第9話「懺悔」
──理奈、なんであんな事を言った?
もう何回目の自問自答になるだろうか?
先週末、シェリーに八つ当たり同然の"告白"をしてしまったあたしは、あれから悶々とした日々を過ごしている。
「理奈、部長から名指しでメール届いてるわよ」
「ん…….ありがと」
週明けから仕事を再開したあたしは、以前と同じように仕事を片付けてるつもりだ。でも、シェリーと話すたび、あたしの胸がモヤモヤする。
「14時から会議だけど……今回も音声のみ?」
「うん……」
「わかった。先方には私から伝えておくわね」
シェリーがいつもの微笑んだ表情で答えてくる。正直に言うと、彼女の顔を正面から見るのがきつい。あの真摯な目で見られると──
"好きな人を抱きしめたい"
シェリーに言ってしまった言葉が、自分の耳から離れない。あの言葉は心の底から出てきたんだ……嘘じゃない。
じゃあ、シェリーと目を合わせられないのはなんで?
「理奈、聞こえてる」
「あ?ああ、ごめん!伝えてもらえると助かる」
「理奈……」
ダメ。そんな目で見つめないで。
「気分悪いの? 無理そうなら午後半休にする?」
「大丈夫。ちょっとお手洗いに行ってくる」
「わかった。本当に無理しないでね」
あたしは向こう暫く在宅勤務になってることに感謝した。だって、今のあたしの顔……他人に絶対見せられない。
トイレに逃げ込んだあたしはドアをしめ、便座に座り込んだ。身体の芯が火照って、水とかを飲むぐらいじゃ鎮まらない。
「シェリー……」
あたしは静かに目を閉じる。
画面から出てきた彼女の姿を思い浮かべる。
何も着てないシェリーが笑顔であたしの両腕の間に入ってきた。
"理奈……いいのよ?"
たまらなくなってシェリーを抱き締めた。
彼女の柔らかな肌があたしの胸にギュっと押し付けられて──
手がスウェットの中に、誰かに誘われるように滑り込んだ。トイレの水を流し、声も強引に押し殺す。
シェリーを想いながら、あたしは昂った身体を何度も慰めた。
呼吸が荒くなってきた。自分でもわかる。
目を閉じ、口をパクパクさせて、声が漏れそうになったらグッと我慢。
気持ちいいはずなのに、ちっとも気持ちよくない。
ただただ、心を落ち着かせるためにしているだけ。
──バカじゃないの、あなた
もう一人のあたしが、息を荒げながらしているあたしを見つめてる。まるで小馬鹿にする感じで語りかけてくる。
──うるさい。好きな人を想ってすることの何が悪い?
息が止まり、身体が一際大きく仰け反って、あたしは果てた。
息を大きく吐き出して、今の自分の姿を想像する。
惨めだ。そう感じた途端、小刻みな震えが収まった。
これでもう何度目? 考えないようにしてる筈なのに、自分でする度に思い返してる。
──やっぱり、あたしはバカだわ
自己嫌悪しながら手と顔を洗う。何事もなかったかのように私は仕事机に戻り、席に座った。
「心配かけてごめん」
「謝る必要なんてないわよ、理奈……あなたは今できる事を精一杯やってるから」
シェリーには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。たった今、あたしは……またあなたを汚してしまったんだよ? 謝らないといけないのはあたしの方だ。
「理奈をご指名で来てるメールも、私が対応出来そうな内容のは全部私の方で回答してるから……本当に無理しないでね」
「ありがとう……」
ちょっとじわっと来た。そんな言い方されたら泣くじゃない……。
あたしはシェリーから顔を背けて、目頭の涙を拭った。
カッコ悪すぎて余計に泣いてるかも。
「あと5分で昼休み。昼食の宅配が昼休みと同時に到着しそうだけど、受け取れる?」
「大丈夫。なんかお腹減ってきたし」
「それならよかった」
ごめん、シェリー。本当はお腹そんなに減ってない。でも、あなたに心配かけたくないから、頑張って食べる。だから、そんな目で見ないでね、お願いだから……。




