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#24

「月村様は。《海月の宿》と、どのような関係性なのですか」


 私のその質問に、目の前の彼が目を丸くする。


 聞いて、しまった。禁止こそされてはいないものの、あまり聞くべきことではないと、そう言いつけられていたことを。

 だが、それでも聞かざるを得なかった。それは、彼自身にも伝えたように、私が鈴音お嬢様の従者であるとか、星宮家に使える侍女であるからとか、そういう理由ではなく。

 本当に、ただのひとりの千癒として。聞かないわけにはいかなかったから。


「……そこまでバレていて、言い訳することもできないか。うん。関係者……というか、いちおう当事者? だね。千癒さんの予想通り、俺は《海月の宿》のメンバーだ。元、だけど」


 思ったよりもあっさり、月村様の口からは肯定の答えが返ってくる。その代わりに、予想していなかった言葉が付随していたが。


「でも、よくわかったね。俺からそういうことを言ったことはなかったと思うし、さっきの話を聞くに、俺のことを調べようとしたわけじゃないんでしょう?」


 月村様の言うとおり、私がこのことに気づいたのは本当に偶発的なことがきっかけだった。


「月村様と、私には。過去に関わったことがあるのです。鈴音お嬢様と月村様が出会うよりも、前に」


「……えっ? マジ? 俺、本当に記憶にないんだけど」


「はい。とは言っても、かく言う私もつい本日になるまで失念していたくらいですし。月村様が覚えていないのも無理はありません。というか、覚えているわけもないのですが」


 それは、私が冒険者として経験を積んでいるさなかのこと。

 運悪く、というには少々の傲慢と怠慢がありはしたものの。まだダンジョン災害について、冒険者協会からは警報ではなく注意報しか出ていなかったことや、当時の私が冒険者活動に充てていた時間が本来の侍女としての業務にお休みを頂いてのものだったこと。

 また、実力もそれなりについていた頃だったし、最悪なんとかなるだろうという根拠のない見込みのままに、ダンジョンに潜っていた。


「……千癒さんにもそんな時期があったんですね」


「そのあたりについては、あまり掘り返さないでいただけると。……まあ、良くも悪くもいいお灸だったとは思いますが」


 そんな愚かな思考には、当然と言わんばかりに。案の定、そのときに限って大侵攻スタンピードが発生。

 最初こそなんとか戦えていたものの、大侵攻スタンピードで発生する魔物は数も数。加えて、普段より強いということもあり、だんだんと追い込まれていって。

 ついぞ、少しの判断のミスから窮地に追い込まれてしまう。


 この結果に至るまでの分岐点は、たくさんあったことだろう。注意報を注意報と侮らなければ。大侵攻スタンピードが発生したときに、自身の実力を正確に鑑みて即座にダンジョンから撤退していれば。


 しかし、後悔してもどうにもならない。諦めたらそこで終わる、というその一心でなんとか食らいつこうとしていた、その瞬間。突如として、身体が浮かび上がるような、そんな感覚が発生した。

 実際に浮かび上がったわけではない。あくまで、そんなふうに思えるほど、身体が軽くなった。それだけではない、攻撃力も防御力も。いつもとは比にならないくらいに強化されている。


 そのときはなぜかはわからなかったものの、このチャンスを逃すわけにはいかないと、近場にいた魔物を掃討。先程の反省もあり、そのまま撤退を選択し、命を取り留めた。


 のちに、そのときの大侵攻スタンピードは《海月の宿》が対処にあたったという話を聞いた。当時としてはまだ日本最強とまでは言われていなかったものの、破竹の勢いで功績を上げている新進気鋭のパーティとしても有名だったために、私は納得をしました。


 なるほど、あのとき助けられたのは《海月の宿》の誰かが支援バフスキルをかけてくれたからなのだろう、と。


 彼らが大侵攻スタンピードの対処にあたったという時刻と私に支援バフがかかったタイミングを考えると辻褄が合うし、他にも同タイミングで支援バフを受けたという冒険者も多かった。

 つまるところが、ダンジョン全体かそれに匹敵するほどの広範囲に対する同時での支援バフスキルの行使という、あまりにも力業としか言えない所業が行われており。

 そんなことをできるのは、実力的にもタイミング的にも《海月の宿》の誰かなのだろう。そう推測するには、十分な状況証拠だった。


 そして。そんな、無茶苦茶な支援バフスキルを行使するような人間が、再び現れた。


「それが俺ってわけね。……いちおう、なんで俺だと思ったのかの根拠を教えてもらえます?」


 月村様はいちおう私や鈴音お嬢様への公言として支援バフスキルが自身の適正だと言っていた。……が、それだけで判断するには根拠としては弱い。支援バフ専門の冒険者は少なくはあるもののいないわけではない。

 だが、今回のような尋常ではない規模の支援バフスキルを行使できる冒険者がそうそういてたまるか、というような見方もできるし。それに加えて。


「今となっては微かな記憶ではありますが。阿蘇ダンジョン内で受けた支援バフスキルが。懐かしく、思わさせられたからです」


 かつての私が受けた支援バフスキルと、同じ魔力だった。おそらく同一人物が――《海月の宿》か、その関係者が、あのときの阿蘇ダンジョンにいた。

 それだけならば、今回も《海月の宿》が大侵攻スタンピード対処にあたっていることからもそのメンバーの誰かだろうと言う人もいるだろうが、彼らが駆けつけたタイミングより早く、私や鈴音お嬢様は支援バフを受けている。

 可能性として最も高いのは、間違いなく、月村様だ。今の私では底が見えない実力を有し、真っ先に大侵攻スタンピード解決に向かった、支援バフスキル適正の冒険者。

 そして、そうだとすると不思議と合点が行くことが多い。弓弦様が月村様の信頼性を保証したことも。今回のような大侵攻スタンピードに《海月の宿》が駆けつけたということも。


 むしろ、この一ヶ月程度、彼の魔力に少なからず触れておきながら、なぜ今まで失念していたのか。

 おそらくは、頭の中から可能性として排していたからだろう。まさか、こんなところに《海月の宿》のメンバーがいるだなんてことや。そもそも、日本で最も有名と言って差し支えのない《海月の宿》のメンバーで、私や鈴音お嬢様が顔も名前も知らないなんてことがあるのだろうか、とか。

 だが、彼からの支援バフスキルを思い返してみると、たしかに面影がある。


 かつて、私が救われたその魔力の面影が。


「うん。最初に認めておきながらここで誤魔化すのも変な話だし、言ってしまうけど。今回の大侵攻スタンピード中にダンジョン全体への支援バフをかけていたのは俺だ。……あと、千癒さんの話している昔の話についても、多分俺なんだと思う。こっちについては確証を持って答えられないけど」


「いえ、大丈夫です。月村様からすれば数多助けた中の一人でしょうし、認知しろという方が土台無理な話でしょう。ですが――」


 ただ、私としては。いつかと今が繋がったことについての答え合わせができたこと。そして。


「随分と遅くにはなりましたが。助けていただいて、ありがとうございました」


 と。かつて伝えることが叶わなかった感謝を伝えることができたということが、なによりも大きい。






「しかし、奇妙なめぐり合わせもあるものだなあ」


 しみじみと遠くを見つめながらに、月村様がそう言う。しかし、実際そうだろうと私も思う。

 まさか、こんなところでかつての恩人と出会えるとは思わなかったし。その人が、自身の使える主人を助けていた、ということでもある。


 そして、それでいて《海月の宿》という日本で随一の冒険者パーティの一員で……、


「そういえば、先程は聞きそびれてしまったのですが、元、というのはどういうことでしょうか」


 おそらくは《海月の宿》の一員であるはずの月村様がこんなところ……とは言わないものの、パーティから離れていることや、弓弦様が彼のことを詳しく調べないようにと暗に伝えて来られたことと関係するのでしょうが。


 私が尋ねた言葉に、月村様がわかりやすく、やりにくそうな苦笑いを浮かべる。

 その表情を見て、話しにくいことであれば無理に答えなくても大丈夫だという旨を伝えるが、彼は小さく首を振って。


「まあ、なんていうか。言いにくいというよりかは、格好がつかないというか。情けない話なだけだから」


「情けない、話?」


「ああ。さっき、千癒さんにあんなことを言ってもらった手前、こういう言い方をするのは憚られるところが無くはないんだけど。俺は実力不足だからさ、《海月の宿》にとって足手まといになりかねないんだよ。だから、今は所属してない」


 言われた言葉を数瞬認識できなくて。いや、時間をかけても理解できなくて。

 月村様で、実力不足? アレで?

 冗談は休み休みで言ってもらいたいものなのだけれども。しかし、言っている月村様本人の表情が冗談に見えない。

 ……本当に、アレで実力不足だと言うのか。


「ほら、鈴音や千癒さん自身も俺のことを知らなかったように、知名度もなければ大した実績もないし」


 いや、実績はあるでしょうに。それこそ、私のことを助けてくれた大侵攻スタンピードの一件であるとか。と、そう言おうとして。しかし、そこで止まる。

 そう。鈴音お嬢様も、私も。月村様のことを知らなかった。なにかしらの功績があったのならば、それをきっかけとして名前が知れる。それが《海月の宿》のメンバーのものとまでなると、なおのことのはずである。

 だが、それが知られていない。つまり、功績が広く認知されていない。


 実際、今回の大侵攻スタンピードにおいても、間違いなく立役者のひとりであろう存在である一方で、彼の実績は誰にも評されていない。


 私自身、大侵攻スタンピードで助けてくれたのが《海月の宿》の誰かによる支援バフスキル、というように認識していたとおり。彼の実績は、個人の実績ではなく、《海月の宿》の実績として認知されている。


 ちなみに、と。付け足すようにして。今回、別に月村様が《海月の宿》を呼んだわけではなく、彼女たちが阿蘇ダンジョンにいたのは本当に偶然なのだという。

 ……そんな偶然があり得るのか。


「俺も今まで結成時からいるっていうだけで籍を置かせて貰ってたけど、実力も知名度も功績もない足手まといがいたところで邪魔だろう?」


「……いや、少なくとも実力はあるのではないでしょうか」


 残りふたつについては、理解させられてしまったが。実力についてを否定されると大部分の冒険者が打ちのめされることになる。

 だが、しかし彼は頭を振って。


「俺も、そうだといいなとは思ってたんだけど。俺抜きでやってた会議の様子をうっかり聞いちまってな。そこで、俺と距離を置くべきだって」


 にわかには信じがたい。外部の人間ならばまだしも、内部の人間であれば、間違いなく月村様の実力は理解しているだろうに。

 だが、月村様も特段《海月の宿》のことを悪く言っているような素振りもない。嘘をつく理由もないし、ついているような様子もない。


 本当に、彼ですら実力不足だというのだろうか。たしかに、リーダーの夏色様は人並み外れたという言葉ですら言い表せないほどだと聞くけれども。


 そんなことを考えている私に。


「実際、俺が抜けた翌日に始祖ダンジョンの改装突破がされている」


 それは、たしかに月村様の主張の正当性を補強する根拠に見える。

 月村様が足手まといだったから長らく始祖ダンジョンの攻略が滞っていて、いなくなったから、改装突破が叶った。たしかに、筋はとおる。……けど。


(……なぜでしょうか。特に、これといった根拠はないのですけれど)


 なにか、致命的な見落としを。絶望的なまでの勘違いをしているような、そんな気が。


 それこそ、例えば。

 そうだとするのならば、なぜ《海月の宿》が阿蘇ダンジョンにいたのか、とか。

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