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【2巻発売中】冒険しない私の異世界マニュアル  作者: 有沢ゆう


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「ということで、牛肉的なものを手に入れたいのですが」


 お伺いをたててから、マニュアルノートを開く。



*********************************

〈狩りをする〉


 近隣の地域で、牛肉またはそれに似た動物肉を常食する文化はありません。

 ごくまれに、農耕牛の死亡時に入手することができます。

 領地を越えれば、家畜として牛またはそれに似た動物を飼育し、出荷しているところがあります。

 あなたは行ったことがないため、直接の転移はできません。


 他に、狩猟という手段もあります。

 推奨はしませんが、あなたの守護獣を同伴するならば悪くない手段でもあります。


**********************************


そして、牛肉のとれる動物と魔物がいくつか、絵で添えてある。


「守護獣?」


紗良は首をかしげる。

何のことだろう。

字面からすると、紗良を守ってくれているらしい。

あいにくと、心当たりがない。

もしかして、姿を見せず陰から見守ってくれているのだろうか?


「うーん……そんな気配、感じたことないけどな」


なんにしろ、近所ですぐに牛肉を手に入れることはできないらしい。

フィルに頼んで他の領地に買いに行くか、それとも狩りか。


「ここのところ、フィルさんに頼りっきりなんだよね」


ダッチオーブンの時もそうだし、先日の聖女お披露目会の時もそうだ。

もう少し、町や国に利益があることならともかく、『牛肉食べたい、買えるところに連れていけ』というのはなんとも図々しいではないか。


「狩り、かぁ」


よし、と紗良は頷き、たった今出来上がった分厚いホットケーキを持って、ウッドデッキに上がった。


「ヴィーちゃん、おやつだよ」


すでにうろうろしながら待っていたヴィーは、すぐさまフードボウルに顔を突っ込んで食べ始める。

紗良は、自分の皿をテーブルに置いて、猛然と口をもぐもぐしているヴィーの前に正座した。


「ねえねえヴィーちゃん、ちょっと森に入りたいんだけど、一緒に行かない?」


守護獣というのが何かは分からないが、紗良を守ってくれているといえば、まずまっさきにヴィーだ。

どこかで何かが見ているのだとしても、よそ者のいけすかない男の前に立ちはだかったのはヴィーだし、敵意のある獣を威嚇してくれたのもヴィー。

紗良にとっては、この魔物こそが守護獣だ。


「うまいこと牛が狩れたら、美味しいカレーが食べられるよ?」


ボウルをあっという間に空にしたヴィーは、ちらりと、テーブルに目を向ける。

ほかほかのホットケーキが二枚、皿に載っている。


「……一枚だよ!?」


仕方なく半分差し出すと、それも秒で消えた。

紗良は、慌てて、最後の一枚にフォークを入れる。

バター多め、シロップ少なめが好みだ。

この少しのしょっぱさが、じんわりと生地にしみて、甘さを引き立てている。


ヴィーは前脚で口元を綺麗にしたあと、しゅるんと黒猫の姿になった。

どうやら、付いてきてくれるらしい。


「ありがとねー、ヴィーちゃん。準備するから待ってね」


部屋でジーンズとスニーカー、長袖トレーナーに着替える。

ちょっと暑いけど、半袖は無防備すぎるだろう。


「よし、行こうか!」





いくつか上げてくれた候補から、生息地エリアが近い動物を選ぶ。

マニュアルノートに描かれている牛的なものの絵姿は、牛というよりもクマに近い。

四足歩行だが後ろ脚で立ち上がれそうな体つきをしている。

色は青。

いや群青色。

いや……なんかそんな色だ。

およそ動物の色とは思われないが、魔獣とは書かれていないので動物ではあるのだろう。


指定されているエリアへと、黙々と進む。

もちろん、紗良自身は風魔法で草木や虫を拒絶(ムルス)している。

ヴィーは何も気にしないようだ。

藪だろうが枝葉だろうがなんなら小さな木くらい、鼻歌混じりでなぎ倒していく。

もちろん歌ってはいないけれど。


「ひぃ……ちょっと、待って、は、はやい、ヴィー、ちょ……ひぃ」


紗良と比べれば、きっと歌っているだろう、というくらいの足取りということだ。

呼びかけるとちょっと振り返って止まるけれど、すぐにまたご機嫌でぐいぐい進んでしまう。

森が好きなのか。

好きなんだな、きっと。


「ちょ、待って、この辺だから! ヴィー、ストップ、ストーップ。

 あー……見えなくなりました」


紗良の呼びかけをまるっきり無視して行ってしまった。

仕方ない。

到着した場所を、スマホで確認してみる。

大分、道なき道度が高かったこともあり、今まで足を踏み入れたことのないエリアのようだ。


「さて……どこにいるのかな」


ぐるりと見回してみる。

と、少し遠くの木の上に、大型の犬のような獣がいた。

牙が鋭く、あからさまに危険そうだ。

それは、紗良と目があった途端、木の幹を後ろ足で蹴って跳躍してきた。

やる気だ!

しかし、犬は紗良の数メートル手前で、何かに弾かれたように背後に飛ぶ。


紗良の安全地帯(パルサス)は常時発動だ。

そこまで歯をむき出した獣は、その壁の先に入れるはずもない。

犬は、まるで舌打ちでもしそうな表情で、再び素早く去って行った。


ふうと息をつく。

前方から、少し風が吹いた。

ちょっと開けたところがあるのかもしれない。

足を進めてみると、狭いが背の低い草地があった。

ヴィーの気配を感じるので、近くにいるらしい。


あてもないので、その気配を追ってみる。


「あ」


いた。

牛のようなもの。

いや、牛肉的なものがとれるクマのような何か。

あれを、あれすればいいわけか。

もちろん、魔法を使ってあれをするわけだが、確実なのは一番得意な風魔法だろうか。

薪を集めるために枝を切る要領だ。


よし。

あれなら詠唱もいらないし。

よし。

あれを、あれして、カレーパーティーだ。


「……」


よし。

やるぞ。


「……」


無理では?


紗良は、そろそろと後ずさって、距離を取った。


「いやー。あれをあれするのはちょっと無理かもしれない。

 逆になんでいけると思ってここまで呑気に来たんだろう。

 普通に狩って帰るつもりでいたの、なんだったの」


ぶつぶつ言いながら、さてどうしようかと考える。

やっぱり、フィルに頼るしかないか。

あるいは、ビーフカレーを諦めるか。


あれ、と気づく。

ヴィーの気配が一気に小さくなった。

もはや感じ取れるぎりぎりだ。

どうしたんだろう。

紗良は、ヴィーのいるらしい方へ進む。


その瞬間、大きな獣の咆哮がした。

心臓がぎゅっとなるような、日常ではありえない声に、立ちすくむ。

しかしそれも一瞬だった。

あっというまに静寂が訪れ、同時に、ヴィーの気配がぐっと濃くなる。


さっきより急いで、そちらに向かう。

なんと、ちょうどヴィーも、紗良の方に向かってきているところだった。

そして、こちらの姿を認めると、立ち止まって大きな鼻息を吐いた。

背後には、先ほどの群青色のクマ。

倒れて動く様子はない。


「わあ。ヴィーちゃんすごい」


本気で、心から感心した。

目の前に実際に見た獣は、どっしりといかにも重量があり、腕力も脚力も桁違いの迫力があった。

それを、ほぼ一瞬で?

しかも、気づかれないように気配を自分でコントロールしたようだ。


「すごいね、えらいねえ」


目を丸くして褒める紗良に、ヴィーはまた鼻から息をふすッと吐き、そしてしゅるんと猫になった。


「……え?」


そのまま、紗良の肩に駆け上ってくる。

この獣を運ぶ気はない。

そういうことか。

まあとどめをさしてもらった以上、運ぶくらいはしよう。


「半分こでいい? 半分くれる? 運ぶから。

 カレーにするのよ。ヴィーも食べるでしょ?」


ぐらぐら揺れる紗良の肩にがっしりしがみついているヴィーは、なにやらうにゃうにゃと言った。

きっといいってことだろう。

紗良は、浮遊(ティリースティク)でクマを浮かせると、来た道をゆっくりと戻り始めた。

牛でもクマでもないのだが、もうクマでいいだろう。

ヴィーは器用に肩につかまったまま寝息を立てだす。

ここまで先導してきたのはヴィーなので、途中途中、スマホで方角を確認しつつ、河原までなんとか戻ってきた。


紗良は、寝ているヴィーを、ウッドデッキの人をダメにするソファにそっと乗せると、急いでクマを錬金窯でブロック肉にした。

ヴィーの思う半分こが、またも河原を血まみれにする方法だったら困るので。


「凄くいい肉だ……」


ローストビーフも作れそうだし、スープもいいものがとれそうだ。

牛タンもある。

肉質を確認した紗良は、感謝をこめて、黒猫の頭を人差し指で撫でた。


よし。

これでいつ萌絵が来ても良い。

大人しいクマ一匹も狩れないことを自覚した紗良は、魔獣に立ち向かっている萌絵を尊敬した。

怖くないはずがなく、喜んでやりたい仕事なわけもない。

けれどそれが、聖女の務めなんだろう。


「カレーはおかわり自由だからね」


好きなものを好きなだけ食べてもらうことが、紗良にできる唯一のことだと思った。





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― 新着の感想 ―
カレーパーティー、萌絵ちゃん喜ぶだろうなー! お話の中で登場人物のそれぞれみなさんが見せる、おおっぴらには見せないさりげない思いやりや愛情表現が優しくて暖かくてこのお話本当に大好きです!みんな、ずっと…
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