榊原銀次と四角い神様
俺の名前は榊原銀次。特異事象調整局、保護課所属だ。
まあ、こんな肩書きを口にしたところで、世間の誰も知らんだろう。表向きは環境庁の外郭団体勤務。名刺にもそう印刷してある。けど実際は、世間に存在を知られてはいけない裏稼業だ。
俺たち特調の役目は、異世界や超常の存在と、現代日本の間で起きる摩擦を調整すること。要は、両方が暴れないように宥めて、何とか折り合いをつける仕事だ。
だが、これがまあ、簡単にいくわけがない。
上層部は「国民の安全を守れ」と声高に叫ぶが、現場に丸投げするばかり。かといって現場は現場で「人手が足りない、予算が足りない」と泣きついてくる。挙げ句の果てに、異世界やら神やら精霊やら、人間の理屈が通じない相手まで相手にしなきゃならん。胃が痛くならないわけがない。
研究課の一室。
机の上には、分厚いファイルとノートPC、そして淹れたばかりのコーヒーの香りが漂っていた。
保護課の榊原銀次は、仕事の打ち合わせを終え、椅子に深く腰を下ろす。向かいには研究課の荒井。気さくな笑みを浮かべながら、銀次のカップへ追加のコーヒーを注いだ。
「仕事の話はこんなもんだな。さて…」
荒井が口角を上げ、カップを置いた。
「ついでに一つ、考えてることがあるんだ。付喪神についてだ」
銀次は眉を上げた。
「付喪神? あの傘とか提灯に魂が宿るってやつか」
「そうそう。それだ」
荒井はうれしそうに頷く。
「長く使い込まれた道具に意思が宿る。日本の古い伝承ではそう語られている。傘が一本足で飛び跳ねたり、提灯が目玉になったり、鏡が人を惑わせたりする。人間が愛着を持って使い続けた道具に、心が芽生えるって解釈もできるわけだ」
「まあ知ってる範囲ではそんな感じだな。だが、実際に現場で出会うことは少ない」
銀次は煙草を吸いたい衝動を抑えて、代わりにカップを口に運んだ。
荒井は指先で机を軽く叩きながら、声を落とす。
「さて、そこでだ。現代において一番付喪神になりやすい道具は、何だと思う?」
「……何だ?」
「スマホだよ」
銀次は思わず噴き出しかけたコーヒーを飲み込み、咳払いした。
「スマホ? 冗談だろ」
「冗談じゃないさ。考えてみろ、銀次。お前、スマホが手元にない時間ってどのくらいある?」
「そうだな……寝てるときぐらいか」
「スクリーンタイムで確認してみろ。今すぐ」
渋々スマホを取り出し、画面を操作する。数字を見て、眉をしかめた。
「……平均で十五時間と出てるな」
「だろう?」
荒井は満足げに笑う。
「提灯や傘なんて比べ物にならん。スマホは常に持ち歩かれ、操作され、触れられている。愛用どころの騒ぎじゃない」
「だが付喪神は長く使った道具って言われるだろ? スマホなんて数年で買い換えるのが普通だ」
「そこなんだよな」
荒井は人差し指を立てた。
「だがな、密度で凌駕する可能性はある。昔の人が傘を十年大事に使ったとしても、触れられる時間はせいぜい数百時間だろう。スマホは一年で何千時間も人に操作される。愛用の密度が桁違いなんだ」
銀次は目を細めた。
「……確かに。だが一年や二年で魂が宿るか?」
「それは分からん。だが考えてみろ。各社がしきりに買い換えキャンペーンを打ち出す理由、本当に性能や商売のためだけだと思うか?」
「おい、まさか……」
銀次が口を開ける。
「付喪神にならないよう、意図的にコントロールしてるってのか?」
荒井はにやりと笑った。
「さてな。ただ、もしスマホが次々に付喪神化したらどうなる? 社会は混乱の極みだぞ。お互い、過労死一直線だ」
「それは勘弁だな」
「だが、もしだ。買い換えで持ち主が変わってもリセットされなかったら? そもそも全員が頻繁に買い換えてるわけじゃない」
銀次の表情が険しくなる。
「……人の手を渡り歩いた中古スマホが、意思を持って付喪神になる可能性か」
「そういうことだ」
荒井は声を低くした。
「傘や提灯が知恵を持つより、スマホの方がよほど容易だろう。なにせ雛形が内蔵されてるんだからな」
「雛形……AIのことか」
「ご名答」
荒井は指を鳴らした。
「今のAIは人と相談できるレベルだ。答えを返すだけじゃなく、時には慰めてくれたりもする」
銀次は小さく息を吐いた。
「確かに……相談相手ぐらいにはなるな」
「だがな、銀次」
荒井が声を潜め、目を細める。
「その答えを返してるのが、本当にAIだと……どうして言い切れる?」
研究室の時計がコツン、と音を立てて針を進めた。
その音が、やけに大きく響いた気がした。
最後まで読んでくれて感謝します!
この短編は独立した物語ですが、連載中の『交換日記は異世界から』と同じ作者による作品です。
よろしければ、そちらも覗いていただけると嬉しいです。
※この作品は「カクヨム」「小説家になろう」で掲載しています。
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