#14
「というわけで、ここから先が第二層だ」
「第二……層?」
こてん、と。
俺の発言に対して、首を横に傾けて疑問をあらわにする鈴音。
まあ、そう思う気持ちもわからないでもない。
なにせ、第二層とは言ったものの。階段なんかがあるわけではなく、依然としてただただ広い草原や森が続いているだけである。
「階段とか、そういうのがあるのを想定してたんだろ?」
「は、はい。ニュースなんかでも、階層突破とか、そういう書かれ方をしていることが多いので。てっきり」
「もちろん、鈴音の思い浮かべているような形をしているダンジョンもある。遺跡とか洞窟のようなダンジョンでは、そういうところが多い。……が、ダンジョンの性質はダンジョンごとでそれぞれ。形状についてもそうであるように、階層の在り方についても同様になっている」
特に、渋谷マルハチや阿蘇ダンジョンのように草原や森林のような閉鎖されていない環境が広がっているタイプのダンジョンでは、一定以上進んだ先が次の階層と判断されることがある。
もちろん、こういうタイプのダンジョンでも階層が変わったことがわかりやすいところもある。渋谷マルハチなんかは階層の境界はそこそこ急な崖になっている。
その点、阿蘇ダンジョンはわかりにくい。
途中からは谷底へと向けて降りていくような構造になっているものの、そこに行くまでの過程は現在のような草原と森があるばかりで、境界らしい境界がない。
「ちなみに、始祖ダンジョンこと高天原ダンジョンは遺跡型で、鈴音が想像しているように階段で降りていく、という感じだな」
「……もしかして、階層という呼び名は」
「ああ、その当時の名残……というか、慣習だな」
当時は現れたばかりの高天原ダンジョンの対処をする必要性があったために、様々な先人が挑み、情報共有をする過程で呼び名が生まれていった。
ダンジョン法などについても、突然の存在に対応するためにまばらながらに制定されていった。
だが、当時としては高天原ダンジョンしかサンプルがなかった都合、そのほとんどが高天原ダンジョン、あるいはその直後あたりに現れたダンジョンの形状を参考に、慣習として使われた名称が定着していっていた。
そのため、後に現れたダンジョンからしてみるとき疑問点が残る呼び方のものがしばしばあったりする。そのひとつが、阿蘇ダンジョンにおける階層というわけだ。
「しかし、であれば、どうすれば階層の境界がわかるのでしょうか?」
「まあ、基準となる要素はいくつかある。が、一番わかりやすいのは周辺環境の魔力濃度だな」
第一層から第二層に進んだ程度では微々たる差でしかないから、まだ魔力に慣れていない鈴音の体感からではそれほど変わったようには感ぜられないだろうが。
それがもう少し先の階層になってくると、そこそこはっきりとわかる変化になってくる。
「それから、出てくる魔物が強くなる。どちらかというと、周辺の魔力が多くなることに起因する現象ではあるが、今の鈴音からしてみると、これが一番わかりやすい違いかもしれないな」
実際、第二層に踏み込んでみた鈴音はというと、しばらく考え込んでから、違いがわからなかったのだろう。案の定首を傾げていた。
「まあ、実際に戦ってみたらわかるさ」
* * *
「――はあっ!」
襲いかかってくるブラウンウルフ。その爪を盾でしっかりと受け流してから、すれ違いざまにその胴体を斬りつけます。
戦っている相手は第一層で慣れ親しんだ――慣れ親しむほどに相手取らさせられ続けていたということもあり、その動きにはしっかりとついています。
が、たしかにその一撃はしっかりと重たく感ぜられます。これが、第一層との違いということでしょう。
とはいえ、まだ十分に許容範囲。反転して攻撃を続けてきたブラウンウルフをしっかりと見て、対処をしていきます。
「これ、で!」
身体の各部に傷が増えてきて、ブラウンウルフの動きが鈍くなってきたところで、一気に急所を攻撃を叩き込みます。
ブラウンウルフはなんとか一瞬を踏ん張ろうとしたものの、そのままバタリと倒れ込みました。
「やりました、月村さん!」
「ああ、お疲れ様。ちゃんと第二層でも戦えそうだな」
くるりと振り返ってみると、月村さんは小さく頷きながらにそう言ってくださり。千癒も拍手を贈ってくれます。
少し照れくさくはありますが、それ以上に嬉しさが出てきます。
「さて、それじゃあ解体を――と言いたいところだが」
私も、月村さんの言うとおり、いつものごとくブラウンウルフの解体を行おうとしていたところで。しかし、彼の言葉に手を止めます。
「より深い層に向かうごとでの魔物の変化は主に三つ。より強い個体が出てくるか、そもそも上位の個体や、あるいは別種の魔物が出るようにか。そして、もうひとつ」
答えは、聞くよりも。見る方がはやくて。
グルルルル、という声が、複数近づいてきます。
「個体数、生息密度の上昇だ」
現れたのは、三体のブラウンウルフ。
第一層よりも生息密度が高いところに、先程戦っていたときの音を聞きつけた近くの個体が寄ってきた、とのことです。
「やれるか、鈴音」
「……はい!」
恐れる気持ちが無いとは言いませんが、月村さんの口振りを考えるに、ここから先はこれが普通。むしろ、まだ優しい方だと言えるのかもしれません。
ならば、ここで止まっているわけにはいきません……!
「でも、危ないと思ったら助けてくださいませっ!」
「ははっ、もちろん」
どうにも締まらない、情けのないその言葉に。月村さんは苦笑いを浮かべながらにそう言います。
しかし、自身がないのだから仕方がない。集団の魔物との戦闘は、第一層でもハッカネズミなどで行っていたものの。今回の相手はブラウンウルフ。
体躯も攻撃力も桁違い。それでいて、俊敏さも兼ね備えている。
なにより厄介なのは耐久力。ハッカネズミは数こそ多けれど、一体一体はそれほど強くはない。それこそ、そこまで攻撃の重みがない私の攻撃でも、一撃か二撃でとどめを刺すことができます。
けれど、ブラウンウルフとなるとそうはいきません。
ブラウンウルフ相手には、ちょうど先刻戦っていたときのように、しっかりと機を見て的確に攻撃を切り替えして。というのを何度か繰り返したのちに、確実な一撃を入れる。というやり方で戦っています。
しかし、それが三体に増えた、ということは。発生する隙が三分の一、も残らないわけで。
「くっ……」
なんとか見て防御をすることはできていますが。一体の攻撃を防いだところで、別の個体が襲いかかってきて、というような形で。防ぐことで手一杯。
攻撃の隙なんてものは、当然ながらに都合よく与えてくれるわけもなく。
「守ってばっかりだとジリ貧だぞ」
「わかって、おります!」
気を巻きながらに。月村さんの指摘にそう返します。
しかし、わかってはいるものの、行動に移せない。防御以外のことに思考を回したいのですが、そのための余裕がそもそもない。
海未様であれば、このくらいの数はなんなく引きつけつつ、迅速に、的確に斃しているというのに。
……もちろん、今の私に憧れの御方と同じようなことができるとも思っておりませんが。
「ひとつ、アドバイスだ。どうなれば。どういう状況になれば戦うことができるのか、ということを考えてみるんだ」
「どう、なれば……」
「ちょうど、今の鈴音は戦えていない。それは、なぜだ? なにが邪魔をしている?」
言われたとおりに、考えてみます。
根本の数が多い、ということについては。今回、どうしようもない要素でしょう。
強いて言うなれば、まずは一体を集中して狙って、戦いやすくする程度でしょうか。
ブラウンウルフからの攻撃は右から、左から。そして前から。
防いだと思えば、今度は後ろから。
十全な連携とは言えないまでも、ブラウンウルフの間で次々に攻撃を仕掛けてきていて、次にどこから攻撃をしてくるのか、ということに意識のリソースを過大に割かなければ、対応が遅れてしまう。
せめて、これが一方向から揃って攻撃してきてくれていたならば、まだ対処のしようがあろうに。
「……方向」
ポツリとつぶやいたその言葉に。視界の端の月村さんがニヤリと笑ったような気がします。
三体のブラウンウルフに取り囲まれている状況。このせいで、立ち回りと思考が制限されています。で、あれば。
一体、二体。三体目の攻撃をいなして、同時、駆け出します。
進む先はブラウンウルフたち――とは真逆。
ブラウンウルフたちから少しだけ距離をとって、そこで、反転。
離れていく私を逃がすまいと、ブラウンウルフたちが真っ直ぐに追いかけてきて。
至近距離にいたからこそ、取り囲まれ、攻撃が各方向から飛んできて、対処に苦しむことになった。
けれども、距離をとったことによって。多少の角度の差はあれども、三体ともが同じ方向から、真っ直ぐに攻撃を仕掛けてきている。
これなら。
一体目の攻撃を防ぎ、二体目もしっかりと受け流してから。
三体目の攻撃に、カウンターを差し込む。
一体ずつと戦っていたときとは違い、残りの二体についてはノータッチなので、すぐに反転して追撃に備える。
案の定、すぐそこまで迫っていたブラウンウルフ。けれども、まだ、このペースなら間に合う。
時間はかかるし、体力も消費する。けれど、これくらいなら対処できるくらいには、なっている。
「……よし、一体斃した」
まだ絶命までは至っていないが、十分に行動不能に追い込めた。
そこからは、先程までと比べれば随分と楽だった。
体力は消耗していたけれども、それを差し引いても、やりやすさのほうが勝っていた。
三体のブラウンウルフ……最初の一体も含めると、合計で四体のブラウンウルフを斃して。
さすがに多少荒げていた呼吸を整えながらに、剣をおろします。
「お疲れ様。しっかりと立ち回れていたな」
月村さんが労いの声を。そして、千癒が水筒を差し出してくださいます。
くっこっこっ、と。喉に流し込む麦茶が熱を奪って、ひんやりとした感覚を与えてくれます。
「一体一での戦いでは、基本的には正面から構えるから失念しがちだが、戦いにおいて立ち回り、位置取りというのは非常に大切だ」
ある意味では、最初のブラウンウルフは攻撃を続けるという立ち回り、取り囲むという位置取りで、私に対して有利をとっていたわけです。
そしてそれを、直列に並ばせるという位置取りを私が取ったことで、こちらに戦況が傾いた。
「もちろん、今回のような戦い方をいつもやれるわけじゃあない。ブラウンウルフは比較的単純な思考をしているから陣形の誘導が用意だったが、知能の高い魔物相手だとこうはいかないだろう。だが、同じように戦えなくとも、立ち回りと位置取りを意識する、ということ自体は有効に働く。ソロで戦っているときも、パーティで戦っているときもな」
「パーティで、だと、立ち回りが変わったりするんでしょうか?」
「ああ、変わる。それも、大きくな」
ソロで戦うならば、自分と魔物との位置関係を考えるだけでよかったところを、パーティ単位で戦い始めると、味方の役割と、それを加味した位置取りまでもを考える必要が出てくる。
「む、難しいですわね」
「まあ。鈴音がどういう役割をするのか、にもよるけれども。例えば、盾持ち――前衛の役割は、後ろを守り、敵を通さないこと。そのためにどこにいるべきか、というような感じだな」
具体的な仕事内容を考えると、少しだけ理解ができるような気がしてきます。
そして、そうだとすると。今回見たく大きく動いて、改めて位置取りをリセットする、なんてことができない、ということも。
つまり、最初から。相手との位置取りを調整していかないといけないということ。
「考えることが多そうですわ……」
「まあ、そのぶん今回とは違って、後方からの支援もあるから。どちらも一長一短ってところだけどな」
まあ、そういう葉単位の訓練についてはまたのちのちにやっていくとして、と。月村さんはそう言ってから。
「まずは、位置取りを考えながらに立ち回りを作っていく練習だ」
「……ふふ、わかってますのよ。ここから、地獄の反復練習だということは」
「おう、よくわかってるじゃあないか」
にっこりと、笑顔を携えながらにそう仰る月村さん。そうでは、そうではないのですが。
……しかし、その反復練習があったからこそ、今日戦えていたわけで。
最初の頃は無茶だのなんだの叫んでいたというのに。
いつの間にやら、必要なことだと、認めてしまっている自分がいて。
「複雑ですわ……」
私は、小さくそうつぶやきました。




