#19
「……と、大見得を切ってみせたところまではいいのですが。さすがに、武器無しでは難しそうです」
少女は、ぽつりとつぶやく。
いや、そんなことはさっきから隆之が主張し続けてきたことではあるのだけれども――、
「この中では、槍が一番都合良さそうですわね」
そう、言いながら。少女は隆之のすぐそばまで一度後退してくると。
「お借りしますわね。壊してしまったら、後で弁償いたしますので」
「……は?」
そう言いながら、少女は隆之の手から槍を奪い取る――と言うには優しい手付きではあったが、ともかく、少女が槍を構える。
「いや、待て! いくらなんでも無茶だ!」
一瞬理解が遅れながらに、隆之はそう叫ぶ。
たしかに武器が無ければ話にならない、というのは正しい。自身の徒手空拳で戦っていたり、あるいはスキル基軸で戦っているような冒険者であればまだしも、そもそも彼らにとっては拳や脚、あるいはスキルを使うための魔力が武器であり、それらがなければ無力であるのは、隆之たちのような武器を扱う冒険者と同様。
だが、では武器があればなんでもいい、というわけでもない。そもそも冒険者がパーティなんてものを組んで戦っているという事情の背景には、複数人でことに当たるほうが確実かつ安全であるということもある一方で、役割分担という意味合いも含まれている。
前衛、後衛、回復という本質的な役割分担があり。そしてそれら付随する形で、得意な武器という役割分担も。
そう。扱える武器には、得意不得意がある。当然といえば当然だろう。武器それぞれには特性があり、扱い方はもちろん、向き不向きがある。
もちろん、軽く触ったことがある程度の武器であれば最低限使えたりすることもあるが、それはあくまで武器を振ることができるというレベルであり、戦えることと同義ではない。
更に言うならば、ほとんどの冒険者にとって、軽く触ったことがある武器とは、彼女が使っていた片手剣と盾であろう。踏み込み始めると奥が深い武器である一方で、扱うだけならばそこそこに使いやすくもある。冒険者協会からのレンタルの武器としてもオススメされるもののひとつだ。
たしかに彼女は強い。それはまごうことのなき事実だ。それこそ、Fランクだということが信じられないほどに。
だが、彼女の持参していた武器が剣と盾であったことや、先程の戦いぶりから見ても、彼女の得意な武器がそれであることは明確。
そんな彼女が槍を使う、ということは無謀にしか見えない。
と、そう思っていたのに。
「……!?」
その、少女の構えに思わず隆之は息を呑む。
槍の構えが、様になっている。もちろん、先程までの剣と盾に比べれば、そこまでではあるが。
その様相に。先程までの考えを、少しだけ改める。もしかしたら、最初のレンタル武器の時点で、槍に触ったことがあったのかもしれない。
先程も、四人の武器があった中で、槍が一番都合が良さそうという理由で手にとっていた。だとすると、辻褄が合う。
だが、レンタル武器として使ったことがあったにしても、結局のところ使っているのは剣と盾であり。得意武器でないことには変わりがない。
むしろ、そういう流れで武器変更をしている場合、自分には合わないという理由で変えていること多いだろう。
結局のところ、少女の行動が無茶だ、という事実に変わりはない。
――というのが、隆之の判断である。
事実として、この考え方自体に間違いはない。大抵の冒険者であれば、同様に思考することだろう。
実際、隆之の考察としても合っている部分も多い。手に取った経緯などが少し違うものの、鈴音の得意武器が片手剣と盾であることは紛れもない事実である。
上位のランクであれば、複数の武器を扱えるという冒険者もそれほど珍しいことではないが。しかし、あくまで高ランクならば、である。
彼女の自称するFランクや隆之たちEランクはおろか、Dランクの冒険者でも、まずそうそうにはいない。
なんせ、まだ冒険者の戦力としては力不足になりやすい彼らにとっては自身の戦力の向上が優先的な課題であり、そういう意味では直接の戦力の向上に寄与しにくい他の武器の練習をするならば、自身の得意武器の訓練を積むほうが手っ取り早く強くなれる。
隆之たちもそうしてきたし、大部分の冒険者にとっては、まず、自分たちの武器を十分に扱えるようになることを優先することがほとんどだ。
だが。どこの世にも、例外というものがいる。
そう。たとえば――師匠が、日本最強パーティである《海月の宿》の古参が、冒険者である。とか。
「安心してくださいませ」
無論、隆之が知る由もない事実であるために、この結論に至れなかったことは、仕方のないことではある。そもそも、例外を計算に入れろという方が無理がある。
「だって、私は。冒険者ですから」
――少女は、構えた槍で突きと払いを組み合わせながらに、グラウンドベアたちに放置できない相手であると認識させ、失いかけていた敵視を改めて取り直す。
まるで、それが当然であるかのように。彼女は言い、そして実践する。それが当然であってたまるか、と隆之は言いたくはなるが。
もはや、もう。隆之の口から、なにか言うまでもない。
思い返せば、この強ささえも。例外そのものだった。
まさしく。目の前にいる彼女が、そのイレギュラーなのである。
* * *
冒険者の方からお借りした槍を構えながらに、グラウンドベアに対峙します。
他の冒険者の方の武器は戦斧と弓、杖でした。まだ、意識が残っていらっしゃる方からお借りするというのは少し憚られはしましたが。とはいえ、弓は相手の注意を引きつけるには向きませんし、スキル中心に戦う杖は今の私には弱い棍以上の性能を発揮してはくださいません。
前衛的には戦斧も適正はあるものの、この数いるグラウンドベア相手に機動力を落とすのは都合が悪く。自ずと、槍が最適となるでしょう。
すう、と。小さく息を整えながらに槍を構えます。
得意なのかと聞かれると、否と答えるしかないでしょう。
無論、私が使っている得物は剣と盾です。それぞれ片手で扱う武器である一方で、槍は両手で扱います。
それ以外にも中心とする攻撃方法やリーチなども違ってきますし、それにより戦い方も変わります。
当然です、別の武器なのですから。
――ですが、
「安心してくださいませ。だって、私は冒険者ですから」
得意ではなくとも、使えはします。
無論、槍に限りません。先程他にあった戦斧や弓も、最低限戦える程度には扱えますし、本来の使途とは少し変わりはするでしょうが、杖を使った棒術も使えはします。
なんせ、月村さんから。ご指導をいただいておりますし。使えるようになっておけと、そう言いつけられておりますから。
より正確には、いざとなったときに。戦える手段を身に着けておくこと、というような趣旨ではありますが。
『もちろん、武器のメンテナンスなんかが冒険者としての責任である、というのは大前提ではあるが。その一方で、それでも不測の事態ってことは起こりうる』
ダンジョン内では、なにが起こるかわからない。
だからこそ、使えるものはなんでも使う。
何度も、何度も。繰り返し教えていただいたお言葉です。
『ダンジョン内で武器が壊れたから戦えなくて死にました、じゃあお話にならない。落ちてる武器でも、最悪そのあたりの木の枝でもなんでもいいから、意地でも退路を作り出すだけの根性と技術は必要だ』
もちろん、めちゃくちゃに大変でしたし。嘘みたいに難しくありました。
武器ごとの扱い方から、強みと弱み。実践的な側面と、知識的な側面のその両方。
それを毎日のダンジョンでの訓練後に行っていたので、疲弊もひとしお。
今だって、まだまだ得意不得意がかなり激しいです。
ですが。そのおかげもあってか。扱えは、します。
『鈴音。俺は、他人から憧れられるような格好のいい戦い方とか、大立ち回りを教えることはできない』
そういうのは、別のやつの役割だ、と、そう言いながらに。しかし、月村さんは。
『だから、俺が教えられるのはただひとつ。どうやって、生き残るのか、だ。どれだけ泥臭かろうが、どれだけ意地汚かろうが。ただ、とにかく、生きて帰る。そのための確率を少しでも上げる。その方法を、教えることはできる』
たしかに、格好よくはないのかもしれません。
けれど、その教えのおかげで、今、私はここに立っていられています。
接近してきたグラウンドベアに向けて、私は素早く突きを繰り出し。何度か繰り返した後に、薙ぎ払いでこちらの陣地を主張します。これ以上踏み込んでくるならば、容赦なく斬りつけると。
本来、森の中という狭い環境下では使いみちが限られる槍ですが、先の戦闘に加え、それまでに冒険者の皆様がグラウンドベアと交戦していた影響もあり。周辺の木々が倒れ、軽く拓けております。
これならば、深追いはできずとも、防戦であれば可能でしょう。
実際、グラウンドベアも攻めあぐねています。
なんせ、槍の強みはそのリーチ。
ここまでの戦いから、彼らの魔力の使途がブラウンウルフと同様に身体強化に限られているということが大まかに察せました。
そうなると、グラウンドベアからの攻撃のリーチはせいぜいその腕の長さ程度。その外側からの攻撃であれば、比較的安全に攻撃ができます。
もちろん、弱みもあります。長物であるがゆえに行動のいちいちに気を払わなければ大きく隙を晒すことになりますし。懐に入り込まれれば一気に不利に傾きます。
使い慣れていないこともあり、集中を切らした瞬間が、まさしく試合終了となるでしょう。
私が戦っていると。後方から、冒険者の方が息を呑むのが聞こえてきます。いちおう、安心していただけたということでしょうか。少し、安堵します。
助けに来た側の人間が不安を与えていては、世話がありませんから。
だからこそ、怖くとも。猛り、気を巻きます。
味方に安心を、敵に威嚇を与えるために。
「星宮 鈴音。全力で参りますっ!」
ここまでも、ここからも。
必ずや、守るために。
* * *
「……案の定、鈴音も入ってきてるな」
返ってくる魔力の応答から、冒険者たちの大雑把な方向と距離を把握しながら、阿蘇ダンジョン全体に対して支援をかける。
その中に、鈴音と千癒さんであろう反応があった。
その事実に、少しの安心と心配が発生するが。とはいえ、今はそのどちらをも気にしていられる状態ではない。
「痛っ……、久しぶりにやるが、やっぱりちょっとキツイな」
強烈な頭痛に、思わず顔をしかめる。
複数の、広範囲の冒険者に並列で支援をかけるというのは、魔力腺と脳に対して尋常ではない負担がかかる。
とはいえ、泣き言など言っていられない。思考が焼き切れそうになるのならば自分自身にさえ支援をかけて、無理矢理にでも維持をする。
同時、道すがら襲いかかってくる魔物たちを倒しながらに、大侵攻の発生源に向けて進んでいく。
「――、邪魔だっ!」
やや蛇行しながら、周囲の魔物を掃滅しながら進んでいく。
魔力濃度も第三層ではありえないほどに濃くなり、だんだんと出現する魔物も強くなってきている。大侵攻の中心に寄ってきていると見て間違いないだろう。
そうして。しばらく、進み続けて。
おそらくは発生源と見ていいであろう場所の、そのすぐそばで。足を止める。
「ったく、どっから迷い込んできた。こんなところにいるようなやつじゃあないだろうに」
そこにいたのは、深紅の鱗に身を包んだ、四つ足の巨大な竜種。
クリムゾンドラゴンと呼ばれるA級の魔物が、突然に現れた俺の存在を認めると。頭をこちらに向けながらに、ジロリと睨めつけてきた。




