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もみじ 千年の想い 上1

 日本には美しい四季がある。

”四季折々”と言うが、視覚的に季節を感じるのは何と言っても春と秋だ、桜と紅葉もみじは季節をグッと身近に感じさせてくれるモノだと思う。

 ただ私は両者に若干の違いを感じている、桜ははなやかではかなく、紅葉はあでやかでたくましいモノと思うのである。

  そう思うのは、桜は一年の間で自分を主張するのが僅か十日間程しかないコト、後は目立たずそっと過ごすのである、今頃近くの山を見てもどこに桜が潜んでいるのか全く分からない、それが三月末には見事なピンク色で自分の存在を存分に主張してくる、満開の桜は何にもまして華やかであり、人の心を明るくさせてくれるのであるが、その短命を思うと何とも儚いのである。

 紅葉はどうであろう、桜の花と同時期に新芽を出し青紅葉の時期は長い、新緑から深緑……、とは言えしたたかに夏頃から徐々に紅葉する木もある。

 私は真っ赤な紅葉も好きだが、生き生きとした生命力を感じさせる”青紅葉”が大好きだ、季節外れに桜の木を見ても満開の花は想像出来難いが、青紅葉には真っ赤な色を描く(想像する)ことが容易に出来るものだ。 青紅葉を見る人は、それをやがて訪れる秋の紅葉に想像し、その変化にため息をつくのである。

 

 京都嵯峨野に千年の歴史を持つ宝筐院ほうきょういんと言うお寺がある、創建時は皇室ゆかりの寺として大変栄えたのだが、平安から鎌倉、室町と時代が変わり、特に応仁の乱が、都のあり方を大きく変えてしまったのである。

 宝筐院も、朝廷の権威が落ちると共に衰退し、明治維新の廃仏毀釈で一度は廃寺となった、その後廃寺を惜しむ有志により、こじんまりと再興された寺である。

 ここの参拝目的は何と言っても紅葉。 境内はさほど広くなく、大した庭も無いのだが、境内を埋め尽くす大紅葉もみじが真っ赤に紅葉こうようした様は誰もが息をのむ、自然が持つ芸術の力に感服させられる名所なのである。

 信幸が初めてここを訪れた時も、正に紅葉真っ盛りの時で、木々の間から見える空までもが燃えている様な錯覚に陥ったほどだった、それを小さな本堂から見上げるのである、信幸も他の参拝者も本堂の内部には興味はなく、ただ庭の燃え盛る真赤な紅葉を圧倒されながら見上げるコトに至福の時を感じたのだった。

 

 信幸が嵯峨野の宝筐院を訪れたのは午後になっていた、嵯峨野には天龍寺をはじめ名所が数多くあり、年間を通じ一日のみの観光では多くを諦めないと上辺だけの散策となってしまうのである。ただ、紅葉にまだ早いこの季節に宝筐院を外せなかったのには信幸なりの目的があった。

 それは本堂内奥の襖に描かれた倚子(いし=イス)に座する平安婦人の画だった。 宝筐院はこれまで二度訪れているが襖絵の印象は残っていない、紅葉を撮影したビデオの中に、この襖絵が偶然映り込んでいたのである。 最初は何も感じるモノが無い画ではあったが、ある夜見た夢に平安時代の優美な貴婦人が出てきた、彼女が見上げているのが宝筐院の紅葉だったのだ。 宝筐院の燃える紅葉は印象が強いものだが、全然印象に無い襖絵がどうして脳裏に浮かぶのか?

 何回かビデオを見直すが理解できるモノはない、ただ見返しているうちに貴婦人のコトが気になりだした。 この婦人は本当に紅葉を見ているのだろうか?

 この時代にもココは紅葉の名所だったのか? しかし私たちがここで紅葉を見上げていたときこの婦人も確かに一緒に見ている、いや私たちがいてもいなくてもこの婦人は見ているのである、宝筐院の紅葉はこの婦人の為にあるのではないだろうか……。 信幸にとって襖絵の婦人はただの画ではなく、何かしらの感情を抱くモノとなったのである。

 そうして、紅葉で混雑する時期を避け、ゆっくり彼女と対峙しようと思った。


 京都へは朝早く家を出て1時間半ほど列車に揺られる、すぐに嵯峨野へ行かず、市内の中心地を散策したので、嵯峨野行きのバスは正午を回ったのだ。

 バスは乗車約40分、信幸にとっては良い休憩にもなる。案の定眠ってしまっていたが、途中のバス停で急な止まり方をしたので目が覚めた、2席前の若い女性が降り掛けに斜め後ろに立っていたお年寄りに気が付き、慌てて頭を下げた。

「すみません、気が付きもせず……」

 老婆は「いいんですよ」と言うように優しく微笑んで空いた席に座った。

 信幸が乗ったとき車内は空いていたのだが、いつのまにか満席になっていたのである、自分が気が付いて席を譲れば良かったなと反省した。

 信幸は数年前の新幹線での出来事が忘れられないでいた、台風の影響で東京発が大幅に遅れ、ホーム上に人が溢れる状態だった、イベント参加で疲れ切っていたので是が非でも座りたかった、やっとの思いで通路側に座ることが出来たが、瞬く間に通路は立った乗客で詰まった。 ただその後にベビーカーと赤ちゃんを抱いた若いお母さんが車内に入って来たのだ。

 あー、誰か席を譲ってくれと見ていたが誰も立とうとしない、だんだんその母子が信幸の近くまで迫ってくるのである、譲ってあげたいが名古屋まで立つことになる……寝た振りか?と思った時2列前の若い女性が立った。彼女は気持ち良く席を譲り、名古屋で母子に席を確保して自分の席(荷物の関係)に戻って来た。

 他にもある、席を譲る気持ちはあるのだが、中々出来ないのである……。

 小さな親切がどうして出来ないのか、小さな親切は当事者だけでなく周りの人も和ませるのに、新幹線でのコトは皆、信幸と同じ気持ちだったのだろう、だが、東京~名古屋間は確かに座れたものの、精神的には楽ではなかった、ましてその一瞬の為に、その後何年も自分の不甲斐無さを消し去るコトが出来ないのである。


 バスは嵯峨釈迦堂前を終点大覚寺に向けて軽やかに去って行った、それを見送ったあと信幸は一直線に宝筐院へと向かった。

 院の小さな山門を潜って受付に行く、ここでは三脚・一脚は使えない、持参者は物置(無保証の置き場)でエフに名前を書き一時手放さなければならない。

 二度経験のある信幸は手慣れたもので、一脚を預けに物置に入った、紅葉の季節には何台か三脚や一脚が置かれているが、今日はだれも来ていない。暗いので照明はあるが、点けるほどでもないので扉を開けたままエフに名前を書いていると、後ろの方が何やら騒々しい。 そっと反対側の扉を開いて覗くと、何と数人の着物の女中らしき者が食事?の準備をしている。なんなんだこれは? そっと扉を閉め物置を出ようとしたが、入ってきた扉が無い……?? 悪い冗談は止してほしい! しかしそこは壁で、扉は後ろの女中達がいる部屋のみなのである。

 信幸は(入って来た?)壁に向かって呼んでみた。

「すみませ~ん、すみませ~ん!」

 返事は無い、ただ後ろの騒々しい女中達の声が止まった。

 なおも壁に向かって叫ぶ。

「すみませ~ん! 出られないのですが……」

 ガタガタと後ろの引き戸が開いた、同時に悲鳴が上がった。

「きゃーー!」

 数名の女中?がのぞき込んでいたがドスン!とすぐに戸は閉まった。

 信幸はどうしたら良いモノか分からなかった、改めて部屋を見回すと電気も無くエフやペンも無い、人生初めてのパニックを感じた。

 再び後ろの戸が開いた、今度は女中頭の様な者と年配の下男が一緒だった。

「ヌシは誰ぞ、ナゼここにいる?」

 女中達は小袖の着物に「褶」(しびら)という着物を羽織って帯の代わりに腰布を巻いた格好。髪は肩くらいの長さで後ろで一つに括る質素な髪型。女中頭?は少し格が上がって「褶」(したも)という長い丈の衣に、「裙」(も)と言うミディアム丈の衣を重ね、帯で結んでいる。髪は若干長く頭頂部にゆるく結んだ髪を持ち上げ櫛を挿している、顔側面に垂れた髪は肩にかかっている。

 (表現が難しいが、いわゆる平安時代の女中と女中頭の姿を想像してもらえれば良い……。 分かるか!)

 信幸は戸惑った、自分の知るテレビの時代劇でも馴染のない格好だ、ここはどこだ? 言葉は分かるので日本には間違いないが……。

「あの、すみません。一脚を置きに来たのですが出口が分からなくなって……」

 女中頭?と下男が顔を見合わせた、こちらも戸惑っている様だ。

「ヌシは誰でここでナニをしているかと聞いている!」

「あ、あ、わたしはキヨハラノブユキといいます、拝観に来たのですが」

「なにキヨハラ?」

 清原氏きよはらうじは平安時代に臣籍降下(簡単に言うと皇室離脱)した百名ほどに対して下賜された氏で、略称は清氏(せいし 例=清少納言)である。

 女中頭は何かを訝るように信幸を見回した、何に例えられるか見たこともない妙な恰好のこの者が清原氏を名乗るとは受け入れるか、受け入られざるべきか?

「ならば父子の名を申してみりゃれ」

「ちちご? 父ですか……、これは何のゲームですか?」

 見かねた下男が言った。

「峰子さんよ、これは早く追い出した方がよかんべ、あっしに任せて下され」

「いやなりません、いみじくも清氏を名乗る者、忠則様の判断を待ちましょうぞ」

「いいんですけ?訳の分からねえこんな者に時間を取られるのは嫌ですでぇ?」

「まあまあ与助さん、見たところ悪い者でも無いようじゃ、妙な恰好じゃが訳があるのじゃろう……、皆は作業に戻るのじゃ」

 女中頭の元に集まっていた女中達は作業に戻った、作業と言っても何に使うのか大量の餅を作っていたのである。

「これ、清氏信之と申したの?(ここから信之となる)こちらへ出てきなさい」

「あのぅ~本当に困ります、もう参拝は結構ですので帰ります」

「サンパイとは何のことじゃ、そなたいつからそこへ?」

「ですからもういいんですよ! 京都の方の演技上手は分かりました。ハイハイ」

 信之は作業場を横切って建物の外に出た、思っていた山門や受付が見当たらない、それどころか街の様子が全く違うのである、なにか大昔に来たような……。

 現実を理解することが出来ない、自分がどうなってしまったのか? 目眩がするようだ、呆然と立ちすくみ言葉を失った。

「信之どの? とやら、いかがなされた?」

「……」

「信之どの、これ、大丈夫でごじゃるか?」

 信之は顔面蒼白になり、その場に崩れそうになった。

「これ、これ! 信之どの!」

 峰子がかけ寄り体を支えたが持ちこたえられれず、二人抱き合う格好で倒れた。



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