#26
こんにちは。私、星宮 鈴音。
ひょんなことから月村さんと出会い、彼の指導の元、冒険者としての訓練を行い。その出会いから今に至るまで、たくさんのトラブルこそありましたが。先の夏休みに冒険者としてデビューし、偶然が重なり、一気にDランク冒険者となりました。
正直なところ、今の私にそれが見合っているのかというのは、少し不安なところはありますが。推薦してくだっさった隆之さんや海未様の期待に応えるためにも、もっと頑張って――、
「さすがに夏休みが明けたからな。平日は学校優先だ」
「ぐぬぅ……」
至極当然の言葉を、月村さんから投げかけられます。
阿蘇から帰ってきてからの残りの夏休みは宿題の消化でその大半が消えましたし。やっと、意気揚々とダンジョンに挑めると思っていましたが。私は冒険者としての立場以前に、高校生でもあります。学業を疎かにするわけにはいかず。
「休日には! ダンジョンに行きますからね!」
「はいはい。わかってるよ」
Dランク冒険者にはなったものの、その経緯がかなりの危険を犯しているということもあり、阿蘇から帰ってくるなりお父様からはこっぴどく叱られました。そして、まだしばらくは月村さんと千癒の同伴で入るように、と言いつけられております。……まあ、私としてもまだまだ月村さんから教わりたいことが多いので、それ自体は反対ではないのですが。
日課になっているトレーニングを終わらせてから、制服に着替えてカバンを持ちます。その頃には既に千癒が準備を済ませており、そのまま、車に乗り込みます。
「それでは、行ってまいります!」
「ああ、行ってらっしゃい」
月村さんにそう見送られて。久しぶりの学校に向かいます。
約一ヶ月半振りのクラスメイトの皆様。少し、楽しみではあります。
私も、冒険者になったという、良い土産話ができますし。
「というわけで、海未様に会えたりしましたの!」
始業式だけということもあり、本日の学校はすぐに終わり、放課後。
お昼時の教室で、夏休みの思い出を共有いたします。
「よかったね、鈴音ちゃん。ずっと冒険者になりたいって言ってたし、海未様のことものすごく好きだったし」
「しかし、冒険者になること、家族からよく許してもらえたよなあ。絶対に許可は貰えないって言ってたのに」
そう返してくださるのは、以前から仲良くさせていただいていたおふたりで。ふんわりとした栗色の髪の毛と、性格もそれによく似た笹良《ささ、》さんと、少し青みがかったショートヘアがかっこいい、姉御肌な津々見さん。
今年の春からの仲ではありますが。夏休み以前から、私が冒険者になりたいということをよく話していたということもあり。おふたりとも、祝福を送ってくださいます。
「まあ、私が冒険者になることを認めていただいたのは、運がよかった、というのもかなり大きいですの」
経緯から話してしまうと、私のあまりにも愚かしい、誘拐未遂事件から話すことにはなってしまいますが。
笹良さんはおろおろと不安そうな様子で。一方の津々見さんは「でも、今無事ってことはなんとかなったんだろ?」と、面白い話を聞くようにして。
「はい。そこで、今の私の先生である、月村さんと出会ったのです」
そこから、月村さんの雄姿についてを存分に語ります。誇張表現? いえ、私が見て、感じたそのままをお伝えしております。補正は、入っているかもしれませんが。
そんな月村さんのお話に、笹良さんはぱああっと顔を明るくさせ、津々見さんは「へぇ」と興味深そうに話を聞かれます。
「そして。どうやらお父様が月村さんのことをご存知であったようで。月村さんの指導の元、同伴であればダンジョンに入っていい、と」
「なるほどね。それで鈴音が冒険者になれたってわけだ。それでもって、その月村さんって人には頭が上がらないわけだな」
「はい、津々見さん。そのとおりです! ……まあ、都合トレーニングはめちゃくちゃに厳しいものではあったんですけど」
たはは、と。少し遠くを見つめながらに私がそう言うと、津々見さんか納得したような様相を見せます。
曰く、あの運動ポンコツの鈴音が動けるようになってるんだから、そりゃそうか、と。……以前の私の評価は、一体どうなっていたのでしょうか。いえ、そう言われてしまうだけの状態ではあったのですが。
「でも、月村さんって、いったいどこの人なのでしょうか。鈴音ちゃんのお父様がご存知で、かつ鈴音ちゃんが冒険者になる条件としてつけられたということは、有名な方なのかもしれませんが」
「それが、私や千癒も聞いたことはないのです。それなりに、冒険者については調べていたつもりなのですが」
「鈴音でしらないのなら、私や笹良が知る由もないよな」
「そうなのですよね。でも、間違いなく、すごい方であるということは、自信を持って言えます!」
堂々と、私はそう言い放ちます。
彼の指導を受けてきたから。その結果を、たしかにこの手で感じたから。間近で彼の姿を見ていたから。
阿蘇ダンジョンでの大侵攻では、彼の活躍は一切評価されませんでしたが。しかし、おそらくは彼が居ずして、あの大侵攻はここまで被害を抑えられなかったでしょうと、そう、確信しています。……まあ、初心者ながらに、その確信にどれほどの確度を与えて良いものなのか、という話でもありますが。
「まあ、繰り返しにはなるけど、あの運動音痴の鈴音が、なんなら一気にDランクの冒険者にまでなってるのを見る限り、すごい人なんだろうなってのは感じるよ」
「私も! ここまでの話を聞いてて、そんなすごい人がいるんだなーって!」
そう、そうなのです! と。ふたりの言葉に、私も全力で賛同をいたします。
……だからこそ、彼が未だにFランクの冒険者であるという事実に不服がありはするのですが。
「もし会えるのなら、一回会ってみておきたいよな。なんせ、鈴音のことを助けてくれた恩人なわけだし」
「そうですね! 私も津々見さんと同じく、会ってみたいです!」
「それはいいですね! 月村さんに大丈夫かどうかは確認を取らなければなりませんが」
ぜひとも、彼のすごさについてを存分に自慢したい気持ちが溢れ出てきます。なぜ、他人であるはずの私がこんなにも誇らしくしているのだ、とツッコミを入れられてしまいそうなところではありますが。
そんなことを、きゃいきゃいと話しながらに盛り上がっていると。
「……チッ」
明確に私たちに向けて、というわけではないにせよ。少なくとも意識のうちには入っているであろう舌打ちか飛んできます。
「すみません、小夜さん。うるさかったでしょうか?」
舌打ちの主は小夜 陽鞠さん。キレイな金色のロングヘアに、鋭い目付き。いわゆる、ギャルと呼ばれる方だも認識しております。
しかし、誰かと一緒になにかをしている、というよりかは。現在の彼女の行動に付随するように、基本的には排他的。一匹狼で過ごしていらっしゃる方ではあります。
「別に。お気楽で楽しそうだねって思っただけ」
「お気楽って!」
小夜さんの言葉に、津々見さんが食ってかかろうとして。
まあまあまあまあ、と。私と笹良さんがそれを止めます。
「冒険者としての活動は常に危険と隣り合わせ。ひとつ間違えば、死んじゃうことだってある。それを楽しいだなんて、お気楽そのものでしょう?」
彼女の言う言葉は、正しくあります。
むしろ、私に関しては恵まれている立場であるゆえに、という側面もあるでしょう。
現状の私は、月村さんと千癒のふたりに守ってもらいながらに冒険者として活動をしています。
もちろん、駆け出しの冒険者が先達に教えを請いながら活動をするのは珍しい話ではないですが、彼らのような強い冒険者を雇って活動をするというのは、ある意味金持ちの道楽と言われても否定はできないでしょう。
それこそ、あそこで大侵攻に向かっていけたのには、おふたりがいたから、というところの要素が強いです。それでも、お父様からこっぴどく叱られましたが。
「Dランクに上がったっていうのは、たしかにすごいことなのかもしれないけど。それにかまけて足元をすくわれないようにね」
「はい! ご忠告、ありがとうございます!」
「……変なの」
小夜さんから頂いた言葉に感謝で返すと、彼女は首を傾げながらにそう呟き、さっさと教室外へと歩いていきます。
「鈴音ー! あんたよく、あの嫌味に対して真正面からお礼を言えるね!」
私の肩を大きく揺さぶりながら、津々見さんがそう仰られます。
その隣ではコクコクコクコク、と。笹良さんか全力の首肯を見せます。
「嫌味もなにも、私のことを心配して言ってくださっている言葉ですし」
冒険者という職業が、ダンジョンという場所が危険であるということの再周知。そして、ランクアップに浮かれずに気を引き締めろというお言葉。
どう考えても、ありがたい忠告だも思うのですが。
「ほんっと、この子は単純なんだから……」
そんなことはないでしょう、と。そう言い返そうとしたのですが。しかし「だから誘拐犯に騙されるのよ」という痛いところをつかれてしまってはなにも言えません。
最近は! 気をつけてますから! つけられてますから!
……多分。
* * *
「さて。どうするかなあ」
鈴音は高校。始業式だからすぐに終わるとはいえ、少なくとも午前はいない。
星宮邸にいたところで特段やることもなく。いちおう客人という扱いではあるものの、半ば居候みたいな形になっていることもあり、鈴音がいないタイミングだと、少しやりにくい。千癒さんも彼女のことを送っていっているので、なおのことである。
結論としては、適当にブラブラと歩くというようなノリで、アテもなく散歩をしている現状。
そういえば《海月の宿》から出てきたときも、こんな状況だったなあ、なんて。そんなことを考えたりする。
あのときと違うのは、帰る場所があるということか。……はたして星宮邸を帰る場所と認識していいのかはさておき。
「あっ」
そんなことを考えていると、正面から見覚えのある車が走ってくる。
鈴音の送迎をしていたであろう、千癒さんだ。
「月村様。こんなところでどうされましたか?」
彼女は車を路肩に寄せると、パワーウインドウを下げて、話しかけてくる。
「あー、いや。特にこれと言ってなにかしてたわけじゃないんだけど。強いて言うなら、散歩?」
そうまで至った理由は、言わなくてもいいだろう。自身の使えている邸宅の居心地が微妙なんて話はいい話ではないだろうし。
「そうですか。……して、月村さん。もし、お時間があるようであれば、少しばかりいただいてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
まさか千癒さんからそんな申し出を受けることになるとは思わなかっけれど、どうせ俺としても暇を持て余していただけなので特に問題はない。
「それでは、私事で申し訳ありませんが。お付き合いくださいませ」
「別にそんなこと気にしなくってもいいよ?」
千癒さんはもちろん、俺も現在は星宮に雇われている身、ではあるものの。いや、むしろだからこそ、仲良くしておくことは大事だろう。
特に、彼女とはこれからも鈴音の付き添いでダンジョンに入ることになる。そういう意味でも、親睦を深めるのは大切だ。




