表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2巻発売中】冒険しない私の異世界マニュアル  作者: 有沢ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/102

93


「聞いてますか、あなた、そこ」


ゆっくりと横倒しになりかけていたヴィーが、紗良の一言でぱっと体勢を直す。

全く、今は大説教の最中だというのに。


「とにかく、いいですか、ここは私の居住区で、ヴィーは居候です。

 ん? いや……居候だと、ごく潰しみたいだな。

 主食は自分で稼いでるもんな、ヴィーは。

 えー、じゃあ、私は大家であなたは店子です。

 いや……それだとちょっと、事務的な関係みたいになる。

 私たちは友達だし」


考え込みながらちらっとヴィーを見ると、またゆっくりと寝にかかっている。


「とにかく!

 とにかく、同じ場所で暮らしている以上、最低限のルールはあります!

 人が嫌がることをしてはいけません!」


ちょっと大きめの声に、大きな魔物の耳がぴぴっと立った。

ヴィーはヴィーなりに、反省はしているのだと思う。

なにしろ、今朝、紗良を久しぶりに気絶させたのは、ヴィーだからだ。



いつも通りの朝だった。

起きて歯磨きをして、顔を洗って、コーヒーを淹れて、外に出た。

目の前に広がっていたのは、血の海だった。


「……は?」


草地からウッドデッキ、その向こうの河原辺りまで、血がべたべたとついている。

そして、視線を右に向けると、ヴィーがいた。

何か、丸いものを叩いて飛ばしては、追いかけていた。

追いかけて追いついて、またスパーンと叩いて飛ばしては、追いかける。

楽しそうだ。

そのボール代わりの何かが、何か、何らかの、元生き物の頭部でなければ。


紗良は悲鳴をあげる間もなく、気を失った。


そう長い時間ではなかったのか、起きるとまだ朝と言っていい時間帯だった。

目が覚めたのは、ヴィーの鼻息が顔にかかっていたからだった。

じっと覗き込んでいた目が、紗良の目があいた途端に、しゅっと瞳孔を大きくする。


ばっと起き上がると、やはりあれは夢ではなかった。

血まみれの光景がそのままあった。

ただ、例のボール的な何かはもうなかった。

どうしたんだろう。

いや、聞きたくない。


「いやぁぁぁぁ!」


紗良は悲鳴を上げながら、敷地全体を浄化した。

最高位の呪文(スペル)で、三回だ。

魔力が減ったことを実感するほど、全力の浄化、いや、洗浄だった。


そして、少なくとも目に見える範囲が綺麗になってから、ヴィーを座らせての大説教になったのだ。




「ぐううう……思い出してしまった。

 とにかくね、ヴィーちゃん、ここでボール遊びは禁止です」


ようやく声色がいつもの紗良に戻ったと気づいたのか、途端にごろんと横になる。

さぞかし沢山遊んで疲れたのでしょう。

ため息が出そうになったが、もうさんざん怒った後なのでやめておく。

のろのろ立ち上がり、気絶したせいで落としたカップを拾って、家に入る。

もう一度コーヒーをいれて、長々と寝そべるヴィーの横に座り込んだ。

まだ午前中なのに、ぐったりだ。


ちらっ、とヴィーの目が薄く開いて紗良を見た。

目が合うとそっとそらす。

やっちまったな、という気持ちなのかもしれない。

ただ、おそらく、理由は分かっていない。

紗良がなぜ叫んだのか、なぜ怒ったのか、理解はしていないだろう。

あのボールはヴィーの大事な獲物で、大事なおもちゃで、大事な……言いたくはないが、食糧だ。

自分でこの巨体を維持するだけのものを稼いでいるのだから、当然のことだ。

なので、そこを責める気は毛頭ない。


「ただ! ここは! だめ!」


唐突な紗良の大声に、ヴィーのひげがぎゅっと寄って、耳もぎゅんっと反対を向いた。


「……いやごめん、落ち着くね、うん」


そう言ったが、ヴィーはふいっと立ち上がると、そのまま山の中に消えてしまった。

お説教は終わったはずなのに、蒸し返したようで申し訳ない。




その時、見覚えのある小さな金の鳥が、紗良の肩に舞い降りた。

ピチチッ、という可愛らしい声の後、まったく別の声でしゃべり始める。


『紗良様、大きな浄化魔法を感じましたが、何かございましたでしょうか。問題があればお知らせください』


フィルの鳥だ。

伝言が終わると、すぐにまた空へと消えて行ってしまった。


内容を聞く限り、フィルは紗良の魔法を感じ取ったらしい。

少し驚く。

けれど、教皇も以前、アニエスの実家で行った浄化魔法を感じ取ったと言っていた。

能力の高い人には可能なのだろう。


「やっぱり、後継者にしようとしてるのって、納得かも」


紗良は、自分の鳥を出した。


「なんかお前……ちょっと太ってない? まあいいか……」


せきばらい。


『ちょっとヴィーが魔物の一部を持ち込んじゃって汚れただけです、問題ありません。心配してくれてありがとうございます』


指先から飛んでいくシマエナガを見送り、改めて今朝のことを考える。

思えば、ヴィーが紗良にお土産として持ってきてくれる生き物は、全てまるごとだった。

錬金窯に放り込んでブロック肉にしてしまうから、生々しい処理は不要。

でもそんなこと、ヴィーは知らない。

美味しい部位も、そうじゃない部位も、ヴィーにとっては等しい価値だ。

ならばやはり、理不尽に怒られた、と感じているに違いない。


「はー、謝ろっかなー……でも血まみれはなー……」


申し訳ない気持ちと、やはりボール遊びは受け入れられない気持ちの間で、葛藤に苛まれる。

言葉が通じたらいいのに。

今の気持ちの全てを事細かに伝えられたら、お互い、居心地よく暮らせるはずだ。


その時、飛び去ったはずの金色の鳥が、シマエナガと共に帰ってきた。

仲良しですね。


『現在、聖女様が奉剣の儀を行っておられることはご存じでしょうか。

 明日、儀式を終えた聖女様は、その翌日に、国民にお姿を披露いたします。

 教皇庁から広場へと移動し、広場にあるお披露目の塔より魔法を披露するのです。

 ご覧になりたければお連れいたしますが、いかがでしょうか?』


紗良は、ああ、と思い出す。

そういえば、萌絵が儀式のために一週間連絡が取れないと言っていた。

とはいえ、お披露目のことは知らなかったので、少し考える。

言わなかったということは、見られたくなかったのかもしれない。


「でも」


紗良は、ニヤッとする。


「見たい」


所作が洗練され、威厳を身に着けてきたとはいえ、紗良と接するときの萌絵はごく自然体だ。

彼女が、『聖女』である場面を見てみたい。

学ぶ、ということに特化した元大学生は、きっとうっとりするような聖女姿を見せてくれるだろう。


『見たいです!』


金の鳥とシマエナガはまた一緒に飛んでいく。

一羽をやりとりするほうが楽なんじゃないか、と考えるが、もしそれが可能ならとっくに提案されているはずだ。

それぞれの鳥はそれぞれの魔力のかたまりなので、共有は無理なのかもしれない。


『では、明後日、お迎えに参ります』


再度飛んできた金の鳥は、伝言を残して去った。

シマエナガだけ残り、ちゅちゅちゅー……とさみし気に鳴いている。


「シマエナガってそんな鳴き声だっけ?」


首をかしげる紗良を無視して、白い小さな鳥は飛び上がる。

そしてそのまま、紗良の体にずぼっと刺さって消えて行った。


「いいいいい痛……くはない!」


びっくりした。

なんにせよ、萌絵の晴れ姿を見るのが楽しみだ。

そう思うと、今朝の出来事についても、ようやく衝撃が薄れてきた。

紗良は気を取り直し、かまど用の薪を集めたり、焼き網を洗ったりして過ごした。


そろそろ夕方かと思われる頃、ようやくヴィーが帰ってきた。

ご機嫌な足取りで、そして、その口には何かが咥えられていた。

(セルド)だ。

ヴィーが、まだただの黒い魔物だった頃、一番最初に持ってきてくれたお土産だ。


さすがの紗良も、絶対に悲鳴を上げてはならない、と腹に力を込めた。

善意100%の魔物をがっかりさせてはダメだ。


赤い革の首輪、もとい、チョーカーを輝かせ、誇らしげである。

多分、紗良の面倒をみているつもり。

なにしろ今朝は獲物をヴィー一人で平らげ、その一部でおおいに遊んだので、紗良がお腹を空かせて怒ったとでも思ったのだろう。

だからこうして、紗良の分を獲って来てくれた。


「あ、ありがとねぇ、嬉しいよ。二人で食べようねぇ」


そう声をかければ、意気揚々とウッドデッキに上っていく。

すかさず浄化(ルクス)をかけた。

そして、豚を浮かせて、ジッパーバッグと一緒に錬金窯に放り込む。


浮遊(ティリースティク)を覚えて本当に良かったな……」


出来上がったブロック肉を次々取り出しながら、今夜のメニューを考える。

あれと、これと、それと。

思い浮かべるのは、ヴィーが美味しそうに食べていたもの順だ。


それは思い出の数。

積み重なって増えていく。


「そうだ、佐々木さんのお披露目にヴィーも行こうね」


また新しい記憶のために、紗良は、寝そべったままの魔物を誘う。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ