#15
次の魔物が寄ってこないうちに、斃したブラウンウルフの解体を進めます。
未だに解体の手際自体は褒められたものではないですが、必要となる魔石を取り出すというだけであれば、そこそこ早くに行うことができるようになってきていました。
「ちなみに、階層が深まるほどに周辺環境の魔力濃度が高くなるから、自ずと魔石の純度――含有魔力量も多くなる」
月村さんがそう補足をしてくださいます。
そもそも、それゆえに魔物が強くなっている、という側面があるため、当然といえば当然なのでしょうが。
しかし、魔石の純度が高まるということは、それだけ魔力の吸収量が多くなるということで。
「より、効率よく鍛えることができる、ということですわね?」
「まあ、大雑把に言うとそうなるな。とは言っても、正直なところ第一層と第二層じゃ、そんなに変わりもしないが」
曰く、階層としての純度の差自体はありはするけれど、そもそもブラウンウルフを始めとする低層の魔物自体がそれほど保有魔力量が多くないから純度が上がったところでそれほど大きくは変わらないのだとか。
「つまりは、より上位の魔物の魔石を吸収すると、更に効率がいいということですわね」
「そうなるな。……まあ、そのためには、基本的にはその上位の魔物を斃せるだけの実力が必要なわけだが」
曰く、例外的には他の人が手に入れた魔石を使って、それを吸収する。という裏道もいちおうありはするとのこと。
手っ取り早く強くなれはする一方で、身体への負担が大きいなどのリスクもあり。また、能力と実力の乖離が激しくなりやすいなどの性質もあるために推奨はされないらしい。
……とは言っても、やっている冒険者の方は実情として多い、とのことではあるらしいです。
「ちなみに、その上位の魔物というのは、どのようなものがいるのでしょうか」
「うーん、そうだな。いろいろいるにはいるが、例えば阿蘇ダンジョンだと第四層からはグラウンドベアっていう熊の魔物が出たりするな」
そのまま、簡単にグラウンドベアの特徴を教えていただきます。
機動力こそブラウンウルフより多少低くはあるものの、圧倒的に強い膂力、強大な体躯とそれに伴うバイタリティ。
聞けば聞くほどに、サアッと顔から血の気が引く思いがしてまいります。
……私、そのうちにこんな魔物も相手することになるのですか? なんなら、グラウンド自体、あくまでただの一例でしかない、と。
「まあ、今の鈴音の実力だと、上位の魔物と戦うのは少し厳しいだろうから。まだしばらくはこの第二層に滞在することにはなるが」
月村さんの言葉に、コクリとうなずき、了承します。
むしろ、先刻のブラウンウルフ戦も、戦えていたし勝てはしていたものの、まだまだ粗いところが多い、という状況だというのに。今から次の層に行くぞ、と言われたほうが土台無理な話ではありますが。
「基本的にはこのあたりにはいないから安心していい。……が、たまにはぐれの個体が現れたりすることもなくはないから。仮に見つけたりしたときには戦おうとはせず、俺か千癒さんにすぐに言うこと」
「はい、もちろんですわ!」
さっきの話を聞いて、わざわざ自ら突撃しようだなんて、全く思いもいたしません。
コクコクと全力で首を縦に振って、そう答えます。
……ちょっとだけ、首が痛いです。やりすぎました。
第二層での訓練が始まってから、数日。
夏休みも、そろそろ終盤に差し掛かろうという頃合い。
「そろそろ、昇格試験に挑戦してみてもいいかもな」
今日も今日とて、立ち回りと位置取りの訓練をしていた私は、月村さんからそんなお言葉をいただきました。
「昇格試験、というと」
「今の鈴音はFランク。冒険者としては最低ランクだ」
この状態では、受けられる依頼に制限がかかるほか、ダンジョンの層としても、一定以上に踏み込めないという制限が発生します。それ以外にも享受できない事柄がいろいろとあります。
まあ、申請するだけで、余程の事情がなければほぼ例外なくなることができるランクだというだけはあり、仕方のないことではあるのですが。
それゆえ、Fランクは駆け出し冒険者、初心者冒険者と呼ばれる存在であり。優しい視線で見守られることはあれども、評価としては半人前がせいぜい。
そこからEランクにランクアップして、初めて脱初心者、一人前として認められる、とのこと。
「まあ、冒険者としての活動を続けて半月も経つからな。実績自体は十分だろう」
「あれ。でも私、今のところは訓練中心で依頼の類はやっていませんよ?」
「依頼は、だろう? 魔物であれば大量に斃してるじゃないか」
それは、たしかにそうです。
月村さんに指示されるまま、たくさん斃して解体して、そして魔石を吸収して、というのを毎日繰り返しているので、斃している数だけで言えば相当なものにはなります。
「で、斃した魔物の討伐証明は協会に提出してるだろ?」
「はい。だって月村さんが、魔物の素材の中で討伐証明の部位は協会が回収するから――って、まさか。もしかして私の実績って」
「討伐証明だぞ」
ちょうど解体していたブラウンウルフの尻尾――討伐証明を持ち上げながらに、月村さんがそう仰っしゃります。
言われてみれば、わざわざ討伐証明とまで言っているのだから、理解できそうなものではありましたが。
ダンジョンから出るとき討伐証明を納品、換金と同時にどの魔物が何体か、ということから実績を評価、記録しているのだとか。
曰く、冒険者証を使うと現在の評価を照会することもできるとのことです。……そういえば、最初の説明でも、協会の職員さんからそんなことを言われていたような気がいたします。
「もちろん、得られる実績としてはそれほど大きくはない。手っ取り早く実績を積み重ねたいのならば、それこそ依頼をこなすのが一番ではある、が」
私の場合は、そもそも急ぐよりも実力をつけるほうが優先で。
そして、Eランクへの昇格試験に必要な実績自体もそれほど多くないという都合、実力をつける頃にはいつの間にか討伐証明だけで足りていて。
「私が、Eランクに……」
「ああ、実力としては十分だと思うぞ。まあ、言ってもEランクだから、ある意味ここからスタートラインって感じだが」
けれども、大切な一歩には間違いがありません。
月村さんから、実力についてのお墨付きをいただけたのであれば、ぜひとも挑戦をしたいと思います。
「ちなみに、昇格試験ではどんなことをするのですか?」
「タイミングとかによって変わることはあるが、とりあえず共通して筆記はあるな。主には冒険者法の」
「……うっ」
「まあ、こればっかりは仕方がない。なんだかんだここまで勉強もしてきてるから問題ないだろう」
月村さんが言うには、難しいものでもないらしいので、大丈夫だと信じましょう。
……まあ、逆にあまりにも簡単すぎるがゆえに、全く勉強しなくても筆記試験は通過ができるらしく。結果的にそれなりのランクの冒険者でも法律を把握していない、なんて自体も起こっているらしいので、それはそれでどうなのかとも思いますが。
今の私としては、憂慮が消えたことをありがたく思っておきましょう。
……これで筆記の合格点がなければ泣きます。
「それから、実技に関してだが。これについては、本当にその時々によって変わる。ただ、基本的にはいくつか選択肢があって、受験者が選べる形なことが多いな」
なぜなのだろうと思っていましたが、理由を聞かされて理解いたします。
私は現在、月村さんと千癒の三人パーティを組んではいるものの、実際のところは私の訓練が主だということがあり、だいたいは私が頑張って行っています。……改めて考えてみると、本当になかなかな訓練を行っているのですね。
コホン、話を戻しましょう。冒険者の中には今のソロで挑んでいる方もいれば、パーティ単位でダンジョンで活動をされている方もいます。
前者の場合は私と同じようにだいたいのことは自力でこなせるようになっている一方で、後者の場合は自分の得意分野に偏りやすくなります。
特に、Fランクの冒険者ともなればソロで活動していることは稀で。大抵の場合は先達に帯同しながら活動を行う都合、基本的には自分の得意分野以外は現状ではめっきり、ということが多いらしいです。
……おかしいですわね。私も月村さんと千癒という、冒険者の先達に帯同しながら、教えていただいているはずなのですが。
ともかく、Eランクの冒険者として要求される能力は、冒険者として自分の役割を持てるということ。
そういう意味では、一律の試験はそぐわないのでしょう。
上位のランクになれば、要求される能力が変わってくるため試験の内容も変わってくるとのことですが、Dランクくらいまではしっかりと自分の強みを持てていればランクアップしていけるとのことです。
ちなみに、今のところスキルの使用に関してはまだまだ粗いところが多くて、戦闘中にうまく組み込むことができていないので。総合的な試験でないのは私としてはありがたいお話ではあります。
もちろん使えたほうが、戦闘は安定するのでしょうが。威力の低さはもちろんのこと、現状の私では発動に時間がかかってしまうのがネックで。月村さんからも「とりあえずは、無理に戦闘中には使わないほうがいい」とアドバイスをいただいているような状況です。
まあ、今よりも上位の相手を相手取るならば話は別とのことですが。それはまた追々、とのことです。
「まあ、大きな貢献をして例外的に上がることはありはするが、そうなるのは本当に余程の事態だからな」
実質的に、冒険者ランクという制度自体が冒険者が無茶な依頼をしたり不相応なダンジョンに挑んだりしないようにするためのシステムなので、そのランクと見做していいだろうというほどの実績と貢献があれば、という例外とのことです。
とはいえ、依頼には受注制限が。ダンジョンにも、一定以上の階層には制限がかかっているので、そもそもそんな状況になる方が稀で。
「そんなイレギュラーは頭から抜いておいて。とりあえずはEランクへの昇格試験について――」
月村さんが、話していた言葉を止めます。
それどころか、即座にその表情が険しくなり、ジッと数秒考え込みます。
「千癒さん。協会から予兆についての告知ってありましたっけ」
「いえ、全く」
予兆? と。私だけただひとりついていけていないものの。しかし、空気感からただならぬことが起きている。ということはわかります。
「ひとまず、今日の訓練は中止だ」
「……へ? あ、いえ。はい!」
驚きはしたものの。しかし、それどころではない、ということなのでしょう。
「鈴音。ここからゲートまでの道は覚えてるな?」
「はい。第二層の地形はまだ少しうろ覚えですが」
とはいえ、数日も滞在していたのでなんとなくの向きは把握しています。
……そういえば、月村さんと初めて出会ったときも、こんな会話をしたような覚えがあります。
たしかあのときは。
「――《風走り》」
月村さんが、スキルを行使します。移動補助用の支援スキル。
柔らかな風に包まれたかと思うと、私の身体が、ふわりと浮かぶような軽さを感じます。
月村さんと初めてであったとき、誘拐犯たちから逃げる際に使ったスキル。
それ以来、冒険者としての活動や訓練時には、練習の妨げになるという理由で使っていなかったスキル。もちろん、ダンジョンからの帰還も訓練の一端として認識しているため、帰るときに使う、なんてこともしたことはない。
それを、月村さんが使った。
このことが、意味することは、ただひとつ。
――逃げろ、と。月村さんは、そう仰っているのでしょう。
「悪いな。前と違って、今回は俺はやることがあるから、ついていけない。……代わりに、千癒さんがついて行ってくれるから大丈夫だろう。そもそも、あのときと比べて鈴音も強くなっている」
「待ってくださいませ。なにか、まずいことが起きているのは理解いたしますが。せめて、説明をしてくださいませ」
納得と理解は別物です。せめて、なにが起きているのかだけでも教えていただきたい。
しかし、私のその言葉に対して、求める回答を月村さんはしないままに。
「そのまま、ゲートまで駆け込んだら。すぐそばにいる協会職員にこう伝えてくれ」
その一方で、なにが起きているのかについては、彼の言葉で理解させられる。
「第四層……いや、たぶん第三層だな。阿蘇ダンジョンの第三層で、大侵攻が起きた」




