#27
「……ダンジョン?」
「だめだったでしょうか?」
「いえ、別に問題ないですよ」
どこに行くのだろう、と。そんなことを思っていると、到着したのは渋谷マルハチダンジョン。通称マルハチ。
まさかここに連れてこられるとは思っていなかったために、素っ頓狂な反応を見せてしまう。
まあ、強いて言うならば、鈴音には平日にダンジョンでの活動を制限しておきながら、こうして俺と千癒さんだけで行っているのがバレてしまったら、彼女からの不満を買いそうだなあ、と思った程度。
「武器と防具は持っていますよね?」
「まあ、もちろん保管庫は使えるので」
冒険者協会からの公表の汎用スキルとして、Cランク冒険者から扱えるようになるスキルに、保管庫というものがある。
どこでも出し入れ可能な便利なポケットを想像して貰えればそれで大方間違いはない。
非常に有用なスキルではあるので多くの冒険者から需要の高いスキルではあるのだが、難点として、保管庫に格納している量に比例して使用可能な魔力に制限がかかるという特性がある。イメージとしては、本来魔力を入れておくところに物を格納しておく、というような感じだろうか。だから、仮に保管庫の中の物品を外に出したからといって、即座に魔力が回復したりもしない。
それゆえに便利なスキルである一方、なんでもかんでもむやみやたらに保管庫に格納していくとだんだんと自身の首を絞めていくことになる。
そういった判断ができるように、かつ、使用しても問題ないであろう魔力を有しているかの基準として設定されたのが、冒険者協会からの使用方法の開示条件のCランク以上、である。
……まあ、協会としては大侵攻などのダンジョン災害発生時に応召義務が発生するCランク以上の冒険者――Cランクは最低限しか呼ばれないとはいえ、最悪の場合に動かせる人手――を確保したいという意図もあるのだろう。
冒険者側からしてみても、保管庫のスキルは非常に強力なものだったりする。だから、基本的には呼ばれないにせよ、緊急時には応召義務が発生することを織り込み済みでCランクまで上げてからそこでランクを止めている人も多い。千癒さんが、まさしくその代表例であろう。
まあ、別にCランクに上げる利点は保管庫だけではないけれど。
ちなみに、Cランクに上がらなくても保管庫を使う抜け道はありはする。
実際、今の俺がFランクであるのに保管庫を使えているように、スキルの使用方法についての照会にランク制限があるだけで、スキルの使用自体には別にランク制限はない。
というか、制限する方法がない。冒険者にとっては、ある意味身体機能のひとつともいえるスキル。それの行使を制限するだなんて手法は現在見つかっていない。
だからこそ、保管庫の使い方を知っている冒険者から、使い方を教えてもらう、というやり方をすれば、Cランクに満たなくとも保管庫は使える。
だが、多くの冒険者にとっては応召義務というデメリットを受け入れてでも手に入れる価値がある、というようなスキルである都合、それをCランク未満の冒険者が使っている、という様子は周りからはあまりいいようには映らない。
いちおう、見た目だけでは周りからはランクの判断は簡単にはつかないとはいえ、念の為に陰で保管庫を使って、武器と防具をじゅんびする。
「お待たせしました、千癒さん」
「いえ、こちらのわがままに付き合わせてしまっているだけなので」
事務的にそう言う彼女を伴いながら、ダンジョンのゲートに向かう。前回と違い、今回はちゃんと冒険者証を持っているので入口の係員に提示して、入る。
一瞬、係員の人が俺のランクと装備の質が見合っていないことにギョッとしているのが伺えた。……まあ、うん。Fランクが持っているような装備じゃないだろうからね。いちおう。
「んー、鈴音と出会ったとき振りに来ましたけど、風が気持ちいいですね、ここは」
ぐいっ、と。身体を伸ばしながらそう言う。
比較的第一層は魔物も少なく、かつ、弱い。
そのため、初心者冒険者がある程度入っていれば十二分に事足りるどころか、むしろ魔物の量が足りずに取り合いになねないレベルであり、それゆえに、入口付近は一般人からしてみると割と都合のいいピクニック場所になっている。実際、平日だというのに今日もそこそこの人数が見受けられる。
東京渋谷という場所で、草原と丘陵がひろがっており、場所によっては小川もある、というような環境は貴重ということもあるのだろう。
「それでは、奥に向かいましょうか」
そんな彼ら彼女らには目もくれず、千癒さんはずんずんと奥地へと足を踏み入れていく。
たしかにマルハチは比較的安全なダンジョンではある、が。それはあくまで第一層は、という話。
第二層あたりまでならばまだしも、そこから先についてはかなり難易度が跳ね上がる。
それ以外でも、同じ階層であっても、平地と森の中では出てくる魔物の質が大きく変わる、というような特性もあったりする。これは、他のダンジョンでも同様だが、マルハチは特にそれが顕著。
とはいえ、冒険者証の券面上はFランクとCランクではあるものの、実態としてはそれらに見合っていない俺と千癒さんにとっては、余程奥地に進まなければそうそう変わったりするようなものでもない。
気をつけつつも、ダンジョン内を進んでいき、マルハチ第五層。推奨ランクはCランク。
ここまで来るまでに既に、というお話ではあるが。もはやピクニックをしていたような様相はどこへやら。普通に魔物が跋扈している様子が伺える。
「そういえば、どうして今日は一緒にダンジョンへ?」
ふと、そんな率直な疑問を口にした。実際、俺としては別に暇をしていたから問題はないのだけれども、しかし、突如として彼女と一緒に潜ることになるとは思わなかった。
話を聞けば、始業式後の鈴音の送迎についても他の侍女に代理をお願いしてまでこの場を作ったとのこと。鈴音第一の彼女がそこまでして、と。少し驚いた。
「……それこそ、私の個人的な欲求によるものではあるのですが、月村様と一度一緒にダンジョンに潜ってみたいと思っていましたので」
「なんで俺なんかと?」
「なんか、ということはないでしょう。なにせ、《海月の宿》に所属されていたのですから」
「元、だけどね」
苦笑いを返しながら、しかし、納得する。
阿蘇ダンジョンでの一件をきっかけに、千癒さんには俺が《海月の宿》所属であったことがバレている。あと、彼女の恩人でもあったらしい。
無名のメンバーとはいえ、曲がりなりにも日本最強パーティの一員だったのであれば、その実力は如何ほどものか、ということが気になるのは、たしかに道理が通っている。
ちなみに、彼女はあの時の宣言どおり、俺の元所属のことについては鈴音に伝えずにいてくれている。
それはさておき、互いの実力をある程度正確に認識しておくのは、この先大切なことだろう。まだまだ、鈴音を伴って一緒にダンジョンに入ることになるだろうし。
そういうことならば、できる限り頑張ってみよう。せめて、千癒さんから失望はされないように。
……まあ、《海月の宿》のメンバー、ということがわかっている都合、期待値が上がっちゃっているから、もしかしたら難しいかもだけど。
* * *
なんて。見当違いなことを考えているのでしょう。
月村様の横顔を見ながら、そんなことを思う。
……彼とそれなりに付き合ってきたこともあり、ある程度の性格は理解してきた。
彼の実力が知りたい、体感してみたい、というのは事実だし。それが、これから先にダンジョンに潜る先のことを考えると、利があることだというのも間違ってはいない。
だが、彼の実力について、失望するだなんてことは、もはやありえない。
阿蘇ダンジョンでの異常規模の支援スキルを見せられておいて、あれに魅せられておいて。そんな判断をしろという方がむしろ無理がある。
実際、なんなら現在の私の、彼に対する評価基準が壊れてしまっているレベルである。
まさしく、規格外。
現に、めちゃくちゃに戦いやすい。
推奨ランクがCランクの場所なので実力に対してある程度の余裕がある、ということはあるけれども。それでも、ここまで戦いやすいと思ったことは今までない。
間違いなく、月村様の支援スキルのおかげでもあり。また、私が戦いやすくなるように、支援スキル以外でも的確にサポートを入れてくれている。おかげさまで、正面の魔物にだけ注力していれば、それで事足りる。
よくぞこんな人員が今の今まで無名だったな、と思わせられる程ではある。
彼の主戦場が支援スキルという裏方仕事であるということに加えて、所属の《海月の宿》のメンバー自体が揃いも揃って規格外、特にリーダーの夏色 海未などは、良くも悪くも人の範疇に収まっていないなどと言われたりするほどであることも影響しているのだろう。
ますます、なぜ彼が《海月の宿》から出ることになったのか、ということが疑問になってくる。この実力があるのならば、まず邪魔になることはないと思うのだけれども。
「そういえば、月村様の得意分野は支援だということは認知していますが、自力での攻撃はどれくらいやれるのでしょうか」
「俺個人の戦闘力です? まあ、それなりの魔物であればある程度は対処できますよ。ただ、それ以上の魔物――それこそ、エリアボス相手とかになると、ちょっと制御が難しくなりますかね」
「……制御?」
別な疑問は湧いてくるものの。とりあえず、戦えない、というほどではないらしい。なおのこと、なぜ無名なのかと思わさせられる結果ではあるが。
「っと、いつの間にかこんな時間ですね」
戦うのに集中していたこともあり、既に昼時を過ぎていた。
私も月村様も、余力的にはまだまだやればするものの、とはいえ無理にするものでもないでしょうし。ひとまず、このあたりで切り上げて変える準備をする。
「それで、どうでした? 俺と一緒に潜ってみて」
ゲートに向けて歩いていく道中。彼からそんなことを尋ねられる。
無論、想像以上、以外の感想はない。それを伝えると、彼は少し驚いた様子を見せるけれども。
なぜ、彼が半ば追放のような形で《海月の宿》から出るようなことになったのか、と思っていたが。今日、一緒にダンジョンに潜ってみて。やはりというべくかなんというべくか、それがなんらかの手違いによるものではないだろうか、と。そう思わさせられた。
それを踏まえると、弓弦様の判断が二重三重の意味を持つように思えてくる。お優しい方ではあるが、その一方で社長業を営むだけはあり、そういう意味でも優秀な方ではある。
例えば、彼の素性を無理に探るな、という判断も。下手に鈴音お嬢様がそれを知ってしまい、喧伝をしてしまうと。仮に彼の追放が間違いであった場合、《海月の宿》のメンバーがやってきてしまうだろう。
弓弦様も。自身や家族、会社の益については、外部の人間と比較する場合、優先的に判断をされる。当然のことではあるが。
そういう意味では、真意はともあれ《海月の宿》から出てきている月村様に対することの判断は、冒険者になりたいという鈴音お嬢様と、安全にいてほしいという弓弦様の両者の糸を汲み取りつつ、月村様にとっても悪い話ではない……ように見える、という性格を持っている。実際のところは、彼の仲間に居場所を伝えたほうがいいのかどうか、ということはさておきとして。
そしえ。それを、出会った際に弓弦様は判断して見せているのだから、末恐ろしい話ではある。




