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【2巻発売中】冒険しない私の異世界マニュアル  作者: 有沢ゆう


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白、というのは、やはりどの世界でも清楚を表すものらしい。

何ものにも染まっていないからだろうか。


萌絵は、いつにもまして真っ白なローブをまとい、馬車に乗っている。

以前紗良には愚痴ったことがある、乗り心地の悪い馬車だ。

遠出用に使っている自分の馬車は、改造して少しはましになっているが、王家から差し向けられたこの馬車も悪くはなかった。

座面のクッションは、表面の布が明らかに高価だ。

柔らかさも大事だが、触り心地も大切なんだな、などと思う。


「今日、紗良嬢が見に来るようですぞ」


軽い話題のように、向かい側に座っていた教皇が告げる。

萌絵は、ぼんやり外を見ていた体を、がばっと起こした。


「えっ! なんで!」

「神官長が教えたようだの」

「あいつ! よけいなことを!」


こぶしを握り締めると、教皇がほっほっと漫画のように笑う。


「良いではないですか、晴れ姿を見てもらえば」

「いやーっ、恥ずかしい!」

「これはこれは、異なことを。聖女のお披露目ですぞ、誰もが憧れますぞ」

「ガチ聖女の恩恵がある世界と、私達が育った世界の感覚を一緒にしないで!」

「はぁ……分かりませんの」


首をひねる教皇を無視し、萌絵はスマホを取り出した。


『今日来るの!?』

『あ、おはよう。うん、もう王都にきてるよー、楽しみ』

『なんでよぉぉ! 津和野さんなら分かるでしょ! 恥ずかしいじゃん!』

『え? なんで? なにが?』


とぼけるタイプではないので、紗良はどうやら、本気で楽しみにしているらしい。


「お嬢様だからか……?」


萌絵は異世界の住人だけでなく、紗良とも感覚が違うらしい。

だって。

ひらひらの真っ白いローブを着て、杖を持ち、塔の上から魔法を披露する。


「学芸会じゃん! あああああ思春期の妄想みたいで恥ずかしいぃぃぃ!」


馬車の中で悶える姿を、教皇はため息とともに無視することにしたらしい。

萌絵が、この世界の人間には思いもよらない反応をすること、理解できない言動をすることは、とっくに承知だ。

まーた始まった、ってなものだ。


「ほれほれ、もう着きますぞ」


神殿の外では敬語になる教皇が、止まった馬車から先に降りていく。

萌絵もその後に続き、地面に置かれたステップに足を載せるため、差し出された手を取る。

手の先にいるのは、爽やかを絵にかいたような男だ。


「今日も美しいな、聖女よ!」

「声が大きゅうございますわ王子殿下!」


耳元で出された声に負けないよう、怒鳴り返す。

何回注意してもボリューム調整がぶっこわれている筋肉男が、この国の第一王子だなんて、世も末だ。


「うんうん、元気で良いな! 今日は期待しているぞ!」


パーツだけは、王子様だ。

輝く金髪、濁りのない青い目、マントにブーツに房飾り。

そして、王子にあるまじき、胸に並べてつけられた勲章の数々。


「前回の討伐は共に参加できず残念だった。次は同行するぞ」


明るい笑顔で言われ、萌絵はやれやれと笑った。

声も大きい、すらりとした絵になる姿でもない、鍛え上げられたこの王子の体は、見せかけでもなかった。


「聖守護行列です、討伐ではありません」


萌絵の、一応の訂正に、王子は快活に笑う。


「そうだったそうだった、魔物払いの行列だ」


当然、本来なら王子がついてくるようなものではない。

彼の言う通り、聖女様の祝福行列の実態は、魔獣の討伐隊だ。

魔力と力、かっこ物理、でその地を清めるという意味では、まさに聖守護だが。


萌絵は、今頃は塔に運ばれているだろう、神剣のことを考えた。

神殿の奥に造られた鍛冶場、そこで鍛えられた剣のことだ。

一週間、刃を打つ間、ほぼ寝ずの体制で祈り続けた甲斐があったのか、かなりいい出来だと思う。


あれは女神のものであり、女神に捧げられるものだ。

しかし、すぐに萌絵の手元に戻ってくる。

聖剣ともいえるそれは、萌絵の武器だった。

魔獣を斬り殺すための武器だ。


「要は、勇者と聖女の役を、私ひとりにやらせてるってことよね」


思わず漏らした独り言に、塔に向かってエスコートしている王子が反応する。


「ユーシャ? ユーシャとはなんだ。聖女は君のことだ」

「あー、勇者の概念すらないのか。

 勇者というのはですね……パワーで敵をやっつける、人々の希望になる戦士のことです」

「ふむ、つまり君のことだ」

「いやー、だからね、普通は、勇者と聖女は別にいるんですよ」

「そういうものか」

「そういうものです」


萌絵はそこに、私の世界では、という言わない言葉を含ませ、王子もまた、君の世界では、という言葉を飲み込む。

認識のすれ違いはどうしようもない。

だから、この世界の人々は、聖女のそこに触れずに生きるのだ。


左右に神官たちが居並び、深く腰を折っている。

その間を抜け、塔に入ると、王家の面々が待っていた。


「聖女殿。本日はよろしく頼む」

「心得ております」

「……で、お前は少し聖女殿から離れなさい」


王に真顔で注意された王子は、またも快活に笑う。


「まあまあ」

「答えになっておらぬ」

「お、そろそろ時間では?」


多数の深々としたため息があちこちで漏れ、萌絵はそのまま、王子にエスコートされ上へと上る。

後ろを王と王妃、そしてにこにこしている小さな第一王女、第二王子がついてくる。


「萌絵様、どんな魔法をお披露目なさるの?」


王女が待ちきれないように聞く。


「そうですねぇ、花でも降らせようと思っていますが、殿下のご希望はありますか?」

「まあ! あたくしのすきなので良いの?!」

「えー、まあ、お父様がお許しになれば」

「ならば、ならばね、どうぶつが見たいわ!」


ちらりと王を見ると、少し考えて、小さく頷かれた。

動物ならば問題ない、ということだろう。


「かしこまりました、王女殿下。きっと楽しいお披露目になりますわ」


身に着けた貴族の振る舞いで、萌絵はにっこりと笑った。





塔の上は広くバルコニーになっていて、そこに、全員が出る。

広場に集まった国民達は歓声をあげていて、この国が上手くいっていること、王家の運営がうまいことなされていることが感じられた。

そう。

この国は、良い国だ。

魔物さえいなければ。


王の言葉があり、そしていよいよ、萌絵が前に進み出る。

ふと思い出し、紗良の魔力を探す。

いた。

ものすごい前列の、ものすごい真ん中にいる。

どうやってとったの、S席じゃん。

いつもの魔法使いスタイルなのに、フードをはねのけて盛大に拍手している。

歌でも歌ってやろうかしら。


両手を広げる。

国民達は、どんなお披露目の大魔法が見られるのかと、静まり返ってかたずをのんだ。


萌絵はにやりとする。

そして――空に巨大な魔物を出現させた。

棘のある真っ黒なトカゲで、のぞく牙はびっしりと並び、とがったその先から血が滴っている。

広場は阿鼻叫喚の騒ぎになりかけた。


しかし、悲鳴よりはやく、空をおおわんばかりの巨大な魔物に、これまた通常では考えられない大きさの騎士が斬りかかった。


「げ、幻影……?」


さすがに度肝を抜かれた様子の第一王子が、ようやく気づいたように呟く。

同時に、広場の人々も気づいたようだ。

一瞬で消えた悲鳴の代わりに、騎士が硬く鋭い魔物の棘に斬りつける金属音が鳴り響く。


「しかも音付きですよ」


萌絵の言葉に、王が答えた。


「動物ってそういうことではない」


空では、続々と騎士が現れ、魔物に挑みかかっている。

しかし、劣勢である。

その魔物は、いうなればボス級だ。

萌絵が、三度目の討伐で出逢った巨大な魔物で、泣きながら剣をふるったのはいい思い出だ。

しかしまあ、少しくらい美化してもいいだろう。


押され始めた騎士に、国民達が声援を送りだした。

激しい攻撃に弾き飛ばされ、地面に転がる騎士。

そこに颯爽と登場したのは、第一王子だ。

悲鳴のような歓声が上がる。

意外に人気なのだ、この王子は。


圧倒的なパワーで魔物を押し返し、相手を弱らせていく。

騎士達との再びの連携で、とうとう魔物は、初めて一歩後退した。

その瞬間、かがむ王子。

彼の肩を踏み台に、魔物に向かって跳躍するのは、萌絵だ。

さっきよりも大きな歓声があがる。

聖女もなかなか人気らしい。


巨大な萌絵の幻影は、魔物の背中に飛び乗り、空中から杖を取り出した。

聞こえない呪文(スペル)を唱えるそばから、杖と萌絵が淡く美しく光りだす。

その光が魔物を包む。

徐々に消滅していく魔物の体から飛び降りた萌絵は、微笑んで祈りを捧げた。


「はい、おしまい」


現実のほうの萌絵が腕をおろすと、全ての幻影がかききえた。

広場からはさらに一段、音量をあげた歓声が、怒涛のようにあがった。

テレビも映画もない世界では、なかなか刺激的なお披露目だったのではないだろうか。


「きゃーっ、きゃーっ、兄さま、兄さまかっこいいいいい!」

「どーん! ばきっ! 魔物をやっつける兄さま! すごい!」


小さな王女と弟王子は、大興奮だ。


「えー? 私はー?」


にやにやして聞くと、慌てたように揃って拍手を始めた。


「萌絵様もかっこいい! 空をとんだ!」

「まほうかっこいい!」


その間、王と王妃は、ひそひそと話し合いをしていた。

結論が出たのか、頷きあう。


「許可していたことにする」

「えっ。結論によっては怒られる可能性があった!」

「あたりまえである」

「えっ。ごめんなさい……」


王は、民の様子を眺めつつ、萌絵をたたえるスピーチをし、場を閉めた。


「みなが興奮しておる。外には出せん。このまま、バルコニーから神殿にお帰りになられるがいい」


萌絵としてもそれは願ったりかなったりだ。

もう馬車は嫌だった。

自分でもいい笑顔だと分かる顔で国民に手を振ると、分かりやすいように光の軌跡を残しつつ、萌絵は神殿へと転移した。


「便利でいいな、魔法は!」


なぜか、王子もついてきた。





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