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#12

「そういえば、更科様は月村さんとどういった関係なのですか?」


「更科か陽一でいいよ。んで、そこの支樹との関係性は、阿蘇ダンジョンの中で偶然出会って、それからしばらく一緒にいたって感じだな」


「ダンジョンで出会った。ということは、更科様も冒険者なのですか?」


「まあ、半分くらい正解かな」


 陽一の答えに。半分? と鈴音が首を傾げる。


「この陽一とかいう料理ジャンキーは魔物の肉の味がどんなのか知りたいという理由でなんの準備もせずにダンジョンに挑んだ阿呆でな」


 それで魔物に追いかけられているところを偶然に俺と出会った、というわけである。まあ、料理に対してのそれだけの執心があるからこそ、これだけおいしいものを作れるのだろうが。

 だから、いちおう冒険者証は持ってはいるが、冒険者になったのは目的の補助的なところという事情がある。


「だから、冒険者ランクもDだしな」


「ふっふっふっ! 私は最低ランクのFですの!」


「だろうね。昨日の今日でFから上がってたらびっくりするよ」


 相変わらず自慢にならない自慢をする鈴音。

 理屈上ではやれなくはないんだろうが。まあ、ほぼ無理と思っていいだろう。


「まあ、支樹のランクはいいとして」


「おい」


 しれっと陽太に流される。


「千癒さん? でしたっけ。一緒に行ってたってことは千癒さんも冒険者なんですよね?」


 ああ、そういえばなんだかんだで彼女のランクは聞いていなかったか。

 結構強いし、弓弦さんからの、鈴音の冒険者になる条件につけられるくらいだから、低くはないと思うんだけど。


「私はCランクですよ」


「……ああ、なるほど」


 思ったよりも低い。が、あまり驚きはない。


「嘘をつくな、とは言わないんですね。月村様」


「いやまあ、これで冒険者に詳しくないやつとかならまだしも。いちおうはそれなりにやってた人間なのでね」


 実際のランクに実力が伴っていない、ということは良くも悪くも起こることがある。


 もちろん、冒険者のランク制度自体がバランスの破綻したチームアップを予防したり、実力に見合わない依頼を受けて被害を発生させない、などの事故を未然に防ぐものであるという性格上、特に実力不相応のランクアップについてはそこまで多いわけではない。

 ……が、冒険者稼業というものについてをソロで行っているものもいればパーティ単位で行っているものもいる。特に後者の場合はパーティメンバーの支えなどもある都合、本来のランクとはよりも高くなることがある。かつての俺みたいに。


 だが、これについてはそれほど多い事例ではない。先述のとおり、本来のランクよりも実力が下回っている場合、本人に被害が降りかかり、協会側にも責任問題が発生しかねない。

 だからこそ、この点については基本的には協会も慎重に判断をする。上位のランクになればなおなこと。


 その一方で、いい意味で実力がランクに見合っていない――実力がランク以上である、ということは往々にして起こる。

 もちろん、大前提として冒険者として生活していく上ではランクが高いほうがいい、という事実はある。受けられる仕事の範囲は広がるし、ランクの高さはこれまでの経歴の証左であり、そして

地位の高さにも直結する。そのため、諸々の信用度などについてもランクの高さがそのまま反映されてくる。


 だが、もちろんその一方でデメリットがないわけではない。

 たとえば、そこまでたくさん稼ぎたいわけではなく、ほどほどに、適度に安全に、というような生活を目指すような人たちにとってはAランクまで上げるメリットが薄い。

 もちろん恩恵がないわけでもないが。その一方で、低ランクの依頼を堂々と受けにくくなってしまう。

 いちおうキチンと補足しておくと、余程の初心者向けの依頼でもなければ下のランクの依頼に対して受注制限がかかることはまあない。だが、それはそれとして「Aランクのくせに低ランク冒険者の食い扶持を奪うのか」というような視線を向けられることはある。


 そして。加えて、発生する最大のデメリットこそ。


「応召義務、だな」


「オーショーギム?」


 コテン、と。鈴音が首を傾げる。


「ああ、高ランク冒険者は、協会からの緊急時の要請に対して、正当な理由なく断ってはならない、というものだ」


「……そんなものがあるんですの?」


「ああ。とはいっても、そんな頻繁に要請されるようなものでもないけどな」


 本当に緊急の自体のとき、協会の手に余る自体が発生、あるいはその発生が予見されるとき。たとえば大侵攻スタンピードという、魔物の大群が奥地から大挙をなして低層、そしてそのままゲートへと向かってくるような事態が発生したときに、周囲にいる高ランク冒険者に対して要請がされることがある。というようなものだ。


「ちなみに、違反するとどうなるのです? なんらかの罰などがあるのでしょうか」


「まあ、余程であれば課せられることもあるな」


 返して言えば、それなり理由があれば特に違反にはならない。


 そもそも全員の証言などについてを精査することが難しい、ということもあるし。なにより、命に関わるようなことでもあるために、下手な強制が難しいということもある。

 基本的には自己責任が原則の冒険者であるだけに、無辜なる民の盾となれ、などと言われて、はいそうですか、とうなずくやつはほぼいないし。それを強要するのが理不尽であるということを冒険者協会も理解している。


「少なくとも、俺の周りでは罰せられたって話はほぼ聞かないな」


 基本的には《海月の宿》は要請されれば対応してたし。仲のいいパーティなどもだいたいは同じくである。

 当然ながらに、危険度と緊急性が加味されていて報酬は普段と比して高いし。

 それがなくとも、大前提として冒険者協会からの要請が入る時点で相当な緊急事態であり、放置していると自分たちの生活が脅かされかねない。


「とはいえ、全員が全員、いつだって冒険者としての活動を優先できるわけじゃあない。専業冒険者だってそうなのに、兼業で冒険者をしているものからすれば、万が一に応召義務による罰が発生しかねない状態というものはあまり好ましくないわけだ」


「……あっ」


 千癒さんが鈴音に付き従っているように、彼女は鈴音の侍女、メイドである。

 基本的にはメイドとしての活動を優先する必要のある彼女にとってはCランク(これ以上)の立ち位置は邪魔になりかねない。

 ちなみに、Cランクは応召義務が発生するギリギリのランクではある。が、その一方でCランクに応召義務が発生することはほとんどない。

 余程事態が大きいか、あるいは緊急性があまりにも高いときに。高ランクが事件の対応をしている周囲ではぐれてきた魔物の掃討の手が回らないときなどに呼ばれることがある程度。大局でみれば、必要ではあるもののそれほど重要な役割ではない。

 加えて、Cランク自体もそれなりに母数がいることもあり、対応できる人もそれに比して多く。応召義務を無視したところでまず罰は発生しない。


 そういう関係で、Cランクか、一切の応召義務の発生しないDランクで止めている冒険者は存外に多い。

 ちなみに、同様の理由があり陽一もDランクよりは強い。まあ、コイツに関しては冒険者としてのランクの高さによる恩恵よりも、ダンジョンの中に入ることができるという立場が欲しかっただけなので、ランク自体に興味がなかったということもあるのだろうが。


「……つまり、千癒はCランクですけれど、実力はそれ以上、だと?」


「ああ。間違いない。俺自身、直接千癒さんの実力を確かめたりしたわけじゃないから正確な判断は難しいが。少なくともBランクの上澄み……なんならAランクでもおかしくないくらいだ」


 ほわあっ、と。鈴音が口をあんぐりと開けながらに、驚きと感心。尊敬の籠もった視線で千癒さんを見る。まあ、鈴音からしてみると、身近なところにそんなすごい人がいたのか、という感じなのだろう。

 一方の千癒さんはというと、突然の主人すずねからの視線に、やりにくそうに珍しく少しばかりうろたえている。普段表情にほぼ変化がないだけにかなり珍しい。


「しかしまあ、支樹曰く強い人の千癒さんと。そもそもの支樹に見てもらえるって、なかなかに恵まれてるな。鈴音ちゃんよぉ」


「はい! 私、みなさまにとっても支えていただいておりますの!」


 うーん、あまりにも純真でいい子。それでいて、この笑顔が眩しい。

 繰り返しにはなるが、やはり家族から愛されるわけである。


「とはいえ、ある意味では支樹の下についたってのは間違いない判断ではあるんだが。……コイツ、なんていうか。こう、結構無茶振りしてくるところあるだろ?」


「おい、どういう意味だそれ」


「俺も支樹のお世話になったことのある立場だから、なんとなく思うところがあるっていうか」


 陽一は、どこか遠いところを見つめるような素振りを見せながらに「それに」と、言葉を続ける。


「お祝いの食事中に、半ば授業みたいな解説を始めてる時点で、なあ」


「……うっ」


 それは、そうかもしれないが。

 ただ、これに関しては、そもそも最初に冒険者ランクについての話題を振って来たのは陽一であるということは主張しておく。


「それで? 実際のところどうなの? 支樹から無茶苦茶なこと言われたりしてない?」


「はい! 支樹さんはちゃんと、その、ええっと……」


 最初の勢いこそよかったものの。おそらくは反射で言っていたのであろう。すぐさま、その勢いは尻すぼみに衰えていく。

 なんとか言葉を取り繕おうとしてくれているのはありがたいのだが、それがなおのことリアリティを引き立ててきている。

 陽一からの視線が痛い。


「ちなみに、どんな訓練してるの?」


「ええっと、最初の頃はひたすらに走り込んだり、筋トレをしたり。合間合間の休憩時間にお勉強をしたり――」


 陽一に聞かれるままに、鈴音はこれまでやってきたことを話す。彼は彼女の苦労話を共感するようにしてうんうんと聞きつつ。時折こちらにジトッとした視線を向けてくる。なんだその目は。


「で、でも。今となっては必要なことだったと、理解していますの。よわよわだった私を短期間でダンジョンに挑めるようにするためには」


 なんせ、最初は小学生並みの体力でしたから! と。いつもの堂々たる様相で言ってみせる鈴音。

 最初はただの自虐でしかなかったその発言だが。最近になってくると、そこからここまで成長した、という意味合いにも聞こえるようになってきている。それだけ、彼女が頑張ってきた、ということでもあるが。


「まあ、なんだ。先達っていうには久しく冒険者はちゃんとはやっていないが。大変なこととかがあったら飯なら出してやれるから、いつでも来ていいぞ、鈴音ちゃん」


 食事代はそこの支樹につけておいてやるから、と。おい。なに勝手に言ってるんだお前。

 それに対して鈴音はというと、ちゃんと対価はお支払いいたしますの! と。

 まあ、まだ陽一に鈴音の素性を話していないからアレではあるが。初心者冒険者、にしては珍しく、間違いのない財力のある人間ではあるので、それなりにお値段が張るここの料理でも鈴音なら払える。

 ついでに言うと、俺につけたところでそのお金の出処がどこだというと、鈴音の実家である。


 まあ、鈴音の性格上。もしこの店にひとりで来るとしたら、自力で稼いだお金で払えるようになってから、な気もするけれども。


「しかしまあ、なんだ。支樹もまた面白そうな娘を拾ってきたもんだな」


「……もしかして、拾われた、の間違いかもしれないがな」


 小さくつぶやいたその言葉に、陽一はコテンと首を傾げていた。

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