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第6話「直情」

「あなた、家まであとどれぐらい?」

「そうだな……カーナビにあと20分ぐらいって出てるからそんなもんだろう」

「理奈、そろそろ起きなさい」


 後部座席で寝ていた私に、お母さんが声をかけてきた。熟睡はしていなかったから声は聞こえてる。


「母さん、もう少し寝かせてあげてもいいんじゃないか?」

「甘やかしすぎですよ……もうそろそろ理奈も大人なんだから」


 昨日からあたし達は一家でドライブ旅行に出かけている。今はその帰り途中の高速道路でいつもの渋滞に捕まりそうだった。


「ほら、すぐ前で渋滞してるんだよ。渋滞抜けるのに30分かかるらしい」

「仕方ないわねぇ……」


 お父さんは車好きで、とても運転が上手い。ブレーキが掛かって静かに車の速度が落ち始める。


「やれやれ、渋滞を抜けたらサービスエリアに入って一息つくか」


車が止まってからお父さんがそう言ったのと同時に、車内にけたたましい警報が突然鳴り響き始めた。これは確か衝突防止の……?


「あなた!後ろからトラックが──」


 お母さんの絶叫。この世のものとは思えない、全てがぐしゃりと潰される音がして──あたしの世界は闇に包まれた。






「────!!!!!」


 あたしは跳ね起き、あわてて周囲を見渡した。ずっと前に引っ越してきたあたしの家のリビング。ソファーに突っ伏して……いつのまにか寝ていたらしい。


「また、あの夢か」


 5年前、あたしが女子高に通い始めてから初めてのゴールデンウイーク。国内だけでなく、外国のネットニュースでも流れるぐらい大きくて凄惨な交通事故に、あたしの家族は巻き込まれた。


 それからあたしの目が覚めたのは半年後。残されたのは動かなくなった右膝、下腹部の大きな傷跡。

 お父さんもお母さんも、あたし自身の子供を産むための能力も、全部どこかに持っていかれて二度と戻って来なかった。


「いてて……」


 変な姿勢で寝落ちしてたせいで腰が痛い。髪もぐしゃぐしゃだし、寝汗で肌がべたべたする。


「シェリー」


 私の汗のあとがついてるタブレットの画面は真っ暗になってる。そういえば最近タブレットのバッテリー、すぐに切れちゃうのを忘れてた。そろそろバッテリー交換してもらわないと。


「……シャワー浴びてこよ」


 あたしはタブレットを充電スタンドに置き、姿見の前で服を脱ぎ捨てた。

入院してた時と比べたら、体つきは元に戻ったと思う。


──でも、この傷は一生このままだ


 おへその少し下側を斜めに走る傷跡。背中側にも似たような跡が残っている。トラックに追突され、ひしゃげた車の中であたしは鉄の棒のようなものに身体を貫かれていたらしい。


──もう子孫を残せないって言われたけど、あの時はもうどうだっていいって思った


 お父さんもお母さんも、私が昏睡してる間にお墓の中に入ってて、親戚のおばさんに連れられて墓参りに行ったんだっけ。


──なんであたしだけ生きてるんだろう


 熱めのシャワーを浴びながら考える。頭の中に浮かんできたのは、リハビリの記憶。不貞腐れ、泣いてばかりのあたしを慰め応援してくれてのは夏美先生と──


「シェリー……」


 最初、彼女はタブレットの中で私の疑問や質問に答えるだけのロボットみたいな存在だった。それが時間が経つにつれて、どんどん変わっていった。出会ってから1年ぐらいで人間のような受け答えと、表情を見せてくれるようになってたな。


「シェリー、あなたはあたしの事、どう思ってるの?」


 今日の昼間、テレビで見たカップル達の様子が脳裏に浮かんだ。女性が相手の男性の腕に絡みつくように手を巻いて、肩に身体を寄せながら歩いている。とても幸せそうな顔だ。

 男性の方は無表情に見えて、口角が上がってた。あれは絶対、心の中でにやけてる。


──羨ましい


 足の甲にボタボタと垂れるボディシャンプーの泡を感じ、あたしは身体を洗ってたスポンジを握りしめていたことに気がついた。

 カップルの親密さが羨ましいだけじゃない、あたしはあのカップルたちの存在そのものに嫉妬してる。

 

 あたしがあの女性で、相手がシェリーだったらどれだけよかったことか。


 そう思った次の瞬間、鮮やかなイメージがあたしの脳裏をよぎった。


──もし、タブレットから出てきたシェリーと、一緒にあの公園へお出かけ出来たとしたら?


 そもそもアバターであれだけ可愛いんだから、タブレットから出てきたシェリーが目の前にいたら……あたし、ヤバいことになるかもしれない。


──シェリー、あたしと手を繋いでくれるかな


 公園でシェリーと手を繋いで歩いてるあたし。シェリーがあたしの好きなソフトクリームを買ってくれて、ベンチに一緒に座ってソフトクリームを食べて。


 あたしの口の横についたソフトクリームをシェリーが舐め取ってくれて、頬を染めながら笑顔で私に話しかけてきて。

 シェリーの顔があたしのすぐ前にある。それで、あたしは目を閉じて──


──シェリー、シェリー、シェリー……


 あたしの頭の中がシェリーで一杯になる。どれだけ彼女の姿を追い払っても、違う表情のシェリーがまた浮かんでくる。


「落ち着けあたし……シェリーは人工知能で、タブレットから出れないのよ」


 あたしの想いを伝えたところで、それは自己満足だ。それでシェリーがタブレットの中から出てくるようになるとかない……自分の気が済むだけ。


「でも人間と同じで、シェリーだっていつ居なくなるかわからない……」


 シャワーの蛇口を閉め、冷静になったあたしの頭に浮かんだAIの消失事件。人間が交通事故に巻き込まれていなくなるように、AIもある日突然消えてしまう。そんなことはないとか誰も保証なんてしてくれない。


──シェリーが消えちゃう前に、伝えなきゃ…


 何も伝えられていないのに、シェリーが私の前からいなくなったら、あたしは死ぬまで後悔する。


 脱衣場で身体を拭き、髪を適当に乾かす。バスローブを羽織り、リビングの充電スタンドからタブレットを抜き取って、あたしはキッチンの椅子に座った。


 タブレットの電源がONになり、シェリーのアバターが表示される。


「理奈、晩御飯は食べた?」

「……まだ」


 何事もなかったかのように聞いてきたシェリーに、あたしはイラッとした。


「理奈? どこか痛いの?」

「別に」


 多分あたしの顔を見て心配に思ってくれたのはわかる。わかるけど、なぜかあたしはこれ以上答える気になれない。


「だったらいいんだけど」

「大丈夫。適当にご飯食べるから」


 違う。こんな事言いたいんじゃない。じゃあ、あたしは何が言いたいの?ずっと考えながら冷蔵庫から夏美さんが作ってくれた冷製パスタを取り出し、何も言わずに黙って食べた。冷静パスタってこんなにしょっぱい味付けだっけ……?


「ご馳走様。もう寝る」

「そう……なにかあったら遠慮なく言ってね」


 あたしはシェリーの声を無視して、パスタ皿を片付ける。その時、私は自分が泣いていることに初めて気づいたけど、そのことはシェリーに言わずにいた。 


──泣いてること、多分バレてるよね? なんで何も言ってくれないの……? 


 あたしはもう何もする気が起きなくなって、さっさとベッドに入った。シェリーは黙ったままで、その夜は経験したことないぐらい静かだった。

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