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【2巻発売中】冒険しない私の異世界マニュアル  作者: 有沢ゆう


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「なぜあのような嘘を?」


萌絵と教皇、そして王族だけが、神殿への直接転移が許されている。

魔力を補助する円陣が描かれた部屋を出て、自室へと向かった。

王子は真横をついてくる。


「嘘って?」

「とぼけるな。まるで私がとどめをさしたようだったではないか」


全く怒っているような口調ではないが、内容は萌絵を問い詰めるものだ。

確かに、萌絵は、国民をあざむいた。

本当は、王子の肩を乗り越えた萌絵が剣をもって魔獣にとどめを刺した。


「地上波ではカットが多めなものよ」


その場面を削って、前後をつないだだけだ。


「だって、聖女が魔獣を殺す場面なんて、とても見せられないでしょ?」


白いローブを無意識に撫でる。

無垢の象徴。

本当の聖女は、その手で獣の命を奪うのに、皮肉なものだ。

何か言いたそうだった王子は、三度ほど言葉を選びかけ、そして、結局やめたようだ。


「そうだな! しかし、私の人気が上がってしまうな!」

「いいじゃない」

「うむ、聖女殿も、私が人気者のほうがなにかと嬉しかろう!」

「はあ?」


王子の言葉を聞き流しながら、紗良にメッセージを打つ。

神殿へ、という誘いに、彼女は快い返事をくれた。

すぐに、入口の方からざわめきが伝わってくる。

紗良が到着すると、まっさきに報告が来るのだ。


「聖女様、半身様がおいでになりました」

「そう、私の部屋に通して」


しかし、王子が口を挟む。


「あ、私もお会いしてみたいのだ、私室は困る。入れてもらえないからな」

「会わせるなんて言ってませんけど?」

「はっは、忘れているようだが、私は王族だぞ!」


堂々と権力を主張する王子に渋い顔をしてみせた上で、仕方なく、応接室に場所を変える。

もちろん、萌絵たちも行き先を変更し、そちらへ向かった。


「あーっ、佐々木さん……すっごい素敵だった……!」


頬を赤くした紗良が、珍しく興奮した様子で入ってくる。

神官長も後ろについている。


「うんうん、花を降らせるのは恥ずかしいけど、あれならカッコいいといえる範囲だと我ながら思うわ」

「花を降らせるのも素敵だよ!」

「うん……そう、かな」


紗良からの賛辞を存分に浴びていたが、ついに、背中を指で突かれた。


「おい、紹介してくれないか」


まだ喋ってる途中でしょうが!と思ったが、一応王族なので、たてておくことにする。


「津和野さん、こちら、第一王子」

「あ、どうも……おう……おうじ?」

「お初にお目にかかる! ニルス・エル・リュイリエだ! ニルスと呼んでくれ!」

「あ、はい、では私のことは」


差し出された手を紗良が握ろうとした時、素早い一手がそれを叩き落した。


「呼べるわけがないでしょう! 殿下、おふざけも大概になさい!」


フィル・バイツェルは、どうやらぎりぎりで、紗良がファーストネームで呼ばれる事態を退けたらしい。


「あ、そうなんですね。王子様って呼ぶんですか?」

「殿下でよろしいです。王族が複数いらっしゃる場合は、第一王子殿下、と」

「そんな堅苦しい! せめてニルス様で!」

「……ではニルス王子で。殿下、こちらは津和野嬢です」

「はっは、知っている、紗良嬢と呼んでいいかな?」

「はい、どうぞどうぞ」


残念。

避けられず。


ソファに座り、お茶が出される。

王子がいるせいか、高級茶葉だ。

案の定、紗良はじっくり味わっている。


「ねえ佐々木さん」

「うん?」

「魔獣の討伐って、聖女の仕事なんだね」


大スペクタクルの興奮が収まると、やはり彼女はそこに気づいた。


「聖女の仕事は、国内の各領地を順番に巡って、お祈りをすることよ。

 その途中で、魔獣で困ってまーす、っていうところがあれば、安全を確保する。

 別に討伐が仕事じゃないわよ。

 それに見たでしょ、私は最後にかっこよく祈るだけだもん」

「そっかー、そういえば、王子様が倒してましたね?」

「はっはっは、どうだった、素敵だったか!」

「はい、それはもう」


紗良は首をかしげる。


「王族って偉いのに、聖女のお仕事のお手伝いをするんですか?」

「もちろんだ! 聖女殿は異界から来た大事なお方。最大限お護りするのが王族の務めだ」

「はあ」

「だとすれば、国で最強の私がついてゆくのが一番だ! なあ聖女殿!」

「あー……はいはい」


もちろん、ニルスがついてくることに関しては、ひと悶着どころか、あらゆる部署を巻き込んでの大騒ぎだった。

最終的に許されたのは、やはり第二王子の存在が大きい。

賢く可愛らしいあの子は、十分なスペアだ、との判断だった。

そしてなにより。

ニルスが決して退かなかったこと。


「勇者みたいですね」


にこにこして、紗良が言う。


「お、そう思うか、紗良殿!」

「はい。本当に勇者なんですか?」


思わず口を出す。


「違うわよ。こっちには、勇者って存在はないみたい」

「へー、聖女はあるのにね」

「ね」


再び首をかしげる紗良。


「存在がないのに、知ってるの?」

「ああ、聖女殿が教えてくれたのだ! 勇者とは、パワーで敵をやっつける、人々の希望になる戦士だと!」

「ぱ、パワーだけじゃないと思いますけど。佐々木さんの中の勇者ってそんななの?」


萌絵は、紅茶を飲みほした。


「だってたいてい、剣士じゃない? 剣と魔法の世界っていうけど、勇者が魔法オンリーってことまずなくない?」

「あー。言われてみれば。やっぱりあれかな、腕力こそ男らしさ、みたいな?」


王子はそれを聞き、顔を輝かせた。


「うむ、やはりそれは私の仕事のようだ! 案ずるな聖女殿。私が、君の勇者になろう!」

「あー、はいはい」


それぞれがカップを空にして、頃合とみて立ち上がる。


「じゃあまた来るねー」

「あ、むしろ私が行こうかな。ひっさしぶりにカレー食べたい」

「あーいいね。来られるときは連絡して」

「美味いものは献上してくれてかまわんからな!」

「戯言は気にしなくていいわ、じゃあね津和野さん」

「あ、はい」





紗良と神官長は正門へと向かい、萌絵と王子は神殿の長い廊下を歩く。


「分かったよ。君は、彼女に知られたくなかったんだな」


剣をふるい、血にまみれ、魔獣を殺しに殺していることを。

萌絵は、白いローブを再び撫でた。

そして、黒い魔法使いスタイルだった紗良も思い出す。

まるで逆だ。

本当の自分は、無垢の白をまとうのではなく、黒を着るのがふさわしい。

何にも染まっていない白よりも、何にも染まらない黒をまとうべきだ。


「いつかは知られちゃうかもしれないけどね。今はまだ」

「大切な友なのだな」

「そんなんじゃないわよ。ただ、私には責任があるもの。彼女を呼んだ」

「それだけではあるまい」


萌絵は、私室の前で、くるりと王子に向き合った。


「いつまで付いてくるんです? 部屋には入れませんから、はい、お帰りはあちら」

「うむ。魔力が尽きて、城へ転移できん。送ってくれ!」


快活に笑うニルスにひとつため息をついて見せてから、萌絵は、転移室へと足を向けた。







**********





「あのー」


森へと転移した紗良は、少々興奮気味にフィルに尋ねた。


「聖女って、結婚出来るんですか? 身分は高いんですよね? じゃあ、王族とも結婚できますか?」


面食らったようなフィルは、珍しく少しつっかえるように答えた。


「え、ええ。双方が望めば可能です。王子も聖女も身分は近しく、互いに強要はできませんが、それが共通の希望ならできますよ」

「ほう、なるほど」


とたんににやにやしてしまった紗良の気持ちが、フィルは分からないようだ。

不可解な顔をしている。


「なぜそう思われたのです? お二人の間に、恋愛のような空気は感じませんでしたが」

「ええー! 何言ってるんですか、駄々洩れじゃないですか!」

「えっ、そんなばかな」

「やだー、フィルさんって、鈍感ですか?」


途端に、フィルは絶望したような顔をした。


「紗良様には言われたくありませんでした」

「え? なんですか?」

「いえ、何でもありません」


不服そうな様子だが、紗良はそれどころではない。

萌絵に訪れた恋の予感に、心が浮き立っている。


「なぜ、どこで、そう思われたのです?」

「全部ですよ。あと、プロポーズもしてましたよ」

「それはありえませんね」

「まあはっきりしたものじゃないですけど、ほら、佐々木さんの勇者になるって」

「ああ……それは言っていましたが」


紗良の知らないところで、魔獣と向き合うような生活をしていた萌絵に、大切な人が出来たのならいい。

それも王子様だ。

身分も権力もお金もある。

そしてなにより、心がある。


彼は言った。

萌絵の勇者になると。


パワーで敵をたおし、君の、希望になる、と。






「佐々木さんがカレー食べに来るとき、フィルさんも来ます?」

「あ、ええ、ぜひ」

「でも、王子様とのことを聞くのは禁止ですよ!

 こういうのは、周りがせっつくとよくないんです!」

「はあ……」


ピンときていないフィルをしり目に、紗良は、今度はビーフカレーにしよう、と決めた。




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― 新着の感想 ―
何だかんだ言いながらお似合いのカップルですね。くっつくといいな〜
更新有難うございます。続けて読むことが出来て嬉しいです。 フィルさん、言いたい事は山のように有りますね。 どんまい!次は君の番だ?
たぶんお顔は整ってらっしゃるのだろうけど、どうしても力こそパワーみたいな事言ってそうでフィリオネルおうぢが頭をよぎるな(フィリオネルでググるとでてくるとあるラノベの王位継承者です) でも嫌いじゃないわ…
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