけど」
というか、俺や海未がその当事者ではある。……が、今に比べてみるとそれなりに珍しい存在でもあった。
返して言うと、今では学生冒険者は比較的一般的な存在になりつつあるということである。
浅い層であればある程度の環境が安定しているたいうこともあり、お小遣い稼ぎ程度としてアルバイトのように行っている学生が多いのだという。
もちろん危険はあるし、どれくらい稼げるか、については本人の努力や活動量に依存するところではあるが、アルバイトとは違ってタイミングや拘束時間に自由が効くことや、冒険者のメディア露出の増加による憧れの増加などから、それなりに人気があるらしい。
まあ、いいことばかり、というわけでもないらしいけど。
それに、見受ける限りでは単独でのダンジョン探索。彼女の実力がどの程度かがわからないのでなんとも言い難いが、学生冒険者ということは大半は初心者から駆け出し程度が多い。
このあたりの魔物ならまだマシではあるが、少し心配である。
……と、そんなことを考えていると。
「月村様」
「はい、どうかしましたか? 千癒さん」
呼ばれて振り返ってみると、そこには、どこか申し訳なさそうな表情をした千癒さん。
「帰ったとき、もし、お嬢様から問い詰められてしまった場合は、その」
「……ああ、なるほど」
鈴音と同じ高校の制服の少女がいたということは、鈴音も自由時間になっている、ということ。
そういえば、今日は始業式だけなのだから、そろそろ帰っていてもおかしくない時間帯である。
送迎自体は別の侍女の方にお願いしているらしいので、千癒さんがここにいること自体は問題はないのだろうけれど、問題になるのは俺と千癒さんが一緒にダンジョンに行っているということ。
自分は行けなかったというのに、ふたりだけで行くだなんて、と。そう言われてしまう可能性がある。
いちおう、別な言い訳をすることができなくはないが、いずれにせよ千癒さんと一緒に出かけていたということは誤魔化しにくい。そうなれば、どちらにせよ鈴音からは文句が飛んでくることだろう。
「まあ、そのときは俺も頭を下げますから」
「すみません、私が誘ったというのに」
「大丈夫ですよ。どうせ、俺も暇をしてましたから」
それこそ、やることがなくてほっつき歩いていた結果、ひとりでダンジョンに行っていた可能性だってあるわけで。
これが冗談でもなんでもなく、鈴音と出会ったときの経緯なのだから、一種の職業病のように思えてくる。
「……あの、月村様。今のような話をしたあとに、するようなことではないと思うのですが」
「はい、なんでしょう?」
どこか、ほんのりバツが悪そうな。いや、あるいは。良くないことだと理解しつつも止められない、というような表情を浮かべながらに。
「もし、よろしければまた、こうして一緒にダンジョンに潜っていただけますでしょうか。私自身、こうしてきちんとダンジョンに挑むのは久しいということもありますし」
「もちろん、俺で良ければいつでも付き合いますよ」
* * *
「もう、月村さんも千癒も、私を置いてダンジョンに行くだなんて!」
お昼過ぎ。高校で始業式を終えて帰ってきたはずの私より遅くに戻ってきた月村さんと千癒の前に立ちながら、私はそう言います。
揃いで帰ってきたからどこかに出かけていたのかと思えば、なんと、私を置いてダンジョンに行っていたというではありませんか!
ぷんすこ、と。はしたないと言われようとも、私は不満をあらわにいたします。
ええ、わかってはおりますとも。別に、月村さんにとっても千癒にとっても、特段行動を制限されるような時間でもなければ、別にダンジョンに行ってはいけないというような事情があるわけでもなく。私の不服が理不尽なものであるということは。
けれども、それはそれとして、私は平日のダンジョンが制限されているというのに。という感情を抱かないわけではないのです。……もっとも、私と月村さんたちでは、学生か否かという最大にして正当な理由の違いがありはするのですが。
とはいえ。もちろん不満もちょっぴり抱きはするものの、それ以上に嬉しくもあります。
月村さんも千癒も、私にとってはどちらも大切な方々。そんなおふたりが仲良くしているというのは、私にとっても喜ばしいことではあります。
始まりが始まりなだけに。主に千癒の側からの評価が長らくに亘って、悪印象ではないにせよ、好印象というほどでもない、というような状況が続いていたので、それが改善された、と考えると大きな進捗と言えるでしょう。
「……ですわよね?」
それにしては、少し距離が近いような気もいたしますが。まあ、仲が良いに越したことはないでしょう。ええ。
「そういえば、月村さん。お話は変わるのですが、少しご相談がありまして」
私はそう切り出して、今日のお昼に笹良さんと津々見さんのおふたりとしていたお話についてを――主には、おふたりが月村さんとお会いしてみたいというお話についてを共有いたします。
「もしよろしいのであれば、次の土曜日か日曜日にでも調整をさせていただきたいのですが」
「俺は別に構わないけど、相手の子たちや鈴音はいいのか? いちおう、貴重な休日なわけだけど」
別に月村さん自身はこれといって用事があるわけではないので平日の放課後などでも大丈夫だけれども、と。そう仰っしゃりますが。しかし、私としては休日であるほうが都合がよくあります。
約束の都合、学業がある期間については、私は原則休日にしかダンジョンに向かえません。
だからこそ、
「……つまり、俺に紹介するのと一緒に、そのふたりもダンジョンに連れて行ってやりたい、と」
「そうなりますの!」
なんだかんだとお話をしていく過程で、おふたりとも、ダンジョンがどんなところなのかということに興味を持っていただいたため、できるならば是非に、とのことで。
「もちろん、ダンジョンが危ない場所であるということは大前提で。その上で、月村さんがもし大丈夫だと仰られるのであれば。もちろん! 私もできることは協力いたしますの!」
それこそ、渋谷マルハチのゲート周辺であれば比較的安全、ではありますし。そういうところだけでも、どうにか行けないでしょうか。と、私はそう尋ねます。
「……別に、冒険者になろうとか、そういうわけじゃないんだよな?」
「は、はい! どちらかというと、私がどんなことをしているのか、ということを知りたいとのことで」
私の回答を受け取ると、月村さんは「どう思います?」と千癒に意見を尋ねたりしながら、少しの間考えて。
「まあ、そのふたりを安全に、ということ自体はたぶん可能だ。それこそ鈴音の言うとおり、そもそもマルハチのゲート周辺は一般開放されているくらいだし」
「であれば!」
「ただし、鈴音も知ってのとおり、ダンジョンに絶対はない。なにがあるか、なにが起こるかは、その時々で大きく変わる」
月村さんのそのお言葉に、うぐ、と。思わず声に詰まってしまいます。
そう。マルハチのゲート周辺であれば、ほぼ確実に安全、ではあるものの。それは絶対ではない。それを見越して月村さんや千癒に助力を得たとしても、ダンジョン内でなにが起こるのかということが不確定である以上、絶対の保証はできない。
「もちろん、俺や千癒さんも可能な限りでは協力するし。もちろん、鈴音にも頑張ってはもらうけど。それ以前におふたりのご両親から許可があること。それから、土日の両日が潰れること。その条件なら、俺は引き受けるよ」
「土曜日と日曜日、両方、ですの?」
「ああ、万全を期すためっていうのがひとつの理由。あともうひとつは、もののついでではあるんだけれども、せっかく友達が鈴音のことを知ろうとしてくれてるんだし。存分に知ってもらおうかと」
そう、仰られる月村さん。
私としてはおふたりのご都合がつくのならば問題はないのですけれども。
「あの、月村さん? その、お手柔らかに、ですわ?」
どうにも、彼のその表情が。いつか見かけたことがあるような。
なんとも、嫌な予感がする、そんな表情に見えてしまうのですが。
「うんうん、わかってるわかってる」
……気のせい、ではありませんわね。これは。
* * *
時間は流れて、土曜日。鈴音の友達のふたりはしっかりと両親からの許可を得つつ。なんならば、土日の両日を使って、という俺の提案もあって。それならばお泊りをしようということにもなったらしい。
そして、先程来訪を報せるチャイムが鳴って、鈴音が千癒さんを伴いながらに玄関へと出迎えに行った。
俺もついていこうとしたのだけれども「月村さんはここで待っていてください」という鈴音の言葉もあり、応接間で待っている。
……いや、よくよく考えれば別に家主でもなんでもないのにこうして出迎える立場なのは、合ってるのか?
そんなことを考えながらに待っていると、そのうちに扉の向こう側から女性の声が複数聞こえてくる。
そうして、ガチャリと扉が開かれると、そこには見知った鈴音と千癒さんの姿以外に、ふたりの少女が立っていた。
「お待たせしました、月村さん! こちら、私のご学友の笹良さんと津々見さんです! そして、私の先生である月村さんですの!」
間に入りながら、パッパッ、と紹介を進めていく鈴音。
「よ、よろしくお願いしまひゅ! うぁ……噛んじゃった……」
「もう、笹良は。……ああ、はじめまして。私は津々見。で、恥ずかしがって俯いてるのが笹良。よろしくね、えっと、月村さん?」
「ああ、よろしく。笹良さんと津々見さん、でいいのかな」
緊張と恥ずかしさからまだ立ち直れていないらしい笹良さんと、そんな彼女をフォローする津々見さん。
津々見さんはひとしきり挨拶を済ませると、じいっ、と。俺のことを覗き込んでくる。
「……なんか、思ってたよりかは普通って感じの人なんだね。鈴音があれだけ言ってるからどんな人なのかと思ってたけど」
「もう、津々見さん!?」
なるほど、彼女の視線の理由はそれか。
「まあまあ、言ってもただの冒険者だからね」
ハハハ、と。笑いながらに俺が適当にそう流していると、なぜか千癒さんからジトッとした視線が飛んでくる。
いや、ただの冒険者、で間違いはないだろうに。海未なんかと違ってメディア露出なんかをしているわけではないので、これといって見目に気を使う必要もないし。
あれやこれやと俺のことを観察していた津々見さんだが、それなりに満足したのか「なるほどなるほど」と言いながらに彼女が離れると。
「あの、えっと。月村さん」
今度は、おそるおそるというような声音で、笹良さんのほうが話しかけてくる。
「いちおう、鈴音ちゃんから言われたとおり、必要なもの? は持ってきたのですが。これはいったい……?」
そう言いながら、彼女は提げていたボストンバッグへと視線を落とす。お泊まりを兼ねているということもあり、着替えなども入っているであろうそのかばんには。俺が指定したものも、どうやらちゃんと持ってきてくれているらしい。
「まあ、心配しなくともすぐに使うから、大丈夫」
「…………?」
要領を得ない俺の発言に、笹良さんと津々見さんは首を傾げる。
なんとなく、この後に起こることを察した鈴音は、諦めのこもった遠い視線にほのかな憐れみを混ぜていた。




