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#2

 キラキラとした視線を少女から向けられながらに、俺は少し考える。


 ……どうしてこうなった。


 彼女から差し向けられている視線は、尊敬か羨望か。そういった類の感情からくるものだろう。

 そして、彼女がそんな感情を抱くようになった原因はなにか。まあ、間違いなく俺が彼女の窮地を救ったからだろう。


 だが、先刻知らない相手についていって酷い目にあったところで、助けてもらったからといって、再び知らない相手についていこうとするものだろうか。


「とにかく、こいつらとか俺とかみたいに、身元の不明な相手にホイホイついていくもんじゃねえよ」


「そういえば、助けて貰って、そしてこれから指導をいただくというのに。まだ自己紹介をしていませんでしたね! 私、星宮 鈴音と申します!」


「勝手に名乗ってるんじゃねえ! 警戒しろって言ったばっかだろうが!」


 コイツ、話を聞かねえ……!


「よろしければ、あなたのお名前も伺ってよいでしょうか?」


「…………支樹だ。月村 支樹」


 やや渋々ながらにそう言うと、星宮はどこか嬉しそうな様相を浮かべながらに「月村様ですね!」と、両の手を合わせながらに喜んでみせる。名前を知ったくらいでなんでそんなに喜んでるのか。


「というか、様はつけなくていいよ。そんな大層な身分じゃないしな」


 状況を見るに、星宮はどこぞのいいところのお嬢様なのだろう。だとすると、どちらかというとこっちのほうが敬称をつけるべきなのかもしれない。いやまあ、正式な場ではないし、考え過ぎかもしれないが。


「いえ、そういうわけにはいきません。ただでさえピンチのところを助けていただいた上に、これから指導をしていただくのですから!」


 思った以上に押しが強いなこの子。……まあ、正直なところ、別にこれといってやることもなかったから、多少面倒を見るくらいなら問題はないのだけれども。

 しかし、星宮、か。どこかで聞いたことがあるような名前なんだが。

 どこだったかな。ええっと……、


「ぐっ……」


 そんなことを考えようとした、その瞬間。地面で伸びていたゴロツキのひとりがそんなうめき声を出し、少しばかり身をよじらせていた。

 殺さないようにと多少加減はしたが、それが災いしたらしい。どうやら、意識を取り戻したらしい。ゴロツキとはいえ、曲がりなりにも冒険者。それなりの身体機能はあるようだ。


 ならばもう一度、と。そう思いかけたところで、ふと、先程よりも周囲に人の気配があることを察知する。

 敵意の類は感じ取れないので、おそらくは先程の騒ぎを聞きつけて近寄ってきたか、あるいはたまたまここの森に入ってきた冒険者か、といったところだろう。

 害の有無で言えば無い方なのだが、しかし、見つかるのはそれはそれで面倒である。状況が状況なだけに警察のご厄介になることになるだろうし、そうなると冒険者証を持っていない現状というのが中々に悪さをする。

 冒険者は照会することで冒険者としての階級や経歴などを見ることができる。つまるところが、冒険者としての身分証明書だ。

 まともな冒険者であれば、まず持たずにダンジョンに入るということはない。そして、今の俺はそれを持っていない。

 要は現状の俺は目の前のゴロツキどもともさして変わらない程度の怪しさを兼ねている存在なのである。

 無論、悪いことをしていないのだから、別に怖がることはなにもないのだけれども。その一方で時間を取られるのは明白で。

 つまるところが、ただひたすらに、面倒なのだ。


 そんなことを考えている間に、別の奴も意識を取り戻している様子。

 まだ、立ち上がりこちらに対峙してきているわけではないものの、そうなるのも時間の問題だ。


 先程の恐怖が未だ抜けていないのだろう。星宮も俺の背後に隠れながら、服の裾をきゅっと握っている。

 その手は、わずかに震えている。


 俺の事情を鑑みても、そして、星宮の状況を考えても。取るべき行動は、ひとつだろう。


「星宮、走れるか?」


「ふぇ? は、走れはしますが。その、お世辞にも私、足が速いとは言えませんし、冒険者の方から逃げれ切れるとはとても――」


「走ればするんだな。なら、大丈夫だ」


 足がすくんで動けないとかであれば話は別だか。この際、足が速いかどうかは然程問題ではない。


 足が遅いのならば、それを底上げしてやれば問題ない。

 そして。それは俺の得意分野だ。


「《風走り》」


 自身と星宮に対してバフをかける。無論、移動補助のスキルだ。

 瞬間、身体がふわりと軽くなるような感覚に包まれる。


「あら……あら?」


 どうやら、星宮も身体の変化に気づいた様子。

 腕や脚を軽く動かしながら、自身の身体を確認して見ている。


「出口の方向はわかるか?」


「えっ、と。いち、おう」


「なら、俺は後ろからついていくから」


 道がわからないなら案内をしたほうがいいだろうが、そうでないなら追撃を警戒して俺が後方に詰めるほうがいいだろう。


 そろそろ、ゴロツキが起き上がってくる。


「行け、星宮!」


「は、はい!」


 弾き出された銃弾のように走り出した星宮。

 おそらく、想定していない足の速さにびっくりしたのだろう。一瞬、体勢を崩しかけている。


「安心しろ。足の速さだけでいえば、今の状態なら追いつかれることはない」


 走る星宮を追いかけながら、俺は彼女にそう伝える。


「転ばないように、確実に。そして真っ直ぐに走れ」


「はい!」


 俺の言葉に、星宮は真っ直ぐな答えを返してくる。

 本当に、素直な子なのだろう。良くも、悪くも。


 森から抜け、平原へ。

 突如として全力疾走をしている冒険者が現れたことに驚いている様子の人間たちもいるが、衆目に晒されているというのは良い方向にも作用する。

 さすがのゴロツキどももこんな衆人環視の中でわかりやすく追いかけっこすることのリスク勘定はできている様子で、どうやら森からは出てこなさそうだった。


 まあ、念の為に。そのままゲートを抜けて、ダンジョンの外へ。


「ひいっ、ひいっ。こんなに走ったのは、久々ですわ……」


「まあ、なんだ。お疲れ様」


 中々に体力がない様子。足も遅いと自称していたし、運動能力については随分と低めと見積もって間違いはないだろう。


「とりあえず、あとは協会に相談をして貰って……」


「待ってください、月村様! その、先程の話なのですが!」


 どうやら、場の流れで有耶無耶にしようという俺の企みはうまくいかなかったらしい。まあ、そんなに期待はしてなかったが。


「たしかに、私は現在月村様のことを全くと言っていいほど知りません。そして、先程忠告を頂いたとおり、冒険者協会を通すなどして、しっかりとした裏付けのある状態でキチンとした指導をいただくほうが良い、ということも理解しています」


「なら――」


「ですが。やはり、私は月村様。あなたに、教えていただきたいのです」


 真っ直ぐで純真なふたつの瞳が、こちらに向けられる。


「いちおう、そう思っている理由を聞かせてもらってもいいだろうか」


 先程、彼女は協会を通さなかった理由のひとつとして、両親に知られないようにするため、と言っていた。

 基本的には協会で依頼をしたところで余程のことでもなければ両親はおろか家族にも伝わることはないだろうが。なんとなくの彼女の境遇を考えれば、少し察するところはある。


 とはいえ、そんな理由だけで俺に教えを乞おうとしているのであれば、断るつもりだった。

 俺個人としては面倒以外に問題はないからいいといえばいいのだが。しかし、彼女の身を預かる以上、家族にも伝えられないであるとか、そういう不安定な状態で指導を引き受けることはできな い。


「……そう、ですわね」


 星宮は、少し考えてから。口を開く。


「家族に隠すため、という理由がないとは言いません。でも、もうそれは一番の理由ではありませんの」


 その答えは、少しばかり意外だった。

 いちおう、先程の忠告についてはきちんと彼女に伝わっていたのだろう。

 ならば、俺に対してももう少し警戒してくれてもいいと思うのだが。


「なら、どうしてそんなに俺に固執するんだ?」


「具体的な理由を、と言われると難しいですわね。でも、実際に月村様の実力を見ているということ。そして、月村様であれば信頼できる、と。そう思ったから、でしょうか」


 協会からの紹介となると、どうしてもどんな実力の相手とマッチングするから運にはなる。

 曲がりなりにも《海月の宿》に所属していただけはあって、いちおう俺個人も最低限以上には冒険者としての経験値はあるし、それを彼女も目の当たりにはしている。

 信用云々については、正直そこは一番を気をつけろ、と言いたいところなのだが。


「だって。どこぞのお馬鹿な令嬢の窮地を颯爽と助けて。悪人であれば信頼を築くにはこれ以上ない場面で、むしろ自分自身のことを警戒しろとそう伝えてきているのです。信用は、できると考えているのですが」


「もしかしたら、それも込みで言ってるのかもしれないぞ」


「ふふふ、もしそうなら。今度こそ私がまごうことなきお馬鹿さんだということになりますわね」


 と、そう言われてしまう。

 これだけ状況整理をできるのに、なぜあんなわかりやすい詐欺に巻き込まれていたのだと思いたくもなる。余程、悪意に対する経験と警戒心が薄いのだろう。いったい、どんな生活をしてきたらこうなるのか。


 ここまで言われてしまえば、俺の負けである。


「わかった。引き受けてやる」


「あ、ありがとうございま――」


「だが、少しだけ条件がある」


 彼女にとって引けないところがあるように。俺にとっても、引けないところはある。


「まず、キチンと家族に伝えてから、許可を得てくること」


「……うっ」


 一番の理由ではない、とは言っていたが。いちおう、あわよくばという気持ちはあったのだろう。

 とはいえ、星宮の身を預かる以上、これは避けては通れない。

 冒険者という立場が危険だというのはもちろん、星宮かどこかいいところのお嬢様であるという点。そして、いちおう俺と星宮では性別が違うということもある。

 どちらかというと気をつけるべきである星宮自身がなぜかその点を気にしていないというバグは発生しているが。


「それから、俺に師事したからといって、すぐに強くなれるってわけじゃない」


 先程の移動速度については、バフの支援によるものだ。一時的に強くはなれるものの、それは冒険者として強くなっているとは言えない。

 冒険者の強さはを求めるのならば、地道で長い道のりにはなる。

 特に俺たちはそういうやり方でここまでやってきた。……とはいっても、俺は大した結果は残せてはいないけども。

 ともかく、指導するにしても、俺にはそういうやり方しかしらない。


「別に、嫌になってやめるというのであれば俺は引き止めはしないが。だが、そういうやり方になる、ということは先に知っておいて欲しい」


 だからこそ、それでもいいのなら、という条件にはなってしまう。


 これで、怯むようであれば、それならそれでいい。

 だが、意外にも。


「大丈夫、ですの!」


「……そうかい」


 思ったよりも胆力があるのか。それとも、世間知らずなだけなのか。

 まだ、星宮という人物を詳しく知らないから、よくはわからないが。まあ、そういう気概があるのは嫌いじゃない。


 それに。繰り返しにはなるか、特にやることがないというのも事実だしな。


「わかったよ。それじゃあ、これからよろしく頼む。星宮」


「わかりました。よろしくお願いします、月村様!」


「……やっぱり、様付けをやめるのも条件に含めてもいいか」


 すっかり、そのことが頭から抜けていた。

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