#13
「はふぅ、今日も疲れましたわ……」
お祝いとして月村さんが連れて行ってくださったレストランから帰ってくるなり、私はそのままベッドに直行いたします。
千癒が「ベッドが汚れますよ」と言葉で諌めてくるものの、実際に引き剥がしたりなどをしてこないあたり、私の体調を鑑みてくれているのだろう。本当によくできた侍女です。
よくできた、という意味で言えば。まさか千癒が冒険者としても上澄みであったということには驚かさせられました。
Aランクというと、冒険者としてはひとつの目標地点といっていいでしょう。
いちおうこの上にSランクや、特例的に付与されるSSランクなども存在しているが。これらのランク区分については。Sランクであれば、Aランクという仕切りでは区分できなくなった存在に与えられ、SSランクについては災害級と呼ばれる、甚大な被害を齎す魔物などを討伐した場合に与えられる、といったように。その存在自体がもはや半ば勲章的に扱われている。
元々の制度上も、そして、実質的な最終地点としても。Aランクは最上のランクであると言えます。……とまあ、このあたりについては月村さんから教えていただいた受け売りそのままですけども。
「んもう、それならそうと言ってくれてもよかったのに」
「……聞かれませんでしたから」
私のその言葉に、千癒は少しバツが悪そうに視線をそらすとそう言います。
まあ、千癒自身、私が冒険者に興味があったということは当然認知していたということもあり。そして、彼女も実力があるように冒険者という職やダンジョンという場所の危険度についての認知もあったからこそ、下手に私がダンジョンに行きたいと言わないようにという配慮だったのでしょう。
「しかし、Aランク並み、ですか」
ベッドの上で姿勢を整えてから、じいっ、と。千癒の顔を見つめてみます。
表情変化がやや少なめな千癒ですが、長い付き合いもあってか、彼女が恥ずかしがっているのが見て取れます。まあ、今回に関しては彼女の表情変化自身いつもより少しばかりわかりやすかったのもありますが。
「まあ、実際に昇格の試験などを受けたわけではないので。本当のところはどうなのかはわかりませんが」
「でも、あの場に於いても明確な否定をしないあたり、あながち月村さんの評価も間違ってはいなかった、ということですわね?」
「…………はい」
無論、私とて月村さんの言葉を信用していないわけではないのですが、改めて千癒の口からも肯定の言葉を得られました。
つまり、私は月村さんというすごい方と、実質Aランクの千癒のふたりについてもらっているというわけで。なんてことでしょう。とても恵まれています。
……と、そういえば。
「月村さんのランクは、なになんでしょうか」
今の彼のランクは私と同じくFランクなのですが、それは冒険者証を無くしてしまって再発行したから、とも言っておられました。
つまり、それ以前は別のランクであったはずで。
「実質Aランクの千癒から見て、月村さんはどのくらいのお方なのでしょうか」
「……その言い方はやめてください、鈴音お嬢様」
どこかやりにくそうに言う千癒。しかし、さすがは千癒。それはそれとして、ちゃんと質問については考えてくれます。
「正直なところ、わからない、というのが答えになります」
あまり回答にはなっていませんが、と。千癒は申し訳なさそうに言う。
「月村様の実力については、実際に戦っているところを見たりしたわけではありませんし。それ以外の行動についても、基本的にはお嬢様の補助をしている姿しか見ていませんから」
まあ、そうなるのも仕方がないのかもしれません。
実際、私も一番最初にお会いしたとき以外で月村様が戦っているところを見たことはありません。強いていうなら私も千癒も、訓練のときに武器を扱っている様子は見ていますが、あれはあくまで稽古としてですし。
もちろん、戦いの強さだけが冒険者としての実力、というわけではないにせよ。それがわかりやすい指標である、というのも間違いのないことではあって。
そういう意味では、私も千癒も。月村様の本当の実力を知らない、ということにはなるのでしょう。
「ですが、そうですね。最初にお会いしたとき。もちろん、多少のブランクこそあったものの、私は全力で隠密をしていたつもりだったのですが」
たしかに、あのときは月村さんが千癒の存在に言及して、それから千癒が現れて、という流れでした。
そういえば、今までもどこからともなく千癒が現れることがありましたが。それらについてもあのときと同じように、千癒が隠れていた、ということなのでしょう。
ちなみに、私は今まで一度も気づいたことありません。
けれど、月村さんはそんな千癒のことをあっさりと見つけていたわけで。
「そういう意味では、私以上。ということになるのかもしれません。もちろん、一側面でしか無いですし、結局のところ月村様のランクがいくつなのか、についてもわからないままですが」
と、千癒がそう評します。
千癒以上、となると。すなわちAランク以上ということになるわけで。驚きもありますが、納得のほうが強く思えます。まあ、千癒の言うとおり、正確なランクはわかりませんが。
とはいえ、実際にお父様が私の冒険者になるための条件として、月村様に教えを乞うことを指定していたり。その際に、月村様のことを信頼の置ける方、と仰っていたりしているところを見るに、たぶんすごい方ではあるのでしょうが。
「そうなのですね。……てっきり、千癒であれば最初の頃に調べていそうなものだと思っていたのですが」
「最初、月村様の素性について調べようとはしたのですが。ご当主様より、彼の身分については私が保証するから問題ない。と、遠回しに調べないように言われてしまいまして」
そして、今となっては冒険者証の再発行に伴って過去の冒険者登録自体が抹消されているから。それこそ調べにかかる勢いでもなければ、彼のランクについてを知ることはないだろう、と。
「もし、お嬢様が気になるのであれば、調べてまいりますが」
「いえ、大丈夫ですわ。ランク云々はともかくとして、月村さんがすごい、というのは間違いのないことですから」
無論気にならないといえば嘘にはなりますけれど。だからといって、月村さんの立場からしてみても過去をおいそれと詮索されるのも気持ちのいい話ではないでしょう。
お父様と話していたときの会話の端々から、以前いたパーティでなにかがあった、というのも伺えましたし。そういう意味でも、お父様が過去の経歴について調べないように千癒に言ったのでしょうし。
それに、
「いざ本当に知りたくなったら、お父様に聞きに行きますわ!」
「……たしかに、間違いなく知っておられる方ですね」
私たちの身近な存在の中で、唯一月村様のことを元々知っていたのがお父様ですから。いざとなったら聞けばわかるでしょう。
そして、今は月村さんのランクについてはそれほど重要ではないので、それならば月村さんの事情の方を大切にいたします。
それに。今は自分のことで手一杯ですし。
ついに昨日に魔力を身体の中に取り込んで、そして今日からそれを本格的に使えるようにと練習が始まった。
「ああ、そういえば。お休みをする前に残りの魔石の吸収をしておきませんと」
よっ、と。身体を起こして、机に向かう。終盤に斃した魔物の魔石については、吸収せずにそのまま持ち帰ってきていた。
明日でもよろしいのでは? と、千癒が言ってくる。実際明日でもいいのだけれども、やれるのならば今日のうちにやっておこう。
両の手で魔石を包み込みながら、魔力を吸収していく。
最初の頃はあまりわからなかったが、少しずつ、魔力が流れ込んできている感覚が理解でき始めてきていた。
体内の魔力量についても、わずかではあるものの自覚を伴い始めてきている。
とはいっても、魔力を放出してスキルを行使できるほどには練度も魔力量もまだまだ足りていないけれども。
でも、着実に。少しずつではあれども、強くなれている、という実感があって。
夢見た冒険者に近づくことができているというその事実に。嬉しさがわき上がってくる。
最後の魔石まで吸収を終えて。私はふう、と小さく息をつきます。
千癒が「お疲れ様です」と、紅茶の準備をしてくれて。花のような柔らかな香りで、少し、落ち着いてきます。
「ねえ、千癒。私はなれるでしょうか、立派な冒険者に」
「ええ。お嬢様であれば、きっと」
多少のお世辞は含まれているでしょうが。しかし、千癒のその言葉は、嘘で告げられたものではない、とそう感じます。
もちろん、そのためには、たくさん頑張らないといけないことはあるのでしょうが。
「頑張りますわ。私」
* * *
朝に軽く訓練をこなしてから、ダンジョンに移動。
魔物を斃して魔石を吸収し、程々のタイミングで帰還。
帰ってからも可能な範囲で訓練を行って。
というサイクルを行うこと、半月ほど。
鈴音は、それなりに冒険者として活動できるようになってきていた。
解体についてもかなり見ていられるようになってきたし。魔力もまだまだ多いとはいえないまでも、Fランク冒険者としては平均か多少上程度には保有している。
魔力の放出についてはまだそこまでうまく行っていない、というか。
「……むむむ」
ダンジョン内で、スキルの練習を行っている鈴音の様子を眺める。
彼女の両の手の中には、小さな光が灯っている。
おそらく、鈴音の適正スキルは光系統のものである。それこそ、最初に使えるようになったスキルが光珠という光源確保用のスキルだった。
ただ、光系統のスキルは全体的に消費が重たい上に扱いも難しい。光珠のような補助用のスキルであればそれほど難しくもないのだが、攻撃用となると随分と変わる。
もちろん、その分威力も申し分ないのだが。初心者向けのスキル、ではない。
鈴音にはそのことを告げた上で、適性外のスキルの習得を目指すか、それともひとまずは光系統のスキルを練習するか、と尋ねた結果。彼女が選んだのは光系統を練習することだった。
選択としてはそちらのほうが長い目で見るといい。
適性外はどうしても最終的な伸びで悩むことになるし。適性スキルと比べて消費は多くなるので、結局のところ扱いの難しさ以外ではそこまで大差がつかなくなる。
そういう意味では先に自分の適正を伸ばすほうが合っている、というのも事実ではある。
「むむむむむむ!」
まあ、消費云々はともかくとして、扱いの難しさは相変わらずなので、今も四苦八苦しているようだが。
とはいえ、少しずつ扱えるようになってきている。今も、両手の中に魔力が集まってきていて、スキルが形を成してきている。
「そのまま、前方に向けて発射する感じでやってみろ」
「はい! 《光線》ッ!」
鈴音が手を前に向けると、その方向に細い光が真っ直ぐに伸びていく。
そのまま、正面にあった樹木の表面に当たると、その外皮がジュウという音を立てながらに焼け焦げる。
「やりました! でました! 見ましたか、月村さん! 千癒!」
パアアッ、と。ひまわりのような笑顔を向けてくる鈴音。
「ああ、しっかりと見たぞ」
俺がそう答えている後ろでは、千癒さんが「素晴らしいです、お嬢様」と、頷きながらに拍手を贈っている。
一ヶ月弱も付き合ってきていると、なんとなくだが千癒さんのことも理解してきた。
表情変化が乏しいというのも事実だが、どちらかというと、業務と私感情を切り分けるためにめちゃくちゃ頑張っているだけで、感情自体はめちゃくちゃ豊かだし。それを抑えるために無表情になっているだけだ、この人。
事実、表情を顕にする必要がある場面――例えば威圧をする場面などではめちゃくちゃ怖い顔をする。
あと、鈴音のことがめちゃくちゃに好き。推しとかそういうレベル。たぶん仕事じゃなかったら今だって団扇とか振ってる、かも。
……まあ、これについては最初からわかってたことではあるけど。
鈴音の《光線》は樹木の皮を焦がすに留まっていた。
威力はまだまだ低いが、それでもしっかりとスキルとしての形は成している。
先述のとおり、光系統のスキルは消費が重たいので、鈴音の適正を加味しても、正直実用に足るにはまだ厳しいところはある。
が。全く扱えないと、実用性がなくとも使えるでは全く変わってくる。
そういう意味では、及第点であると言えよう。魔力の不足は繰り返しの魔力吸収で上がっていくし。いちおう、抜け道がないわけでもない。
ともかく、これから練習を繰り返していくうちに、扱えるようになるだろう。
夏休みも、あと半月と少し。
高校が始まってからでも冒険者がやれないわけでないが、こうして集中して訓練、というのは難しくなる。
今の鈴音ならば、もう少し先まで踏み込んでも大丈夫だろう。
「それじゃあ、次の階層に進んてみるか」




