#25
大侵攻から、二、三日が経ちました。
翌日には月村さんと千癒がお疲れ様でした会を開いてくれたり。阿蘇ダンジョンは諸々の調査もあって入れないので基礎訓練だけをやったり。
ちなみに、しばらくは十全には阿蘇ダンジョンに入れないことや、そろそろ夏休みも終わりを迎えるということもあり、少し予定よりかは早いですが、こちらでの手続きがひとしきり終われば帰るとのことです。
そして、ダンジョンに入れない状態だというのにまだここに滞在している最後の理由である、私のランクアップ処理。その事務手続きが終わって。
その、帰りの車内。
「不満ですの」
「いやいやいやいや、なんでだよ」
あまり褒められた態度ではないとは理解しつつも、車内ということで他に人もいませんから。むっすー、と。大きく頬を膨らませて、感情を顕にします。
「なんだ、そんなに海未に会えなかったのが不服だったか?」
「そんなことは! ……いえ、全くないわけではありませんが」
今回の私のランクアップ処理には海未様が関わってくださっています。なので、もしかするとその手続きの際にもう一度会うことができるかもしれないと思っていたのですけれど。
月村さんがおっしゃっているように、海未様は不在。なんでも、やらなければならないもの、探さなければならないもの? があるらしいです。
「海未様に会えなかったのはたしかに残念ではありますが、でも、手紙がありますから」
そのため、本人はおらず。その代わりに手紙が預けられていました。
内容は私の頑張りを褒めてくださっているもの。会えなかったことに落ち込む側面もありはしますが、このことに関しては手紙をいただけたことで、それ以上に嬉しさのほうが勝っています。
なので、私が今怒っているのは、別のこと。
「どうして私がDランクに上がって、月村さんがFランクのままなのですか!」
「そうは言ってもなあ」
私の叫びに、月村さんが少し困った様子で頬をポリポリとかきます。
そう。私は今回のランクアップ処理でDランクに、二段階の昇格となりました。
ありがたいお話ではある一方で、一気に上がったということもあり、分不相応なのではないかという不安や、見合うように頑張っていかないといけないというような緊張もありはします。
ですが、ひとまずそれはいいのです。今回問題なのは、月村さんの方。
間違いなく、月村さんは今回の大侵攻における最大の功労者のひとりでしょう。
最終的な解決に至ったのは海未様たち《海月の宿》によるものですが、発生の察知、初動の対応は、間違いなく月村さん功績です。
それで言うならば、実績の大小如何を判断するは難しいとは思いますが、少なくとも私のほうがよっぽど少ないでしょうに。
なのに、私だけがランクアップして、月村さんのランクアップが一切ないのです。これは由々しき自体と言えるでしょう。
手続き中に何度か冒険者協会の職員の方に直談判もしてみたのですが、できないとの回答しか得られず。
「まあ、一番の理由としてあげるなら、証人の有無だろうな」
「証人、ですか?」
「ああ、例えば今回の例で言うと隆之や海未だな」
隆之さんたちは私が直接に助けた人物であり、海未様はその様子を見ている。その両名からの証言があって、初めて昇格要件の実績となる、とのことです。
たしかに、そうでなければ今回のような大侵攻の混乱に乗じて言ったもの勝ちになってしまうでしょうし、ランクアップの特例処理の根拠である、冒険者ランクが実力相応のダンジョンや依頼を判断するための指標であるという考えに反することになるでしょう。
「なら、私と千癒が証言すれば!」
「それは無理だな」
「不可能でございます、鈴音お嬢様」
私のその主張に、月村さんどころか、運転中の千癒までもがそう否定してきます。
「なぜですか千癒。あなただって、月村さんが大侵攻の解決にあたっていたことは知っているでしょう!」
「ええ、もちろん存じております。ですが、できないのです」
なぜ、と。そう言葉を続けようとした私に。しかし、月村さんが制します。
「冒険者ランクの特例でのランクアップは、本来の手続きの諸々をすっ飛ばすという性格上、判断を誤れば、冒険者当人を危険に晒す可能性まである」
だから、より慎重に行う必要がある。
実績の自己申告ではダメなほか、他人からの申告でもかなり厳しい目線が入る。
今回の私の一件には、大侵攻対処にあたって緊急依頼を受注していたこと、助けた隆之さんたちが私と元々関係性がなかったことや救助時の状況
そしてなにより、冒険者協会からの信頼性の高い海未様が証言をしていることなど。そういった視点を勘案した上でランクアップが認められているとのこと。
一方で、月村さんについては大侵攻の発生後、直接に対処にあたっていたために緊急依頼の受注はしておらず。
また、私や千癒が証言したところで身内からの証言としか見られないため、それこそ証言の偽造が可能であるという点。偽造でなくとも、身内補正がかかっているために正確な評価として見ることが難しい。
「そういう関係で、証言をしてもらったところで特例は認められない。鈴音のその気持ちはありがたいけどな」
「むむむむむむ、それならば、たしかに。……でもやっぱり、納得が」
理屈はわかるのですが。わかるのですが……!
「まあ、そんなことよりも。今日はランクアップのお祝いだろう?」
「……そう、ですわね」
そんなこと、ではないのですが。
とはいえ、お祝いに不相応な空気を持ち込むのも良くはないでしょう。
軽く頭を振りながら、気持ちを切り替えます。ええ、月村さんの功績の如何はともかくとして、彼が凄い方だというのは間違いようのない事実ですから。
……いえ、やっぱりちょっと、不服なところはありますが。
* * *
「次に来るときは自分で稼いだお金で、と思っていましたが。まさか、こんな早くに来れるとは思いませんでした」
両の手を合わせながらに、鈴音はそう言う。
鈴音のDランク昇格祝いの場に選ばれたのは、彼女が冒険者になったときのお祝いと同じく、陽一のレストランだった。
今回も前回と同じく、奥の個室を用意してもらっていた。
それも。彼女が口にしたとおり、鈴音自身が家政だお金で、である。
自分自身のお祝いを自分の稼いだお金で開くという形でいいのかと聞いたのだが、むしろ、今回についてはそれがいいのだという鈴音きっての願望でこうなっている。
ちなみに、知り合いの伝手でもあり、彼女自身のお祝いでもあるためにということもあり価格を融通しようか? と、陽一から提案もあったが、鈴音はそれも断っていた。
まあ、陽一の店は決して安くはないけれども。彼女自身、冒険者としての報酬を生活費に当てる必要がないほか、今回の大侵攻の報酬も、彼女の功績を鑑みれば十二分にあった。
それでなくとも、せっかく自分で稼いだのだから、正当に支払いたい、という気持ちもあったのだろう。
「それだけ気に入ってもらえていたのなら、俺としても誇らしいよ」
「ええ、とても美味しいですから! これがしばらく食べられなくなると思うと惜しく思えますが」
鈴音がそういう。相変わらずではあるが、その様子はお世辞でもなんでもなく、心から言っているように見える。いや、事実そうなのだろうけど。
「またこっちに来ることがあれば寄ってくれな?」
「是非に!」
今回、陽一には阿蘇ダンジョンから離れることの報告も兼ねている。まあ、最大の理由はこのとおり、鈴音が気に入っているからではあるが。
「それでは、料理が冷めてしまっても勿体ないですし、早速いただきましょう!」
いただきます、と。本日の主役のひとことを皮切りに、料理に口をつける。
うん、やっぱりうまいな、ここの料理は。
対面では、今回も鈴音が俺の語彙では到底追いつかないレベルで陽一の料理を褒めていた。
前回とは違いあらかじめの心構えができていたのか、俺の隣に座っていた陽一は満足そうな表情でその評価を受け取っていた。
というか、店主がこんなところにいていいのか……というのは野暮な言い方だろう。なんだかんだの付き合いではあるし。
「いやあしかし、まさか一ヶ月程度で追いつかれるとはねえ」
ケラケラで笑いながらに、陽一がそう言ってくる。
もちろん、鈴音の場合は金銭面での憂いが少ない、であるとか。夏休みという期間を存分に使っている、という背景はありはするものの。冒険者としてみれば異例な速さでの躍進でもある。
「でもまあ、鈴音ちゃんならやるんじゃないかと思ってたよ?」
「嘘付け。調子のいいことばっかり言いやがって」
「いやいや、半分くらいは本気で思ってたよ」
つまり半分は冗談じゃねえか。コイツ。
そんな陽一のふざけた物言いではあったものの、鈴音は「ありがとうございます!」と真面目に受け取っているし、千癒さんはいつもどおりの表情を維持していた。
「まあ、でもランクアップがすぐだろうなあって思ってたのはホントだ。だって、教えてるのが支樹だし。……まさかDまで一足飛びに行くとは思ってなかったけど」
「それについては偶然が重なったとしか言えないな。あの場に海未がいなくて、その証言がなければとりあえずの処置でEに留まっていただろうし」
なんなら、海未の一声があったために協議次第ではCまでありえたらしいし。もちろん、鈴音の頑張りがあったからこその結果ではあるが。
なお、さすがにそこまでは、と鈴音も断っていたし。俺もDあたりがちょうどいい落としどころだとは思うが。
「しかし、海未の証言があったことを加味しても冒険者になって一ヶ月でDランクだろ? さすがは支樹が教えただけはあるってことか?」
「俺がなにをしたとかはそんなに関係ないだろ。結局は鈴音の努力の結果なんだし」
俺がいくら教えたところで、それを鈴音が実践しなければなににもならなかった。
今回の件については、俺がどうこうというよりかは、鈴音が頑張った、という話だ――、と。そう、言おうとして。
「いいえ、違いますの!」
と。鈴のように凛とした声が割り入ってくる。
「私がこうして冒険者として活動できるようになったのも、Dランクになることができたのも、月村さんが導いてくださったおかげです。ありがとうございます!」
「いや、それは――」
「たしかに、結局のところ私がやらなければなにも起こらなかった、というのも事実ではあると思います」
言葉を返そうとした俺に。しかし、鈴音が被せるようにしてそう言ってくる。
「ですが、それはそれ。そして、月村さんが私に教えてくださった、というのはまた、別な事実であり、それぞれ、正当な評価です」
彼女は、どこか自慢げな表情をたたえながらに、ひとつひとつを確認するようにして。
「ですので。この感謝は真っ当なものであると判断します。もちろん、受け取ってくださいますよね?」
そう、満面の笑みで言ってくる鈴音。
俺の隣では「あっはっはっ! してやられたな、支樹!」と、大きな声で陽一が笑っている。
事実、してやられた。以前、彼女に言った言葉をひっくり返された。これでは、彼女の評価を受け取る以外の選択肢がない。
「……わかった、受け取るよ。どういたしまして」
「はい。ありがとうございます!」
観念した様子で言う俺に。鈴音はそれはそれは、とても満足そうな表情を浮かべてそう言った。




