#22
ちょうど、俺と千癒さんがゲートに辿り着く頃合いには、大侵攻も収まって。これで一件落着。
ひとまずは先に戦線から離脱したという鈴音を探していると。
ゲートから抜けてそうしないうちに、冒険者の人だかりの中に鈴音の姿は見つかった。
「おーい、鈴――」
「はっ! 月村さん! 千癒! 助けてくださいませっ!」
彼女の無事を祝おうとしたその瞬間。しかし、半泣きの鈴音がひぃんと飛びついてくる。
なにごとかと思ってみると、彼女か先程までいた冒険者の人だかりがこちらを見ていることに気づく。
たが、今現れたはかりの俺や千癒に向いているものもあるものの、そのほとんどは依然として鈴音に向いている。
「……いったいなにがあったんだ?」
「ええっと、そのぅ」
「お前たちは、鈴音ちゃんの仲間か?」
鈴音が答えに困っていると、冒険者たちの中から、男性がひとりが代表して声をかけてくる。
隠すようなことでもないので肯定をしておくと、男性はそうか、と。
「俺は隆之。ついさっき、俺たちのパーティが鈴音ちゃんに助けてもらってな。それで、そのときのことを協会職員に話していたんだが」
曰く、隆之の証言――Fランク冒険者であるはずの鈴音がグラウンドベアの群れ相手に引けを取らない戦いを繰り広げていたという話に対して協会職員が疑問を持ったために、騒ぎが少し大きくなってしまい。気づいた周りの冒険者たちがなんだなんだと話を聞きに来る。
隆之としても、鈴音の評価を真っ当に行ってもらうために協会職員に対して力説し。それを聞いた周りの冒険者がそんな冒険者がいるのかと話題を大きく繰り広げて。
そして、今に至る。というわけらしい。
「私としては、結局最後まで守り切ることはできませんでしたし、私がピンチになったところでグラウンドベアを斃したのは海未様だったので、そんな持ち上げていただくようなことはないと申し上げているのですが」
「いいや、こればっかりは主張させてほしい。たしかに最後にグラウンドベアを斃したのは《海月の宿》の夏色さんだったが、それまでの俺たちを守ってくれたのは鈴音ちゃんだ。夏色さんも言ってたように、君が守ってくれたからこそ、助けが間に合ったんだ。その評価は、絶対的に見落とせない」
おそらくは、鈴音自身窮地のところを海未に助けられたということもあり、彼女の評価を横取りするような形になってしまうことを懸念しているのだろう。
だが、これについては隆之の主張が正しい。彼らの戦線が崩壊してからどれくらいの時間だったかはわからないが、グラウンドベアにとっては無抵抗の数人を蹂躙するのに数分という時間で十分である。それが群れであるのなら、一分と必要ないだろう。
鈴音がいなければ彼らの元に海未は間に合わなかっただろうし。命も無かっただろう。
隆之たちにとって海未がそうであるのと当時に、鈴音もまた、紛うことなき命の恩人なのだ。
「鈴音。これについては海未の評価は海未の評価。鈴音の評価は鈴音の評価。全くの別物であり、真っ当な感謝だ。しっかりと受け取っておけ」
「……はい。わかりましたわ」
俺の言葉を受けた鈴音は、まだ少し躊躇いながらも、そう言って隆之たちからの感謝を受け取る。
「それで、ここからがある意味で本番なんだが」
ひとしきり話が片付いたように見えたところで、隆之がそう切り出した。
内容は、鈴音の処遇。冒険者協会としては、その場に駆けつけてくれたという海未からも事実確認は行う予定ではあるものの、ひとまず隆之の証言は真として捉え、鈴音に対する報酬をどうするか、ということを決めあぐねていた。
金銭的なところについては、当然ながらに討伐証明などを大侵攻中にどうこうできるわけもないので、こちらについては自己申告も加味したおおよそで評価される。それ以外には救助を行っているため、こちらについても同様に評価された上で報酬金が支払われる。
後者については、救助してもらった人間からお礼として追加で払われることもある。隆之たちは支払う気満々でいるが、鈴音は全力で不要だと伝えている。
しかし、こちらについてはまだ、個人間の交渉。問題なのは、冒険者としての扱い。
大侵攻中の冒険者の救助や、それに係る魔物の群れとの交戦となるとそう珍しい話でもない。
だが、それを行ったのが冒険者になって一ヶ月程度のFランク冒険者が行ったともなれば、あまりにも前例がなさすぎる。
今回鈴音が相対したのはグラウンドベア。冒険者協会の推奨としてはEランク冒険者のパーティでの交戦を基準としている魔物だ。もちろん、だからといってFランクの冒険者に狩れないかというとそういうわけではないのだが。
しかし、今回は大侵攻の影響で魔物が強化されているという前提に加えてグラウンドベアが大群をなしていたという状況でもあった。
さらには、鈴音は単騎で隆之たちを守っていた。もちろん、鈴音が斃したのは数体であり、ほとんどは防衛に徹していたとはいえ。これだけの前提がある状態だと、最低でもDランク、安全まで込みで考えるならばCランクの冒険者でもないと厳しくなってくる。……協会職員が、Fランク冒険者の功績だと説明されて首を傾げるわけである。
実際には、俺の支援スキルの影響もあったために、本来の実力以上を出せていた、という背景もありはするのだが。とはいえ、それをここで説明すると更にややこしくなるだろう。
そして。これらの鈴音の評価がどう反映されるのか、という話になれば。彼女の特例でのランクアップ処理である。
元より冒険者として無理のある活動をしないように、という目的で制定されている制度なだけはあり、それに見合う実力があると証明される場合においては本来の昇格試験をすっ飛ばしてランクアップすることができる。
ほとんどの場合においては形骸的にあるだけのシステムなのだが、今回の事例については間違いなく該当していると言っていい。
とはいえ、前例がなさすぎる案件ということもあり、はたして鈴音のランクをどこまで上げるべきなのか、ということで意見が大きく割れている。
「あの、私、そんなためにお助けしたわけではありませんし」
畏れ多いと言わんばかりに、鈴音は遠慮をしようとする。
実際、彼女としてはやるべきことをやるために戦ったわけであって。たしかにそろそろ昇格試験を受けようかという話はしていたが、そのために大侵攻対処にあたったわけではない。
とはいえ、隆之たちの意見もわからないでもない。
俺や千癒さんはもちろん、この場にいるほとんどは鈴音の戦闘を見たわけではないが、隆之の語りようを見るに、相当な戦いぶりを見せたのだろう。
もちろん、正当な評価を与えてやってほしいという感情もあるだろうが。それと同時に、Fランクに圧倒的な実力差を見せつけられ、守られて、そちらが評価されないままでいるということは、ある意味彼らの冒険者としての自尊心に影響が出る。
聞けば、隆之たちはEランクであり、そろそろDランクの昇格試験を受けようか、という頃合いだったとか。……今回の案件もあり、見送るか迷っているらしいけれど。
つまるところが、そういうことなのだ。
「……お嬢様の師範をしているどこかの誰かが、十二分なまでに準備してから挑ませていた結果ですね」
ボソリ、と。小さな声音で千癒さんが俺にだけ伝えてくる。
その言葉に、俺も「あはは……」の小さく息を漏らしながらに苦笑いをする。
実際、今回の大侵攻直前に話していたように、鈴音の実力についてはEランク昇格試験に挑戦してもいい、という段階まで来ているというのは事実だった。……が、基本的に安全マージンをとった活動をしてきた鈴音については、Eランクにギリギリ届く、ではなく。十二分にEランク冒険者として活動できる、と判断した上で伝えている。
言ってしまえば、既にFランク冒険者らしからぬ実力がついてきたから、昇格試験を勧めた、という方が正しい。……というか、支援スキル込みとはいえ、それだけの実力があると判断しているからこそ、鈴音に大侵攻対処への参加を許可している。
「月村さん、千癒。私、どうすれば……」
助けを求める表情で鈴音が俺たちの方を見てくる。
冒険者たちの評価云々ではひとつ上のEランクから、なんなら三階級上のCランクまで出ているくらいである。
まあ、活躍だけを取り出して判断するのならば、Cランク相当でもあながち間違いではないのだけれども。
「まあ、これについては鈴音の好きなようにするといい。……とは言っても、せいぜいDランクくらいにしておくほうが後々がいいとは思うが」
実際、実力的にはEランク上位からDランク下位くらいで同等の冒険者ならいくらでもいる範囲である。なんなら、実際話に出てきているように、Cランクでも今の鈴音と同レベルの冒険者はいはする。……まあ、これについてはそもそもCランク冒険者の幅があまりにも広いという都合もあるが。
とはいえ、安全マージンを加味する都合や、冒険者協会側の判断のことも考えるならば、Dランクか、あるいはEランクと功績点という形に収めておくのが一番収まりがいいだろう。
「と、ここまで話を広げていたが。これらの話についても、いちおうは海未の証言ありきの話だろうし。そもそも、ランクアップ処理云々についても大侵攻の後始末が終わってからになるだろうし」
隆之たちや、なにより鈴音が嘘をついているとは思っていないし。ついでに、海未がわざわざ事実を捻じ曲げた証言をするとも思っていないが。ともかく、まだ机上の話でしかない。実際に処理されるのはしばらく後である。
それまでにゆっくり考えればいいさ、と。俺が彼女に伝えると、鈴音は「はい」と素直に首を縦に振った。
「ともかく、鈴音も今日はめちゃくちゃに疲れてるだろうし。しっかりと休め」
「ふふ、さすがにわかりますの? ……正直、もうへとへとですの」
なにせ、いつもの訓練を途中まで行っていながらに、その後から大侵攻の対処にあたっている。むしろまだ動けますと言われたほうが怖いまである。
「そういうわけなんで、冒険者の皆さんも、それから協会の方も。とりあえず今日はお暇してもいいですかね?」
実際に報酬の云々のときになったら、そのときに再度手続きをしにやってくるということで、その場についてはお開きとなった。隆之たちには再度の手間をかけさせることにはなったが、恩人のためならばなんてことはないといい返事をもらえた。
そうして冒険者協会から離れて、千癒さんの運転する車の中。
「改めてにはなるが、お疲れ様。鈴音。よく頑張ったな」
「はい。星宮 鈴音。お約束のとおり、しっかりと無事、帰ってき……まし……すぅ……」
先程までは隆之たちのいる手前ということもあり、なんとか気を張っていた鈴音だったが、もう大丈夫だという安心感もあってから、へにゃへにゃのかわいらしい緩んだ表情のまま、ゆっくりと瞼を落とした。
「……ほんと、よくやったよ」
彼女の頭を優しく撫でる。柔らかな髪の毛の感触。
気のせいかもしれないが、ふへへぇ、と。彼女が小さく笑ったような気がした。
そういえば、何気なく触っているけど、大丈夫なんだろうか、これ。
「…………」
千癒さんからはなにも言われてはないから大丈夫だと思うけど、バックミラー越しにこっちに視線があるような気がする。気のせい……ではないな、多分これは。




