#11
翌日。午前中にはいつもとは別の、追加の訓練を開始し。昼食を摂ってから午後にダンジョンへ。
ダンジョンでやることは昨日と同じ。阿蘇ダンジョンのゲート付近から少し抜けた先で、他の冒険者と勝ち合わないように気をつけつつ、出現した魔物をひたすらに倒していく。
ダンジョンに入っても問題のないくらいの実力は、今の鈴音は有しているものの。それはそれとして冒険者としてはまだまだ駆け出しではある。
基本的な訓練が応用的な訓練にはなったものの、それでも単調な繰り返しは多い。
まあ、海未のような規格外な冒険者でも日々の鍛錬は反復練習が主なことを考えると、あながちこれで間違いはないんだろうが。
それに、鈴音についても、さすがに自覚を伴う変化を得つつあった。
まだ魔力をスキルという形で放出できるほどには魔力を有していないか、あるいはそのあたりのやり方で躓いているか。まあ、このあたりのことには当人の保有魔力量と同時に器用さも関与してくるところはあるので、両方だろう。
しかし、放出できなくとも保有はしている。ブラウンウルフがそうであるように、魔力は保有しているだけで身体機能を向上させる。
加えて、繰り返しの修練によって動きに磨きがかかってきていることもある。
昨日よりも短い時間だというのに、鈴音は既に昨日に匹敵するかそれ以上の数を斃しているし、それでいて、午前には別の訓練を行っていて運動量では昨日よりも圧倒的に多いであろうに、まだ、俺からの体力回復を受け取っていない。
当然、戦っている鈴音が一番その変化を感じ取れることだろう。なんせ自分の身体のことでもあるし。筋力の増加とか体力の増加とは違って、斃した数という明白な数的指標がある。
もちろん、先述のように冒険者としてはまだまだである。実力も、経験も。技量も、知識も足りない。
だが、その一方で。着実に、一歩一歩を進むことができているというのもまた、間違いようのない事実だった。
「鈴音。左の方からハッカネズミの一団が接近してるぞ」
「了解しました!」
索敵の結果を鈴音に伝えると、彼女は元気の良い返事とともに対処にあたってくれる。
「っと、それじゃあ千癒さん。ちょっと鈴音のことを頼んでもいいですか?」
「元より、それが私の仕事ですので」
千癒さんはそう言うと恭しげに頭を下げる。俺相手に別にそんなにしなくていいって言ってるんだけども。まあ、彼女なりのなにかがあるんだろうが。
とかく、千癒さんに任せておけばなにかがあったときにはすぐの対処ができるだろう。なにせ、彼女については鈴音の身の安全を最優先に考えている。有事が起こればなによりも鈴音を先に助けてくれる。
まあ、今の段階でそんな有事が起こる可能性は低いだろうけど……って、これはフラグか?
とはいえ、確率は事実として低い。というか、
低くあれば、いいし。低くすれば、いい。
「……まだ、鈴音が相手するにはちょっと厳しいと思うんだよな」
だから帰ってくれない? と、そう言ってみるも。当然ながらに魔物に言葉は通じない。通じるやつもいはするが、それは相当に高位の魔物になる。
グラウンドベア。そこそこに強い魔物ではあるが、魔物全体で見ればまだ低位に属する熊型の魔物ではある。
だが、それでも脅威度についてはブラウンウルフなどとは比にならない。正直、こんなところにいるような魔物ではないはずである。まあ、なんらかの事情でやってきたはぐれかなにかだろうが。
大地の名を有するだけはある巨躯とそれに伴う膂力。
魔力の放出こそブラウンウルフと同じくほぼ行わない一方で、ブラウンウルフ以上の魔力量を保有しており。
やはりシンプルに身体の強化がなされているそれらは脅威で、大地を捲り、岩石や大木をいともやすやすと投げつけたりしてくる。
だが、返して言えば。単純なパワータイプである。
慣れてきた冒険者からしてみれば、その程度であればいくらでも対処の手札はある。
帰ってくれないのなら、還ってもらおう。
「あっ、月村さん! どこへ行っていらっしゃったのですか?」
「ああ、まあ。ちょっと周辺の散歩にな」
散歩から戻ってきた俺を、鈴音は大手を振りながらに出迎えてくれる。
ハッカネズミの対処を任せたきりどこかに行っていたことを詰められるかと思っていたが、鈴音に限ってそんなことはなかった。
彼女の傍らにはハッカネズミの集団が横たわっていて、ちょうどそれらをひとつひとつ解体している途中らしかった。特徴でもある爽やかなミントのにおいがする。
「とりあえず、こいつらを解体し終わったら今日のところは帰ろうか。少し早い時間帯だが」
昨日とは違い、まだ多少の余力を残している鈴音は、まだ行けますよ? というような表情を浮かべる。俺の方から課したら課したで鬼畜だのドSだの言ってくるくせに、なんだかんだで割と自分からも求めてるじゃないか。……まあ、早く一人前になりたい、という思いからくる行動ではあるのだろうが。
と、それはひとまずおいておいて。
「そもそも、今は俺や千癒さんがカバーに入れる体制だから無理をできてるが。本来なら、冒険者としての活動を維持する場合、ダンジョン内で限界ギリギリまでやるのは危ういんだよ」
「……あっ」
ダンジョンでは、なにが起こるかがわからない。
それこそ、鈴音は知りはしないが先程のグラウンドベアのように、偶発的に強力な魔物とかち合う可能性もある。
戦うにせよ、逃げるにせよ。そのときに余力がなければそのどちらの選択肢も生まれない。
その先に残るのは死であろう。
実際、昨日の鈴音は別荘に帰る道中の車の中から泥のように眠って、そのまま千癒さんに諸々の世話をされていたが、これはあまり好ましい形ではない。
まあ、昨日のことについては。今日以降に多少の余裕ができるようにと俺がそこそこ無理矢理気味に内容を詰め込んだのが理由なので、これについては鈴音が咎められる道理はないのだけれども。
「もしまだ追い込みたいっていうのなら、ダンジョンの外でにしたほうがいい」
そのほうが圧倒的に安全である。
……まあ、少なくとも今については俺や千癒さんがついているから、多少の無理をしたところで問題はないのだけれども。
でも、これに慣れるというのも良くはない。
「自分の体力の限界値と、そして引き際を見極める。その能力も、冒険者として生きていくための必須スキルだからな」
というわけで、まだ多少の余力がある今くらいのタイミングで撤退である。
「それに、今日は他にやることもあるしな」
「……へ? ええっと、それってどういう」
「まあまあ。そのときになってからのお楽しみだ」
俺のその口ぶりに、彼女はヒイッと顔を青くさせる。
うーむ、この反応。いったい俺のことをなんだと思っているのか。
なんてことを話しているあたりで、ちょうど最後のハッカネズミの解体も終わったようである。
魔力の吸収は帰ってからでもできるので、必要なものをカバンにしまいながら、俺たちはゲートの外へと向かった。
帰り道。千癒さんに頼んで車を走らせてもらうことしばらく。
てっきり別荘に戻るものだと思っていた鈴音は首を傾げながらも、とりあえず目的地で降りる。
「ええっと、レストラン、ですの?」
外観、それから漂ってくる匂いから、推測したのだろう。
彼女の言葉に俺はコクリと頷く。ちなみに、小規模な店舗ではあるが、ファミレスなどではない、ちゃんとしたレストランである。
「というわけで、鈴音が冒険者になったことのお祝いをするぞ」
「……へ? お祝い、ですの?」
間の抜けた声を出す鈴音。
「もしかして、他のやることって」
「お祝いだぞ。ちゃんと言っただろ? 楽しみにしてろって」
「言ってましたけど、言ってましたけど!」
てっきり追加の訓練だとか、なにか大変なことがあるものとばかり、と。そう言う鈴音。いったい俺のことをなんだと思ってるのか。
……いやまあ、そう言われても仕方のないような訓練をしてきていたというのも事実ではあるけど。
「まあ、なんだかんだと人は打算で生きてるもんだからな。頑張りにはちゃんと労いと報いがないと続かないもんだ」
「それはそうかもしれませんが。それを言ってしまったら意味がないのでは……?」
昨日いちにちのことはもちろん、ここに至るまでの訓練だって頑張ってきた鈴音である。
そんな彼女が夢でもあった冒険者になれたのだ。お祝いのひとつでもあっていいだろう。
できるならば昨日にしてやりたかったが、あの疲れようではむしろ身体に負担になるだろうということで翌日に回していた。
「というわけで、俺のツテで悪いが、店を繕った。味についてはたぶん保証する」
「おいおい、そこはちゃんと保証してくれよ」
俺が適当を言っていると、ちょうど扉が開いて、出てきた男からそんな声をかけられる。
「久しぶりだな、陽一」
「支樹があんまり阿蘇に来ねえだけだろ。それでいて急に連絡してくるんだからよう。……って、今日はいつものやつらじゃねえのな」
陽一。ここのレストランの店主兼シェフである更科 陽一は俺の近くにいた鈴音や千癒さんを見ながらにそうつぶやく。
その疑問に対しては、まあ、いろいろあってな、と。適当にぼかしながらに伝えておく。あんまり大きく言えるような話でもないし。
「それで? 今日はそこの鈴音ちゃんが冒険者になったお祝いってわけね」
「そういうこと。うまいものを頼むぞ?」
「お前にしては珍しく、ヤケに念を押してくるな」
鈴音の舌は中々に肥えている可能性が高い。実際、現在の俺は彼女と一緒に相伴に与っているが、だいたいのご飯が旨い。
せっかくのお祝いなので、おいしいものを食べてもらいたいという単純な思いである。
その点、陽一の作る料理は、少なくとも俺が知る中ではこのあたりでとりあえず間違いはない、が。はたして彼女のお眼鏡に適うか。
「まあ、とりあえず入りなよ。ちゃんと奥の部屋を取ってるから」
「とってもおいしいですわ!」
感服したように、両の手を胸の前で合わせながらにそう言う鈴音。どうやらお眼鏡に適ったらしい。さすがは陽一である。
そのまま、料理の感想を言ってくれる鈴音だが。どんな素材がどう料理されていて、どうおいしいのか、ということころまで語ってくれる。すげえ、これが教養の差か。俺なんて「うまい」しか感想が出てこないのに。
ちなみに最初の方は嬉しそうにその感想を聞いていた陽一だったが、どうやら鈴音の語る内容が正しかったようで、途中からその表情に困惑が見え始め、挙げ句最終的には戦慄にも似たものを浮かべていた。
陽一が俺の方を見るときに「お前、いったいどんなやつを連れてきたんだ」とでも言いたげな視線を向けてきたのは言うまでもない。誰って、お嬢様だが? スターマインを経営する星宮家の御令嬢だが?
だから念押しでおいしいのを頼むって言っただろうに。
「しっかし、お前が弟子を取るとはね」
しみじみ、といった様子でそう言ってくる陽一。
「なあ。びっくりだよな。なりゆきで頼まれたからやってはいるけど。俺なんかに務まるのかってかんじだし」
「……いや? そこについては割と適任じゃないか? なんだかんだで世話焼きだし」
そうか? たしかにみんなのためになれるようにと頑張ってはいたが、それ以上にみんなに助けられていた気がするんだが。
俺が首を傾げていると、相変わらずだなあ、と。陽一がため息をついていた。




