#20
討伐指定A級というと、Aランクの冒険者単独ないし複数人のパーティでの討伐が冒険者協会から推奨されている魔物だ。
もはやここまでくると魔物側も冒険者側も振れ幅が大きくなるためにA級の中でも強さはピンキリではあるが、クリムゾンドラゴンを俺の独力で討伐するというのはなかなかに厳しいものがある。
とはいえ、ただでさえ緊急で招集されている冒険者たちにこの魔物の相手が務まるかというと、誰が近くにいるか、という運が絡むことになる。たまたま、Aランク冒険者のパーティなんかがいればいいが。
「……まあ、不確定な運に頼るのは、最後の最後だな」
俺が得物の刀身をクリムゾンドラゴンに向けると、こちらの敵意を読み取ったのだろう。身体を持ち上げて、臨戦態勢を取ってくる。
そうして、クリムゾンドラゴンがタンギングして――、
「開幕全力かよ。《焔裂き》っ!」
クリムゾンドラゴンが、大きく息を吐き出すと同時。その口からは灼熱の炎が撒き散らされる。
とはいえ、予備動作が理解できていれば、対処ができる。刀身に炎耐性を付与し、炎自体を強引に断ち切ると、炎は俺の正面を境目として左右に分かれていく。
「ったく、阿蘇ダンジョンで下手に炎なんか使ってんじゃねえよ」
地面を大きく蹴り込んでから、クリムゾンドラゴンに接近。先程のブレスの後隙を狙って、ちょうど前側に来ている脚を一文字に斬り込んでみる。
「……まあ、そんな簡単には通らねえよな」
しかし、その刃はクリムゾンドラゴンの体表にある深紅の鱗を撫でるに終わる。
やすやすと対処できるような存在なのならば、そもそもA級指定を食らっていない。
「っと、危ねえ」
腕の攻撃への反撃とばかりに迫ってきていたその尻尾を、バックステップで避けていく。
クリムゾンドラゴンはあまりにも巨大な体躯もあり、それほど行動が早いわけではない一方で。四本の脚と頭に加えて、尻尾までもをうまく使ってくる。加えて、その体重そのものが武器となりうるために、動きこそ素早くはないが、ただよ体当たりが致命傷になりかねないし、腹下に潜りこもうものならば上から押しつぶされかねない。腹が弱点だというのに、これがあるから下手に近づけない。
「さて。どうしたものか」
ある程度後退をしながらに、対処法を考える。
生憎、俺は海未のように強くはないのでクリムゾンドラゴンの鱗の上から無理矢理に断ち切ったり、あるいはのしかかられるよりも速く、腹に攻撃をして即座に離脱するなんてことは、不可能ではないが一苦労する。
その一撃で決着してくれるのならまだいいのだが、この体躯に付随するタフネスはかなりのものであり、何度も繰り返す必要がある。
支援スキルを全体に展開している状態でそれを続けるのは現実的ではない。とはいえ、支援を切らすと、全体の生存率に影響する。
「……ほんと、なんでこんなところにいるんだ」
後方の、クリムゾンドラゴンの吐いた炎により燃え盛っている森を見遣りながらにそう言う。
クリムゾンドラゴンは、本来こんなところにいるような魔物ではない。それは、魔物としてのランクが高い、ということもそうだし。そもそも、阿蘇ダンジョンに生息している魔物ではないということでもある。
現状がそうであるように、クリムゾンドラゴンの炎属性と阿蘇ダンジョンの自然の多い環境は相性が悪い。本来ならば、岩場であるとか、あるいは石壁などの構造物型のダンジョンなんかに生息している魔物だ。
とはいっても、鈴音に対していつも口酸っぱく言っているように。大前提、ダンジョンではなにが起こるかがわからない。
それが大侵攻の真っ只中ともなればなおのこと。
ひとまずは、しっかりと目の前を見据える。
周辺の魔物の強さなどを鑑みるに、おそらくはこのクリムゾンドラゴンが大侵攻の元凶そのものと言ってもいい。
つまるところが、こいつを倒してしまえば、余波がいくらか残りはするが、ほぼ解決と言って差し支えはないだろう。
問題はクリムゾンドラゴンをどうやって倒すのか。現状の俺では歯が立たないというほどではないにせよ、中々に厳しいというのも事実。
とはいえ、なにもしないわけにもいかない。
周囲の状況を探りながら、支援も維持して。そして、目の前の対処。
タンギング、ブレスの予備動作を確認して、今回もしっかりと構える。
拡散する炎によって森が更に激しく燃え上がる。……なんならば、森の中にいる他の魔物たちも巻き込まれている様子だ。味方じゃないのか、こいつら。
大侵攻とはいえ、環境に合っていないA級の魔物。明確に敵対しているとも言い切れないものの、少なくとも味方ではなさそうな様子の魔物たちの関係性。
「……まあ、ひとまずは置いておこう。なによりも、大侵攻の対処が先だ」
俺が刀の切っ先をクリムゾンドラゴンに向けると。ヤツも低く唸りながらに攻撃動作を見せる。
大地をしっかりと蹴り込んで、クリムゾンドラゴンに急接近。同時、あらかじめ練り上げていた《凍気》を発動して刀身に強力な氷属性を付与。
無論、クリムゾンドラゴンもバカではない。それほどに強い魔力を準備していたのだからヤツもそれに気づいているし、対処をしてくる。
固められた防御により、案の定、クリムゾンドラゴンの鱗を貫通することはなく。起こったことはというと、強烈な冷気により、クリムゾンドラゴンの足が地面に固定された程度。
しかし、炎を扱っているだけはあり、膂力も強く、かつ、元より体温なども高いクリムゾンドラゴンにとって氷の拘束は数秒と保たないだろう。
だからこそ、その数秒が勝負――、と。クリムゾンドラゴンは至極当然に、もたげた頭を俺の方へと向けてくる。
超至近かつ《凍気》を使った直後であり、このチャンスに俺が連撃を叩き込こんでくるのであれば、先程の《焔裂き》は使えないか、十分に機能しないと判断したのだろう。
事実、これまでの状況の中で。クリムゾンドラゴンにとっては、俺に対して最も有利な状態である。
――俺が、攻撃を続ける前提なら。
俺が続いて準備していたのは、攻撃ではなく、回避スキルの《霞駆け》。残影を残すほどの速度にまで瞬間的に加速つつ、上空へと退避する。
ちらと後方の様子を見て見れば、先刻の攻撃の余波によって、燃え盛る森を割るようにして、大地が直線に凍りついている。
普通に戦う分には、どう考えてもやりすぎである。
「これだから、派手な戦い方は能力にも性分に合わないんだよな」
理屈上、俺は様々な攻撃の性能上限をあげられる。支援スキルの上から、更に支援スキルをかければいい。繰り返せば、指数関数的に強力にしていくことができる。あくまで、理屈上ではあるが。
他者に行う際には俺自身と当人の相互への負担があまりにも大きすぎるがゆえに行えないが、自分ひとりが苦しいだけならば、調整込みで、まだどうにかできるが。
とはいえ、指数関数的に強力になっていくということは、すなわち威力の跳ね上がり方も尋常ではないということ。加えて、支援スキルの重ねがけ自体の負担も大きい。制御がとてつもなく難しい上に、そちらに注力するリソースもない。
結果、現状のように周囲への影響が激しくなるため、やすやすとは使えない。味方がいる状態なら、なおのこと。
地上に着地しながらに、クリムゾンドラゴンの方を見る。
氷はほとんど溶けている。まあ、不利属性なので仕方はないだろう。
だが、こっちはあくまでオマケだから問題ない。
「ほんと、なんでこんなところにいるんだろうな」
何度か繰り返したその言葉を、改めて言う。
その言葉は、クリムゾンドラゴンのことを指しているようで。しかし。
「だが。この大侵攻。人間の勝ちだ」
確信めいた口振りで、俺はそう宣言する。
はたしてクリムゾンドラゴンにそれが理解できているのかは不明だが。
――脇役の仕事は、しっかりと果たした。
主役のための、舞台は整った。
「あとは任せたぞ。最強」
* * *
「っ!」
私が構えていた槍が、限界を迎えて壊れます。
かろうじてまだ健在な石突きで手近なグラウンドベアの目を突きます。が、それまで。
当然に暴れるグラウンドベアから離れるしかなく、再び無手になってしまいます。
「申し訳ありません、お借りしていたというのに、壊してしまって。弁償は必ず――」
「今はそんなことどうでもいいから!」
なんにせよ、無手では不利です。徒手空拳での戦い方も教えてはもらっていますが、この数のグラウンドベアには厳しいものがありますし、回避中心の戦い方では彼らに敵視が移りやすくなります。
そうなると、ここにある武器は戦斧、弓、杖。どれを取れば――、
「おい、お前! 危ない!」
「しまっ――」
元より、少しの集中の途切れが致命傷になりかねないという現状。そんなところに、先程のような思考を挟めばどうなるか。
袈裟に振り下ろされてくるグラウンドベアの腕。その先端には、太く、鋭い爪。
考えれば、わかったことでしょうに。――その考える時間がなかったのですけれども。
しかし、そんなのは言い訳にもなににもなりません。とにかく、とにかく回避を。
「ぐっ、がはっ」
なんとか身体をよじらせたおかげもあって、爪は避けられました。が、避けられたのはそれだけ。グラウンドベアの掌底が私の身体を突き飛ばし、ゴム毬のように地面を数度跳ねながら転がっていきます。
全身を強打したために、身体中が痛いです。
滲む涙を無視しながらに、なんとか身体を動かそうと力を込めます。
なんとか動きはするものの、戦えるほどではない。むしろ、このままでは。
近づいてくるグラウンドベアに。私は、歯を噛みます。
「申し訳、ありません。私が、力不足なばっかりに」
助けると、そう誓っておきながらに。このザマです。
やはり、私などにはまだまだおこがましい、過ぎた願いだったのでしょうか。
それでも、手だけは、伸ばしたくて――、
「ううん。貴女はよく頑張った。だって」
突然に。そんな声が聞こえてきます。
どこかで、聞いたことがあるような。……いえ。そんなものではありません。
私が、憧れを抱いた、そんな。
「貴方が時間を稼いでくれたから。私が間に合ったんだから」
なんと、表現すればいいのでしょうか。
嵐か。あるいは、雷か。
目にもとまらない速さでやってきたかと思うと。そこにいたグラウンドベアたちが、ものの数秒で全員、地に臥せります。
そうして、やってきた彼女は。私の方へとやってきて。
「大丈夫、立てる?」
手を、差し伸べて下さります。
私は答えもおぼつかないままに、なんとかその手を取ると、そのまま、立たせていただきます。
身体中が痛くはありますが、いちおう動けそうではあります。
「うん、なんとか大丈夫そうだね。本当ならこのまま助けてあげたいんだけど、私はやることがあるから。後ろの冒険者たちのことをお願いしてもいい?」
「は、はいっ!」
言われた言葉に、思わず反射的にそう答えます。いえ、反射でなくともそう答えたとは思いますが。
「ありがとうね。小さな冒険者さん。また、どこかで会ったときはよろしくね」
そう言いながら、彼女はパチンとウィンクを残して。そして、そのまま走り去っていった。
その姿を見送って。少しだけ、思考が冷静になってきて。
「はへ? ……え、ええ。ええええええええっ!?」
今の。今の人って。まさか。
いや、間違いない。間違えるわけもない。
「う、う、う、海未様!?」




