#21
「どこ行ってたの、海未」
「ちょっと、ピンチの子がいたからね。でも、間に合ったから大丈夫」
海未が寄り道から帰ってくると、琴風からそんなことを尋ねられた。
海未の回答を聞いた彼女は少し諦めたような様相で呆れていた。なんなら、蒼汰をはじめとするその他のメンバーも同じような反応をしていた。
まあ、海未がこうして突発で助けに行ったりするのはいつものことなので、そんな反応になるのも当然といえば当然なのだけれども。
「それよりも、聞いてよ。初めて見る子なんだけどね、ものすごく頑張ってる子がいたの。たぶん琴風よりも年下」
海未が駆けつけることができたのは最後だけなのでそれまでの経過は詳細にはわからないけれども。しかし、周囲の様相を見るに相当な激戦があったに違いはない。
グラウンドベアの目に刺さった石突き。ひしゃげた鉄板と化した盾。折れ砕けてもなお刃物として全うした剣。それらは、まさしく少女の防衛の証であった。
あの数のグラウンドベアを相手に、ギリギリではあったにせよ、後ろに守るべきものを置きながらに、たったひとりで。
「それはすごい。ただでさえ大侵攻影響下の魔物は強くなってるのに」
「珍しい。琴風ちゃんが素直に褒めるなんて」
「む。蒼汰は失礼。私だって褒めるときは褒める。《海月の宿》のみんなはすごい。いつも褒めてる」
蒼汰の物言いに、琴風が不満を漏らす。
外部の人間、それも直接にその実力を見ていない相手を褒めることはあんまりないだろうに、と。蒼汰はそう思ったが、そのまま飲み込んでいて。「ありがとう。琴風ちゃんもすごいよ」と、そう返すと、誇らしげに胸を張っていた。
「ああいうのを見てると。負けてられないって思うよね」
「うん。伊達に最強って呼ばれてない」
「僕としては、その呼ばれ方はちょっと恥ずかしいんだけど。……まあ、なにはともあれ、ひとまずは大侵攻を収めないと」
蒼汰がそうまとめると。みんながコクリと頷く。
「もちろん。……でも、まさか支樹のことを探して足取りを追っていたら、そこで大侵攻が起こるなんてね」
いったいどんな偶然だろう、と。海未はそんなことを考えながらに言葉をこぼす。
本当に、支樹のことを探していただけなんだけれども。
けれど、ひとつだけ確信していることがある。
「支樹も、ここにいる」
阿蘇ダンジョンに足を踏み入れた瞬間に、確信した。
海未が。いいや、海未たちが、支樹の支援スキルを間違うわけがない。どれだけ、その恩恵に与ってきたという話である。
「発生源は第三層って話だったよね」
「そう。魔力濃度的にも、それで間違いない」
海未たちが前方を見遣ると、少し離れた先で燃え盛っていは阿蘇ダンジョンの森。ちょうど、第三層に差し掛かってしばらくのところだろうか。
森林が広がる阿蘇ダンジョンとしてはかなり異様な光景。魔物側で炎を扱うものが出現することは珍しいし、対処する冒険者側も、これほどの延焼を起こしていては増援が期待できなくなる。
「発生源。たぶん、この炎の先。危険だけど」
琴風が、そう判断する。察知系統のスキルに於いては《海月の宿》でも随一である彼女が言うのならば、おそらく正しい。
たしかにこれだけ燃えている森の中に突っ込んでいけば、無事というわけにはいかない。
もちろん、海未も冒険者最強と語られるだけはあり、身体自体は強靭ではあるが。危険なものは、危険であろう。
けれど。
「それを理由に止まっていたら、冒険者の名が廃るでしょう?」
覚悟を決めながらに、海未が炎の中に突っ込んでいこうとした、その瞬間。
炎の奥から、異常なまでの冷気が走ってきて。燃え盛っていたはずの森が、一直線に凍りつく。
突然のことに一瞬驚きつつも。海未は少し考えて、理解する。
(……もう。こういうところは、相変わらずなんだから)
「海未、これ」
「うん。どうやら、お呼びらしいから行ってくる。他のメンバーは蒼汰の指揮の元で周囲の魔物の掃滅。よろしくね」
そう言うと、海未は凄まじい速さで氷の道を駆け抜けていく。
琴風や蒼汰、他のメンバーたちもその背中を見送って。
「ちょっと、元気になってよかった」
「だね。……まあ、かくいう僕も、支樹くんがいるってわかったから。嬉しいんだけど」
「む。嬉しいのは私も一緒」
蒼汰の言葉に、なぜか絶妙な対抗心を見せてくる琴風。彼女のポイントは、どうにも少しズレている。
先程の、海未の行動に呆れを感じていた彼女らだが。それと同時に、どこか安堵というか、安心も覚えていた。
なんせ、いつもの雰囲気が帰ってきたような。そんな空気感だったから。
それもこれも、ここに支樹がいると、そう確信できたから。彼の支援を受け取ることができたから。
「それじゃあ、僕たちもやっていこうか」
「ん。もちろん。支樹の支援を受けた《海月の宿》は最強」
* * *
支援スキルを常にかけ続けながら、戦況の把握に努めていた。
クリムゾンドラゴンと戦い始めた、その直後あたりだろうか。支援スキルに付随する魔力の応答で、覚えのあるものを感じ取った。
忘れるわけもない、間違うわけもない。冒険者になってからずっとかけ続けてきた相手。
なんでこんなところにいるのかはわからないけれども。だが、都合がいい。
《海月の宿》が。海未が、やってきたということは、すなわち。
俺たちの勝ちだ。
こうなれば、あとはやるべきことはなにか。
可能な限りで死傷者を防ぎつつ、海未がクリムゾンドラゴンの元へやってくるまでの時間を稼ぐこと。そして、海未が戦う場を整えること。
クリムゾンドラゴンは曲がりなりにもA級の魔物。下手に動かせば、向かった先の冒険者が危険に見舞われる。
なんならば、各所で炎を吐かれるだけでも被害が広がる。
だからこそ、油断ならない相手であると思わせながらに。その一方で、氷属性の使用など、クリムゾンドラゴン側が有利であるように、倒せる相手であるように見せて、海未が来るまでの逃走を防ぐ。
そして、海未が駆けつけるに十分な道を作り上げる。クリムゾンドラゴン自身が吐き散らした炎のおかげで場所はわかるだろうが、その一方で駆けつけるには炎の中を突っ切らなければならない。
海未ならば、それでも強引に突破してくるだろうが。そこは脇役のお仕事だ。やや粗暴なやり方にはなったが、冷気で強引に鎮火させる。
つい先刻まで絶好の攻撃チャンスだと思っていただろうこともあり、クリムゾンドラゴンの意識はまだ俺に向いている。
圧倒的な存在が急接近していることに、気づいていない。
「あとは任せたぞ。海未」
《朧隠れ》を使用して、姿と気配を消す。先程までいたはずの俺の姿が消えたことに動揺を見せるクリムゾンドラゴンだが、直後、そんなことを気にしていられないということを理解する。
だが、その理解も、遅い。――もっとも、遅くなかったところで、結果は変わらないが。
たしかに、クリムゾンドラゴンは強い。その深紅の鱗は並大抵の攻撃では傷すらつかないし、その体躯の大きさから繰り出される攻撃はひとつひとつが致命傷になりかねない。
だが、その一方で。高々A級の魔物でしかない。それも、ただの一頭のみしかいない。
対するは海未。勝負は、ものの一瞬でつくだよう。
「《全能力多重強化》」
重複での支援は、相互に多大なる負担がかかるため、基本的には他人には使えない。
だが、ひとりだけ例外がいる。俺の支援スキルを受け続けて身体が慣れていること。身体機能が強靭であること。
そして、俺がその相手の攻撃タイミングを十全に理解していること。
これらの条件が揃っている場合のみ。攻撃のその一瞬のみに、デメリットをゼロにはできないまでも、実用に耐えうるレベルまで小さくして重複支援が可能になる。
無論、その条件を満たしている相手は――、
「《一刀両断》ッ!」
対処に追われたクリムゾンドラゴンがその頭をもたげるが。しかし、攻撃に十分な高さにまで持ち上がるよりも速く、海未の剣が振り抜かれる。
先程の俺の刀では歯が立たなかった深紅の鱗は当然のことに。肉、骨。全てを斬り裂き。
一刀の後に。クリムゾンドラゴンの首が、ゆっくりとズレる。
「……さすがだな。ほんと」
いつ見ても、惚れ惚れするような実力。
やはり、格が違うのであると。実力の違いを再認識させられる。
「そろそろ行こうかな。海未も、俺と顔を合わせるのは気まずいだろうし」
せっかくならば、鈴音の話とかをしてやりたいところではあるけれども。鈴音は随分と海未に憧れているようだったし。
とはいえ、元仕事仲間と。それも実力の違いがあったために別れた相手と話すのもやりにくいものだろう。俺だって、ちょっと気まずい。
都合よく《朧隠れ》で気配を消しているので、そのまま離脱する。
元凶であろうクリムゾンドラゴンも倒したし、余波となりうる魔物たちについても、海未以外にも《海月の宿》のメンバーが集まってきているのでそう時間も経たないうちに大侵攻も収束するだろう。
「……しかし、ほんとになんでこんなところにいたんだろうな」
クリムゾンドラゴン然り、海未然り。
まあ、前者はともかくとして、海未がいてくれたことで助かったんだけれども。
「っと、あれは」
ゲートに向かっている途中、見かけた知り合いの顔に、助太刀に入る。……とはいっても、わざわざ入らなくても大丈夫だったろうが。
「お疲れ様です、千癒さん」
「その声は、月村様ですか? しかし、どこから?」
言われて、そういえば《朧隠れ》を解除していないのを思い出す。
解除すると、千癒さんは反応しなかったものの、近くにいた別の冒険者たちが突然に現れた俺の姿に驚いていた。……ちょっと悪いことをしたな。
「千癒さんがまだいるってことは、鈴音は大丈夫だったんですね」
「ええ。保護した冒険者の方をゲートの外までお連れしていたようです」
途中から鈴音への支援の魔力応答がなかったから少し心配していたが、それならば安心である。
「それよりも、月村様がここにいるということは、もう大丈夫なのですか?」
「ああ。千癒さんも気配で気づいてるかもだけど、すごいやつらが駆けつけてくれたみたいだからもう大丈夫。元凶も倒してくれたからね」
大侵攻の影響で出現した魔物などはまだ残ったままではあるために完全に解決、とまではいかないまでも。《海月の宿》が来ているのであれば、それもそう時間が経たずに解決するだろう。
「鈴音のことも心配だし、後は任せて引き上げようか」
「そうですね」
ちょうど、千癒さんが対処していた冒険者たちは手傷を負っていた様子。過去形なのは、治癒スキルを使用してもらった様子だから。
傷は治っているものの体力の損耗が激しく、動けない状態の人もいる。
「それじゃあ、俺はこっちのふたりを担いでいきますね」
両肩に担ぎ上げながらに、彼女の方を見返すと。しかし、なぜか千癒さんからの反応がなく、こちらをじっと見つめている。
「ええっと、千癒さん?」
「……ああ、すみません。少し考えごとをしていました」
彼女はそう言うと、同じく動けなくなっている冒険者を担ぐ。
「あの、月村様」
「はい、どうかしました?」
「…………いえ、やはりなんでもありません。すみません、忘れてください」
少しの逡巡ののちに、千癒さんはそう言う。
表情を読もうとしてみても、相変わらずの鉄面皮であり、よくわからない。
最近は彼女の感情を少し読めるようになってきた気でいたのだけれども、どうやらまだまだなようだ。ううむ、難しい。
まあ、本当になんでもないのならば、いいんだけれども。
「…………」
だとするならば。できれば、こう、じっと見つめてくるのをやめていただきたい。
なんかやらかしたのかな、俺。




