#18
私は、たしかにまだまだ未熟です。
武器についても、片手剣と盾がそれなりに扱えるようになってきた程度ですし。スキルについても少しずつ使えるようにはなってきていたものの、発動には準備が必要で、戦闘中の仕様に耐えうるような状態ではありません。
それこそ、月村さんから言われたとおり。下手にスキルを使うくらいならば、使わずに戦っていたほうが確実で安全だ、と。そう言われるくらいには。
――ですが、使えないわけではありません。
発動に、準備と時間を要するという点がネックなだけであって。
つまるところのお話をするならば。
その、準備と時間を踏み倒すことができれば、戦闘に利用することもできるわけで。
……まあ、その猶予を戦闘中に生み出せないからどうするのだ、というお話ではあるのですが。
しかし、たった一度だけ。戦闘において、一度だけ。その瞬間を作り出すことができます。
と、誇らしげに語ったところで、ここまで全部月村さんからの受け売りなのですが。
必要な状況は、相手がこちらに気づいていないこと。あるいは、気づいていたとしても、距離があること。
現在、魔物たちは目の前の冒険者を襲うことに意識が向いています。
それ自体は好ましい状態ではありませんが。そのおかげで、条件は満たせております。
戦闘中に準備をする猶予がないならば。
準備をしてから、戦闘を仕掛ければいい。
「わかっていますね、鈴音お嬢様」
おそらくは、私が《閃光》の準備をしていることを察知した千癒が、改めてそう声をかけてきます。
「ええ、私が危なくなったらそこまで。千癒が私のことを救助しに来る、と」
それは、すなわち私が助けようとしていた人たちが見捨てられるのと同義であり。そして、これから千癒が助けられたであろう人たちが助けられなくなるということでもあります。
しかし、助けに来た側が要救助者になってはならない、という。そもそもの大前提のお話でもあるでしょう。
だからこそ。
「必ず無事に、守りとおしてみせます」
「……ご健闘を祈ります」
千癒の言葉を受け取りながら。私は彼女から離れ、戦闘音の聞こえた森の中へとかけていきます。
千癒も千癒で、別方面の。それほど離れてはいないものの、別の戦闘への介入に向かいました。
そして、走ることしばらく。
森の木々のその隙間から、巨大な熊の姿――アレが、おそらく月村さんの仰っていたグラウンドベアという魔物でしょう。
そしてその奥に、槍を構えたひとりの男性と、その後ろで倒れている数人の姿が見受けられました。
初めて戦う魔物。それも複数体の群れ。
いつもより身体機能が向上しているとはいえ、格上の魔物が複数ともなれば、その脅威度は尋常ではなく跳ね上がります。それも、初見の相手ということもあり、どういう戦い方をしてくるかもわからない。
知らないことについてアドバイスや、なにかあったときの月村さんや千癒の助けもありません。
怖さは、あります。
けれど、やらなければならない。
「目を、瞑ってくださいませ!」
強い覚悟を持ちながらに、男性とグラウンドベアの間に身体を滑り込ませて。
「《閃光》ッ!」
スキルを発動します。
十分な準備を要しつつ。《光球》をひたすらに強化。《光線》に見られるような攻撃性の一切を排すことにより、ただただ光量にのみ焦点をおいたそのスキルは、周囲に尋常でない光を撒き散らす。
自分でもその威力に驚きながらも。しかし、せっかく生み出した一瞬の隙。これを逃すわけにはいかない。
すぐさま、しっかりと構えながらに。至近のグラウンドベアを斬りつける。
一撃で仕留めることができればそれが最適ではあるけれども、いくら身体機能が向上しているとはいえ、今の私にそれができるともわかりません。
特に、グラウンドベアがどれだけ強靭な身体をしているかもわからないし。加えて、この数。攻撃が通用しなかったときのリスクはとてつもなく高でしょう。
ですから、狙うのは脚部。絶命よりも優先して、行動不能を狙う。
男性を狙って立ち上がっていたこともあり、後ろ脚を深く斬りつけると。案の定、グラウンドベアはその体勢を大きく崩した。
ひとまず、今の私でしっかり対応ができたというその事実に、小さく安堵の息を漏らします。
これで刃が通らなかったともなれば、それこそどうにもならなかっただけに、攻撃が通用したというだけでも大きいでしょう。
しかし、問題は山積みです。魔物は一体ではなく複数ですし。槍を構えていた男性はともかく、その後ろの方々についてはそう簡単には退避できない。
後方が岩壁ということもあり、後退もできない状態。それ以外の方角については、グラウンドベアがジリジリと詰めてきています。
「よかった。お前ら、高ランクの冒険者の人が助けに来てくれたぞ!」
ふと、後方の男性がそんなことを仰います。
それに、他の冒険者の方も駆けつけてくれたのかと一瞬安心仕掛けますが、そんな気配はありません。
しかし、少し考えて。なるほど、私のことを高ランク冒険者だと思っているのだと理解いたします。
なんせ、現在は大侵攻の真っ最中。ダンジョン警報が発令されており、こんな状態で逃げずに救助や魔物の対処にあたっている大半は冒険者協会からの要請を受けたCランク以上の冒険者だと思うのは自然なことです。
だとすると、悪いことをしてしまいました。
「変な期待をさせてしまったようで、申し訳ありません」
私は、そう、謝してから。
「高ランクの冒険者だなんて。私、冒険者になって一ヶ月くらいの、Fランクの冒険者ですの!」
「……は?」
男性が、頓狂な声を漏らします。
そうなってしまうのも仕方はないでしょう。
けれど。
「でも、ひとつだけ間違っていないのは。あなたたちを助けに来た。ということですわ!」
私は、私のやるべきことをするために。ここにいます。
そのためには、彼らに不安や心配を抱くのではなく。安心をしていただかなければなりません。
だからこそ、堂々と。そして、力強くに。そう宣言をします。
たしかに、私ひとりではこの数のグラウンドベアをなんとかできないでしょう。
それほどに数が多く見受けられます。対する私はスキルも満足に使うこともできない、正真正銘のFランク冒険者。力の差は、歴然です。
ですが。倒すことはできなくとも、守ることはできます。
幸いにも、最前にいたグラウンドベアが崩れ落ちたことにより、周囲のグラウンドベアが私に注目しています。
これならば、意識を惹きつけられる。
(……意識するべきは、立ち回り。そして、位置取り)
現在は後方に彼らがいます。こちらに、グラウンドベアたちの意識を向けさせるわけには行かない。
形式上で言えばパーティを組んでいるときの前衛の立ち回りを要求される。
違いとしてあげるならば、後方からの支援が期待できないこと。
その一方で、必ずしも倒す必要はない、という違いもあります。
もちろん、倒せるに越したことはないですし、倒さないということはグラウンドベアからの手数が減らないというデメリットもあります。
しかし、今回については時間経過とともに増援が増えます。つまり、時間稼ぎが勝利につながる。
ならば、防御に集中できるというというのは、ひとつのメリットでもあるでしょう。
それでいて、確実なタイミングでのみ、攻撃をとおす。
私が月村さんから教えてもらった、初めにして最も基本の戦い方。
そして、立ち回りを意識するという、応用の戦い方。
奇しくも。これまで学んだことの総決算が要求されているようです。
* * *
「……ぐっ」
グラウンドベアの攻撃を、少女が盾で受け止める。
その重たさに、思わず顔をしかめていたが。しかし、すぐさま受け流している。
隆之は、目の前で起こっている現象が、なかば理解できていなかった。
少女が。曰く、Fランクの冒険者であり、一ヶ月前になったばかりだという彼女が。
防戦中心だとはいえ。しかし、大量のグラウンドベアと、ひとりで渡り合っている。
それも、隆之たちを守りながら。
多対一のデメリットは想像よりも大きい。波状攻撃は体勢を立て直す暇を許さない。
もし距離を取ろうものならば、グラウンドベアたちの視線が後方にいる隆之たちに向かってしまう。
今だって、隆之たちに意識が行きかけたグラウンドベアの視線上に割って入って、なんとかヘイトをこちらに惹きつけ続けている。
本当に、うまく立ち回っている。
防御はなんとか成立しているので、ひとまずなんとかはなっているものの。しかし、このままでは体力と集中力の消耗戦になってしまうだろう。
ジリジリと削られる体力が追いつかなくなるか。あるいは、集中の途切れた瞬間に不意をつかれるか。
それらのどちらかがあれば、一瞬で瓦解しかねない。
それまでに、他の冒険者の援軍が駆けつけてくれるかどうか。
そんなことを隆之が考えていた、その瞬間。
「ッ!?」
べゴン、という。嫌な金属音が聞こえた。
発生源は、確認するまでもない。
少女の左腕に装着されていた盾が、グラウンドベアの攻撃を受け止めた瞬間に変な形にひしゃげていた。衝撃をうまくいなせなかったのだろう、少女の表情も苦悶に歪む。
元より、片手での使用を前提にしているということもあり、大きやさ重量についてもそこまで大きなものではなく。グラウンドベアからの攻撃を何度も何十度も受け止め続けるというのは、無理があったのかもしれない。
とはいえ、こうなってしまえばもはや盾としての機能は成し得ない。しかし、少女は諦めない。
意を決した様相で少女は盾を投げつけて、その最後の役目とする。
至近にいたグラウンドベアには避けられたものの、その後ろにいたグラウンドベアは気づくのが遅れた様子でクリーンヒット。
当たりどころが良かったのか、そのまま、地に伏せる。
とはいえ、盾の喪失と一体の行動不能では圧倒的に釣り合っていない。
当然ながらに、グラウンドベアの攻撃をまともに受けるわけにはいかないため、必然的に回避中心にならざるを得ない。
だが、グラウンドベアの正面から受け止め続けることができていた先程までとは違い、攻撃自体をかわしてしまうと。どうしても、そのヘイトは後方に散りやすくなる。
無論、その先にいるのは隆之たちであり。
仲間のうち、まだ身体を起こしていた深雪が悲鳴を上げた。
彼女の方を振り返るが、しかし。深雪は大きく首を振るばかり。
その瞬間。強烈な気配を背後に感じる。しまった、深雪の方じゃない。
振り返り、慌てて槍を構え直すも。遅かった。
そもそも、少女の動きに呆気にとられて気を抜かれていたことが悪いので自業自得でしかないのだが。
差し迫るグラウンドベアのその腕に、思わず目を伏せかける。
しかし、聞こえた音は。ガキン、という金属音。
不思議に思って目を見開くと、目の前には少女の姿。彼女が握っていた剣はグラウンドベアの腕を振り斬ろうとして。しかし、無理な力の入れ方をしてしまったからか、その途中からが折れ砕けてしまっていた。
「――、ならっ!」
少女は即座に剣を逆手に持ち直すと、そのまま折れた剣をグラウンドベアの胸へと突き立てる。
無理やりな力一杯なその攻撃は。しかし、武器を捨てる覚悟で放たれただけはあり、グラウンドベアの皮膚。そして肉を貫通する。
だがしかし、これで少女は盾も、そして剣までもを喪ってしまった。
一方、倒れているグラウンドベアは最初のやつを含めても三体。まだまだ、群れは残っている。
「っ、俺たちの命は、俺たちの都合だ。無関係なお前を巻き込むわけには行かない!」
正直、ここまでの戦いぶりを見て。この少女のほうが隆之たちより圧倒的に強いのは理解した。
だが、武器がなくなってしまった以上、戦線の維持は無理だ。スキルも最初以外に使用していないところを見るに、そう簡単には使えないのだろう。
ここで隆之たちの武器を渡せればよかったのだが。残念ながら、誰も片手剣や盾を使っていない。
ならば、この少女は逃してやるべきである、と。そう、隆之は判断して。
しかし。
「いいえ、退くわけには行きませんの」
「だが、剣も盾も無くなって、どうやって――」
「安心してくださいませ。なにせ、私は冒険者ですから」
それを言うならば、隆之たちも冒険者である。
しかし、武器も無くなり、スキルも使えない状態では、逃げるしかないはずだし、隆之たちもそうする。
だというのに。少女は、退かない。
「それに、私は。宣言いたしましたの。助けます、と」
もはや、今、何度目に思ったことだろうか。
いや、彼女のその言葉。口振りを見るに。嘘ではないのだろうが。
「であるならば、既に無関係ではありませんから」
本当に、彼女はFランクなのだろうか、と。




